Cinemarche

映画感想レビュー&考察サイト

連載コラム

Entry 2021/02/24
Update

映画『ファブリック』ネタバレ感想と結末解説のあらすじと。血塗られたドレスが誘う“奇妙キテレツ”な世界|未体験ゾーンの映画たち2021見破録16

  • Writer :
  • 20231113

連載コラム「未体験ゾーンの映画たち2021見破録」第16回

世界各国の怪作・珍作映画をお届けする「未体験ゾーンの映画たち2021見破録」。第16回は摩訶不思議な世界を描いたホラー映画『ファブリック』。

ホラーと言えば恐怖。怪物に幽霊、殺人鬼に激しい痛み、グロテスクな光景に絶望…様々なものが恐怖の対象として描かれます。

他にも恐怖をもたらすものがあります。違和感、不条理、常識の欠落、ナンセンスな状況…日常が破壊された時もまた、人は恐怖を感じるもの。

デイヴィッド・リンチやアレハンドロ・ホドロフスキーの映画は、ホラーと呼ぶには異色の作品ですが、異色さゆえにホラー映画と呼ぶしかない、そんな存在感を持つ作品です。

今回は同様の味わいを持つ、イギリスで誕生した妖しく奇妙なホラー映画をご紹介します。

【連載コラム】『未体験ゾーンの映画たち2021見破録』記事一覧はこちら

映画『ファブリック』の作品情報


(C)ROOK FILMS FABRIC LTD, THE BRITISH FILM INSTITUTE and BRITISH BROADCASTING CORPORATION 2018

【日本公開】
2021年(イギリス映画)

【原題】
In Fabric

【監督・脚本】
ピーター・ストリックランド

【キャスト】
マリアンヌ・ジャン=バプティスト、シセ・バベット・クヌッセン、ジュリアン・バラット、グウェンドリン・クリスティー、ヘイリー・スクワイアーズ、ファトゥマ・モハメド、レオ・ビル、リチャード・ブレマー

【作品概要】
格式ある百貨店で購入したのは、人々に不条理と死をもたらす奇怪なドレスです。悪夢のような世界を描いた、見る者に中毒性を与えるホラー映画。

監督は『バーバリアン怪奇映画特殊音響効果製作所』(2012)、そして『The Duke of Burgundy』(2014)と、個性的な映画を手掛けるピーター・ストリックランド。

出演はドラマ『FBI失踪者を追え!』(2002~)のレギュラー出演者として有名なマリアンヌ・ジャン=バプティストに、『インフェルノ』(2016)や『9人の翻訳家 囚われたベストセラー』(2019)のシセ・バベット・クヌッセン。

またグウェンドリン・クリスティーは『スター・ウォーズ フォースの覚醒』(2015)、『~最後のジェダイ』(2017)のキャプテン・ファズマ役、ドラマ『ゲーム・オブ・スローンズ』(2011~)の女戦士ブライエニー役で有名です。

『バーバリアン怪奇映画特殊音響効果製作所』と『The Duke of Burgundy』にも出演しているファトゥマ・モハメドが、今回も強烈な印象を残す役で登場します。

映画『ファブリック』のあらすじとネタバレ


(C)ROOK FILMS FABRIC LTD, THE BRITISH FILM INSTITUTE and BRITISH BROADCASTING CORPORATION 2018

ワインゲルズ銀行の窓口で働く、50代の黒人女性のシーラ(マリアンヌ・ジャン=バプティスト)。

彼女が自宅で食事を準備していると、別れた夫から電話がかかりますが、元夫は息子のヴィンスとだけ話します。

離婚以来息子と2人暮らしのシーラは、新聞にデート相手募集の広告を出していました。

彼女がデート希望者が送った資料を見ていると、TVに古風で奇妙な映像で作られた、デントリー&ソーパーズ百貨店の冬物セールのCMが流れます。

ヴィンスは父に会うと言い出て行きます。息子から元夫に新しい女が出来たと聞くシーラ。

彼女は新聞にデート相手募集広告を出した50代男性を探します。

シーラが帰宅すると、息子は年上の恋人グウェン(グウェンドリン・クリスティー)を連れ込んでいました。ヴィンスの絵のモデルをしていた彼女は、挨拶すらしません。

彼女が話かけても、ろくに相手をしない息子とその恋人。夜になると2人は部屋で行為を始めます。シーラはその声を聞かされました。

家の留守電に、彼女とデートを希望するアドニスという男からのメッセージが入ります。

彼女のドレスは虫に喰われ痛んでいました。新たなドレスを求め、デントリー&ソーパーズ百貨店に向かうシーラ。

彼女がドレスを眺めていると、黒い古風なドレスの制服を着た店員ミス・ラックモア(ファトゥマ・モハメド)が近寄ります。声をかけたラックモアに、シーラは見ているだけだと答えます。

お客様のためらいは売り子の心に響きます。と丁寧で大げさな言葉で話かけるラックモア。

シーラは紅いドレスに目を止めます。初デートには挑発的だと思う彼女に、ラックモアはドレスの魅力を並べ立てます。

試着したシーラにドレスはあなた自身。1つの心の記憶と、1つの触れた感触を思い出させる”Fabric”(織物)だと語るラックモア。

サイズを聞いたシーラに彼女は36と答えます。自分のサイズではないと伝えても、ラックモアは大層な言葉を重ねて褒め続けます。

合わないサイズのはずが、彼女に不思議に似合います。結局紅いドレスを買うシーラ。

受け取った紙幣を筒状の容器に入れ、エアシューター(気送管)に入れて送るミス・ラックモア。梱包されるドレスには、何か文字が書いてありました。

饒舌なラックモアが静止して黙りこみ、奇妙な時間が流れます。エアシューターで釣り銭が到着すると、動き始めたラックモア。

彼女はデート相手のアドニスは、ドレスを着たシーラを見て褒めるだろうと言いました。

シーラは息子のヴィンスを残し、ドレスを着てデートに向かいます。

彼女がレストランで相手を待っている頃、デントリー&ソーパーズ百貨店のミス・ラックモアは控室にいました。

かつらを外しスキンヘッドになるラックモア。彼女はかつらをマネキンの頭に被せます。

シーラがレストランで会ったアドニスは、事前の紹介とは異なる無神経な男でした。

ラックモアは狭い荷物用エレベーターに体を折り曲げて収め、下に降りていきました。

がさつなアドニスの行動と、会話もろくにない態度に失望するシーラ。

最悪のデートを終え自宅に戻ったシーラはドレスを脱ぎます。胸には発疹が出ていました。

息子を呼びに部屋に行くと、そこに彼の恋人のグウェンがいました。戸惑うシーラに、他人行儀な言葉を淡々と浴びせるグウェン。

ベットで次のデート相手を検討してから寝たシーラ。衣服をしまうクローゼットの中から、奇妙な音が聞こえてきます。

荷物用エレベーターで控室に現れるミス・ラックモア。彼女は開店と共に来た客を、他の従業員と共に迎え入れました。

シーラが目覚めた時、紅いドレスはクローゼットの外に落ちていました。息子のヴィンスに、グウェンが自分の衣類を物色したと告げるシーラ。

怪訝な顔のヴィンスに、彼女は遠慮の姿勢を全く見せない息子の恋人グウェンを、自分は心底嫌っていると告げました。

他の衣類と共に、紅いドレスを洗濯機に入れるシーラ。その時ドレスに、奇妙な記号を記したタグが付いていると気付きます。

洗濯中、ヴィンスとグウェンとボードゲーム「ルド」をプレイするシーラ。

彼女の胸の発疹に気付いたグウェンは、嫌みたっぷりに騒ぎ立てます。シーラを負かすグウェンの「ルド」の容赦ないプレイには、ヴィンスも一言注意しました。

洗濯機から異音が聞こえます。電源を抜いても暴走する洗濯機を止めようとして、シーラは手を切り激しく出血します。

その頃、デントリー&ソーパーズ百貨店ではミス・ラックモアが同僚とマネキン人形を手入れしていました。

マネキンの服を脱がせオイルを塗るラックモアの姿を、百貨店の責任者ランディ氏(リチャード・ブレマー)が覗いています。

そのマネキンの下半身に体毛があります。そこに付いていた血を指に取り舐めるラックモア。それを見て興奮したランディは果てました…。

職場である銀行に出勤すると、上司のスタッシュとクライヴに呼び出されるシーラ。

親切丁寧に話しかけた2人は、シーラの握手はどうも印象が悪い、退勤時タイムカードを押す前にトイレに行ったと、些細なことを指摘してきます。

勤務を終えると、シーラはデントリー&ソーパーズ百貨店に行きました。

ミス・ラックモアを待つ間、商品カタログを眺めていたシーラは、例の紅いドレスを着たモデルの写真に目を止めます。そのページに強引に手を伸ばすミス・ラックモア。

彼女の話では、このモデルのジル・ウッドメア(シセ・バベット・クヌッセン)は死に、彼女が最後に着て愛したドレスこそ、紅いドレスだと語ります。

シーラが帰るとラックモアはそのページを破り、丸めて自分のスカートの中にしまいました。

帰宅したシーラはヴィンスの部屋で悪趣味なグウェンの下着に悪趣味な絵、年上女性と付き合う方法のHowTo本を見つけます。

新たなデート相手に、シーラは募集広告からザックを選び会いました。今回は別のドレスを着て会ったザックは、話の弾む相手でした。

2人がデートしている時、家でヴィンスとグウェンが愛し合います。そこに忍び寄る紅いドレス。

着る者の無いドレスがグウェンに覆い被さり、彼女は悲鳴を上げました。

デートを終え家に帰り、ベットで眠るシーラを見下ろすように、紅いドレスは宙に浮いています。

デントリー&ソーパーズ百貨店では、今日もランディ氏とミス・ラックモアたちが開店前に詰めかけた客を迎え入れました。

シーラの家に招かれたザックは、紅いドレスに「私を着るあなたは、私を知るでしょう」と書いてあると気付きます。

単なるデザイン上の遊びだとザックは言いますが、これを着たモデルは死んだと話すシーラ。

チャリティなどで流通する古着の半分は、故人の物だ語るザック。ドレスは君に似合うので、ぜひ着て欲しいと話します。

ドレスを着たシーラとザックは愛し合います。しかしその後、ドレスは独りでに部屋の外に出て宙を舞いました。

別の日、紅いドレスの上にコートを着て、ザックと野原にデートに出たシーラ。そこで飼い主の元から逃げた犬に襲われます。犬はシーラのドレスを噛み引き裂きます。

自宅に連れ帰ってくれたザックを、息子のヴィンスに紹介するシーラ。母にドレスをどうするか尋ねるヴィンス。

破れて棄てたドレスは、いつの間にか元通りに戻っています。

その夜眠っていたシーラは物音で目覚めます。それはクローゼットの中でハンガーから逃れようと動く紅いドレスの立てる音でした。

ドレスの動きに合わすように、奇妙に体を動かすミス・ラックモア…。

以下、『ファブリック』のネタバレ・結末の記載がございます。『ファブリック』をまだご覧になっていない方、ストーリーのラストを知りたくない方はご注意ください。


(C)ROOK FILMS FABRIC LTD, THE BRITISH FILM INSTITUTE and BRITISH BROADCASTING CORPORATION 2018

奇怪な紅いドレスの返品しようと、デントリー&ソーパーズ百貨店を訪れたシーラ。

丁寧かつ厳格な態度で、領収書が無いと断る店員のミス・ラックモアに、別の物と交換で構わないとシーラは要求しました。

あれこれ喋るラックモアに、ともかくドレスを引き取って欲しいと告げるシーラ。頑なに拒まれて諦め、彼女はドレスを持って帰ろうとします。

百貨店の責任者ランディ氏が話しかけてきます。訳の分からぬ大層な言葉に呆れるシーラ。

あなたはミス・ラックモアと、神聖な恍惚の取引を行ったと告げるランディ氏。

なぜ返品できないのとの問いに、ランディは季節限定セールスの目的は、在庫の商品をお客様に流通させることだと話します。

返品は物事の道理に反するとのランディ氏の奇妙な主張を聞かされ、シーラはドレスを持ち百貨店を後にします。

職場に戻ったシーラを、親切丁寧な口調で奇妙な内容を話しかけ呼び出す上司のスタッシュとクライヴ。

今度は重役の愛人に対する態度が馴れ馴れしいと、2人は理不尽な注文を付けます。

悩みがあるのではと尋ね、シーラの見た悪夢を語らせる2人。母が亡くなった後、残されたドレスにまつわる悪夢でした。

彼女はチャリティに出品する古着を詰めたトランクに、紅いドレスを入れました。その夜、トランクを積んだ車でザックに会いに行くシーラ。

暗い夜道にマネキン人形が立っていると気付くシーラ。驚きそれを避けようとして事故を起こしました。

車から這い出たシーラは、空中を舞う紅いドレスを見ます。絶命する彼女の肌には、ドレスの意匠と同じ傷があります。

家にいた息子のヴィンスの元に、警察が事故を告げる電話が入りました…。

事件の後、古着屋で売られていた紅いドレスを男が購入します。野菜を詰めたカゴにドレスをかけ、車を走らせる男。

カゴの中の野菜は、なぜかカビに覆われ腐ります。

結婚を控えたレッグ(レオ・ビル)は、友人たちや義父が開いた婚前パーティーに招かれます。

酒場で酔って盛り上がる仲間から、紅いドレスを着るよう言われるレッグ。気弱な彼はトイレで着替えました。

女装した彼を見て盛り上がる男たち。皆から”バナナス”と呼ばれている、義父となるブライアンから娘を大事にしろと釘を刺されたレッグ。

騒ぎの果てに酔いつぶれたレッグは、ドレス姿のまま吐き路上に倒れます。

翌朝、二日酔いで寝込むレッグの横で、電話に大声でしゃべるバブス(ヘイリー・スクワイアーズ)。

彼女は父を含めた悪い飲み仲間に付き合う婚約者に呆れていました。起きられないレッグに結婚式の準備を尋ねます。

ドレスを着た彼の胸には、シーラと同じ発疹ができていました。

洗濯機など家電の修理人レッグの勤め先に、何やら文句を言いに強面の男コットレルが現れます。

呼び出され、黙ったままのコットレルに睨まれるレッグ。

レッグは洗濯機の修理に訪れた家で女と雑談します。彼が幼馴染みと結婚したと知り、彼女は嘘つきの元夫の心境について、彼の意見を求めました。

返答に困ったのか、レッグは会話を閉ざすように洗濯機の修理方法と部品名をつぶやき始めます。

夜の営みの最中も、結婚式の招待客をあれこれレッグに話すバブス。事が終わって眠る2人を、見守るように宙に浮いている紅いドレス。

翌朝、そのドレスを着た姿をレッグに見せたバブス。自分に似合っているので、洗って悪臭を落とそうと言います。

ドレスのサイズが36と聞き、なぜ自分の体に合うのかバブスは疑問に思いました。

バブスは洗濯機にドレスを放り込み、レッグとデントリー&ソーパーズ百貨店に行きます。試着して自分にはサイズ38でも入らないと言うバブス。

店内では万引きした老婦人に、ランディ氏が首4の字固めをかけていました。

百貨店を出ると一方的にレッグに話しかけるバブス。ショーウィンドゥの中のマネキンの足に目を止めた彼は、過去を思い出します。

返事をしないレッグをバブスは大声で呼びます。彼女は2人に発疹を起こした、紅いドレスを売った店はどこか知りたがっていました。

家に戻ると洗濯機は壊れ、中身の衣類は外に飛び出しています。例のドレスを外に干したバブス。

洗濯機を修理し始めたレッグは、修理方法や部品名をつぶやき続けます。

それを聞いたバブスの意識は遠のきます。吊るされた紅いドレスは、逃れたがっているように風にあおられていました。

レッグの職場にまたコットレルが現れます。対応した彼は、黙って手を差し出したコットレルに、自分の名刺を渡します。

その名刺を食べ、沈黙を続けレッグを睨むコットレル。

クリスマスツりーを飾る父とレッグにうるさく話しかけるバブス。彼女は床に落ちた紅いドレスを拾い上げます。

2人の寝室のカナリアの籠にドレスが被さります。翌朝、カナリアは死んでいました。

バブスはドレスがカナリアを窒息させたと言いますが、レッグは取り合いません。

しかし一酸化炭素中毒の可能性があると、湯沸かし器の炎の色に気を付けろとバブスに告げたレッグ。

レッグはワインゲルズ銀行を訪れローンを依頼します。対応したのはスタッシュとクライヴの2人組でした。

にこやかに昔話を語り、レッグに唯一可能なローンを示すスタッシュとクライヴ。

彼の仕事ぶりを見たいと、洗濯機修理を実演を2人は要求します。彼が話し始めると、2人の意識は遠のきます。

我に返った2人はレッグが見た夢に興味を持ち、話すよう促しました。

バブスの出産に間に合わなかった彼は、分娩室に入れずガラス越しに見守るしかありません。

帝王切開で生まれた女の子は、紅いドレスを着ていました。

話を終えたレッグは、また洗濯機の修理方法と部品名をつぶやき始めます。意識が遠のくスタッシュとクライヴ。

夜道を車で走り、家に帰宅するレッグ。彼の頭に風にたなびく紅いドレスがよぎります。

バブスは湯沸かし器の上に紅いドレスを一時置いて、点火してからデントリー&ソーパーズ百貨店に向かいました。

百貨店に来た彼女を、なぜか妙な説明で追い出そうとするミス・ラックモア。

入り口のドアから入店したと抗議するバブスに、ラックモアはそのドアは永遠の回転ドアでございます、と大層な言葉で退店を促します。

意地になったバブスを、言葉を重ね追い出そうとするラックモア。しかしランディ氏と何か言葉を交わすと、打って変わった態度で歓迎しました。

抗議と嫌味を込めたバブスの言葉を聞き、笑い出したミス・ラックモアとランディ氏。

家に残ったレッグは、呆けたようにデントリー&ソーパーズ百貨店の奇妙なTVCMを眺めていました。

百貨店でラックモアにサイズを聞かれたバブスは、自分の見た悪夢を語ります。

服のカタログのモデルは自分自身でした。写真の自分はどんどん痩せていくのに、カタログが示すサイズの大きさはどんどん大きくなってゆく。

カタログの自分の写真は切り刻まれて仕舞われ、百貨店に埋葬される。それがバブスの悪夢でした。

話を聞き終えるとあくびをして、彼女を試着室に案内したミス・ラックモア。

TVのCMから目の離せないレッグ。湯沸かし器の炎は危険な赤色に変わっていました。

試着室でバブスが着替えていると、脱ぎ捨てた紅いドレスが這い出て行きます。

その頃ミス・ラックモアの前では、2人の年配の女性客が会計の順番を巡って争いを始めました。

争いは殴り合いに発展します。展示品が壊れる騒ぎに紛れて、手近な商品を盗み始めた客たち。

一酸化炭素中毒になったのか、レッグが見つめるデントリー&ソーパーズ百貨店のCMの映像は歪んでいきます。

あらゆる物が壊される百貨店で、倒されたマネキン人形を守ろうとするラックモア。

電気ストーブの上に紅いドレスが落ち燃え上がります。非常ベルが鳴り響きました。

バブスは試着室から出れません。災害が発生したので、お客様は優雅に退店するように、と求める案内放送が流れます。

混乱が続く中、客たちは逃げて行きます。案内放送にあざ笑う声が加わりました。

炎に包まれるデントリー&ソーパーズ百貨店の中で、溶けて崩れるマネキン人形。

客にかつらを奪われたミス・ラックモアは、マネキンを持ち狭い荷物用エレベーターに乗り込みます。

マネキンと共に降りて行くラックモアの視線の先に、ドレスを着て死んだモデルのジル・ウッドメアが現れます。彼女は紅いドレスをミシンで縫っていました。

その次に、紅いドレスを縫うシーラの姿が登場します。続いてレッグ、続いてバブスの姿が現れます。

その後に紅いドレスの縫い手を待つ、無人のミシンが次々現れます。ドレスは更なる犠牲者を求めているのでしょうか。

焼け落ちた百貨店の廃墟の中で、男が新品同様の鮮やかな紅いドレスを拾い上げました。

映画『ファブリック』の感想と評価

参考映像:『バーバリアン怪奇映画特殊音響効果製作所』(2012)

この映画を見た人は、一体どう解釈して良いのやら、困惑している事でしょう。

オルタナティヴ・ロックバンド”ステレオラブ”のメンバー、ティム・ゲインが結成したバンド、”キャヴァーン・オブ・アンチマター”。

サイケデリックな音楽を生む彼らが、『ファブリック』に提供したのは70年代映画を思わせるメロディです。

映画で描かれた舞台も70年代風で、鮮やかなドレスの紅色からダリオ・アルジェントを連想する方も多いでしょう。

私の正直な印象は当時ブライアン・デ・パルマが、デイヴィッド・リンチ風の映画を撮ったら、きっとこんな作品だ、です。

奇想天外な状況を、鮮烈なイメージの映像に仕立てた本作を、批評家はこぞって大絶賛しています。

一方で本作を並みのホラー映画だ、『バーバリアン怪奇映画特殊音響効果製作所』同様の映画だ、と思って見た方からは「何だこれは!」という声が上がっています。

どちらも正直な反応、デントリー&ソーパーズ百貨店従業員、ミス・ラックモアならこの映画を、「あなたの好奇心旺盛な魂を、さぞ満足させることでしょう」と紹介するでしょう。

現実を誇張して描かれた映像世界


(C)ROOK FILMS FABRIC LTD, THE BRITISH FILM INSTITUTE and BRITISH BROADCASTING CORPORATION 2018

ピーター・ストリックランド監督はインタビューで、皆がこの作品をジャッロ(主に70年代、アルジェントらが製作したイタリア製怪奇・ホラー映画)と比較すると話しています。

しかし一番影響を与えたのは、イギリスのドラマ『The Office』(2001~)、ごく一般の人々が職場で遭遇する奇人や変人、珍妙な出来事を描いたコメディだと語る監督。

監督は本作を、ホラー映画の雰囲気で作りたかったと認めています。

同時に彼は自分の作る映画は非常に論理的で、奇妙に見えても全て我々のある部分や、遭遇した出来事を誇張して描いたに過ぎないと説毎します。

本作を見た人の多くは、テーマは消費文明への風刺と受け取るでしょうが、意外にも監督本人はインダビューでそれを否定していました。

2部構成で出来た『ファブリック』は、本来はもっとエピソードを重ねる予定でした。予算上の制約でこの形になった、と説明しています。

監督の狙いは怪談を描くことでは無く皆が職場で遭遇する、店舗で消費者あるいは従業員として遭遇する、奇妙なエピソードを誇張して描き積み重ねることでした。

様々なイメージや自分の見る夢、睡眠中に見た夢からは稀だが、白昼夢からはよくアイデアを得ている、と語るデイヴィッド・リンチ。

リンチはそういった映像を重ねて映画を作り、時に映画全体のストーリーは難解で、意味不明と呼ばれる作品を完成させました。

『ファブリック』も同様に、監督が興味を抱いた状況を映像化し積み重ねた作品です。

呪われたドレスは、奇妙な状況をつなぐ狂言回しとして、映画の中をさまよっているのです。

身近な「あるある」を描いた映画として楽しもう

参考映像:『The Duke of Burgundy』(2014)

映画の登場人物は、全て私自身の代理人だと語る監督。シーラとレッグの中に、たくさんの自分が存在すると説明しています。

世間の多くの人々が小売業に関わるように、映画製作者たちも同様の業務に関わらねばならない。それらの経験もまた、映画に反映されたと解説していました。

本作のシーラの上司、スタッシュとクライヴはお気に入りのキャラクターとだと語る監督。まさにドラマ『The Office』の登場人物のような存在です。

自分自身は暴力よりも、性的なものに興味を魅かれると監督はインタビューで告白しています。

どんな人も皆、様々な性的欲望に悩まされている。それを題材としたルイス・ブニュエルの映画を、私が好む理由だと語っています。

監督の前作『The Duke of Burgundy』には、性的な題材に挑む姿勢が見て取れます。本作に散りばめられた性的描写も、監督の興味を大いに反映したものです。

これらも奇妙なシーンの数々として登場します。同時に通常の映画には少ない、50代のカップルの真面目で美しく愛おしいラブシーンも描かれました。

『ファブリック』はストーリー性やテーマを求めると、観客は迷宮に捕らわれるタイプの作品です。リンチやアレハンドロ・ホドロフスキーの映画をご覧の方なら想像出来るでしょう。

むしろ日常に潜む奇妙な出来事、接客の場や職場での珍事、性に関する秘め事など滑稽さを、身近な「あるある」ネタを誇張して楽しむ感覚で、素直に見るべきです。

「このような素晴らしい映画をあるがままに受け取らないことは、映画の性質に反する行為です」。と本作に登場するデントリー&ソーパーズ百貨店の、ランディ氏なら語るでしょう。

まとめ


(C)ROOK FILMS FABRIC LTD, THE BRITISH FILM INSTITUTE and BRITISH BROADCASTING CORPORATION 2018

ストーリーを求めれば難解。しかし1つ1つのシチュエーション、そして鮮烈な映像イメージが実に見応えある映画『ファブリック』。

無論ドレスにまつわる怪談話、ブランドを信奉しそれに振り回される人を描いた、消費文明への批判として見る事も可能です。

高価な婦人服の価値など判らない、そういう方は多いでしょう。しかし人は自分の好む物、趣味や贔屓の対象には極端に価値を見い出すものです。

その対象がアイドルであれアニメやコミックであれ、スポーツであれギャンブルであれ、ペットや愛する身近な人であれ、信奉するものに価値を与える行為こそ、無上の喜びでしょう。

第三者に理解されずとも構わない、誰もが自分の趣味をそう感じているはず。

私が映画の素晴らしさを伝える行為も、多くの場合第三者には意味不明なことも含めて、本作のデントリー&ソーパーズ百貨店のランディ氏みたいな言動です。

理解してくれる方を信じて書いてます。…そういえばランディ氏、映画の中でトンデモないことをしています。そうはならぬ様に、自戒することにしましょう。

次回の「未体験ゾーンの映画たち2021見破録」は…


(C)2020 Studio Bonanza / CTB Film Company / Cinema Foundation of Russia

次回第17回は、崩壊した世界で人々が熱狂するスポーツは、宇宙の運命を左右する戦場だった!ロシア発のSF映画『コスモボール/COSMOBALL』を紹介します。お楽しみに。

【連載コラム】『未体験ゾーンの映画たち2021見破録』記事一覧はこちら





関連記事

連載コラム

映画『ロッキー・ザ・ファイナル』ネタバレあらすじと感想。スタローン渾身のシリーズのラストを飾る完結編|すべての映画はアクションから始まる17

連載コラム『すべての映画はアクションから始まる』第17回 日本公開を控える新作から、カルト的評価を得ている知る人ぞ知る旧作といったアクション映画を網羅してピックアップする連載コラム、『すべての映画はア …

連載コラム

【ネタバレ】フォーエバー・パージ|結末あらすじ感想と考察評価の解説。スリラー映画でたった一つのルールが崩壊したアメリカを描く【SF恐怖映画という名の観覧車170】

連載コラム「SF恐怖映画という名の観覧車」profile170 1年に一度、12時間だけ殺人を含むすべての罪が免除される”パージ(浄化)”の時間。 人間の根幹にある暴力性の解放 …

連載コラム

『ジャッジメントフライ』ネタバレ感想と結末解説のあらすじ。チャリオット計画と飛行機内の密室で目覚めた7人|B級映画 ザ・虎の穴ロードショー6

連載コラム「B級映画 ザ・虎の穴ロードショー」第6回 深夜テレビの放送や、レンタルビデオ店で目にする機会があったB級映画たち。現在では、新作・旧作含めたB級映画の数々を、動画配信サービス【U-NEXT …

連載コラム

映画『テイクオーバーゾーン』あらすじと感想レビュー。吉名莉瑠(よしなりる)初主演の演技力に華を添えた東京ジェムストーン賞受賞|TIFF2019リポート18

第32回東京国際映画祭・日本映画スプラッシュ『テイクオーバーゾーン』 2019年にて32回目を迎える東京国際映画祭。令和初となる本映画祭が2019年10月28日(月)に開会され、11月5日(火)までの …

連載コラム

映画『剣の舞 我が心の旋律』感想と考察レビュー。ハチャトゥリアンの代表作となった名曲はひと晩で誕生していた|心を揺さぶるtrue story1

連載コラム「心を揺さぶるtrue story」第1回 読者の皆さま、はじめまして。連載コラム『心を揺さぶるtrue story』を担当させていただくことになりました、咲田真菜です。このコラムでは実話を …

【坂井真紀インタビュー】ドラマ『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』女優という役の“描かれない部分”を想像し“元気”を届ける仕事
【川添野愛インタビュー】映画『忌怪島/きかいじま』
【光石研インタビュー】映画『逃げきれた夢』
映画『ベイビーわるきゅーれ2ベイビー』伊澤彩織インタビュー
映画『Sin Clock』窪塚洋介×牧賢治監督インタビュー
映画『レッドシューズ』朝比奈彩インタビュー
映画『あつい胸さわぎ』吉田美月喜インタビュー
映画『ONE PIECE FILM RED』谷口悟朗監督インタビュー
『シン・仮面ライダー』コラム / 仮面の男の名はシン
【連載コラム】光の国からシンは来る?
【連載コラム】NETFLIXおすすめ作品特集
【連載コラム】U-NEXT B級映画 ザ・虎の穴
星野しげみ『映画という星空を知るひとよ』
編集長、河合のび。
映画『ベイビーわるきゅーれ』髙石あかりインタビュー
【草彅剛×水川あさみインタビュー】映画『ミッドナイトスワン』服部樹咲演じる一果を巡るふたりの“母”の対決
永瀬正敏×水原希子インタビュー|映画『Malu夢路』現在と過去日本とマレーシアなど境界が曖昧な世界へ身を委ねる
【イッセー尾形インタビュー】映画『漫画誕生』役者として“言葉にはできないモノ”を見せる
【広末涼子インタビュー】映画『太陽の家』母親役を通して得た“理想の家族”とは
【柄本明インタビュー】映画『ある船頭の話』百戦錬磨の役者が語る“宿命”と撮影現場の魅力
日本映画大学