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Entry 2019/06/05
Update

【白石和彌監督インタビュー】香取慎吾だからこそ『凪待ち』という被災者へのレクイエムを託せた

  • Writer :
  • Cinemarche編集部

映画『凪待ち』は、2019年6月28日(金)よりTOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー!

蒼井優主演の『彼女がその名を知らない鳥たち』や、役所広司主演の『孤狼の血』で知られる白石和彌監督が、俳優にしてアーティストの香取慎吾と初のタッグを組んだ映画『凪待ち』

東日本大震災を経験した宮城県石巻市を舞台に、人生につまずき零落れてしまった男の喪失、そして再生に至るまでの道のりを描いた作品です。


©︎Cinemarche

映画『凪待ち』の劇場公開は、白石和彌監督と香取慎吾の双方のファンから注目を集め、大きな期待と共に待ち望まれる話題作

全国での劇場公開に先立ち、白石和彌監督にインタビューを行いました。

東日本大震災をテーマにした理由や、俳優・香取慎吾についての思いなど、円熟期に入った白石監督が、映画『凪待ち』で描こうとしたのは何か?その真相に迫ります。

東日本大震災というテーマ


©︎Cinemarche

──今回公開される作品『凪待ち』は、2011年3月11日に起きた東日本大震災をテーマにした作品です。いわゆる3.11をテーマにした経緯についてお聞かせください。

白石和彌監督(以下、白石):3.11は、東北にいた人たちはもちろん、日本国民みんなが傷つき被災したという思いがあり、作家として、どこかのタイミングで向き合わなければならないという思いがずっとありました。

震災から8年という時間が経ち、みんなが忘れそうな頃だからこそ、映画の役割として3.11を描きたいという気持ちになりました。

それにはやはり香取慎吾さんとのお仕事というのが重要な意味がありました。

香取さんは以前から、オピニオンリーダーとして復興支援に携わっているのを観てきている。今回、香取さんがいるからこそ、僕も震災と復興の作品に向き合うことができたと思っています。

また、助監督時代、岩手県大船渡の皆さんに大変お世話になっていました。いつか大船渡を撮りたいという思いがありました。ただ今回は、舞台設定の関係から、大船渡ではなく石巻になりました。


©2018「凪待ち」FILM PARTNERS

──自転車が登場するイメージでありますが、デ・シーカ監督の『自転車泥棒』、あるいはロッセリーニ監督の『無防備都市』といった、戦後復興時のイタリアの風景を描いたネオリアリズムを彷彿とさせるものがありました。

白石:今回撮影するにあたり、あちらこちら見て回ったのですが、かつての東北のよく見ていた風景ではなく、防潮堤で海が見えなくなっていたり。震災後、地元の人から住みたくない街になってしまったという声を聞いて、今だからこそ映画に残したいという思いがありました。

東北の復興が、この先どうなるかわからないけれど、防潮堤や工事をしているところなど、その一部分が映像として入れられたのは良かったかなと思います。

死者への安息と誓い


©2018「凪待ち」FILM PARTNERS

──登場人物の死や、震災で亡くなった方や被災された方がいる中で、どのような気持ちで作品制作にあたりましたか?

白石:これまでの作品では加害者を描くことが多く、今回被害者を描くことの苦しさを思い知りました。殺人と天災とを一概に比べることはできませんが、こんなにも苦しい思いをした人がいる。苦しい映画だった。

撮影現場ではロケハンの時から、その地域の人たちから色々と話を聞きました。3.11をテーマに描くのだから、お聞きしたことは少しでもどこかに何らかの形で作品の中で反映させていきました。

そして死者との対話を、どのように決着させることでレクイエムとなるのか。残された人に何ができるのかというのが、今回の映画の大きな問いでした。

残された人が平穏な人生を送ることでしか、お返しできない。起きてしまったことそれ自体を何かに残していく必要があるのかな…。非常に難しい問題です。

メイキング画像:ロケ現場でモニター映像をチェックする白石監督


©2018「凪待ち」FILM PARTNERS

白石:時間が経ったからこそ描ける「現在(いま)」がある。東京オリンピックを前にし、震災復興そのものも、ニュースのプライオリティとして低くなっている。

原発でさえも…。そういった状況の中で、映画だからこそ描けるものが絶対にあるはずだ、という気持ちで取り組みました。

白石映画は答え合わせを求めない

メイキング画像:白石監督(左)と香取慎吾(右)


©2018「凪待ち」FILM PARTNERS

──これまでの白石監督の映画では、『日本で一番悪い奴ら』や『孤狼の血』など、エンタメ系の映画が多かった。今回は、作風も異なり、作品の中でも設定や状況などあえて語らない部分が多かったですね。

白石:郁男が最初に川崎にいて。川崎は競輪場があるし、工業地帯だし、雑多な街。その中で亜弓と出会う。いつ付き合い始めたのか、家族っぽいけどまだ入籍はしていないとか。子どもとのやりとりを通して、少しずつ郁男の人生が見えてくる。印刷工やってたんだなとか。

現実世界の中で、実際知り合いができた時に、その人にすぐ面と向かってこれまでどういう人生だったのか聞かないものです。ふわっと、時間の経過とともにいつの間にかその人の人生に入って行く。

今日本の映画作品全体が、過去に何があったのかということに終始して、そのことに辟易している自分がいます。その説明は本当にいるかな?と。映画界全体が観客も含めて、みんな説明を求めすぎているように感じるんです。答え合わせって必要なのか。映画ってそういうものではないのではないか…。

自分は物語を全部見せるのではなく、ある人の人生の一片を切り取って描きたいと思っています。

香取慎吾という存在


©2018「凪待ち」FILM PARTNERS

──香取慎吾さんとのお仕事はいかがでしたか?

白石:僕より香取慎吾さんの年齢は2つ下、草彅剛さんと同じ歳です。だから同世代として彼らの歩みをずっと見てきました。

彼らが見てきた時代風景そのものが、僕らの風景そのものになり、同じ世代の香取さんは、他にはない特別な存在になった気がします。

今回のこの映画も、香取慎吾さんだからこそ震災というテーマに向き合えたし、これまでのエンタメ系の映画ではない、いわばアート系の映画として描くことに挑戦できたと思います。


©2018「凪待ち」FILM PARTNERS

──郁男役をめぐる家族、設定に関してはどうですか?

白石:かなり自分の家族観が入っていると思います。僕自身、あまり幸せな家族関係とは言い難く、親の死に目に会えなかったりしました。

これまでの作品でも疑似家族という形で描いてきたものはあったけれど、いつか家族をテーマとした作品を描きたいと思っていました。でもその向き合い方がわからなかった。今回そのことに向き合える良いチャンスになりました。

反権力を描くことへのこだわり


©︎Cinemarche

──主演の香取慎吾さんが演じた郁男は、ギャンブル依存症でした。それらに衝撃を受けるファンも多いと思います。

白石:そうですね。ギャンブルに関しては、日本はほぼ全てのギャンブルを国が運営しています。

ギャンブル依存症に関して、タブーに近い。この国の中で、「ギャンブル依存症の人はいません」ってことになっているけれど、実際には、存在している。

ギャンブル依存症に限らず、現代人はみんな多かれ少なかれ何らかの依存症を抱えていると思っています。それらに対して、日本人はきちんと向き合ってる感じがしない。それをどこかで、変えていかなきゃならないんじゃないかなという気持ちがあります。

ギャンブルは、白黒即決するんです。それがたとえ負けたとしてもその瞬間に快感がある。でも、死者との関係や震災は即決も判断もできない。長い時間我慢を強いられたり考え続けるのはしんどいんです。

──白石監督はなぜ反社会勢力を描き続けるのでしょうか。

白石:反社会的勢力と言われるけれど、元々彼らは社会の一員だったし、国だってそこに頼っていた時期もあるわけです。

テロもそうで、テロリズムが全て反社会勢力かといえば、違う意味合いを持っている。この社会で虐げられている人を描くと、自然と反社会勢力を描くことになんです。

社会全体が、潔癖さを要求しすぎていて、何だか懐の深さがなくなっている気がします。映画も倫理観から外れているから面白さがあるのだと思うのです。

監督からのメッセージ


©︎Cinemarche

──今作『凪待ち』は、平成という時代を終え、新しい時代の幕開けの映画になる作品です。

白石:新しい時代を迎えても、震災は終わることではない。郁男もそうですし、どんな人でも、誰でもやり直せるチャンスがどこかに転がっている。もちろん香取慎吾さんの「新しい地図」としての再出発という意味もあります。

僕は、第一歩を歩けるというのは重要なことだと思うんです。

今後、何年かに一本、『止められるか、俺たちを』(2018)が出発点だったように、いずれこれは必ず撮らなければならない作品との出会いやタイミングがやってくる。そしてこれまで多少のテーマの違いはあっても、「人間ってなんだろう」ということを胸に刻みながら映画を撮ってきました。「人間とは何か」ということを、1ミリでも写し撮れればと思っています。

インタビュー/ 出町光識
撮影/ 河合のび

白石和彌監督のプロフィール


(C)2018「凪待ち」FILM PARTNERS

1974年、北海道出身。

1995年、中村幻児監督が主催する「映像塾」に入塾。以後、若松孝二監督に師事。

フリーの助監督として行定勲、犬童一心など様々な監督の現場を経験した後、2010年に長編デビュー作『ロストパラダイス・イン・トーキョー』を発表。

2013年にノンフィクション小説を映画化した長編第2作『凶悪』で新藤兼人賞金賞など数々の賞を受賞、注目を集めます。

その後も、2017年に『彼女がその名を知らない鳥たち』、2018年に『孤狼の血』『止められるか、俺たちを』『サニー/32』と数々の作品を監督。

2019年には4月に公開された『麻雀放浪記2020』、6月28日に公開の『凪待ち』を含め3本もの映画の公開が決定されているなど、その多作ぶりで知られています。

映画『凪待ち』の作品情報

【公開】
2019年6月28日(日本映画)

【監督】
白石和彌

【脚本】
加藤正人

【キャスト】
香取慎吾、恒松祐里、西田尚美、吉澤健、音尾琢真、リリー・フランキー

【作品概要】
宮城県石巻市を舞台に、人生につまずき零落れてしまった男の喪失、そして再生に至るまでの道のりを描く。

監督は、『彼女がその名を知らない鳥たち』(2017)『孤狼の血』(2018)など、現在の日本映画界を担う映画監督の一人である白石和彌。

主演は、『クソ野郎と美しき世界』(2018)など俳優活動のみならず、アーティストとしてもその才能を遺憾なく発揮している香取慎吾。恋人・亜弓(西田尚美)とその娘・美波(恒松裕里)と共に、母娘の故郷である宮城県石巻市で再出発しようとする主人公・郁男を演じます。

多感な少女・美波を演じるのは、『くちびるに歌を』(2015)『散歩する侵略者』(2017)の恒松祐里。

また郁男の恋人・亜弓を演じるのは、映画・テレビドラマと幅広い分野で活躍する女優の西田尚美。

そして、『止められるか、俺たちを』(2018)『麻雀放浪記2020』(2019)と白石監督作品の常連俳優である吉澤健と音尾琢真、『凶悪』(2013)『万引き家族』(2018)のリリー・フランキーなど、実力派俳優陣が脇を固めました。

映画『凪待ち』のあらすじ


©2018「凪待ち」FILM PARTNERS

ギャンブル依存症を抱えながら、その人生をフラフラと過ごしていた木野本郁男(香取慎吾)。

彼は恋人の亜弓(西田尚美)が故郷である石巻に戻ることをきっかけに、ギャンブルから足を洗い、石巻で働き暮らすことを決心します。

郁男は亜弓やその娘・美波(恒松祐里)と共に石巻にある家へと向かいますが、そこには末期ガンを宣告されてからも漁師の仕事を続ける亜弓の父・勝美(吉澤健)が暮らしていました。

亜弓は美容院を開業、郁男は近所に暮らしている小野寺(リリー・フランキー)から紹介された印刷工の仕事を、美波は地元の定時制の学校へと、三人の新たな生活が始まります。

しかしすぐに、郁男は仕事先の同僚に誘われたのがきっかけとなり、再びギャンブルに、それも違法なギャンブルに手を染めてしまいました。

やがて些細な揉め事から、美波は母である亜弓と衝突してしまい、家を出て行ってしまいます。

その後、夜になっても戻らない彼女を郁男と亜弓は探しに行くものの、二人はその車中で口論となってしまい、郁男は車から亜弓を降ろしてそのままどこかへと去ってしまいました。

そして、ある重大な事件が起こります。郁男と別れた後、亜弓が何者かによって殺害されたのです。

あまりにも唐突な死に、茫然とする郁男と美波。葬式を終えた後も、家に帰ろうとしなかった自身を責め続ける美波に、郁男は自分が置き去りにしたせいで彼女を死なせてしまったと語ります。

そして、亜弓という“繋がり”を失ったことで、戸籍上親子ではない郁男と美波の関係も次第に崩れてゆきました。美波の将来を案じた小野寺は、彼女に実父である村上(音尾琢真)とともに暮らすことを勧めます。

一方、郁男は自分のせいで亜弓を死なせてしまったと考え続けていました。そして追い打ちをかけるかのように、郁男は社員を違法なギャンブルに巻き込んだという濡れ衣をかけられ、会社を解雇されてしまいました。

行き場のない怒りを職場で爆発させた後、郁男はどんどん自暴自棄に陥ってゆきます…。

映画『凪待ち』は、2019年6月28日(金)よりTOHOシネマズ日比谷ほか全国ロードショー!



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