連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2022見破録」第20回
映画ファン待望の毎年恒例の祭典、今回で11回目となる「未体験ゾーンの映画たち2022」が今年も開催されました。
傑作・珍作に怪作、本格ミステリー映画など、さまざまな映画を上映する「未体験ゾーンの映画たち2022」。今年も全27作品を見破して紹介して、古今東西から集結した映画を応援させていただきます。
第20回で紹介するのは、人気北欧ミステリー、”特捜部Q”シリーズの第5弾『特捜部Q 知りすぎたマルコ』。
未解決事件を扱う”特捜部Q”が、スタッフ・キャストを一新し新たな謎に挑みます。
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CONTENTS
映画『特捜部Q 知りすぎたマルコ』の作品情報
【日本公開】
2022年(デンマーク映画)
【原題】
Marco effekten / The Marco Effect
【監督】
マーチン・サントフリート
【キャスト】
ウルリッヒ・トムセン、ザキ・ユーセフ、ソフィ・トルプ、アンドレス・マテセン
【作品概要】
コペンハーゲン警察の未解決事件を扱う部署”特捜部Q”。ある公務員の失踪事件を捜査していたカールと相棒のアサドが、国家権力に潜む巨大な闇に挑むます。
『ヒトラーの忘れもの』(2015)や、ジャレッド・レトが主演し浅野忠信が共演した、日本を舞台にしたヤクザ映画『アウトサイダー』(2018)を監督した、マーチン・サントフリートが手掛けました。
主人公カールを演じるのは、2019年に日本劇場公開された映画『アダムズ・アップル』(2005)、サスペンスドラマ『Face to Face 尋問』(2019~)のウルリッヒ・トムセン。
その相棒アサドをドラマ『倒壊する巨塔 アルカイダと「9.11」への道』(2018~)、『デンマークの息子』(2019)のザキ・ユーセフが演じます。
映画『特捜部Q 知りすぎたマルコ』のあらすじとネタバレ
追跡していた容疑者に、目の前で飛び降り自殺された”特捜部Q”のカール警部補(ウルリッヒ・トムセン)…。
その頃、少年が電車に乗って1人で旅していました。しかしデンマーク国境を越えたところで、車内で入国審査官に補導されます。
事件の後カールは、6週間休暇を取れと指示されていました。しかし独り者で何の趣味も持たないカールは、現場への復帰を願い出ました。
上司のヤコブスンは、カウンセラーの指示に従えと説得します。しかしカールの頑なな態度に音を上げ、2週間の休養で復帰を認めたヤコブスン。
“特捜部Q”に現れたカールを、驚いた顔で迎える相棒のアサド(ザキ・ユーセフ)とローセ(ソフィ・トルプ)。
アサドはカールに未解決事件のファイルを渡します。それは小児性愛者の疑いのある公務員、ヴィルヤム・スターク失踪事件に関するものでした。
少女に対する性的犯罪容疑者であり、4年前に失踪したスタークのパスポートを、密入国を試み補導された少年が持っていたのです。こうして再浮上した未解決事件を捜査するのが、彼らの新たな任務です。
カールはスターク失踪事件を捜査した元刑事、今は脊髄の損傷で体が動かず療養中のハーデスを訪ねます。ハーデスに煙草を求められたカールは、今は禁煙中でニコチンガムを噛むなどして、気を紛らわせているとこぼします。
外務省職員のスタークは失踪前に、デンマークのアフリカ支援プロジェクトの会計検査をしていた、と教えるハーデス。
しかしスタークに襲われたという少女が現れ、彼の身辺からは小児性愛者を疑わせる証拠も出て来ます。公務員の醜聞を大きく報道されたくなかったのか、彼の失踪後捜査は早々に打ち切られていました。
カールとアサドは、次に少年が保護されている施設を訪れます。アサドがスタークのパスポートをどこで入手したのか尋ねても、少年は答えません。
アサドに続き、カールは強い調子で少年に質問しますが、何一つ語らぬ態度を崩さない少年。
次に2人はプールで水泳中のジャンヌを訪れます。かつてスタークは勤務外で水泳のコーチをしており、彼女の証言で性犯罪者として捜査されたのです。
事件当時13歳のジャンヌは、突然現れた警察に困惑します。少年や若い女性にも遠慮しない態度で迫るカールに不信感を抱いたのか、彼女は去って行きました。
そしてスタークの妻と娘が暮らす家を訪れる2人。スタークの失踪で彼の性犯罪事件の捜査は打ち切られますが、夫の容疑の汚名で家族は苦しんでいるようです。
夫の無実を信じる様子の妻は、スタークからの連絡は一切無いと証言します。カールはまだあどけなさが残る娘と2人で会話しますが、彼女は行方不明の父親を心から信頼しているようでした。
娘が過去に何か体験していないか、そのヒントになればと、彼女が幼い頃に描いた絵を撮影するカール。
この事件を未解決のまま処理したカールの上司、ヤコブスンは関係者を刺激せずに、穏便に捜査するよう求めます。しかしカールは、密入国した少年が逃亡中のスタークを殺害した可能性もあると指摘し、態度を崩しません。
その頃、施設に収監されていた例の少年は、職員の隙をついて窓ガラスを破り、塀を乗り越えて逃亡しました。
警察署に泊まり込んで眠っていたカールを、出勤したローセが起します。彼はアサドとローセと事件について話し合います。
スタークは失踪直前まで、アフリカへの資金援助が適正に使われているか調査していたが、この件を調査し書いた記者がいると教えるローサ。
スタークは外務省の指示で調査を終えた後、性犯罪で告訴され失踪していました。アサドと同じ”特捜部Q”のゴードンと共に、カールは事件の背景を知りました。
そこに青少年保護施設を管理する職員モーナから、問題の少年が逃亡したとの連絡が入ります。アサドと共に施設に向かうカール。
2人は逃走現場を確認します。青少年の専門家であるモーナと親し気に声を交わしたカールは、子供の描いた絵から、過去の家庭環境や精神状態が判るか尋ねます。
カールはスタークの娘が描いた絵を彼女に見せ、なにか性犯罪に絡む要素が描かれていないか判断できないか、協力を依頼しました。
逃亡した少年はとある駅の構内にいました。そこには様々な荷物を取り扱う男たちがいました。少年は身を隠しながら、彼らの様子を伺います。
隙を見て近寄り、他の者に気付かれぬように1人の男に、父さんと呼びかける少年。気付いた男は少年をマルコと呼びました。
抱き合って喜ぶ父と息子。父親はここで何をしていると尋ねます。その父に母さんが死んだ、と伝えたマルコ。
彼は父を頼ってデンマークへの密入国した、ロマ(かつてジプシーと呼ばれた、ロマニ系の人々)の少年でした。父は同じロマの人々と共に、デンマークで働いているようです。
一緒に暮らしたいと言う息子に、父親はゾーラに見つかると危険だと告げました。諦めて姿を消したマルコの姿を、黙って見つめるしかない父親。
同じ頃カールとアサドは、外務省の幹部レニー・イレクスンを訪ねていました。スタークについて聞かれ、彼が性犯罪者などとは、とても信じられなかったと答えるイレクスン。
話題がアフリカのへの資金援助の不正になると、スタークは確かに何かを見つけたようだと認めます。それはタイス・スナプ(アンドレス・マテセン)という人物が関わったものでした。
アフリカに資金援助を行い、現地を発展させ住民生活の向上を図る団体、ダンエイドのCEOスナプは集まった支援者に、西アフリカでの成果をスピーチしています。
その会場に現れたカールとアサドは、スタークが調査していたカメルーンでの援助資金不正流用について、スナプに質問しました。
確かにスタークは現地側職員の不正に気付いたのかもしれない、アフリカの援助先には残念だがよくある事だ、と説明し多忙を理由に立ち去るスナプ。
しかし質問された後、トイレに入ったスナプはひどく汗をかいており、明らかに動揺していました。
彼は車を走らせ、郊外の大邸宅に向かいます。そこにはベットで療養中の老人が暮らす邸宅で、壁にはアフリカで撮影した様々の写真が飾られてします。
警察にカメルーンでの、病院建設事業の不正が改めて追及されたと老人に報告するスナプ。
動揺するスナプを、今までのダンエイド財団が築いた名声と成果を無にするつもりか、これからもお前を信じてよいのか、と老人は厳しく叱りつけます。
“特捜部Q”にはローセが呼んだ、ダンエイド財団のアフリカ援助の不正を記事にした記者が現れました。
記者はスタークが調査していた、5年前のカメルーンの病院建設に絡む不正について語ります。実際には病院は建設されず金はどこかに消え、そのために多くの子供が死んだと語る記者。
単なる現地の人々の不正ではなく、その金はデンマークの一部の人間にも渡っている、善意で寄付した人々への裏切り行為だ、と記者は熱く主張します。
彼の口調と陰謀論めいた話に驚いた”特捜部Q”の面々。しかし不正に気付いたスタークは消され、警察には圧力がかけられ、事件の真相は闇に葬られたという記者の主張には、耳を傾けざるを得ません。
マルコはゴミをあさって何とか生活していましたが、頼るべき相手も無くやむなく父の働く駅に戻ります。
息子に渡そうと荷物をまとめる父親の態度を、ロマたちが働く職場を仕切るゾーラが怪しんで、彼を詰問し殴ります。ゾーラは粗暴な男でした。
父の姿を見て安心したマルコは、続いて現れたゾーラに気付き慌てて身を隠します。それでも誰もいなくなった後に、父が用意した荷物を受け取って立ち去るマルコ。
電車に乗ったマルコは、疲れ果て眠ります。しかし自分を追う者たちの姿に気付きました。
相手も彼に気付き、マルコと呼びかけて来ます。どうやら裏社会に生きるロマたちの顔役・ゾーラが配下の者を使い、マルコの行方を探させているようです。
電車を降りて逃げるマルコを追う男たち。夜の街を必死に走り、ゾーラたちの追跡を逃れるマルコ。
ビル建設現場に侵入して隠れた彼の姿を、防犯カメラがとらえていました。それに気付いたアサドはカールと共に、早朝の建設現場に向かいます。
同じ場所をゾーラも探していました。それに気付き逃げる少年をゾーラは捕まえ、怒鳴り付けてビルから落とそうとしました。
その姿に気付いたカールとアサドは叫び、ビルを駆け上ります。マルコはゾーラから逃げ出し、彼らの叫び声を頼りに行方を探すカールとアサド。
逃げ場を失ったマルコは廃棄物シュートに飛び込み、コンクリート片が積まれたゴミ集積場に滑り落ちました。
アサドはマルコに駆け寄りカールはゾーラを追いつめますが、彼の手下に背後か殴られ、気を失った隙に逃げられます。
意識を取り戻したカールはアサドと合流します。そして激しく体を打ったマルコ少年は、救急車で搬送されました…。
映画『特捜部Q 知りすぎたマルコ』の感想と評価
「未体験ゾーンの映画たち」で日本劇場公開されてきた、北欧ミステリーの人気映画シリーズ”特捜部Q”の第5弾が登場!
しかし本作をご覧の多くの方が、「このオッサン、誰…?」との反応を示しました。
出演陣は過去4作から変更され、主人公カール警部補は前作までのニコライ・リー・コス(1973年生まれ)から、ウルリッヒ・トムセン(1963年生まれ)に変更されます。
過去シリーズ4作のファンは、謎解きミステリーのメインストーリーと共に、主人公カールと相棒アサド、ローセら”特捜部Q”の面々の交流を描いた、サブストーリーも大いに楽しんでいました。
第1作~第4作まで積み重ねてきた、カールたちの人間関係を描くサブストーリーが今回消滅した訳ですから、前作までを楽しんだファンが嘆き悲しむのも、大いに理解できます。かう言う私もその1人です。
“特捜部Q”は過去4作を製作したプロダクションはゼントロパでしたが、今回の『~知りすぎたマルコ』から製作は、ノルディスク・フィルムに変更されました。
この結果、従来と異なるテイストの作品が誕生した訳です。なぜこうなった?大人の事情と言えばそれまでですが、その背景を解説してみましょう。
新たなキャストで新作が誕生した背景
“特捜部Q”シリーズの原作者、ユッシ・エーズラ・オールスンはシリーズの中の4作品の製作権を、まずゼントロパに与えます。
こうしてニコライ・リー・カース主演の4作品が作られ、世界各国でも人気の映画シリーズが誕生します。しかし原作者は、「”特捜部Q”の主人公・カールに、ニコライ・リー・コスは相応しくない」と発言し、物議を呼びました。
作者に言わせると、ニコライ・リー・コスの演じたカールは、軽薄に見えるとの事。イメージより若い彼が、仲間たちと交流するサブストーリーは、余計でライトな展開に見えたのかもしれません。
そしてユッシ・エーズラ・オールスンは、4作目の『特捜部Q カルテ番号64』(2018)のプレミア初上映を、鑑賞しない事を選びました。
原作者と映画シリーズの確執は決定的なものとなりました。製作体制が変わる第5作『~知りすぎたマルコ』では、原作者の意志が大いに反映されると誰もが想像します。
こうして従来の「ゴツくてイケメン、不器用だが可愛げのあるカール」は、本作から「さらにゴツくて不器用な、ハードボイルド色が強いカール」に変わります。何より演者の年齢が10歳プラスされた影響は、誰もが感じるでしょう。
ですが本作に登場したカールこそ、原作小説のイメージに近いと言えます。実際小説シリーズのファンからは、今回のキャストは「原作のイメージに近づいた」と、好意的に受け取られています。
子供や若い女性も厳しく尋問する、頭脳明晰で時に可愛げがある猪突猛進型の仕事中毒刑事。禁煙のストレスを何かと口に物を入れ紛らわせる姿は、『黒い罠』(1958)のオーソン・ウェルズの姿にならったものでしょうか。
『~知りすぎたマルコ』も原作を映画化するにあたり、ストーリーは改変されています。しかし全編に漂う北欧ミステリーらしい、寒々した映像で描いたハードボイルドな世界は、原作者と小説ファンを満足させました。
原作に忠実に映画化した作品への評価
とはいえ4作目までのシリーズの人気は極めて高く、本作の製作陣には大きなプレッシャーがあったはずです。
国外でも評価の高いマーチン・サントフリート監督に、主演にはウルリッヒ・トムセンを起用。撮影は森山未來・阿部純子・南果歩らが出演した、日本・デンマーク合作映画『MISS OSAKA(原題)』(2021)の撮影監督エスケ・フォスが担当。
彼らの力で見応えある本作が完成しましたが、前シリーズを愛した世界中のファンからは否定的意見が強い傾向があるようです。
本国デンマークでも、2021年5月に公開後、観客評価(映画ファンが星を付けて評価するもの)が、評論家評価より妙に高いのは、ノルディスク・フィルム側が何らかの操作したからでは、との噂が流れました。
真偽不明でゴシップ的噂話に過ぎないと思われますが、こんな話題が流れるほど前シリーズを評価する声が強く、現製作陣は逆風にさらされていると誰もが信じる状態だったのでしょう。
“特捜部Q”シリーズ前4作をご覧の方なら、これらの説明を納得して頂けるでしょう。ノルディスク・フィルムと、原作者ユッシ・エーズラ・オールスンは逆風に負けず、今後も残る作品の映画化を続けてもらいたいものです。
まとめ
前4作のファンからは厳しい意見が多い『特捜部Q 知りすぎたマルコ』。しかし原作ファンからは、評価の声が上がっている事実を忘れないで下さい。
単体の作品としては北欧ミステリーの雰囲気を漂わせる、硬派なハードボールド作品として見応えあります。不器用な男の強さの中に見える弱さと優しさ、それを見せたウルリッヒ・トムセンの演技は見応えあります。
特に紹介したいのが本作の悪役の1人、スナプを演じたアンドレス・マテセン。彼はデンマークのスタンダップ・コメディアンです。
彼の才能に惚れ込んだサントフリート監督は、ぜひ悪役を演じてもらいたいと願い、本作に起用しました。
『~知りすぎたマルコ』をご覧の方は、彼はコミカルな演技を見せていないとお気づきでしょう。しかしプレッシャーを感じると、やたら汗をかく姿はコメディアンならではの表現力でしょうか。
監督は彼の演技と存在感を、「まるで、故フィリップ・シーモア・ホフマンを思い出させる」と評価しています。
映画ファンはこういった出演者にも注目しながら、”特捜部Q”シリーズの最新作をお楽しみ下さい。
次回の「未体験ゾーンの映画たち2022見破録」は…
次回第21回は人類の存続をかけたSFサバイバルが今始まる!『プロジェクト・ユリシーズ』を紹介いたします。お楽しみに。
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増田健(映画屋のジョン)プロフィール
1968年生まれ、高校時代は8mmフィルムで映画を制作。大阪芸術大学を卒業後、映画興行会社に就職。多様な劇場に勤務し、念願のマイナー映画の上映にも関わる。
今は映画ライターとして活躍中。タルコフスキーと石井輝男を人生の師と仰ぎ、「B級・ジャンル映画なんでも来い!」「珍作・迷作大歓迎!」がモットーに様々な視点で愛情をもって映画を紹介。(@eigayajohn)