Cinemarche

映画感想レビュー&考察サイト

連載コラム

Entry 2020/05/11
Update

映画『あなたにふさわしい』感想レビューと考察。夫婦である理由を“名づけ”の視点から読み解く|映画道シカミミ見聞録48

  • Writer :
  • 森田悠介

連載コラム「映画道シカミミ見聞録」第48回

こんにちは、森田です。

今回は6月12日(金)よりアップリンク吉祥寺ほかでロードショー公開予定の映画『あなたにふさわしい』を紹介いたします。

1つの別荘をシェアした2組の夫婦が、離婚の危機に直面する5日間の物語を通して、“ふさわしい夫婦”とはなにかを考えていきます。

【連載コラム】『映画道シカミミ見聞録』記事一覧はこちら

スポンサーリンク

映画『あなたにふさわしい』のあらすじ

(C)Shunya Takara

2組の夫婦が避暑地の別荘を一棟借りて、互いに休暇を過ごすことになりました。

飯塚夫妻は専業主婦の美希(山本真由美)とブランドネーム開発をしている夫の由則(橋本一郎)。もう一方の林夫妻は、由則の仕事のパートナーである多香子(島侑子)とその夫の充(中村有)というペアです。

ブランドネームとは、企業の商品やサービス名を指し、由則と多香子はそれらにふさわしい名前をつける「名づけ親」のような仕事をしています。

この“ふさわしい名前”というのが、やがて夫婦の結びつきをめぐる物語を動かしていきます。

もう一つ、夫婦関係が問われる要素は、浮気です。いつも仕事の蚊帳の外にいる美希と充は、かねてより付き合っていました。

別荘に着いてからも、由則と多香子が急遽発生した仕事に追われているあいだに、美希と充は逢瀬を重ねていきます。

そして美希は、夕食の場で由則が話した仕事の思想を聞いてから、由則との間にある“溝”の正体に気づきはじめました。

それは、自分たちは“ふさわしい夫婦”ではないという認識です。

ふさわしい名前とは

(C)Shunya Takara

由則が言うには、ブランドネームには「それっぽい名前」ではなく、「ふさわしい名前」をつけなくてはいけません。

つまり、あらゆる事物には「正しい名前」があるというのです。

美希はこれを聞いて、その思想を夫婦関係に押し広げ、自分たちは仮の事物と仮の名前の組み合わせに過ぎない、と思い至ります。

そのことを正直に手紙に綴った彼女は、正しい名前(関係)を求めて、森の中をさまよっていきます。

スポンサーリンク

記号としての夫婦

(C)Shunya Takara

しかし、そもそも事物に「正しい名前」などあるのでしょうか。

近代言語学を築いたことで知られるフェルディナン・ド・ソシュールは、言葉の表現(音)と、その内容(意味)の関係に必然性はないとしています。

たとえば、“犬”のことを日本語では「イヌ」、英語では「dog」と言って認識しています。

また、日本では「イヌ」と「オオカミ」と呼んで区別している動物が、ある文化圏では“同じ言葉”で表現されていたこともあります。

このように、適当な表現が意味する範囲もさまざまであり、「名前」とは他のイメージとの差異によって便宜的につけられているもの、すなわち「記号の体系」として構成されていると理解できます。

人々は、恣意的な言葉の体系内で、難なくコミュニケーションをとっているのです。

そのため、由則が“生活”にふさわしい名前を求めることも、美希が名前の概念をもって夫婦の本質に迫ろうとすることも、少々無理があるかもしれません。

彼女は森の中で、野鳥カメラマンの孝志(鶏冠井孝介)と出会います。

そこで、仲睦まじい夫婦の象徴であるオシドリが、じつは毎年パートナーを替えていると聞かされるのは示唆的です。

まさに事物にとって必要なのは“体系”であって本質ではないのです。

固有名としての夫婦

(C)Shunya Takara

とはいえ、ふさわしい夫婦とはなにかを考えることは、現に抱えている問題に対しては大事なことです。

本作では、美希が孝志との邂逅を経てある決断を下すのですが、ここではあくまで「名づけ」という観点から、「良き夫婦」の姿を探っていきましょう。

まず一言で「夫婦」といっても、その関係性は多様です。互いの生活を支えるパートナーという意味では、LGBTsも当然ふくまれます。

そこで確かにいえるのは、「何々さんと何々さんのカップル」という世界に一つだけの存在です。

つまり「夫婦」を一般名詞ではなく、「特定の夫婦」という固有名詞的な発想でとらえる必要がでてきます。

では固有名を正しく担保する要素はなんでしょうか。たとえば富士山であれば、「日本一高い山」「静岡県と山梨県にある」などと、記述することができます。

しかし、日本が台湾を領有していた時代は、“日本一高い山”の座は「玉山」にありました。

このように、固有名は最終的に記述の束で示すことはできないとしたのが、哲学者のソール・クリプキです。

山に関していえば、このさき地殻変動が起きて、より高い山がつぎつぎと生じる可能性もあります。

この可能世界を想定してもなお、人々は固有名が与えられた事物を「ほかでもないそのもの」と実際には認識できています。

クリプキはその単独性を、共同体による命名とその伝達(歴史)という言語体系の外部に求めましたが、これは私たちの経験に合致するでしょう。

固有名を社会的な文脈に位置づけるとき、「夫婦」とはその最小単位である二者関係のうちにとらえられ、一般性に回収できない生活の時間や思い出が、その名を担うにふさわしい要素になるはずです。

これには「習慣」も入ってくるでしょうが、本作ではその点を示す重要なシーンが繰りかえされるので、注目してみてください。

スポンサーリンク

先人たちの答え

(C)Shunya Takara

宝隼也監督も、脚本に「名前」の要素が持ち込まれたことで「作品の幹が強固なものになった」と述べています。

『あなたにふさわしい』は、ある関係を続けていく上で、それぞれが変化しふさわしい関係になりあっていく必要を描いた映画である。と私は考えています。(映画公式HPより)

名前は一見すると固定的に感じられますが、ここまで確認してきたように、それが示すものはある関係性のなかで変化する余地があります。

だから、名前に縛られてもあまり意味はありません。夫婦関係を記号としてみれば、あるバランスが崩れても、別の均衡をすぐに見つけ、ふさわしく保たれる可能性があります。

その体系はやはり、固有の夫婦の“習慣”というべきで、俄かには替えがききません。夫婦独自の文法が機能しているからです。

先人たちはそれを「夫婦喧嘩は犬も食わぬ」と表現しました。そして昔から“ふさわしい”というのを事物の善し悪しに求めずに、ただ“お似合い”と呼んできたのです。

映画『あなたにふさわしい』は6月12日(金)よりアップリンク吉祥寺ほかでロードショー公開予定。

【連載コラム】『映画道シカミミ見聞録』記事一覧はこちら

関連記事

連載コラム

【イカゲーム2話ネタバレ】結末あらすじ感想と評価考察。最後の勝者が誰か目が離せない韓国ドラマが誕生 | イカゲーム攻略読本2

【連載コラム】全世界視聴No.1デスゲームを目撃せよ 2 2021年9月17日(金)よりファーストシーズン全9話が一挙配信されたNetflixドラマシリーズ『イカゲーム』。 生活に困窮した人々が賞金4 …

連載コラム

映画『ラブ&モンスターズ』ネタバレあらすじと感想評価。ラスト結末も【怪物が蔓延する世界で恋人を捜す青年と犬の冒険譚】|Netflix映画おすすめ28

連載コラム「シネマダイバー推薦のNetflix映画おすすめ」第28回 映画『ラブ&モンスターズ』は、『Five Fingers for Marseilles』(2017)で注目を集めたマイケ …

連載コラム

マドンソク映画『スタートアップ!』感想評価と考察解説。韓国ウェブ漫画の調理人に扮した痛快コメディに注目!|映画という星空を知るひとよ29

連載コラム『映画という星空を知るひとよ』第29回 韓国の俳優マ・ドンソク主演の痛快コメディ映画『スタートアップ!』をご紹介します。 人生に迷える不良少年が出会ったおかっぱ頭の謎の厨房長。母と喧嘩し家出 …

連載コラム

『仮面ライダー剣ブレイド』感想と評価解説。トランプと昆虫のダブルモチーフが平成版の特徴的な魅力|邦画特撮大全40

連載コラム「邦画特撮大全」第40章 平成仮面ライダー第4弾である『仮面ライダー剣』(2004~2005)が今年放送開始から15周年をむかえました。 そのため椿隆之、森本亮治、梶原ひかりといったメインキ …

連載コラム

映画『白波』あらすじ感想と評価解説。長尾淳史監督が琵琶湖の離島で少年の成長を描く|インディーズ映画発見伝7

連載コラム「インディーズ映画発見伝」第7回 日本のインディペンデント映画をメインに、厳選された質の高い秀作を、Cinemarcheのシネマダイバー 菅浪瑛子が厳選する連載コラム「インディーズ映画発見伝 …

U-NEXT
タキザワレオの映画ぶった切り評伝『2000年の狂人』
山田あゆみの『あしたも映画日和』
【連載コラム】NETFLIXおすすめ作品特集
【連載コラム】U-NEXT B級映画 ザ・虎の穴
【連載コラム】光の国からシンは来る?
星野しげみ『映画という星空を知るひとよ』
編集長、河合のび。
映画『ベイビーわるきゅーれ』髙石あかりインタビュー
【草彅剛×水川あさみインタビュー】映画『ミッドナイトスワン』服部樹咲演じる一果を巡るふたりの“母”の対決
永瀬正敏×水原希子インタビュー|映画『Malu夢路』現在と過去日本とマレーシアなど境界が曖昧な世界へ身を委ねる
【KREVAインタビュー】映画『461個のおべんとう』井ノ原快彦の“自然体”の意味と歌詞を紡ぎ続ける“漁師”の話
【玉城ティナ インタビュー】ドラマ『そして、ユリコは一人になった』女優として“自己の表現”への正解を探し続ける
【ビー・ガン監督インタビュー】映画『ロングデイズ・ジャーニー』芸術が追い求める“永遠なるもの”を表現するために
オリヴィエ・アサイヤス監督インタビュー|映画『冬時間のパリ』『HHH候孝賢』“立ち位置”を問われる現代だからこそ“映画”を撮り続ける
【べーナズ・ジャファリ インタビュー】映画『ある女優の不在』イランにおける女性の現実の中でも“希望”を絶やさない
【イッセー尾形インタビュー】映画『漫画誕生』役者として“言葉にはできないモノ”を見せる
【広末涼子インタビュー】映画『太陽の家』母親役を通して得た“理想の家族”とは
アーロン・クォックインタビュー|映画最新作『プロジェクト・グーテンベルク』『ファストフード店の住人たち』では“見たことのないアーロン”を演じる
【柄本明インタビュー】映画『ある船頭の話』百戦錬磨の役者が語る“宿命”と撮影現場の魅力
【平田満インタビュー】映画『五億円のじんせい』名バイプレイヤーが語る「嘘と役者」についての事柄
【白石和彌監督インタビュー】香取慎吾だからこそ『凪待ち』という被災者へのレクイエムを託せた
【Cinemarche独占・多部未華子インタビュー】映画『多十郎殉愛記』のヒロイン役や舞台俳優としても活躍する女優の素顔に迫る
日本映画大学