謎の少女・ちーちゃんが巻き起こす恐怖
『ミスミソウ』(2018)の内藤瑛亮監督が、2011年にインターネットの匿名掲示板で話題となったある新婚家族の出来事をモチーフに、謎の少女と家族の争いをオリジナル脚本で描き出すホラームービーです。
毒娘であるちーちゃんのキャラクターデザインを、「惡の華」「血の轍」などで知られるカリスマ漫画家の押見修造が担当。主演を『ヒメアノ~ル』(2016)の佐津川愛美が務めます。
新居に越してきた萩乃一家の前に現れた、赤づくめの姿をした謎の少女。彼女が家族の隠していた毒を暴き出し、悪夢のような日々が始まります。
映画『毒娘』の作品情報
【公開】
2024年(日本映画)
【監督】
内藤瑛亮
【脚本】
内藤瑛亮、松久育紀
【編集】
冨永圭祐
【キャスト】
佐津川愛美、植原星空、伊礼姫奈、馬渕英里何、凛美、内田慈、クノ真季子、竹財輝之助
【作品概要】
『ミスミソウ』(2018)、『許された子どもたち』(2020)など、十代の子どもたちの生きづらさとサバイバルを鮮烈に描いてきた内藤瑛亮が監督・脚本を務めるホラー作品。
2011年にインターネットの匿名掲示板で話題となったある新婚家族の出来事をモチーフに、十代の少女と新たに家族となる継母の関係を軸に、謎の少女と家族の壮絶な争いを描きます。
毒娘であるちーちゃんのキャラクターデザインを、「惡の華」「血の轍」など思春期の暗部を徹底的に描き出すことで知られるカリスマ漫画家の押見修造が担当。
主演を『ヒメアノ~ル』(2016)の演技派・佐津川愛美が務めます。共演は植原星空、伊礼姫奈、竹財輝之助。
映画『毒娘』のあらすじとネタバレ
夫と娘と3人で中古の一軒家に引っ越してきた元デザイナーの萩乃。家族に恵まれずに育った彼女にとって、自ら築いた家庭で過ごす日々は夢にまで見た幸せな生活でした。夫・篤紘の強い願いにより、萩乃は妊活を始めます。
継娘の萌花は学校に通わず、家で勉強していました。ある日、萩乃は近所に住む川添から、高校生の娘のダンスのための衣装製作を頼まれます。デザインに興味のある萌花も手伝うようになり、母子の関係は親密になっていきました。ドレスを届けた萩乃に、川添は「何か変なことがあったら相談して」と意味深なことを言います。
昔の仕事相手から萩乃に仕事の依頼が入りますが、篤紘に反対されたため萩乃は断りました。篤紘の顔色をうかがって生きる萩乃を見て、萌花は反発を覚えます。
そんなある日、産婦人科を訪れていた萩乃のもとに、萌花から助けを求める電話が掛かってきます。「ショートケーキ3個とコーラ、すぐ買ってきて」
悲鳴に近い声にただならぬ気配を感じた萩乃が慌てて帰宅すると、家は荒れ果てており、洋服を切り裂かれた萌花に馬乗りになって大きなハサミを握りしめる見知らぬ少女の姿がありました。
少女はケーキを手づかみで食べ、「またね」と手を振りながら出て行きました。
映画『毒娘』の感想と評価
家族の内に存在する毒の恐ろしさ
恐怖少女・ちーちゃんとのサバイバルを描くホラーストーリー『毒娘』。ちーちゃんへの恐怖と同じ比重で描かれるのは、家族の内に存在する恐ろしい毒の存在です。
穏やかでやさしいごく普通の女性・萩乃は、連れ子のいる篤紘と結婚し、新居に越してきました。連れ子の萌花は何かの理由から高校に通わず自宅にいます。
一見幸せそうな一家でしたが、ちーちゃんの登場により、内に潜んでいた毒があふれ出します。
毒を吐いていたのは主に篤紘でした。彼は萩乃の首を真綿でしめるかのように、穏やかに強烈に強引に支配していきます。
妊活も、仕事を辞めることも、萌花の面倒を見ることも、まるで萩乃が望んで決めたかのように仕向け、実際には自分の意のままに強要していました。
自分の生まれ育った家族に問題があった萩乃は、「幸せな家庭」を作るために必死でした。その思いも、篤紘は利用していたといえるでしょう。
篤紘がしていたことはDVそのものでしたが、萩乃は目をつぶって生きてきました。篤紘自身も、DVだと気づいていなかったかもしれません。
真実に気づいていく萩乃の表情を、佐津川愛美が薄皮をはがしていくかのように丁寧に表現しています。
しかし、ちーちゃんが現れたことにより、それらの毒ははっきり目に見えるようになっていきます。萌花は母の悲劇の根底が父にあったことを認め、どんどんちーちゃんに傾倒していきます。
その末に訪れたのは、想像を絶する悲劇でした。何度も執拗に篤紘をはさみで残虐に刺し続ける萌花とちーちゃんの姿に言葉を失います。
篤紘はいわゆる悪党では決してありません。しかし、その罪深さは、娘の殺意を呼び覚ますには十分でした。篤紘タイプの人間は決して少なくなくないことを思うと、本作の恐怖はさらに高まります。
まっとうな大人として萌花に対峙した萩乃だけは、命が助かりました。ふたりの関係性は新たな形で続いていくことを示唆して、本作はほんのり希望を残してくれます。
ファンタジックなちーちゃんの魅力
謎の不思議な少女・ちーちゃんが、つかみどころがなく不思議で、とても魅力的に描かれています。
ちーちゃんは赤づくめで、前髪はざんばら切りという、見るからに狂気的な姿をしています。
彼女は同級生を失明させた事件を起こし、それを理由に家族と共に引越しましたが、元住んでいた家に執着があるため一人で戻ってきては問題を起こしていました。
もしかしたら、ちーちゃんはすでに死んでいて、霊が姿を現しているのではないかと疑ってしまいましたが、両親もおり、警察もマークする少女だと判明します。
しかし、あまりにも神出鬼没なため、やはりちーちゃんの存在には現実感がなく、とてもファンタジックです。突然現れては周囲を恐怖に陥れ、その様子を見て面白がっては姿を消してしまいます。
ちーちゃんの両親も異常性を感じさせます。萩乃宅に謝罪に訪れながら、話が終わった途端にトイレを貸して欲しいと言ってずかずかと家に入り込むずうずうしい父親に、家をうさんくさそうに見つめる母親。
ちーちゃんは、篤紘や萩乃を容赦なくはさみで刺しますが、自分の両親を殺そうとはしなかったのでしょうか。そこに愛があったからなのか、それとも、両親に向かうはずだった殺意が別の人達に向けられたのか。とても興味深いところです。
萩乃と萌花に階段から突き落とされたちーちゃんは、ちょっと目を離した隙に姿を消してしまいます。そしてその後、新たに住み始めた別の家族に殺意を向け、容赦なく毒ガスを吹きかけます。
やはり、ちーちゃんの本体は実在しないのではないのか。そう思わされる秀逸なラストとなっています。
まとめ
謎の少女・ちーちゃんへの恐怖と共に、家族の内側に潜む悪魔をあぶり出す衝撃作『毒娘』。
目の前に見える恐怖と、自分が目をつぶって見ないできたものへの恐怖。どちらがより恐ろしいものなのか、考えさせられます。
萩乃が目をつぶってきたのは、自分の「尊厳」でした。夫のため、家族のためという名目のもと、彼女は自分を殺してきたと言えるでしょう。
ホラー的な恐ろしさと共に、人間の尊厳を踏み潰す者への強い怒りを感じさせる作品です。