アメリカン・ドリームを夢見たユダヤ人建築家の数奇な半生を描くアカデミー賞最有力作
映画『ブルータリスト』が2025年2月21日(金)よりTOHOシネマズ日比谷ほか全国順次ロードショーされます。
ホロコーストを生き延びアメリカへ渡ったハンガリー系ユダヤ人建築家の数奇な半生を描き、第97回アカデミー賞で作品賞ほか計10部門にノミネートされた注目作の見どころをご紹介します。
映画『ブルータリスト』の作品情報
(C)DOYLESTOWN DESIGNS LIMITED 2024. ALL RIGHTS RESERVES (C) Universal Pictures
【日本公開】
2025年(イギリス映画)
【原題】
The Brutalist
【製作・監督・脚本】
ブラディ・コーベット
【共同脚本】
モナ・ファストヴォールド
【撮影】
ロル・クローリー
【編集】
ダービド・ヤンチョ
【音楽】
ダニエル・ブルンバーグ
【キャスト】
エイドリアン・ブロディ、ガイ・ピアース、フェリシティ・ジョーンズ、ジョー・アルウィン、ラフィー・キャシディ、ステイシー・マーティン、イザック・ド・バンコレ、アレッサンドロ・ニボラ
【作品概要】
ホロコーストを生き延びてアメリカへ渡ったハンガリー系ユダヤ人建築家ラースロー・トートの激動の半生を描いた、215分(インターミッション15分を含む)のヒューマンドラマ。
ラースロー役を『戦場のピアニスト』(2002)のエイドリアン・ブロディ、その妻エルジェーベトを『博士と彼女のセオリー』(2014)のフェリシティ・ジョーンズがそれぞれ演じます。
その他のキャストに『メメント』(2000)のガイ・ピアース、『憐れみの3章』(2024)ジョー・アルウィン、『ポップスター』(2018)のラフィー・キャシディなど。
俳優としても活躍し、長編監督デビュー作『シークレット・オブ・モンスター』(2015)が高く評価されたブラディ・コーベットが製作と脚本も兼任。
2024年第81回ベネチア国際映画祭で銀獅子賞(最優秀監督賞)を受賞し、第97回アカデミー賞でも作品賞ほか計10部門にノミネートされました。
映画『ブルータリスト』のあらすじ
(C)DOYLESTOWN DESIGNS LIMITED 2024. ALL RIGHTS RESERVES (C) Universal Pictures
才能あふれるハンガリー系ユダヤ人の建築家ラースロー・トートは、第二次世界大戦下のホロコーストを生き延びるも、妻エルジェーベトや姪ジョーフィアと強制的に引き離されてしまいます。
家族と新しい生活を始めるためアメリカのペンシルベニアに移住したラースローは、そこで著名な実業家ハリソンと出会い、彼から家族の早期アメリカ移住と引き換えに、あらゆる設備を備えた礼拝堂の設計と建築を依頼されます。
しかし、母国ハンガリーとは文化もルールも異なるアメリカでの設計作業には、多くの困難が立ちはだかり……。
映画『ブルータリスト』の感想と評価
(C)DOYLESTOWN DESIGNS LIMITED 2024. ALL RIGHTS RESERVES (C) Universal Pictures
「実直さ」を表現した建築様式
フランスのファシスト独裁者の下で育ったアメリカ人を描いた長編デビュー作『シークレット・オブ・モンスター』、銃乱射事件と911テロのトラウマに苦しむカリスマ歌手を主人公に据えた第2作『ポップスター』が、いずれも高く評価されたブラディ・コーベット監督。
彼の第3作目となる『ブルータリスト』は、ナチスのホロコーストから逃れ、母国ハンガリーからアメリカへと渡った建築家ラースロー・トートの半生を描きます。
ブダペストでは名の知れたラースローが得意とする建築様式「ブルータリズム」とは、無機質なコンクリートやレンガを剝き出しにした外観が目を惹く、装飾よりも構造そのものに重きを置いた「実直な」手法。1950年代以降、戦後の復興を目的に破壊された建造物をいち早く再建するのに適しているとして、イギリスを中心にヨーロッパで取り入れられたとされています。
代表的なブルータリズム建築としては、アメリカのボストン市庁舎や連邦捜査局(FBI)本部(正式名称J・エドガー・フーヴァー・ビルディング)、ドイツ連邦銀行などがあり、日本では国立代々木競技場や東京文化会館などが該当しますが、近年は耐震構造や老朽化の問題で解体され失われつつあります。
装飾がなく無骨すぎるが故に、「社会主義的すぎる」「美的センスを損なう」として嫌う者が少なくなかったというブルータリズム建築ですが、ドナルド・トランプ米大統領もその1人。「連邦公共建築にふさわしくない」として、第1期政権時に続きブルータリズム建築禁止の行政命令を出したばかりで、コーベット監督が本作を着想したのも、第1期トランプ政権時の大統領令がきっかけと明かしています。
(C)DOYLESTOWN DESIGNS LIMITED 2024. ALL RIGHTS RESERVES (C) Universal Pictures
ユダヤ人の受難は続く
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生き別れてしまった妻のエルジェーベトと姪のジョーフィアを迎え入れるべくペンシルベニア州に移住したラースローは、とあるきっかけで不動産業を営むハリソンと出会います。
戦後間もないアメリカでは目新しく映ったラースローのブルータリズム建築のスキルに目を付け、多機能の礼拝堂の設計と建築を依頼。豊富な資金でユダヤ人のラースローにキリスト教の建造物を作らせ、時に温和かと思えば時に気性の荒さも見せるハリソンは、ある意味でアメリカン・ドリームの体現者と言えます。
人類史において幾多の差別・迫害を受け、五大陸をさまよい続けてきたユダヤの民。ナチスドイツから逃れ、ようやく安住の地としてアメリカを選んだラースローでしたが、母国とは文化やルールも異なる“自由の国”の光と影に苛まれていきます。
そして、長らく離ればなれになっていた家族との再会。普通なら平穏な日々を送れるはずが、ここでも彼らの受難は続くことに……。
新天地での成功を試みる移民を描くアメリカン・ドリームの物語を下地としつつ、コーベット監督はユダヤ人とブルータリズム建築をイコールにして、アメリカの皮肉を描きます。
(C)DOYLESTOWN DESIGNS LIMITED 2024. ALL RIGHTS RESERVES (C) Universal Pictures
まとめ
(C)DOYLESTOWN DESIGNS LIMITED 2024. ALL RIGHTS RESERVES (C) Universal Pictures
ラースローを待ち受ける大きな困難と代償を描く本作は、ランニングタイム215分(3時間35分)で構成されており、興味深いのは物語構成が「序曲(Overture)~第1章」「インターミッション(休憩)」「第2章~エピローグ」と、創成期のハリウッド映画の方式に則っている点。
創成期のハリウッド関係者は移民出身で、それこそユダヤ人が多かったと云われます。そんなアメリカン・ドリームを掴むのに最適な映画という華々しい世界で、アメリカン・ドリームの影を描くという野心作でもあります。
否の声がある一方で、安価な材料で建てられるとして再評価もされる「実直な」ブルータリズム建築。ラースローがハリソンの依頼を受けて築き上げた礼拝堂に込めた意味とは?そして、予期せぬ事態と苦境を経て、ラースローやエルジェーベトが進む結末とは?
2024年度アカデミー賞の最有力作、ぜひともあなたの目でご確認ください。
映画『ブルータリスト』は2025年2月21日(金)よりTOHOシネマズ日比谷ほか全国順次ロードショー。
松平光冬プロフィール
テレビ番組の放送作家・企画リサーチャーとしてドキュメンタリー番組やバラエティを中心に担当。『ガイアの夜明け』『ルビコンの決断』『クイズ雑学王』などに携わる。
ウェブニュースのライターとしても活動し、『fumufumu news(フムニュー)』等で執筆。Cinemarcheでは新作レビューの他、連載コラム『だからドキュメンタリー映画は面白い』『すべてはアクションから始まる』を担当。(@PUJ920219)