変声期に悩む男子中学生と歌が上手くなりたいヤクザの友情を描いたハートフルコメディ
和山やまの人気コミックを、『リンダ リンダ リンダ』(2005)の山下敦弘監督が映画化。
『ヤクザと家族 The Family』(2021)の綾野剛がヤクザの狂児を演じ、男子中学生役に抜擢されたのは、『正欲』(2023)で磯村勇斗が扮する青年の中学生時代を演じた齋藤潤です。
中学校で合唱部の部長を務める岡聡実(齋藤潤)は、ある日突然見知らぬヤクザの成田狂児(綾野剛)に「カラオケに行こ」と言われます。
狂児は、組長が主催するカラオケ大会で歌下手王になると、罰ゲームを受けなくてはならないため、何としても歌下手王を避けたいと言い、聡実に歌を教えてほしいというのです。
嫌々ながら狂児のカラオケに付き合い少しずつ仲良くなっていきますが、聡実も聡実で変声期を迎えソプラノパートを歌うことが難しくなり悩んでいたのでした……。
映画『カラオケ行こ!』の作品情報
【日本公開】
2024年(日本映画)
【原作】
和山やま
【監督】
山下敦弘
【脚本】
野木亜紀子
【キャスト】
綾野剛、齋藤潤、芳根京子、橋本じゅん、やべきょうすけ、吉永秀平、チャンス大城、RED RICE、八木美樹、後聖人、井澤徹、岡部ひろき、米村亮太朗、坂井真紀、宮崎吐夢、ヒコロヒー、加藤雅也、北村一輝
【作品概要】
和山やまの人気コミックを『リンダ リンダ リンダ』(2005)の山下敦弘監督が映画化。脚本を手がけたのは、ドラマ『アンナチュラル』(2020)『MIU404』(2020)で知られる野木亜紀子。
『ヤクザと家族 The Family』(2021)の綾野剛が狂児を演じ、『正欲』(2023)で磯村勇斗演じる青年の中学生時代を演じた齋藤潤が、オーディションを経て見事聡実役に抜擢されました。
その他のキャストには『Arc アーク』(2021)の芳根京子、『ヘルドッグス』(2022)の北村一輝、「闇金ウシジマくん」シリーズのやべきょうすけなど豪華な役者陣から、お笑い芸人のチャンス大城、湘南乃風のRED RICEまで顔をそろえます。
映画『カラオケ行こ!』のあらすじとネタバレ
合唱部部長の岡聡実(斎藤潤)は、変声期に差しかかりうまくソプラノが出せず悩んでいました。常連校であったのに、コンクールの結果は銅賞。ももちゃん先生は「銅賞でもすごいよ」と褒めますが、皆納得できずにいます。
その頃同じく悩んでいたのが、祭林組若頭補佐・成田狂児(綾野剛)でした。今年も組長(北村一輝)によるカラオケ大会の時期が迫ってきたのです。
審査員である組長に歌下手王に認定されると、組長直々から刺青を入れられますが、組長は彫りが上手ではなく絵心もないので、罰ゲームは何としても皆回避したいと思っています。
これまで歌下手王であったハイエナの兄貴(橋本じゅん)が、とうとう歌の教室に通い始めてしまいます。絶望した狂児の耳に入ってきたのは、美しい歌声でした。
そのまま吸い込まれるようにコンクール会場に入った狂児は、聡実が所属する合唱部の歌を聴き、天使のお告げかのように感じ、閃きます。
ももちゃん先生が置き忘れたトロフィーを1人で取りに戻った聡実の前に、突如狂児が現れます。驚く聡実に狂児は不敵に笑って「カラオケ行こ」と誘います。
断りきれず、カラオケにやってきた聡実に狂児は名刺を差し出し、ヤクザではない“ブラック企業”に勤めていると誤魔化しながらも事情を説明し、歌を教えてほしいと頼みます。
断って帰ろうとする聡実に、狂児は一曲だけでいいから聴いてくれとX JAPANの「紅」を歌い始めます。聡実は真面目で毒舌な性格ゆえ、はっきりと「裏声が気持ち悪い」とダメ出しをします。
狂児は具体的なことを聞こうとしますが、聡実は答えずにそのまま帰ってしまいます。しかし彼は、傘を忘れていることに気づいていませんでした。
翌日、狂児は聡実の傘をさして聡実の学校の前にやってきます。部活に出ていた聡実は、部活の友人たちから「岡くんの傘じゃない?」と言われて驚きます。
結局聡実は嫌々ながらも狂児のカラオケに付き合うようになりますが、狂児が自分が想像していたヤクザ像とは違うことに気づきます。そして彼の優しさに触れ、狂児とのカラオケを楽しみにし始めます。
その背景には、聡実の部活へのモチベーションが下がっていることも関係していました。最後の大会を控え、変声期により今までのようなソプラノが出せなくなったことを誰にも言えず、部活の練習に身が入らなくなっていたのです。
そんな聡実に後輩の和田(後聖人)は「なんで本気で歌わないのですか」と詰め寄りますが、聡実は答えられません。
そのまま部活をサボるようになり、幽霊部員として所属している「映画を見る部」で栗山(井澤徹)と映画を観たりするようになります。
映画『カラオケ行こ!』の感想と評価
ファンタジーと等身大の狭間で
変声期に悩む合唱部の男子中学生と、歌が上手くなりたいヤクザの交流を描いたハートフルコメディ『カラオケ行こ!』。
そもそも男子中学生とヤクザが一緒にカラオケで練習するということは“ありえない”ことで、聡実と狂児の組み合わせは“ありえない”組み合わせといえます。
本作はそのような2人の交流を通して巻き起こる化学反応を描いています。そのシュールさが観客の心を鷲掴みにするのです。
“ありえない”組み合わせという映画的なファンタジーさがある一方で、聡実が抱えている変声期の悩みや部活への悩みは等身大そのものです。
さらに上手くいかないもどかしさを拗らせて他者とぶつかってしまう和田や、どこか大人びて和田や聡実を見守っているような副部長の姿など思春期の真っ只中にいる生徒たちの姿は等身大で、人々の共感を呼びます。
それだけでなく、映画を見る部の栗山は実際にいそうなキャラクターでありながら、独特な存在感を放ち映画的でもあるキャラクターとして存在します。
また、聡美が運動日ではなく文化部であることや、どこか冷めているところがあったり、真面目だけれどはっきり言ってしまったりと現代的な少年であることも印象的です。
ファンタジーと等身大の間で描かれる化学反応や、シュールな笑いが、笑って泣ける独特の空気感を醸し出します。更に、本作の魅力を引き出しているのは、様々なギャップです。
ギャップが生み出す感動
大きなギャップと言えるのはまさに狂児のキャラクターそのものでしょう。狂うに児、偽名のようなキラキラネームは、父親の出来心によるものでした。生まれた時から歯車が狂っていると狂児は笑い話のように言います。
見た目は怖そうな狂児ですが、初めて聡実に会った際には「よろぴく」と名刺を差し出すなど、その性格は陽気なところもあり、外見のイメージとは違います。
また、その歌声もギャップの一つでしょう。本人は美声だと思い込んでいる裏声で「紅」を披露すると、聡実に「終始裏声が気持ち悪い」と言われてしまいます。
見た目の歌の選曲のギャップは狂児だけにとどまりません。聡実にアドバイスをもらおうと祭林組の組員が歌を披露しますが、それぞれギャップのある絶妙な選曲でその歌声と相まって面白さを引き立てます。
峯を演じたRED RICEは「湘南乃風」のメンバーである歌手です。そんな峯は久保田早紀の「異邦人」を披露しますが、聡実は「声が汚い」とはっきり言います。
「声が続いていないので、体力をつけてください」「ピッチが不安定です」「うるさいです」…最後には「カスです」まで。聡実の言葉を選ばないアドバイスは本作の笑える印象的な場面の一つでしょう。
聡実のキャラクターにもギャップがあります。普段の聡実は、はっきり言うこともありまあすが、真面目で落ち着いた性格です。そんな聡実が狂児と共にいることで少しずつ変わっていきます。
聡実は、変声期をむかえ声がうまく出なくなったことを誰にも言わず、自分1人で悩んでいました。そんな聡実がそのことを打ち明けたのは、狂児ただ1人でした。家族にも友達にも、先生にも言わなかった悩みを狂児には話したのです。
更に怒りを露わにするのも、狂児の前だけで、和田がどんなに突っかかっても聡実は声を荒げることも、自分の悩みを打ち明けることもしませんでした。
怒りも悩みも聡実が感情を露わにするのは、狂児の前だけなのです。馴れ馴れしくウザ絡みをしてくる狂児につられて、自然と感情を出せるようになったと共に狂児の兄貴分気質も影響しているでしょう。
聡実は、自分でも知らずに感情を狂児にぶつけ、狂児も聡実の悩める胸中をどこかで察していながらも“大人”のように理解者ぶって接するのではなく、等身大で接します。ある意味だめな大人であることが聡実にとって居心地に良い存在になっていたのでしょう。
まとめ
コミカルな役からシリアス、狂気的な役まで幅広く演じてきた綾野剛ですが、本作はまた新たな綾野剛の一面を見ることができます。
何よりも衝撃的なのは、その歌声でしょう。「くれないだー!」と大声で叫んだり、ヘドバンをしたり……と、激しく歌いながらもどこか自分の声に酔いしれているような裏声と、絶妙に“ヘタ”な歌を披露します。
それぞれ歌がヘタでも、同じようにヘタなわけではなく選曲が合っていなかったり、ピッチが不安定だったりとそれぞれのキャラクターがそれぞれ違った“ヘタさ”を表現しているところが、本作の面白いところでもあります。
聡実は『紅』ではなく、狂児の音域にあった歌で挑戦すれば歌下手王は回避できるとアドバイスします。しかし、狂児はどうしても『紅』へのこだわりを捨てきれません。
『紅』には和子の思い出がいっぱい詰まっていると言った狂児の言葉を、聡実は愛した人の思い出が詰まっているから『紅』にこだわっていると解釈しますが、それは誤解で特に理由もなく誤魔化すために和子の名前を出しただけに過ぎないことを後になって聡実は知ります。
しかも和子は愛した人ではなく、狂児の母の名前でした。
なぜ『紅』にこだわるのか、その疑問は最後の聡実の歌の伏線となって、はじめて『紅』でなければならなかった理由を観客は知るのです。カラオケで練習している際、歌詞の意味を知るためなのか、紅の冒頭の英語歌詞を関西弁で訳します。
『紅』は、失った人を思う歌であるとはじめて聡実と狂児は知るのです。そして、ラストでは組長によって狂児が亡くなってしまったと悲しみに暮れる聡実が魂を込めて、失った人…すなわち狂児を思って高音がうまく出ないなか心を込めて歌うのです。
心を込めて歌うことは、合唱部の顧問のももちゃん先生が言った「愛が足りなかったんや、最後は愛や」という言葉にも繋がってきます。確かにコンクールに臨む聡実はすでに変声期に差し掛かっており、思うように歌えないことを気にして愛が足りていなかったのかもしれないとふと思わせるのです。
聡実の心がこもった歌を狂児が聴いている場面で、狂児は優しく愛情に満ちた表情を浮かべ、その表情と聡実の歌声が涙を誘います。
そんな『紅』はエンディングテーマにも使われ、Little Glee Monsterが『紅』を歌い上げます。
映画を見終わった後、皆さんの頭の中には、きっと「紅に染まった〜」というメロディーが流れ続けていることでしょう。