連載コラム『だからドキュメンタリー映画は面白い』第32回
「未完の映画」が、その後のSF映画に多大な影響を及ぼした?
今回取り上げるのは、2014年に日本公開の『ホドロフスキーのDUNE』。
奇才アレハンドロ・ホドロフスキー監督が映画化に挑んだものの、未完に終わった幻のSF大作『デューン 砂の惑星』の、知られざる顛末に迫ります。
【連載コラム】『だからドキュメンタリー映画は面白い』記事一覧はこちら
CONTENTS
映画『ホドロフスキーのDUNE』の作品情報
【日本公開】
2014年(アメリカ映画)
【原題】
Jodorowsky’s Dune
【監督】
フランク・パヴィッチ
【製作】
フランク・パヴィッチ、ステファン・スカーラータ、トラビス・スティーブンス
【キャスト】
アレハンドロ・ホドロフスキー、ミシェル・セイドゥー、H・R・ギーガー、クリス・フォス、ブロンティス・ホドロフスキー、リチャード・スタンリー、デバン・ファラシ、ニコラス・ウィンディング・レフン、ダン・オバノン、ピンク・フロイド
【作品概要】
『エル・トポ』(1970)、『ホーリー・マウンテン』(1973)で知られる奇才アレハンドロ・ホドロフスキー監督が75年に映画化に挑んだものの、未完に終わった幻のSF大作『デューン 砂の惑星』。ホドロフスキーをはじめとする当時の製作者を含めた関係者へのインタビューに加え、膨大なデザイン画や資料などを振り返りつつ、製作中止に追い込まれた過程を追っていきます。監督は、本作が劇映画デビューとなるフランク・パヴィッチです。
映画『ホドロフスキーのDUNE』のあらすじ
1975年、46歳のアレハンドロ・ホドロフスキー監督と、28歳のプロデューサーのミシェル・セドゥーは、ある一本のSF映画を企画します。
それは、「映画化不可能」と言われたフランク・ハーバートの小説『デューン 砂の惑星』の映画化でした。
「デューン」と呼ばれる砂に覆われた惑星アラキスを舞台に、抗老化作用を持つ香料メランジを巡る争いと権力闘争を描いたこの原作を映像にすべく、2人は尽力します。
しかし、あまりのそのスケールの大きさゆえに次第に企画にほころびが生じ、それと並行するかのように2人の関係にも変化が…。
本作は、ホドロフスキー版『デューン 砂の惑星』製作断念に至った顛末を、ホドロフスキーとセドゥー、デザイナーのH・R・ギーガーといった当時のスタッフの証言や、『ドライヴ』(2011)のニコラス・ウィンディング・レフン監督のインタビュー、貴重な資料の数々を通して振り返ります。
カルト映画監督が壮大なSF小説の映画化に着手
1965年から書かれたフランク・ハーバートの小説『デューン 砂の惑星』は、ハーバートが86年に亡くなるまでシリーズ6作を発表。
宮崎駿も『風の谷のナウシカ』を創作する際の参考にしたとされる、この小説の映画化に取り組んだのが、アレハンドロ・ホドロフスキー監督です。
1929年にチリに生まれたホドロフスキーは、70年の『エル・トポ』を皮切りに、73年には『ホーリー・マウンテン』も発表し、カルト界の巨匠としての確固たる地位を確立。
『デューン 砂の惑星』の映画化に着手した1975年は、まさに彼のフィルムメーカーとしての脂が乗り切った時期。
ホドロフスキーは、“魂の戦士”と呼ぶスタッフやキャストたちを集めるべく、奔走します。
バイタリティ溢れるホドロフスキーのヴィジョン
本作を観た率直な感想としては、とにかくホドロフスキーの人物像に圧倒されます。
『デューン 砂の惑星』とは、芸術と映画の神の降臨だ。
という並々ならぬ情熱の元、サルバドール・ダリやミック・ジャガー、オーソン・ウェルズ、メビウス、H・R・ギーガー、ピンク・フロイドといった多才な面々を、“魂の戦士”として次々と口説き落としたというホドロフスキー。
その、武勇伝ともいえる巧みな交渉術の過程を自信たっぷりに語る姿は、とても80代の年齢とは思えないほどイキイキとしています。
正直、話の大部分は“盛って”喋っているのでは?と思わなくもないですが、画家のダリや歌手のミックに俳優としてオファーした際のエピソードだけ抜き取っても、一本のフィクション映画にできそうなユニークさに満ちています。
『デューン 砂の惑星』が後世にもたらしたもの
参考:映画『デューン/砂の惑星』日本公開30周年記念特別版 Blu-ray BOX予告
私が作りたかったのは、LSDをやらなくてもあの高揚感を味わえる、人間の心の在り方を変える映画だった。
ギーガーのデザインによる建造物を背景に、漫画家メビウスが手がけたキャラクターが動き、ピンク・フロイドの音楽がドラマを盛り上げる――。
そんな壮大なヴィジョンを抱いてホドロフスキーが臨んだ『デューン 砂の惑星』でしたが、残念ながら当時の製作陣には、その全てを描く力はありませんでした。
結果的にホドロフスキー版は、多くの挫折を残して中止となりますが、映画化の企画自体は、その後も続行します。
まず、1984年にデヴィッド・リンチ監督が『デューン/砂の惑星』として映画化。
満を持しての映画化となったこのリンチ版でしたが、公開時は批評的にも興行的にも失敗してしまいます。
本作で、ホドロフスキーがリンチ版を観た感想を語っていますが、何とも腫れ物に触るような言い回しをしているのが面白いです。
それでもこのリンチ版は、現在では彼のフリークスへの偏愛度が如何なく表れたカルトムービーとして再評価する声もあり、リンチ版で描ききれなかったエピソードを補完したテレビドラマシリーズも、2000~03年に製作されました。
一方で映画版も、ドゥニ・ヴィルヌーブ監督、オスカー・アイザック主演によるリメイクが、2020年12月に公開予定となっています。
そして、頓挫したホドロフスキー版で作られたストーリーボードは、ハリウッドの様々なスタジオに持ち込まれ、構図や設定などのアイデアは、『スターウォーズ』(1978)や『エイリアン』(1979)に活かされることに。
人生で何か近づいてきたら”イエス”と受け入れる。『デューン 砂の惑星』の製作中止も”イエス”だが、それがどうした?『デューン 砂の惑星』はこの世界では夢だ。でも夢は世界を変える。
この言葉通り、ホドロフスキー版『デューン 砂の惑星』は世界を変えたのです。