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映画『幸福路のチー』あらすじ感想とレビュー評価。台湾の歴史とともに生きるヒントを描く|映画道シカミミ見聞録43

  • Writer :
  • 森田悠介

連載コラム「映画道シカミミ見聞録」第43回

こんにちは、森田です。

今回は11月29日に日本で劇場公開された台湾のアニメーション映画『幸福路のチー』を紹介いたします。

東京アニメアワードフェスティバル2018長編グランプリや、第55回電影金馬奨最優秀アニメーション映画賞などを受賞し、世界中の人々の幸せを望む心を射止めてきた本作から、幸福につながる道について考えていきます。

【連載コラム】『映画道シカミミ見聞録』記事一覧はこちら

『幸福路のチー』のあらすじ(ソン・シンイン監督 台湾 2017年)


(C)Happiness Road Productions Co., Ltd. ALL RIGHTS RESERVED.

舞台は台北郊外に実在する通り「幸福路」。そこで生まれ育ち、いまはアメリカで暮らしているチー(声:グイ・ルンメイ)は、祖母の訃報に接し帰郷することになります。

運河は整備され、遠くには高層ビルが立ち並び、すっかり変わってしまった景色を目にして、彼女は子どものころの記憶をたどりはじめます。

金髪に青い目の泣き虫チャン・ベティ。腕白でいたずら好きなシュー・シェンエン。彼らとは小学校で出会い、木登りをしたり大きな声で歌ったり、はしゃぎまわったものでした。

3人は屋根の上で夢を叫びあいます。ベティは「アメリカのパパに会いたい」、シェンエンは「社長になる」、そしてチーは「世界を変えたい」と。

その後実際に台湾は、戒厳令の解除(87年)から民進党による政権交代(00年)に至るまで民主化の波に揺れていくのですが、それらもチーの歩みの背景に描きこまれていきます。

自分はあのころ思い描いた未来に、いま立っているのか。

ノスタルジーに浸るのもつかの間に、夜間警備の仕事をする父や、廃品回収で生計を支えようとする母の姿を現実にみて、時の残酷さを思い知るチー。

そんなある日、彼女は警察からの電話で、万引きを疑われた母を迎えに行きます。

母の顔には娘が故郷を去ったときにみせた悲しい表情が浮かんでおり、チーが無邪気に飛びつくにはもう小さすぎる背中が、ただそこにありました。

チーは帰ってきた幸福路で“岐路”に立たされ、これまで逃げてきた自身の離婚問題と身ごもった体に向きあうことにします。

叶わなかった夢のさきに


(C)Happiness Road Productions Co., Ltd. ALL RIGHTS RESERVED.

本作が国を越えて共感を集めている理由のひとつは、『ニュー・シネマ・パラダイス』(ジュゼッペ・トルナトーレ監督/88年)に代表されるような「帰郷と追憶」を丁寧に描いているからでしょう。過去は無条件に明るく、楽しいものです。

一方で台湾現代史に家族の物語を託した『悲情城市』(ホウ・シャオシェン監督/89年)のように、「歴史と個人」の運命が刻まれているのも印象的です。こちらは80年代から90年代にかけて多く生みだされた「台湾ニューシネマ」の系譜を受け継いでいるといえます。

そしてやはり回想を交えて女性の半生を描くアニメの点でいえば、『おもひでぽろぽろ』(高畑勲監督/91年)に似た感動が思い起こされます。この視点からは、過去と歴史を踏まえたうえで、このさき自分はどう生きるべきかという「個人の選択」が浮かびあがってきます。

『幸福路のチー』は最後のポイントにより焦点を当てて、現代を生きるわたしたちにあるメッセージを投げかけているようです。

物語の現在を確認すると、ベティは母と同様に父親不在の家庭を守るシングルマザーとなり、シェンエンは99年の台湾大地震で帰らぬ人になり、そしてチーは繰りかえしの日々を生きる市井の人になりました。

またチーの母親は「あなたには幸せになってほしいの」と言い自分たちの夫婦関係を嘆き、チーの夫のトニーは「幸せにします」と約束しながらも最後には離婚を受け入れます。

この映画はまさに、“叶わなかった夢”でいっぱいです。

人生はままならない。だれもが共感できるところですが、生きるためにはそのさきの物語を見つけなくてはなりません。

そしてソン・シンイン監督はこのアニメーションを作ることで、答えを導こうとしていた様子がうかがえます。

制作現場の幸運


(C)Happiness Road Productions Co., Ltd. ALL RIGHTS RESERVED.

チーの半分は自分であることを明かしているソン監督は、この半自伝的な物語を映画化するにあたり、独力で資金集めに奔走しました。その額は日本円にして約1億8千万円に上ります。

自主製作としては不可能にも思える金額ですが、それこそ幸運によって乗り越えられたことが、映画公式パンフレットで語られています。

ソン監督:困難に直面し諦めようと思ったことは何度もありましたが、そんな時いつも夫が「あなたには才能がある。絶対良い作品を作れるからそのことを信じて」と言って支えてくれました。
(公式パンフレットより)

これは劇中で祖母がチーに言い聞かせる重要な台詞、“おまえが何を信じるかで自分の人生が決まる。すべては思いの強さにかかっている”と符合します。

そしてその思いに応えるかのように、制作現場でもある奇跡が起こります。

ソン監督:この映画は危機に瀕する度に、“天使”が現れてくれました。(…)そういう人たちが周りに次々と出てきて運命的なものを感じ、諦めたらダメだと思いました。
(同上)

その天使とは、声の出演を引き受けた台湾映画界を代表する女優グイ・ルンメイと、主題歌を担当した台湾の歌姫ジョリン・ツァイです。

大スターが自主映画に参加するという幸運を得て、映画は無事完成までたどり着きました。

これらの経験のなかに幸福へのヒントがあります。すなわち「愛情」と「偶然」を得るということです。

「幸福論」で有名な哲学者ラッセルも同様のことを指摘しているので、つぎにみていきましょう。

幸福の条件:『ラッセル幸福論』から


B・ラッセル『ラッセル幸福論(岩波文庫)』(安藤貞夫訳、岩波書店、1991年)

イギリスの哲学者でノーベル文学賞受賞者のバートランド・ラッセルによる『幸福論』(1930年)は、スイスのヒルティやフランスのアランが記した「幸福論」と並び、「三大幸福論」と称されています。

核兵器廃絶を訴えた「ラッセル=アインシュタイン宣言」(1955年)でも知られています。

ここでは同書におけるこの一文を取りあげてみます。

幸福な人とは、客観的な生き方をし、自由な愛情と広い興味を持っている人である。また、こういう興味と愛情を通して、そして今度は、それゆえに自分がほかの多くの人びとの興味と愛情の対象にされるという事実を通して、幸福をしかとつかみとる人である。
(B・ラッセル著、安藤貞雄訳『ラッセル幸福論』P.268)

別のところでは「愛情を受ける人は、大まかに言えば、愛情を与える人でもある」と換言しています。

ここには「愛を贈りあう」という互酬性の原理があり、その関係に身を置くことが「幸福」になる秘訣だとラッセルはいうのです。

チーが子どもを産んで家族と一緒に暮らすのを決めたように、またソン監督が夫の励ましによって支えられたように、ひとは愛のうえにはじめて自分の自由を求めることができます。

自由はアメリカという場所や、デモ隊の声そのものにあるわけではありません。最終的にはそこでどのような生活を、あるいは社会を築いて、愛し愛される関係を構築できるかにかかっています。

そのためにはまず、自分から外の世界に興味をもって愛を与えなくてはならない。そうすることで、今度は偶然という形をとって幸福がもたらされることがあります。

「偶然(happening)」にも「幸福(happiness)」にも頭に“hap”という文字がつきますが、それは“運”を意味しています。

「愛」をもって世界に働きかけ、「偶然」に返ってきたことが、自分にとっての「幸福」を形づくる。『幸福路のチー(原題:幸福路上 On Happiness Road)』のチーとソン監督からは、このような知見を得られるのではないでしょうか。

なおギリシア語で「幸福」はエウダイモニアといい、これは「よきダイモンに守られていること」を指します。ダイモンとは神的存在で、個人の運命を導く霊のようなものです。

愛情×偶然=幸福


(C)Happiness Road Productions Co., Ltd. ALL RIGHTS RESERVED.

ダイモンのようにチーに道を示しつづけた祖母の霊は、物語の最後に「永遠の幸せなどない」ことを伝えます。

それを象徴するかのように、ラストには国民党の馬英九政権が「ひまわり学生運動」で追及されるシーンが描かれます。民主化運動につづき、またデモが繰り返されるのです。

幸せとは確固たるものではない、そう気づかされるわけですが、ソン監督は「幸せとはゴールではなく、私たちが進む『路』と共にあるものだと思っています」と語っています。

人々の日常も、時代の流れも、ただおなじ場所をめぐっているだけなのかもしれません。そのなかで幸せは、愛を与える者の背中を追って、引き寄せられていくのでしょう。

それは冒頭、幸福路へ向かう引っ越しのトラックで、幼きころのチーの家族が「愛の贈り物をあなたにあげる」と歌うところから、示唆されていたのでした。

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