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Entry 2020/03/27
Update

映画『オーバー・ザ・リミット』 感想レビューと評価。新体操の女王マムーンの軌跡から見えるロシアの舞台裏|だからドキュメンタリー映画は面白い44

  • Writer :
  • 松平光冬

連載コラム『だからドキュメンタリー映画は面白い』第44回

ロシアの華麗なる新体操の女王は、いかにして金メダリストとなったのか――

今回取り上げるのは、2020年6月26日(金)より、ヒューマントラストシネマ渋谷、新宿ピカデリーほかにて全国順次ロードショーの『オーバー・ザ・リミット/新体操の女王マムーンの軌跡』。

ロシアの新体操選手マルガリータ・マムーンと、彼女を指導するコーチ陣に密着した、想像を絶する舞台裏に迫ります。

【連載コラム】『だからドキュメンタリー映画は面白い』記事一覧はこちら

映画『オーバー・ザ・リミット/新体操の女王マムーンの軌跡』の作品情報


(C)Telemark,2018

【日本公開】
2020年(ポーランド・ドイツ・フィンランド合作映画)

【原題】
Over the Limit

【監督・脚本】
マルタ・プルス

【編集】
マチェイ・パブリンスキ

【キャスト】
マルガリータ・マムーン、イリーナ・ヴィネル、アミーナ・ザリポア

【作品概要】
ロシアの新体操選手マルガリータ・マムーンと、彼女のコーチを務めるイリーナ・ヴィネル、アミーナ・ザリポアに密着したドキュメンタリー。

監督は、自身も新体操の経験があり、アメリカ『ヴァラエティ』紙で「注目すべき10人のヨーロッパ人」にも選出されたマルタ・プルスが担当。

本作は、アメリカのNo1映画批評サイト「ロッテントマト(Rotten Tomatoes)」で最高得点100%Freshを獲得。

また、クラクフ映画祭2018の最優秀長編ドキュメンタリー賞、ルクセンブルク映画祭2018のドキュメンタリー賞など、各国の映画祭で高い評価を得ています。

映画『オーバー・ザ・リミット/新体操の女王マムーンの軌跡』のあらすじ


(C)Telemark,2018

20歳のマルガリータ・マムーンは、新体操王国ロシアの代表選手。

「リタ」の愛称で呼ばれる彼女は、来たる2016年のリオデジャネイロ五輪に向けて、鬼コーチたちからの強烈な指導を受け、日々の練習に励んでいます。

リタは優雅にリングをキャッチし、ボールを肩で転がしますが、コーチたちは彼女にさらなる高みを求め、何度も何度も繰り返させます。

なかでも、アリーナ・カバエワなど数多くのオリンピック金メダリストを育て上げてきたイリーナ・ヴィネルの指導は、特に精神面において極めて厳格。

アドバイスの域を通り越した、罵倒・怒号が飛び交います。

わずかな自由時間には、彼氏と電話で話したり、家族と過ごしたりして穏やかな癒しの時を過ごすリタですが、すぐにまた激烈なトレーニングの日々が始まります。

本作は、そうしたリタの光景をリオ五輪の本番まで余すことなく密着し、知られざる競技の世界に迫ります。

新体操の女王、マルガリータ・マムーンについて


(C)Telemark,2018

本作『オーバー・ザ・リミット/新体操の女王マムーンの軌跡』の被写体となる、「リタ」ことマルガリータ・マムーンは、1995年11月モスクワ生まれ。

7歳から新体操のクラブに通い、11歳から本格的に選手を目指します。

2004年にロシア代表チーム入りし、これまでに世界選手権で7冠、ヨーロッパ選手権で4冠といった、数々の優秀な成績を収めました。

そして、2016年のリオ五輪での新体操個人総合において、20歳にして76.483点で金メダルを獲得。

2017年に現役を引退後は、元ロシア代表の競泳選手アレクサンドル・スホルコフと結婚しています。

華やかな表舞台の“裏”にあったもの

(C)Telemark,2018

オリンピックに臨む選手を描いた映画は、ドキュメンタリーにおいては記録映像的な目的を担うものが多く、『東京オリンピック』(1965)や、『時よとまれ、君は美しい/ミュンヘンの17日』(1973)などはその代表的な作品といえます。

本作も、宣伝などで伝えられているように、リタが2016年のリオ五輪で金メダルを獲得するまでの舞台裏に密着。

オリンピックという最高の表舞台で、最高の結果を出して幕を閉じる——映画としては、これ以上ないハッピーエンディングです。

しかし、本作が描きたかったのは結果ではなく、リタをはじめとするロシア代表チームが、華やかな表舞台に臨むべく、“裏”で何をしていたのか。

それは、観る者の想像を絶する世界でした。

繰り出される罵詈雑言、激励のない叱咤

(C)Telemark,2018

あくまでもメインの被写体は、選手であるリタですが、本作でインパクトを残すのが、彼女のコーチを務めるイリーナ・ヴィネルとアミーナ・ザリポアでしょう。

特に、ヘッドコーチのイリーナによる指導は凄まじいもの。

技術面におけるアドバイスはもちろんのこと、その合間には「バカ」という言葉が優しく思えるほどの、「クズ」、「クソ」、「ウスノロ」、「地獄に落ちろ」、「薄汚いメス犬」などなど、怒涛の罵詈雑言が挟まれます。

もし悪口世界大会が開催されたら、確実に優勝できるレベルです。

リタがロシア国内で優秀な成績を収めた際には労いの言葉はかけるも、それも一瞬だけ。

彼女の辞書には、「褒める、励ます」の言葉はありません。

(C)Telemark,2018

かたや、もう一人のコーチであるアミーナ・ザリポア。

「あなたは人じゃなくてアスリートなのよ」のような厳しい言葉も出るものの、根底には母性的な愛情が感じられます。

ヒザに負傷を抱えるリタに寄り添ってマッサージを施すなどのスキンシップを図るなど、コミュニケーションを用いた指導をするアミーナ。

しかしイリーナは、「お前がベタベタと甘やかすからダメになる」と、彼女の指導方針をも一刀両断します。

リタとコーチ陣に上下関係があるのと同様に、2人のコーチの間にも存在する上下関係。

本作は、心理ドラマの要素も内包しているのです。

揺るぎなき新体操王国の真髄

(C)Telemark,2018

本作を観ていると、とにかくイリーナに怒られまくり、叱られまくりのリタが気の毒に思えてきます。

特に終盤での、リタの家庭事情に絡んだイリーナの罵倒は、あまりにも非情。

本作の宣伝文句では、『ブラック・スワン』や(2011)『セッション』(2015)が比較として挙げられています。

どちらも、師による教えを乞う者への罵倒がポイントとなる作品ですし、本作監督のマルタ・プルスも、制作時に『セッション』を思い出したと語っています。

ただ、それらとは別に、フィギュアスケーターのトーニャ・ハーディングの半生を描いた『アイ, トーニャ 史上最大のスキャンダル』(2018)も連想させます。

娘のトーニャを一切褒めずに、「優しさなんてムダ。嫌われてもあんたの才能を伸ばしたことに感謝しな」と、吐き捨てるように言い放つ母のラヴォナ。

もちろん、イリーナと、技術的指導を行わずに口汚く罵るだけのラヴォナを、単純に比較することはできません。

ただ、「お前はスケーターじゃなくてファイターなんだよ」というラヴォナの言葉は、アミーナの「あなたは人じゃなくてアスリートなのよ」とダブります。

まとめ

(C)Telemark,2018

本作製作にあたり、イリーナは最初こそ密着撮影に難色を示し、自身が発したリタへの罵詈雑言にも自主規制音をかぶせるよう要求したとか。

しかし、プルス監督が完成した本編を見せると、彼女はとても喜んだだけでなく、「モスクワ映画祭で上映してほしい」と頼んだといいます。

ここに、ロシアが新体操王国と称される真髄があります。

いくら悪者に思われようと、いくらパワハラだと非難されようと、自分の指導法は間違っていないし、何よりもリタに最大級の栄誉をもたらしている。

リタ本人も、国の威信がかかっている以上、自分には勝利以外は許されない上に、豊かな生活を送れないと分かっているからこそ、反論することなくジッと耐え忍んで練習に励むのです。

選手やコーチに備わる揺るぎないプライド——これを崩さない以上、他のライバル国が束になっても、ロシアには敵わないでしょう。

開催こそ2021年に延期となったものの、東京オリンピックでの新体操競技は、日本だけでなくロシアチームにも、目を向けてみるのもいいかもしれません。

次回の連載コラム『だからドキュメンタリー映画は面白い』もお楽しみに。

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