Cinemarche

映画感想レビュー&考察サイト

連載コラム

Entry 2018/08/15
Update

『バンクシーを盗んだ男』考察。価値観を揺さぶり問いただすアートとは|映画と美流百科4

  • Writer :
  • 篠原愛

連載コラム「映画と美流百科」第4回

今回ご紹介するのは、グラフィティ・アーティストとして最も有名な人物バンクシーと、その作品に迫ったドキュメンタリー映画『バンクシーを盗んだ男』(2017)です。

舞台になるのは「中東の火種」として世界中が見守る、パレスチナのベツレヘム地区。

ここにある高さ8メートル、全長450キロ超の分離壁に描かれた絵が大論争を巻き起こします。

問題になったのは≪ロバと兵士≫という絵。パレスチナ人をロバとして描いていると反感を買ったのです。なぜならアラブ世界でロバは「侮辱」を意味しているから。

ついには現地のタクシー運転手が壁を切り取って、さらに売却して利益を得ようとし、≪ロバと兵士≫は海を渡ってオークションへ出品されます。


(C)MARCO PROSERPIO 2017

壁を切り取ったタクシー運転手、壁の持ち主、壁周辺の住人、ベツレヘム市長、現代アーティスト、収集家、芸術史家、修復家など様々な人たちが、それぞれの立場で見解を述べます。

ストリート・ミュージックのビートに合わせて矢継ぎ早に切り替わるモンタージュと、ざらついたイギー・ポップのナレーションで紹介される、バンクシー作品の数々。

情報と価値観の洪水を浴びて、あなたが何を感じるのか確かめてください。

そして、アートシーンだけでなく日常生活の中にまで影響を与える、バンクシーの挑発の目撃者になってください。

【連載コラム】『映画と美流百科』記事一覧はこちら

スポンサーリンク

映画『バンクシーを盗んだ男』の鑑賞ポイント


(C)MARCO PROSERPIO 2017

バンクシーとは何者なのか

イギリスのロンドン出身、正体不明の覆面アーティスト、反権力的なメッセージ、ユーモラスかつアイロニカルな視点…

様々に形容されているが、本当のことを知る者は誰もいない、謎に包まれた存在。それがバンクシーです。

ストリートでゲリラ的に作品を残し、それが消されることもあれば、残され観光名所になることもあります。

壁の落書きに価値があるのか? あるとすればなぜ? この作品をここに描いた意味は? 意図的なのか偶然なのか? 所有権や著作権は誰のもの? ストリートから美術館に移されても、それはストリート・アートといえるのか?

我々に疑問を投げかけるバンクシー。世の中の価値観に疑問を提示し問いただすことがアートの役目なのだとすれば、彼はまさにアートを体現する存在なのです。

ストリート・アートとバンクシーの作風


(C)MARCO PROSERPIO 2017

ストリート・アートとは、街をキャンバスにスプレーやペンキを用いて描かれる落書きのことをいい、落書きを意味する英語からとってグラフィティ・アートとも呼ばれています。

施設や建物に勝手に絵を描くのは器物損壊に当たる犯罪行為のため、人目を避けて深夜にゲリラ的にペインティングされることが多いのが特徴。

バンクシーの作品はフリーハンドで描いたものではなく、型紙とスプレーを使ったステンシルの手法を用いています。

ステンシルには素早く仕上げられるというメリットがあり、描いている姿を他人に見られたくないバンクシーにとって最も適した方法だといえるのです。

モノの価値とその変容


マルセル・デュシャン作「泉」(1917)

本作では、ただの壁が有名なバンクシーに絵を描かれたことによって価値が上がり、それがオークションにかけられるまでになる様子が記録されています。

これを観て私が連想したのは、マルセル・デュシャンが1917年に発表したオブジェ作品≪泉≫でした。

≪泉≫はレディ・メイド(既製品)の男性用便器にサインを入れて展示しただけの作品です。

これが作品といえるのか? アートといえるのか? 物議を醸し、初めて発表されたときは展示を拒まれました。

ここで重要となるのは、日常生活の中にあるモノをその文脈から切り離し、アートという文脈に持ち込み作品化したということです。

≪泉≫は現代芸術におけるターニングポイントとされる作品で、アート作品の見方や考え方を変えたといわれています。

このようにアートには錬金術のような側面があり、同じモノでも扱い方によって価値が大幅に変化することがあり得るのです。

映画『I love ペッカー』との比較考察

参考映像:『I love ペッカー』(1998)

映画『I love ペッカー』のあらすじ

『バンクシーを盗んだ男』と同じく、アートの価値について疑問を投げかける作品としてご紹介したいのは『I love ペッカー』(1998)。

こちらはフィクションのコメディ映画で、ジョン・ウォーターズ監督の自伝的映画といわれています。

アメリカのボルチモアに住んでいる、写真を撮るのが大好きなペッカー(エドワード・ファーロング)は、勤め先のハンバーガー・ショップで小さな写真展を開きます。

そこで、彼女(クリスティーナ・リッチ)や家族、個性的な街の人たちを被写体にした写真が、アート・ディーラーの目に留まります。

やがてニューヨークで個展が開かれ、写真が売れてマスコミにも取り上げられ、一躍有名人になったペッカー。

成功街道まっしぐらに見えましたが、どんどん思いもよらぬ問題が出てきて、本人だけでなく周囲の生活にまでひずみが生じ…最終的にペッカーが選んだ道は…というストーリーです。

行為の価値の変容

ペッカーが有名になるにつれて価値が変わったのは、値段が付くようになった写真だけではありません。その変化は、彼のとる行動にまで及びます。

それまでは誰も気にせず見逃されていた行為が、有名になるにつれて注目されるようになり、自由に振る舞えなくなってゆくのです。

さらにはペッカーだけでなく被写体になった人たちにも影響が及んで、仕事がなくなったり逮捕されたりする人が出てくる始末。

このようにペッカーの立場が変わったことにより、ペッカーが撮った写真だけでなく、その写真に写った人の行為の意味や重さまでが変わってしまったのです。

作品の価値の判断

ペッカーの作品が、アート・ディーラーの目に留まるキッカケになったのは、女性ストリッパーの陰毛写真でした。

街の人たちは不謹慎だと眉をひそめていましたが、芸術に関わる専門家たちスノッブなニューヨーカーは「すばらしい!」と褒めたたえているという、このギャップ。

正直にいうと、私にはその写真のどこがよいのか分からないのですが、もしかしたら“通”が観たらよい写真なのかもしれない…と思うようになってくるのが、芸術の危うさなのだと再認識させられました。

同じようなことが、あなたの生活の中でも起こっていませんか?

このような疑問提起をユーモアと皮肉を込めて描き、第一級のコメディ映画に仕立て上げたジョン・ウォーターズ監督は、やはりアーティストなのだといえます。

スポンサーリンク

まとめ

関連作品:『バンクシー・ダズ・ニューヨーク』(2016)

これまでに撮られたバンクシーが登場する映画は、本作を含めて下記の4作品です。

・『イグジット・スルー・ザ・ギフトショップ』(2010)
・『セービング・バンクシー』(2014)
・『バンクシー・ダズ・ニューヨーク』(2016)
・『バンクシーを盗んだ男』(2017)

バンクシーという1人のアーティストを扱ったドキュメンタリー映画が、2010年~2017年という短期間に4本も作られているのを見ても、いかに彼が注目されているのかが分かります。

神出鬼没なバンクシー、彼はこれからも世界のどこかで物議を醸し続けることでしょう。

次回の『映画と美流百科』は…

次回は、全国にて順次公開中の、伝説のフラメンコダンサーを描いたドキュメンタリー映画『ラ・チャナ』を取り上げます。

あるフラメンコダンサーを通して、女性の生き方について考えてみましょう。

お楽しみに!

【連載コラム】『映画と美流百科』記事一覧はこちら

関連記事

連載コラム

映画『私はワタシ over the rainbow』感想と解説。「私」が「ワタシ」になるための考察|映画道シカミミ見聞録26

連作コラム「映画道シカミミ見聞録」第26回 こんにちは。森田です。 年の瀬になると、忘年会やクリスマスなどで人を想いあい、人とのつながりを確認し、自分の存在を見つめなおす機会が増えますね。 今回紹介す …

連載コラム

ホラー映画『マタンゴ』『吸血鬼ゴケミドロ』あらすじと内容解説。こわいトラウマ必死の邦画とは|邦画特撮大全45

連載コラム「邦画特撮大全」第45章 まだ5月だというのに気温と湿度が共に高い日が時折あります。 町に出るとTシャツ姿の人も目立ちます。夏には早いですが、そんな日にホラー映画はどうでしょうか?  今回の …

連載コラム

『仮面病棟』映画と原作の違いをネタバレ考察。あらすじから3つの注目ポイントを解説|永遠の未完成これ完成である5

連載コラム「永遠の未完成これ完成である」第5回 映画と原作の違いを徹底解説していく、連載コラム「永遠の未完成これ完成である」。 今回、紹介するのは、2020年3月6日公開の『仮面病棟』です。 人気ミス …

連載コラム

ホラーSFの近年「VS映画」おすすめ4選。人気キャラクター対決の魅力から争いを超えた共闘まで|SF恐怖映画という名の観覧車41

連載コラム「SF恐怖映画という名の観覧車」profile041 映画ではしばしば、映画の主軸となる「物語」よりも、「キャラクター」に人気が集まることがあります。 キャラクターデザインや行動理念などその …

連載コラム

『ロングデイズ・ジャーニー』感想とレビュー評価。映画監督ビー・ガンが記憶の迷宮を描く【この夜の涯てへ】|銀幕の月光遊戯 55

連載コラム「銀幕の月光遊戯」第55回 映画『ロングデイズ・ジャーニー この夜の涯てへ』が2020年2月28日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷ほかにて全国公開されます。 2015年の『凱里ブルース …

U-NEXT
架空映画館 by ReallyLikeFilms Online
【Cinemarche】今週のおすすめ映画情報
凱里(かいり)ブルース|2020年6月6日(土)よりシアター・イメージフォーラムほかにて全国順次ロードショー予定!
映画『異端の鳥』TOHOシネマズ シャンテほか近日公開予定
映画『朝が来る』TOHOシネマズ 日比谷ほか近日公開予定
ドラマ『そして、ユリコは一人になった』
【玉城ティナ インタビュー】ドラマ『そして、ユリコは一人になった』女優として“自己の表現”への正解を探し続ける
【ビー・ガン監督インタビュー】映画『ロングデイズ・ジャーニー』芸術が追い求める“永遠なるもの”を表現するために
オリヴィエ・アサイヤス監督インタビュー|映画『冬時間のパリ』『HHH候孝賢』“立ち位置”を問われる現代だからこそ“映画”を撮り続ける
【べーナズ・ジャファリ インタビュー】映画『ある女優の不在』イランにおける女性の現実の中でも“希望”を絶やさない
【イッセー尾形インタビュー】映画『漫画誕生』役者として“言葉にはできないモノ”を見せる
【広末涼子インタビュー】映画『太陽の家』母親役を通して得た“理想の家族”とは
アーロン・クォックインタビュー|映画最新作『プロジェクト・グーテンベルク』『ファストフード店の住人たち』では“見たことのないアーロン”を演じる
【柄本明インタビュー】映画『ある船頭の話』百戦錬磨の役者が語る“宿命”と撮影現場の魅力
【平田満インタビュー】映画『五億円のじんせい』名バイプレイヤーが語る「嘘と役者」についての事柄
【白石和彌監督インタビュー】香取慎吾だからこそ『凪待ち』という被災者へのレクイエムを託せた
【Cinemarche独占・多部未華子インタビュー】映画『多十郎殉愛記』のヒロイン役や舞台俳優としても活躍する女優の素顔に迫る
日本映画大学
国内ドラマ情報サイトDRAMAP