“映ってはならないもの”を追うフェイクドキュメンタリー!
1992年・釜山の「トンソン荘」で起きた殺人事件。殺人事件を起こした犯人は、隠しカメラで一部始終を撮影していました。そのビデオが、当時検事らの間で話題になったのは、“そこにいるはずのない何か”が映っていたからでした。
その謎を追うため、ドキュメンタリーを撮影することに。撮影を進めていくうちに恐るべき真実が明かされていくと同時に、撮影クルーにも異変が……。
2022年にヒットした台湾の『呪詛』、韓国・タイ合作の『女神の継承』(2022)などのホラー映画においても「フェイクドキュメンタリー」の手法が使われていました。
そのようなアジアのホラー映画における特徴の一つは、土着の宗教が色濃く反映されている点でしょう。本作においても、祈祷師による儀式が登場します。
「本当にフィクションなのか」「それとも実在の事件なのか」と混乱してしまうような見事なリアルさは、観客を魅了し恐怖の渦に巻き込んでいきます。
映画『トンソン荘事件の記録』の作品情報
【日本公開】
2023年(韓国映画)
【原題】
마루이 비디오(英題:Marui Video)
【監督】
ユン・ジュンヒョン
【キャスト】
ソ・ヒョヌ、チョ・ミンギョン
【作品概要】
監督は『あいつだ』(2015)のユン・ジュンヒョン。また“監督役”は『シークレット・ジョブ』(2020)、『白頭山大噴火』(2021)のソ・ヒョヌが務めました。
韓国のホラー映画といえば、POV形式の『コンジアム』(2019)や、呪われたホラー映画を探し求めるオカルトホラーである『ワーニング その映画を観るな』(2020)、呪われた家と悲しき姉妹を描いた『箪笥』(2004)など様々な映画があります。
そのようなホラー映画に続く、新たなフェイクドキュメンタリーの名作が誕生しました。
映画『トンソン荘事件の記録』のあらすじとネタバレ
2019年、寺に放置された車から映像素材が見つかります。映像は検察に押収されましたが、映像制作会社「マルイ社」は訴訟を起こし、映像を取り戻しました。
そして、その映像を編集し完成させた作品が『トンソン荘事件の記録』です。
1992年、釜山の旅館「トンソン荘」で凶悪な殺人事件が起こります。それは旅館で働くアルバイトの青年が、旅館に恋人を呼び無惨に殺害したという内容でした。
事件の一部始終は青年が用意した隠しカメラで撮影され、記録された映像はその残虐性から当局によって封印されていました。また青年は裁判で神経衰弱による無罪を主張しましたが、無期懲役となったのち仮釈放の1年前に自死しました。
当時、検事らの間で事件の記録映像が話題となったのは、その映像内に“そこにいるはずのない何者か”が映っているからでした。
事件に注目した撮影班はドキュメンタリーを撮影することになり、監督は後輩で記者のホン・ウンヒの協力のもと調査を開始。その映像を見たという検事らは「鏡に帽子をかぶった学生のような青年が映っていた」と答えました。
ビデオを探し求め、当局の証拠品を管理している場所をあたる撮影班。おぞましい事件の証拠品が封印されているというその部屋の天井は、被害者たちの怨念からか真っ黒になっていると聞かされました。しかしビデオは見つからず、破棄された可能性が高いと言われます。
破棄された証拠品を処理する事務所を尋ねてみても例のビデオは見つけられず、事件の映像を見ることは不可能に思われていました。
そんな時、当時青年の弁護を担当した弁護士の遺品の中からビデオが見つかります。原本ではなく、証拠映像として提出された“コピー”であるため、検察の声なども入っています。
撮影班で音声を解析すると、事件映像には変な声が入っていることが判明。その声は「父さん」と言っているように聞こえました。
撮影班は事件後に廃屋となったトンソン荘を訪ね、残っていた事件現場の部屋を確認。その後、近隣住民に聞き込み調査を行い「旅館があった土地で、トンソン荘事件以前に何か起きなかったか」と尋ねると、トンソン荘の主人は不幸な出来事を機に持っていた土地を売り、それで得た金で旅館を買ったことが分かります。
さらに主人は、今もトンソン荘の上階に住んでいるとのこと。撮影班は主人にインタビューを申し込み、以前持っていた土地で何があったか聞きます。
すると「息子が母親と妹を殺害し、自身も焼身自殺を図った」という恐ろしい事件が起きていたことが明らかに。件の一家とは「遠い親戚」であったという主人は、一家の雑用係として働いていたために事件後に土地を引き継ぎ、やがて土地を売って旅館を始めたとのことでした。
撮影班は「ビデオに映っていた学生姿の青年は、その焼身自殺を図った息子ではないか」と考え、過去に起こった一家殺害事件について調べていきます。
映画『トンソン荘事件の記録』の感想と評価
近年ヒットしたアジアのホラー映画『呪詛』(2022)や『女神の継承』(2022)などからも分かるように、「フェイクドキュメンタリー」と「ホラー映画」の相性は非常に良いといえます。
フェイクドキュメンタリーに近いものに、POV形式のホラー映画もあります。こちらは登場人物が持つカメラの視点で映画が展開していくという形で自分も巻き込まれているような没入感が恐怖を誘います。
フェイクドキュメンタリーは、ドキュメンタリーを撮影しているという視点であるので一人称の視点ではありませんが、カメラの手ブレなどを活かした臨場感を味わうことができます。
さらに「ドキュメンタリー」を観る感覚で作品を鑑賞することになるため、フィクションであるのにいかにも「実際に起きた事件」を追っているかのような錯覚をしてしまうリアルさがあります。
そのようなフェイクドキュメンタリーの味わいと同時に、韓国ホラーらしい祈祷師の存在も生かされています。先述した『呪詛』や『女神の継承』においてもその土地ならではの宗教観や儀式の光景が、独特な怖さを醸し出していました。
本作においても儀式の場面が非常に多く、一度落ち着いて様子を見ていたところに、異変が起きるというドキュメンタリーらしいリアルさがあります。また儀式の最中で派手に血を吐いたりしないところも、絶妙なリアルさを保っていると言えます。
ジャンプスクエアを使った恐怖演出は少なく、霊の存在も映し出したり、ポルターガイストのような演出も使わずともカメラワークやビデオなどのアナログなアイテムが恐怖を助長させます。
何よりも恐怖を抱くのは、取り憑かれた記者の演技の凄まじさではないでしょうか。ビデオやカセットテープを使った恐怖演出もありつつ、PC画面でのビデオ通話やペットカメラなど最新のアイテムも利用した演出も見事です。
数日前まで普通に話していた存在が突如不可解な行動をとり始めるという恐怖や、人々に霊の存在を認識させることで恐怖を植え付けます。
霊の存在だけでなく、背後にある一家殺害事件の生々しさは、似たような事件が現実にあってもおかしくないからこそ恐ろしく、恐怖を抱くのも恐怖を抱かせるのも人間であるということを改めて感じさせられます。
まとめ
1992年、釜山の「トンソン荘」で起きた殺人事件。殺人事件を起こした犯人は、隠しカメラで一部始終を撮影していました。
そのカメラに映った存在するはずのない“ある者”の真相を追っていくフェイクドキュメンタリー。少しずつ明らかになっていく事件の展望とともに撮影班を襲う異変……。
そんな本作はフェイクドキュメンタリーならではの、インタビュー映像や過去の写真や資料などドキュメンタリーとしてのリアルさを求める演出が随所に表れています。
一方で、弱い部分もあります。真犯人が父親だったとしてどうも腑に落ちない行動があったり、霊として憑依した息子の意図も分かりかねる部分があったりと動機づけに弱さを感じる部分はあります。
そうした強引に思える展開もあったりしますが、そのような点も含めて楽しめるのがフェイクドキュメンタリーホラーの良いところとも言えます。
さらに事件が全て解決したわけではなく、不可解な点をあえて残したと思える部分もあります。それが映画ラストに映し出される、記者ホンがビデオの原本を受け取ったとされる場面です。
「本編では描かれていない“第三者”がいたのではないか」と思わせる演出は、観客が自由に考察できる余地を残しているのかもしれません。