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映画『凶悪』ネタバレあらすじ感想と評価解説。実話をもとに白石和彌x山田孝之が凶悪事件の真相と人間の業に迫る

  • Writer :
  • 谷川裕美子

凶悪事件の実話を白石和彌監督が映画化

死刑囚の告発をもとに、雑誌ジャーナリストが未解決の殺人事件を暴いていく過程をつづったベストセラーノンフィクション「凶悪 ある死刑囚の告発」(新潮45編集部編)を映画化。

故・若松孝二監督に師事した、『孤狼の血』(2018)の白石和彌が監督を務めます。

主人公のジャーナリストを『ステップ』(2020)の山田孝之、死刑囚をピエール瀧、リリー・フランキーが初の悪役を演じています。

恐ろしい殺人事件の真相に迫る主人公の藤田は、いつの間にか自身も狂気に絡め取られていきます。人間の悪の面に正面から挑んだ戦慄のドラマの魅力をご紹介します。

映画『凶悪』の作品情報


(C)2013「凶悪」製作委員会

【公開】
2013年(日本映画)

【監督】
白石和彌

【脚本】
高橋泉、白石和彌

【編集】
加藤ひとみ

【キャスト】
山田孝之、ピエール瀧、リリー・フランキー、池脇千鶴、白川和子、吉村実子、小林且弥、斉藤悠、米村亮太朗、松岡依都美、ジジ・ぶぅ、村岡希美

【作品概要】
故・若松孝二監督に師事した、『孤狼の血』(2018)『孤狼の血LEVEL2』(2021)の白石和彌監督が、戦慄の実話を映画化したクライムサスペンス。

主人公のジャーナリストが、死刑囚の告白をもとに事件の首謀者と真実に迫るさまをスリリングに描きます。

ジャーナリストとしての使命感と狂気の間で揺れ動く藤井役を『ステップ』(2020)の山田孝之、死刑囚・須藤をピエール瀧が演じ、「先生」役でリリー・フランキーが初の悪役に挑みます。池脇千鶴が藤井の妻役を好演。

映画『凶悪』のあらすじとネタバレ


(C)2013「凶悪」製作委員会

取材のため東京拘置所でヤクザの死刑囚・須藤と面会した雑誌ジャーナリストの藤井。須藤は、死刑判決を受けた事件のほかに3つの殺人に関与しており、そのすべてに「先生」と呼ばれる首謀者がいるという事実を告白をします。

須藤は「先生」がのうのうと生きていることが許せず、藤井に「先生」の存在を記事にして世に暴くよう依頼します。

私生活では、認知症の母の世話に追われ疲れ果てている妻・洋子との関係が悪いことに、藤井は悩んでいました。

上司から記事化の許可が下りない中、「先生」こと木村への須藤の深い憎しみを知った藤井は独自で調査を始めます。

以下、赤文字・ピンク背景のエリアには映画『凶悪』ネタバレ・結末の記載がございます。映画『凶悪』をまだご覧になっていない方、ストーリーのラストを知りたくない方はご注意ください。


(C)2013「凶悪」製作委員会

調査を進める内に、やがて恐るべき凶悪事件の真相が明らかになっていきます。

木村の弟分として次々に殺人に加担し、巨額の利益を得るようになっていた須藤。自室で線香を焚く須藤の姿を見て、内縁の妻・静江は彼が殺人を犯したことを嗅ぎ取っていました。

須藤は舎弟の日野が裏切ったと勘違いして殺し、指名手配の身となりました。ムショ行きを前にした須藤に、木村は須藤の一番の舎弟・五十嵐も裏切っていると嘘をつきます。その話を信じた須藤は、かわいがっていた五十嵐を撃ち殺してしまいました。

会社をずっと休んで取材をすすめていた藤井は、事件についてのレポートをまとめて上司に提出し、木村を法廷に引きずり出したいと話します。

木村宅を訪問した藤井は警察に連行されます。面会に来た洋子になじられた藤井は、この仕事が終われば必死で死んだ人の魂を救えるのだと訴えますが、洋子は夫と普通の生活がしたいと涙をこぼしました。

とうとう上司の許可が下り、記事が公開されました。その後世論が動き、木村や保険金目当てで殺人を依頼した家族らが逮捕されました。

やがて、キリスト教に入信した須藤から、感謝の手紙とともにしたためた一句が送られてきますが、藤井は手紙を握りつぶしました。部数がのびて喜ぶ上司に向かい、藤井は「まだ終わっていない」と答えます。

須藤に面会した藤井は、木村は無期懲役にしかならないと悔しそうに話し、相応の罰を受けるべきだと強く言いました。

藤井は、木村に身よりのない老人を斡旋していた介護会社の男を問い詰めますが、逃げ出した男が目の前で車にはねられてしまいます。

洋子は藤井に向かい、事件を探るのが楽しかったのだろうと言い、離婚届を出しました。随分前から義母を殴るようになっていたことを告白し、自分だけはそういう人間じゃないと思っていたのにと嘆く妻を、藤井は呆然と見つめました。

藤井はとりつかれたように、被害者が埋められているであろう土地をひとりで掘り進めます。

木村の公判に証人として訪れた藤井。やがて須藤も姿を現しました。須藤は木村への復讐心から上告したことを話し、記者を使って死刑を延ばそうとしたとも言いました。

藤井は須藤の情状を訴えた後、須藤に向かい、被害者らのためにも生きていてはいけない、この世で喜びなど感じるなと叫びます。しかし、須藤は、神は自分に生きて罪を償えと言ったと答えました。

残業していた藤井に、上司は須藤の刑が懲役20年となったことを話し、踊らされていたとしても、ジャーナリストとして正しい選択だったと思うと言いました。藤井はビールを飲み、ため息をつきました。

木村と面会した藤井は、まだほかにも人を殺しているだろうと言って責めます。まだ取材を続けると言う藤井に、木村は「私を一番殺したがっているのは…」と言って、藤井を指さしました。

木村が部屋から出て行った後も、藤井はじっと動かず正面を凝視していました。

映画『凶悪』の感想と評価


(C)2013「凶悪」製作委員会

いつの間にか狂気に引き込まれていく恐怖

若松孝監督の愛弟子である白石和彌監督が、戦慄の実話をもとに生み出した渾身のクライムサスペンスです。

人を殺すことに罪悪感がなく、むしろ快楽を覚える人たちがいるのだという凶悪な世界の恐怖とともに、悪とは無関係な場所で生きてきたジャーナリストが、真相を解明するにつれどんどん狂気に絡め取られていくさまをリアルに描写します。

主人公の藤井のもとに、死刑囚・須藤から手紙が届き物語は始まります。ヤクザの須藤は、表に出ていない3件の殺人事件に関与していることを話し、その首謀者が「先生」こと木村だと告白しました。

木村にだまされ、かわいがっていた舎弟を殺してしまった須藤は、木村を深く恨んでいました。藤井は周囲の反対にあいながらも取材を続け、須藤の話が真実であることを知ります。

事件の毒気にすっかり当てられた藤井は、狂気にとりつかれていきます。自らの手で真実を突き止め、白日のもとに事件をさらした藤井は万能感を持ってしまったのかもしれません。悪人らに正しい罰を与えることまで自分が為すべきだという狂気に、藤井は絡め取られてしまいます

彼には認知症の母がおり、その世話をめぐって妻とは緊張関係にありました。そんな張り詰めた現実を放り出したいという思いも、事件解明に病的に突き進むことに拍車をかけます。

次第に狂気にとりつかれていく藤井を、山田孝之が怪演段階を経て変化していく藤井の表情から目が離せません。

須藤には躊躇なくひどく残忍に人を殺しておきながら、その後はひっそり一人線香を焚くという二面性があります。己に下されるであろう罰を恐れる思いとともに、せめて冥福を祈りたいという気持ちがないまぜになった姿。ピエール瀧は、恐ろしいまでの残酷さと、どこか憎みきれない人情のある人物・須藤になりきっています

主犯者・木村を演じるリリー・フランキーの残忍な笑顔には震え上がります。それでいて、思わず観る者が失笑してしまうようなブラックなユーモア感を醸し出せるのは、さすが怪優だとうならずにはいられません。

被害者を殺害する長尺な残虐シーンに圧倒されながらも、ここをしっかりと描かなければ「凶悪」という言葉に追いつけないことが痛いほど伝わってきます

その場面には、残酷なことに慣れきった者、そうした行為を楽しむ者と、彼らに支配される恐怖から顔をゆがめながら加担する者が映し出されます。いつどんな世にも存在する悲しい構図が浮き彫りとなり、ヒリヒリとした悲しみを覚えずにはいられません。

まとめ


(C)2013「凶悪」製作委員会

凶悪事件を通して、人間の持つ悪の面と業を描いた衝撃作『凶悪』

凶悪犯の須藤の中にも善の部分が潜んでいたように、ごく普通の人間であるはずの主人公・藤井にも悪の世界に強烈に引きつけられてしまう面が存在しています。

藤井の姿は、刺激的な記事につい目を奪われてしまう私達一般大衆を投影しているかのようです。

一見まったく異なる世界を生きる者同士に見えても、実は紙一重の場所にいるだけなのかもしれない。そんな事実に気づかされ、戦慄を覚える作品です。



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