Cinemarche

映画感想レビュー&考察サイト

連載コラム

Entry 2019/03/19
Update

韓国映画『なまず』あらすじと感想。OAFF2019グランプリに輝いたイ・オクソプ監督のユニークな青春不条理劇|OAFF大阪アジアン映画祭2019見聞録13

  • Writer :
  • Cinemarche編集部
  • 西川ちょり

連載コラム『大阪アジアン映画祭2019見聞録』第13回

10日間に渡って催された第14大阪アジアン映画祭も、グランプリを始め各賞の発表を終え、無事閉幕しました。

アジア圏の様々な国の多種多様な作品51本が上映され、上映後のゲスト登壇によるアフタートークも盛り上がりを見せ、例年以上に活気のある映画祭となりました。

個性的な作品群の中からグランプリに輝いたのは韓国のイ・オクソプ監督の長編第一作『なまず』(2018/韓国映画)です。

今回は『なまず』の感想レビューと、上映後のアフタートークのリポートをお届けします。

【連載コラム】『大阪アジアン映画祭2019見聞録』記事一覧はこちら

映画『なまず』とは?

韓国国立アカデミー出身のイ・オクソプ監督の長編デビュー作です(英題は『Maggie』)。大韓民国国家人権委員会が支援する人権映画プロジェクトとして制作されました。

第23回釜山国際映画祭で初上映され、CGV Art House 賞を受賞しています。

病院で性行為を撮ったレントゲン写真が出回り、若い看護師は病院の副院長に犯人と疑われますが、ひょんなことから2人は行動を共にし、やがて物語は若い恋人同士の疑心暗鬼へと展開。独特のユーモアが炸裂する不条理青春コメディです。

若い看護師ユニョンを『春の夢』(2016/チャン・リュル監督)のイ・ジュヨンが演じ、恋人のソンウォンをク・ギョファンが演じています。

ク・ギョファンは、イ・ジュヨン監督と短編を共同監督するなど、監督のパートナー的存在で、本作では共同脚本、プロデューサーも務めています。

タイトルにある“なまず”がナレーションをするという形で進行していきますが、このなまずの声を『哭声/コクソン』で謎の女性を演じたチョン・ウヒが担当しています。

病院の副委員長を名優ムン・ソリが演じ、名脇役のミョン・ゲナムや『息もできない』のキム・コッピらが患者役として出演しています。

映画『なまず』のあらすじ

「マリアの愛病院」で、性行為を撮ったレントゲン写真が出回り、人々は犯人探しを始めました。

盗撮した人には誰も関心をみせず、皆、行為を行ったものは誰か?が気になるのです。

看護師のユニョンは、この写真は自分のものではないかと疑い、恋人のソンウォンもこれは俺達だと言い出します。

「やめよう」とユニョンが言うと、ソンウォンは漢字で「辞表」と書き始めました。

「そういう意味じゃなくて、考えるのはやめようという意味よ」とユニョンは言いますが、二人は漢字とハングルと英語で辞表を書き、最終的にハングルを選択します。

翌朝病院に出勤すると、副院長がやってきて、しかるべきところで検討し、結果を伝えますと言ってきました。

暗にやめろと言われたと判断したユニョンは、私は絶対辞めませんと宣言します。

翌朝、出勤すると、なんとユニョンと副院長以外誰も出勤してきません。二人で手分けして電話したところ、皆、体調が悪いらしいのです。

仮病に違いないと副院長はかんかんですが、ユニョンは彼女を宥めます。「あなたは信頼されたことがないでしょう? 信じる練習をしましょう。本当に嘘なのかを目で確かめませんか?」

キム・ジンソン医師の家に行くと、なぜだか、知らない人が鍵を開けてくれました。中に入ると、キム・ジンソン医師が倒れていました。

体調が悪いのは本当だったのです。ユニョンと副院長は人を信じることを誓い合います。

そんな時、血だらけの男の人が病院にやってきました。りんごを剥いていて、手を滑らせたのだそうです。

手術室に運び、副院長が傷口から取り出したものは、弾丸でした。「りんごを切っていたと言っていたのに」と言う副院長にユニョンは言います。「信じるべきです」

二人の信じる心はためされることになります。

病室で患者に飼われているなまずは全てを見ていました。ある日、なまずの飼い主はなまずが大きく跳ね上がったのを見ます。

「大地震が来る!」と彼が騒いだため、同じ病室の患者たちは避難しますが、何も起こりそうにありません。

ところが起こったのです。地震ではなく、地殻変動によるシンクホールがソウルのあちこちちに現れたのです!

その対策として、無職だったソンウォンは、仕事につくことができました。ところが、彼は大切なペアリングを無くしてしまい同僚を疑い始めます。

そんな頃、ユニョンの前にはソンウォンの元カノがやってきて、ある告白をします。

ユニョンはソンウォンに次第に猜疑心を抱き始めるのでした。

映画『なまず』の感想と評価

病院で起こったスキャンダルが、いつの間にか“人を信じる練習”なるものに移ったかと思えば、突然地殻変動が起き、やがて身近な人への猜疑心が芽生えていく・・・。

どうしたらこんなことが思いつくの?と思わず問いたくなるエピソードが積み重ねられ、予想不可能な展開の中、抜群のユーモアセンスが炸裂し、何度も吹き出してしまいました。

不条理コメディと表現するのが最も適切でしょうか。いや、そんなジャンルわけをするのもちょっと違和感があります。

“ぶっとんでいる”と表するのがもっとも相応しい、実にパワフルで攻めている作品なのです。

入院中の患者が飼っているなまずが、物語を語る(ナレーター)という設定もなんとも人を喰っています。

映画に限らず、新人の作品を批評する際、「荒削りだがパワーがある」という表現が使われることが多いですが、本作は一見そう見えつつ、それだけでない練りに練った主題の濃密性が見受けられます。

人間の集団心理や、韓国の若者の労働問題などにも言及しながら、一見脈絡がないエピソードの積み重ねの中で、人への信頼、あるいはそのゆらぎが、一貫して語られているのです。

思考の停止から信じることへ、さらに親しい人への猜疑心へと緩やかに変遷しながら、現代を生きる若者たちのナイーブな姿が描写されます。

そうした主題を、他の誰にも真似できない究極のオリジナルな感性で表現しているところが、グランプリに相応しいと評価されたのでしょう。

切実な恋愛映画であると同時に、宇宙的規模のスラップスティックコメディでもあるという繊細さとダイナミズムが大きな魅力となっています。

ムン・ソリ扮する副院長とイ・ジュヨンの看護師との掛け合いも愉快で、ムン・ソリがノリノリで役を楽しんでいる様子が伝わってくるのも、作品をよりエキサイティングなものにしています。

まとめ

アフタートークでのイ・オクソプ監督とク・ギョファン氏


@Cinemarche

映画祭最終日のABCホールでの上映のあと、イ・オクソプ監督とプロデューサーでソンウォンを演じたク・ギョファン氏が登壇しました。

司会の宇田川幸洋さんの「そもそもなぜ“なまず”なんですか?」という質問に、イ・オクソプ監督は、「人は誰かに褒めてほしい、労ってもらいたいと思っているものですが、私は人に労ってもらうよりは、動物などに癒やされることが多いのでこのタイトルにしました」と回答。

会場からは「人権映画プロジェクトとして制作された作品ですが、どのあたりに“人権”の焦点があたっているのか」という質問があり、それに対してク・ギョファン氏は「青年たちが抱いている不安というものが青年たちの人権であると考え、青年の話を繰り広げていくことが人権を描くことになると考えました」と述べていました。

また、映画内に出てくる「穴に落ちた時に大切なのは掘り進むのではなく、穴から出ることだ」という言葉は韓国の詩人の言葉だそうです。

「名言が好きですか?」と宇田川さんが尋ねると、「弱い人間なので」とイ・オクソプ監督は回答し、先程の詩に関して「陥りやすい失敗なので、指針にしたい言葉です」と付け加えていました。

さらに、哀しみを面白みに変えて表現するのが自分のスタイルであるという監督に会場からは質問の手がいくつもあがりましたが、時間の関係で打ち切られるほどでした。

大いに盛り上がったアフタートークでした。

【連載コラム】『大阪アジアン映画祭2019見聞録』記事一覧はこちら

関連記事

連載コラム

映画『毒娘』あらすじ感想と評価解説。元ネタの‟ちーちゃん”を内藤瑛亮監督がリアルに演出する|映画という星空を知るひとよ196

連載コラム『映画という星空を知るひとよ』第196回 少女の無邪気な悪意が、幸せな家族の「毒」を暴き出す! 『ミスミソウ』(2018)『許された子どもたち』(2020)の内藤瑛亮監督が手がけたパラサイト …

連載コラム

映画『エマの瞳』あらすじと感想レビュー。不器用な人々を暖かく見守る視点|銀幕の月光遊戯23

連載コラム「銀幕の月光遊戯」第23回 映画『エマの瞳』が2019年3月23日(土)より新宿武蔵野館、横浜シネマ・ジャック&ベティほかにて全国順次公開されます。 『エマの瞳』はイタリアの名匠シルヴィオ・ …

連載コラム

映画『仮面ライダーグリス』あらすじネタバレと感想。東映ビデオが見せる【ビルドNEW WORLD】の魅力|邦画特撮大全59

連載コラム「邦画特撮大全」第59章 2019年9月6日より期間限定上映が開始されたVシネクスト『ビルドNEW WORLD 仮面ライダーグリス』。 2017年から2018年にかけて放映され人気を博した『 …

連載コラム

アート・オン・スクリーン『私は、クロード・モネ』印象派の巨匠に迫る体験|映画と美流百科1

連載コラム「映画と美流百科」第1回 はじめまして。この度「映画と美流百科」というコラムを担当することになりました、篠原愛と申します。 このコラムでは、ファッションやアートなどを切り口に、映画を紹介して …

連載コラム

映画『インシテミル』ネタバレ感想と結末解説のあらすじ。“ 7日間のデスゲーム”原作との謎の違いを考察する|SF恐怖映画という名の観覧車141

連載コラム「SF恐怖映画という名の観覧車」profile141 『バトル・ロワイアル』(2000)や『カイジ 人生逆転ゲーム』(2009)などの映画に主演し、他人との命や大金の取り合いを強要される「デ …

【坂井真紀インタビュー】ドラマ『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』女優という役の“描かれない部分”を想像し“元気”を届ける仕事
【川添野愛インタビュー】映画『忌怪島/きかいじま』
【光石研インタビュー】映画『逃げきれた夢』
映画『ベイビーわるきゅーれ2ベイビー』伊澤彩織インタビュー
映画『Sin Clock』窪塚洋介×牧賢治監督インタビュー
映画『レッドシューズ』朝比奈彩インタビュー
映画『あつい胸さわぎ』吉田美月喜インタビュー
映画『ONE PIECE FILM RED』谷口悟朗監督インタビュー
『シン・仮面ライダー』コラム / 仮面の男の名はシン
【連載コラム】光の国からシンは来る?
【連載コラム】NETFLIXおすすめ作品特集
【連載コラム】U-NEXT B級映画 ザ・虎の穴
星野しげみ『映画という星空を知るひとよ』
編集長、河合のび。
映画『ベイビーわるきゅーれ』髙石あかりインタビュー
【草彅剛×水川あさみインタビュー】映画『ミッドナイトスワン』服部樹咲演じる一果を巡るふたりの“母”の対決
永瀬正敏×水原希子インタビュー|映画『Malu夢路』現在と過去日本とマレーシアなど境界が曖昧な世界へ身を委ねる
【イッセー尾形インタビュー】映画『漫画誕生』役者として“言葉にはできないモノ”を見せる
【広末涼子インタビュー】映画『太陽の家』母親役を通して得た“理想の家族”とは
【柄本明インタビュー】映画『ある船頭の話』百戦錬磨の役者が語る“宿命”と撮影現場の魅力
日本映画大学