死者の魂が戻ってくる「初七日」を題材にしたホラー映画!
祖父の葬儀のため、10年以上も疎遠であった実家に帰ることにしたチュンファとその娘・チンシェン。実家に帰ってきた2人に対し、父は冷たく無礼な対応をし、姉にも嫌味を言われます。
「もう家族ではない」と帰るように言われるも、好きだった祖父のために初七日までは留まる事を決意する母娘。そんな2人でしたが、次第に悪夢を見るようになり……。
死者の魂が家に戻ってくるといわれる「初七日」を題材に、実家に帰ってきた母娘を襲う悪夢を描いたホラー映画『呪葬』。
監督は本作が長編デビュー作となったシェン・ダングイ。主演は、台湾の人気アイドルグループ「S.H.E」のセリーナ・レン。『哭悲 THE SADNESS』(2022)『呪詛』(2022)に続く新たな台湾ホラー映画が誕生しました。
映画『呪葬』の作品情報
【日本公開】
2023年(台湾映画)
【原題】
頭七 The Funeral
【監督】
シェン・ダングイ
【キャスト】
セリーナ・レン、チェン・イーウェン、ナードウ
【作品概要】
死者の魂が家に戻ってくるといわれる「初七日」を題材にした台湾ホラー。主演は、台湾の人気アイドルグループ「S.H.E」のセリーナ・レンが務め、本作が初映画出演・初主演作となりました。
アイドル・歌手としてのパブリックイメージとはまた違う、娘のために昼も夜も働くシングルマザーの役を本作では演じました。
映画『呪葬』のあらすじとネタバレ
台北で暮らすシングルマザーのチュンファは、内職やスーパーの夜勤などで昼も夜も働いていました。娘のチンシェンは腎臓が悪く、腎臓のドナーを探していました。手術費用のためにチュンファは日々必死に働いていたのです。
ある日、叔父から電話がかかってきます。チュンファの祖父が亡くなったというのです。大好きな祖父を見送るため、チュンファは長らく疎遠であった実家に帰ることを決めました。
娘チンシェンは「曾祖父がいることなど知らなかった、どうして教えてくれなかったの」と尋ねますが、チュンファは答えませんでした。
母娘を叔父が出迎え、実家に帰ってきた2人。チュンファの父親とは母親が違うと言う叔父は、「家族」とは認められず別の家に住んでいるといいます。
実家に帰ると、叔父の友人だと言うミン祈祷師が祈りを捧げていました。父は「何しに帰ってきた、お前はもう家族じゃない」と言い、姉も「遺産が目当てなんでしょう」と嫌味を言います。
「誰も歓迎していない。帰れ」と言われますが、チュンファは「初七日が終わったら帰るから、私たちに構わないで」と言います。
一方、初めて母の実家にやってきたチンシェンは、部屋で「何かがいる」のを感じ取り恐怖を感じていました。
映画『呪葬』の感想と評価
『哭悲 THE SADNESS』(2022)『呪詛』(2022)に続く新たな台湾ホラー映画『呪葬』。
本作は「初七日」の風習を題材に製作されました。「初七日」とは故人が死後7日目に自身の死を悟り、死者が家族に別れを告げに帰ってくるという台湾では誰もが知る風習です。
大好きだった祖父に別れを告げるため、疎遠であった実家に帰ることにしたチュンファが、歓迎されていなくても「初七日まではいる」と決めたのも、そのような風習が人々に根付いてるという背景があるからでしょう。
「実家の様子が何かおかしい」「ここには何かいる」……といった恐怖を描いたホラーですが、その背後にいるのは人間であり、霊より恐ろしいのは人間であったという展開になっています。
チンシェンは、台北にいる頃から何者かにつけられているような恐怖を感じていました。さらに「娘は操りにくい」という発言からも、以前からチンシェンを叔父は狙っていたのではないかと推測されます。
チュンファの父と叔父は、父親が同じでも母親が違っています。そのため、叔父とその母は家族として受け入れられず冷遇されていました。
叔父が家族皆を憎むようなきっかけは、祖父にあったということなのです。しかし、叔父側の主張しか描かれず、叔父に対しチュンファの父がどう思っていたのか、祖父がどう思っていたのかは描かれません。
父と仲違いして家を出たチュンファですが、家族写真を撮影する場面で父の肩に手をかける姿が映し出されたりと、子どもの頃から父を嫌っているわけではない様子がうかがえます。
また父も台北までチュンファに会いに行っており、仲違いしたものの2人は互いのことを思う気持ちもあったのです。互いに意地を張らずにいれば、もっと早く和解できていたかもしれないのです。
切ないすれ違いを描きつつも、もっと大きな溝が祖父と叔父、父と叔父の間にあるという歪さが本作にはあります。もしかしたらそこまで叔父が家族を憎むようになったのも何かきっかけがあるのかもしれません。
実家に「何かがいる」という恐怖や、2人を歓迎していない家族の冷たさには理由があったと180度視点が変わる構成は面白く、一筋縄ではいかないホラーエンタメとしての工夫も感じられます。
スマートフォンを用いて霊が近付いてくる恐怖を描いたり、オーソドックスなベッドの下やクローゼットを用いたジャンプスクエアなど恐怖を誘う演出にも凝っています。
台湾と同じく「初七日」の風習が広く知られている日本。2024年の暑い夏に、ゾクっとするホラーを楽しんでみてはいかがでしょうか。
まとめ
「初七日」を題材に、疎遠であった実家に帰った母娘を襲う恐怖を描いた映画『呪葬』。
本作は家族の絆がテーマになっていますが、その中でも気になる点は“父親の不在”です。チュンファが父親と仲違いし、家を出るきっかけになったのは娘チンフェンの妊娠でしたが、彼女の血縁上の父親が誰なのかは明かされていません。
思えば近年の台湾ホラー映画には、シングルマザーを主人公にしながらも、そのパートナーについてはほとんど描かれないという傾向があるように感じます。
例えば台湾ホラー映画の火付け役になったとも言われる『紅い服の少女 第一章/第二章』(2022)は妊娠や母娘の絆が描かれていますが、その相手は登場しないか、登場しても物語の主軸にあまり絡んできません。
第一章・第二章ともに登場するイージュンはかつて中絶したことがあり、ジーウェイと結婚することに対しても前向きになれない、子供は欲しくないと言っている姿が描かれます。
第二章では「魔神仔」を生み出した母親が登場しますが、その母親もシングルマザーであり、娘が攫われたリーとシングルマザーであり、若年出産で娘を育ててきました。その高校生の娘も妊娠していることがわかり、中絶するように言うリーと衝突していました。
『紅い服の少女』のスピンオフ作『人面魚 THE DEVIL FISH』(2020)も、ビビアン・スー演じるシングルマザーが取り憑かれるという展開が描かれていました。
また話題になった台湾ホラー映画『呪詛』(2022)もシングルマザーが主人公でした。
台湾ホラー映画では、シングルマザーが多く描かれるのはなぜか。また同時に、“父親(パートナー)の不在”も描かれるのはなぜか。それは近年の台湾ホラー映画の特徴を読み解く上でも、重要な視点といえます。