連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2022見破録」第26回
映画ファン待望の毎年恒例の祭典、今回で11回目となる「未体験ゾーンの映画たち2022」が2022年も開催されました。
傑作・珍作に怪作、大自然を舞台にしたアクション映画など、さまざまな映画を上映する「未体験ゾーンの映画たち2022」。今年も全27作品を見破して紹介して、古今東西から集結した映画を応援させていただきます。
第26回で紹介するのは、断崖絶壁が舞台のサバイバル・サスペンス『クリフハンガー フォールアウト』。
他に誰もいない自然の中で、見知らぬ相手とトラブルになる。やがて命を狙われる事態へと発展した場合、どうなるのでしょうか。
脱出困難な状況での逃走劇は、いかなる結末を迎えるのか。美女クライマーの孤独な反撃が開始されます。
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CONTENTS
映画『クリフハンガー フォールアウト』の作品情報
【日本公開】
2022年(イギリス映画)
【原題】
The Ledge
【監督】
ハワード・J・フォード
【キャスト】
ブリタニー・アシュワース、ベン・ラム、ネイサン・ウェルッシュ、ルイス・ボイヤー、アナイス・パレロ、デビッド・ウェイマン
【作品概要】
ロッククライミングにやって来た女性が、山で出会った男性グループにトラブルから命を狙われます。絶対絶命の逃亡劇を描いた山岳アクション映画。
『ゾンビ大陸 アフリカン』(2010)とその続編『ザ・デッド インディア』(2013)を兄弟と共に監督し、単独では『3時間 THREE HOURS』(2015)や『透明人間 インビジブル』(2021)を監督したハワード・J・フォードが手がけた作品です。
「未体験ゾーンの映画たち2022」上映作品『TUBE チューブ 死の脱出』(2020)のマチュー・テュリ監督のデビュー作、『HOSTILE ホスティル』(2017)に主演し、『死霊院 世界で最も呪われた事件』(2017)に出演しているブリタニー・アシュワースが、本作の主演を務めました。
『スイッチング・プリンセス』(2018)のベン・ラム、『デンジャーゾーン』(2021)のルイス・ボイヤー、『ザ・カプセル 米英ソ・大攻防戦』(2015)のデビッド・ウェイマンらが共演しています。
映画『クリフハンガー フォールアウト』のあらすじとネタバレ
東アルプス山脈の、イタリアにあるアンテラオ山にロッククライミングにやって来たケリー(ブリタニー・アシュワース)とソフィー(アナイス・パレロ)。
2人は山のふもとにあるロッジで、明日の登頂に備えてくつろいでいました。ケリーは大切にしている指輪に触れます。それは亡き恋人ルカとの思い出の品でした。
隣りのロッジに車が到着し、中から騒がしい男たち4人組が降りました。その中の1人が現れ、2人のロッジの扉をノックします。
ジョシュ(ベン・ラム)と名乗った男は、パーティーをするので招待したいと告げます。ソフィーはまんざらでもない様子ですが、気乗りしない様子のケリーの意を汲み、彼の誘いを断りました。
仕事で成功を収め、婚約者のエイミーとの結婚も近いはずのジョシュですが、どうやら4人組の中で一番ハメを外し遊びたいと望んでいる様子です。
彼の友人レイノルズ(ネイサン・ウェルッシュ)、ザック(ルイス・ボイヤー)、テイラー(デビッド・ウェイマン)の3人は、そんな悪友に手を焼いているようでした。
ソフィーは恋人を亡くしまだ傷心のケリーを気遣いつつも、前向きになる必要もある、折角だし1杯だけ彼らと付き合おうと提案してきました。その言葉を聞いて考えを改め、彼女に付き合うことにするケリー。
ケリーとソフィーは夜の山で、4人の男と共に焚火を囲みます。男たちはこの古い友人たちと共に何度も山に来たと語ります。今回は困難な岸壁をクライミングせず、歩いて登れるコースでアンテラオ山に登頂する予定でした。
ジョシュは非常時にSOS信号を発信する最新式の腕時計を見せ自慢します。そんな時計を身に付けても、安全なコースで頂上を目指す男たちをからかうソフィー。
4人は彼女たちが困難な岸壁に挑み、頂上を目指すと知り感心しました。やがてケリーは会話して盛り上がる5人を残し、明日に備えロッジで休もうとします。
帰ろうとする彼女の手を掴んだジョシュ。強引な態度で残るよう求められケリーは驚きますが、彼は諦めてケリーを解放しました。
ロッジに戻った彼女は、ビデオカメラに残るルカの映像を眺めて涙を流します。
残ったソフィーは酒を飲み続け、積極的に迫るジョシュとキスを交わします。彼女が小用で席を外すと、お前には婚約者がいるだろう、とたしなめる友人たち。
しかしジョシュは耳を貸しません。ソフィーの後を追って立ち上がったジョシュを、友人たちは厄介なことが始まったと互いに顔を見つめます。
ソフィーを見つけた彼は強引に彼女の身体を求めます。抵抗するソフィーに顔を引っかかれるジョシュ。
彼女の悲鳴を聞き、残された3人の男は慌てます。駆け付けた彼らがソフィーに覆いかぶさるジョシュを引き離すと、彼女は逃げ出しました。
この出来事を彼女に訴えられてはマズいと、4人の男たちはソフィーをなだめようと名を呼んで探し始めます。しかし怯えて身を隠すソフィー。
逃げ出した彼女に気付き、男たちはその後を追います。背後から捕らえようとしたザックの手に、ソフィーは噛みつきました。
抵抗した彼女を殴りつけるジョシュ。彼女は岩場から転落し身体を強く叩きつけられます。
眠っていたケリーは騒ぎを聞いて目覚めます。焚火の場所に行きましたが誰の姿もありません。ソフィーの姿を探し求めるケリー。
全身を強く打ち頭部から出血しているソフィーは動けず、現れた男たちに助けを求めます。救急に通報しようとするレイノルズのスマホをジョシュは奪いました。
自分が頬を引っかかれた傷は証拠になる。彼女が襲われたと訴えれば、我々全員の身の破滅だと訴えるジョシュ。それでも彼女を救うべきと訴えたレイノルズに、ジョシュはナイフを突き付けます。
レイノルズは正しい行為をすべきだと必死に訴えますが、ザックとテイラーは黙ったままです。そして落ちていた石を掴むジョシュ。
ジョシュは石をソフィーの顔に叩き付けて殺害します。仲間にも同じ行為を強要し、それを断ったレイノルズの手には彼女の血をなすり付け、ジョシュは皆を共犯者に仕立て上げます。
ソフィーの爪に残るジョシュの皮膚をそぎ落とし、証拠の隠蔽を図る男たち。遠くにいる彼らをの姿を見つけたケリーは、彼らが何をしているのか確認しようとビデオカメラを起動しました。
ケリーが夜間モードで撮影しながら目撃したのは、落下事故に見せかけようと崖からソフィーの死体を投げ落とす男たちの姿でした。思わず悲鳴を上げるケリー。
その声に男たちが気付きます。ケリーがビデオカメラを持っていると悟り、必死に追ってくる男たち。
身を隠し、隙を見て駆け出したケリーの前にレイノルズが立ちふさがりますが、彼は良心の呵責からなのか手を出しません。そのままロッジに逃げ込んだケリーは、リュックを掴むと走り出します。
夜が明け明るくなり始めます。林の中を走る彼女を4人の男が追ってきますが、ケリーは男たちの前でアンテラオ山の岸壁を登り始めました。
ロッククライミングに心得のあるテイラーが、道具を持たずに登り始め後を追います。彼に向かって彼女を絶対に捕まえろと叫ぶジョシュ。
テイラーがケリーのリュックに手をかけると、中からロープなどの装備と共にビデオカメラが落ちました。岩棚に引っかかったカメラを回収すると、迫るテイラーをケリーは蹴落としました。
落下したテイラーは足を酷く骨折しました。ジョシュは必ずカメラを奪い取ってやるとケリーに叫びます。
男たちは骨折したテイラーをロッジに運び込み、応急手当をすると痛み止めと酒を飲ませました。
本来なら病院に運ぶべき状況ですが、事が表ざたになっては身の破滅です。その前にケリーから証拠のビデオカメラを奪い、口を封じる必要があります。
ザックとレイノルズに急いで装備を付けさせ、テイラーには女を追う間の24時間だけ辛抱しろ、その後に救急車を呼べと告げてロッジを出るジョシュ。
男に追われたケリーは装備の多くを失ったまま岩壁に登ります。下には男たちがいるので降りられず、食料も無く水もボトル1本分のみです。装備の多くを失った状態で岩壁を登るしかありません。
それでもクライミングシューズに履き替え、手持ちの装備でアンテラオ山の険しい岩壁に挑むことを決意するケリー。
ジョシュたちはケリーが残したたスマホを手に入れていました。岩壁の下に集まった男たちは、どう彼女を捕らえるか思案します。するとジョシュはグローブを忘れたと告げ、仲間2人を残してロッジに戻ります。
強引な態度のジョシュが姿を消すと、レイノルズは警察に通報し事情を説明すべきと主張しますが、ケリーに手を噛まれた傷が残るザックは、状況が不利だと従いません。
しかもジョシュには人を死なせた過去があり、その時は皆が口裏を合わせ事実を闇に葬りました。恐ろしい性格のジョシュは敵に回せないと主張するザック。
中々戻らぬジョシュを迎えに行ったザックは、ロッジから現れたジョシュに会いました。彼にロッジに入らせず先を急がせるジョシュの態度に、ザックは疑念を抱きます。
ケリーは亡き恋人ルカのアドバイスを思い出し、ルートを確認しながら慎重に岩壁を登っていました。ヘビに遭遇しても動じず、ひたすら登り続けるケリー。
しかし誤って彼女は水のボトルを落します。仲間と共に荷物を引き上げながら岩壁を登っていたジョシュは、それに気付きケリーを挑発しましました。
しかもジョシュはケリーのスマホを操作し、彼女のSNSに登山で出会った男と楽しくやっていると、彼女を不利立場にする書き込みをしてやったと告げます。
挑発に耐え平静を保とうと努力しつつ、険しい岩壁に挑むケリーを嘲い叫ぶジョシュの態度は、レイノルズたちには狂気じみて見えました。
先に進むにはクライマーが残したロープを掴むしかありませんが、ケリーの手は届きません。そこでリュックの形を支えるワイヤーを抜き出し始めるケリー。
一方彼女を上に追い込んだジョシュたちは、ある地点から先は安全に歩行できるルートを進みます。彼らはケリーを先回りします。
ロープをワイヤーで引っ掛けるとたぐり寄せ、ルカのアドバイスを思い出しながらクライミングを続けるケリー。彼女の前にクライマーが残した、崖から吊り下げられた古いテントがありました。
彼女は大きな岩棚の下にいました。この上に登ればもう安全ですが、そこにはすでにジョシュたちが到達していました。上から呼びかけるジョシュの声を聞いて絶望するケリー。
この場所からお前の目の前にロープを垂らす、まず証拠のビデオカメラを寄こせ。そうすれば身の安全は保証して引き上げてやる、とジョシュは言ってきました。
しかしケリーは、ロープに男たちを挑発する言葉を描いたメモを付けます。それを見たジョシュは声を荒げます。
間もなく日が暮れようとしていました。暗くなっては崖を降りることは出来ない。彼女が上がってくるまで待つだけだと仲間に告げるジョシュ。
一方岩棚の下のケリーも、彼らに屈する意志はありません。彼女は何としても危機を乗り越える決意を固めます…。
映画『クリフハンガー フォールアウト』の感想と評価
ゲスな男たちの襲撃に立ち向かう、クライマー美女のサバイバルを描いた山岳アクション映画の誕生です。
本作は広い意味ではエクスプロイテーション映画の一つである、「レイプ・リベンジ・ムービー」と解釈することも可能です。
しかし過去に作られたような、性的なシーンが売りの悪趣味娯楽映画ではありません。また近年このジャンルはフェミニスト的視点の映画も作られ、『REVENGE リベンジ』(2017)のような、女性監督による女性側主人公の映画も誕生しました。
しかし今回紹介した『クリフハンガー フォールアウト』を「レイプ・リベンジ・ムービー」と呼ぶのは相応しくありません。なぜなら過激要素を大いに和らげた作品だからです。
女性に対する加害行為の描写は控え目、ゲスな男たちも多くは優柔不断な態度に終始しています。その代わり、1名誰の目にも明らかな極悪人を配置していますが。
本作は過激描写を求める方には物足りないかもしれません。一方で「あまり痛い、重い、悲しい映画は嫌いです…」という方にはちょうど良い作品でしょう。
この女性主人公の山岳アクション映画『クリフハンガー フォールアウト』は、どのように誕生したのでしょうか。
監督の山岳遭難体験が映画に反映?
「俳優には、自分で何かを成し遂げる覚悟を持たない限り、何も期待していません。私は映画監督として、可能な限り”肉体派”であり続けたい」、とインタビューに答えているハワード・J・フォード監督。
実は監督は本作製作の数年前に、山でスノーボードを楽しんでいた際、誤って斜面から転落する事故を経験しています。
そして水も食料の無い状態で、氷点下の環境で動けないまま7時間を過ごしました。
とても英雄的な経験とは呼べず、ただ恐ろしかった。地面に伏したまま死ぬと思ったが、奇妙で奇跡的な偶然のお陰で助かったと振りかえる監督。
この経験の後は流石に山に行く気はせず、作られた壁を登るボルダリングを楽しむようになったと語る監督。そんな中で彼は本作の脚本に出会いました。
自身が山で死にそうになった経験をしたのでこの物語に共感を覚えたが、それ以上に女性主人公のスリラーであることに興味を覚えたと語っています。
また単なるヒロインアクション映画ではなく、男たち側の友情や仲間意識が物語の進行と共に崩壊し、暗い過去や対立が露わになることにも関心を覚えた。
そして私は、観客に男たちの中にヒーローとして活躍する人物がいると思い込ませたかったが、多くを映画で語ることができなかったと説明し、それでも俳優たちは単なる悪役に収まらぬ良い仕事をしてくれた、と語る監督。その意見に全く同意します。
山で映画を撮るのは大変です
観客には最初に、4人の男たちは休暇を過ごしにきた仲の良い友人たちと信じてもらう。その上でベン・ラム演じるジョシュに暗い過去があり、やがてサイコな一面が物語の進行と共に露わになってきます。
ベン・ラムはこの人物を見事に演じてくれた、とインタビュアーに紹介しているフォード監督。しかし本作の製作が開始された時期、コロナ感染症の流行が人と会うこと、そして国境を越えての移動を困難にしていました。
そのため本作の出演候補者と直接会うオーディションは行えません。そこで候補者を撮影した映像や写真を集め、この人物とこの人物の相性は良いだろう、と議論を重ね本作のキャスティングを決定します。
そして身体能力が高く、実際に登山の経験もあるブリタニー・アシュワースが主人公に選ばれます。彼女は本作への出演が決まると、他の作品の撮影中にもかかわらず週末には登山に行き、経験を積んでくれたと紹介するフォード監督。
イタリアのドロミーティ地方の山が映画の舞台ですが、実際の撮影はセルビアで行われました。映画で描かれた程高い場所ではありませんが、転落すれば危険な岸壁で19日間撮影が行われます。
撮影には巨大なクレーンを使用。クレーンで撮影された映像は迫力満点ですが、その準備には時間が必要で、あと5日間撮影を行えれば良かった、と監督は告白しました。
地上で10回できる撮影も、山岳といった高所では3回が良いところだと監督は説明しています。「雪の中で映画を作るな、とよく言うけど、高所で映画を作るなとも言いたいね」と話しています。
パンデミックの影響で隔離され会うことが困難になる中、他の監督たちが語っているように、私たちもキャストやスタッフの絆が以前よりも深まったと実感した、フォード監督はこう撮影を振り返りました。
特にセルビアのケータリングスタッフの熱意は、撮影現場の士気を高めてくれたと特別に紹介しています。
感染症の影響で映画製作が困難になる中、多くの関係者が人とのつながりの大切さを語っています。本作もそんな時期に作られた1本でした。
まとめ
ヒロインがヤバイ連中と、山でサバイバルを繰り広げるアクション映画『クリフハンガー フォールアウト』。
多くの方が女性版『クリフハンガー』(1993)と語る本作。監督もそのように紹介されるべき映画と認めていました。
他に誰もいない、少人数のソリッドシチュエーションで繰り広げられる本作。色々とご都合主義的ではないか、1人の極悪人の振る舞いより、彼の友人たちの優柔不断な態度の方が説得力が無い、という声も多数上がっています。
本作は全体ストーリーのつじつまは重視せず、次々起きるイベント毎の演技、そしてヒロインと男たちの攻防を楽しむ視点で見てはいかがでしょうか。
ブリタニー・アシュワースの、山岳アクションシーンは完成度が高く見応え充分です。そして対決する相手は全く同情する要素を持たないクズ男ですから、安心して悪党扱いして楽しんで下さい。
実はかなりエグいシーンもありますが、直接描写で見せることはありません。また笑いに逃げてリラックスさせるシーンもなく、回想を交えつつ大真面目に最後まで展開していきます。
この真面目さを安心して見れる映画と受け取るか、物足りないと感じるかで本作の評価は大きく変わるでしょう。
私の意見ですか? テレビの「午後のロードショー」で見るには、実に最適な映画ではないでしょうか?
次回の「未体験ゾーンの映画たち2022見破録」は…
次回最終回の第27回は、奇想天外&ゴア描写満載!開いた口がふさがらないSFアクション・バイオレンス映画『プラネット・オブ・ピッグ 豚の惑星』を紹介いたします。お楽しみに。
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増田健(映画屋のジョン)プロフィール
1968年生まれ、高校時代は8mmフィルムで映画を制作。大阪芸術大学を卒業後、映画興行会社に就職。多様な劇場に勤務し、念願のマイナー映画の上映にも関わる。
今は映画ライターとして活躍中。タルコフスキーと石井輝男を人生の師と仰ぎ、「B級・ジャンル映画なんでも来い!」「珍作・迷作大歓迎!」がモットーに様々な視点で愛情をもって映画を紹介。(@eigayajohn)