「人生は美しい」そう思えたあの頃に、帰れることができたなら・・・
今回ご紹介する映画『ペパーミント・キャンディー』は、激動の韓国現代史1979年から1999年の20年間を生きた、1人の男性の姿を描いたヒューマンドラマです。
本作は『オアシス』(2002)、『バーニング』(2023)のイ・チャンドン監督が手がけ、韓国のアカデミー賞である、大鐘賞映画祭で作品賞など主要5部門に輝きました。
1999年春、仕事や家、家族も失い生きる気力さえも失ったキム・ヨンホは、自分を破滅させた人々を憎み、誰かを道連れに自殺を目論んでいました。
20年ぶりに同じ工場で働いていた仲間が、思い出の場所で落ち合おうとピクニックを企画しラジオで告知までしました。
失意のヨンホはかつての仲間が集まる場所へ行き、鉄橋に上り迫りくる列車に向かって「帰りたい!」と叫ぶと・・・。
CONTENTS
『ペパーミント・キャンディー』の作品情報
【公開】
1999年(韓国・日本合作映画)
【原題】
Peppermint Candy
【監督・脚本】
イ・チャンドン
【キャスト】
ソル・ギョング、ムン・ソリ、キム・ヨジン、パク・セボム
【作品概要】
イ・チャンドン監督は高校教師と小説家という経歴を経て、40歳を過ぎてから映画の道に進んだ異色の監督です。監督デビュー作『グリーンフィッシュ』(1997)で高い評価を得ました。
キム・ヨンホ役のソル・ギョングとユン・スニム役のムン・ソリは、第59回ベネチア国際映画祭で監督賞を受賞した、イ・チャンドン監督作品『オアシス』でも共演しています。
『ペパーミント・キャンディー』のあらすじとネタバレ
1999年 春。鉄橋の下の河川敷にスーツ姿の男が寝そべっています。少し離れた川べりでは、ピクニックに来た中年の男女十数名が、音楽に合わせ楽し気にダンスを踊っていました。
スーツ姿の男が彼らの元に近づき絡み始めると、リーダー格の男が彼の顔を見て「キム・ヨンホか?」と訊ねます。ヨンホが頷くと数名のメンバーも気がつき、一緒に酒を飲もうとタープの中に招き入れました。
リーダーは居住先がわからなくて、連絡ができなかったと謝ります。ヨンホはそのことを咎めませんが、何度も蒸し返すように謝るので、ヨンホは逆ギレしてしまいます。
ヨンホが再びヨロヨロと外に出ると、誰かが歌を唄ってくれとカラオケのマイクを渡します。彼は愛する女性に去られ嘆く男の古い曲を唄います。
皆は聞きおぼえがあるようですが、怪訝そうに彼を見て手拍子します。しかし、ヨンホは最後は絶叫してグループの輪から離れていきました。
ヨンホはスーツのまま川に入って行くと、鉄橋をみつめそこに向かって歩いていきます。しばらくすると彼は思いつめたように、鉄橋の上を歩いていました。
メンバーの一人がそれに気がつきますが、誰も彼のことを気に留めません。ただ一人だけ鉄橋の下まで行き、降りてくるようヨンホを説得します。
しばらくすると反対側を列車が通り過ぎ、やがてヨンホの立っている線路側にも列車が迫り来ました。そして、衝突する瞬間「帰りたい!」と叫ぶのでした。
その3日前、ヨンホは車で移動中にカーラジオから流れる、“ラジオ掲示板”で社員寮の仲間達で作った「蜂友会」のピクニック企画の告知を聞いていました。
連絡のつかない仲間に向けたメッセージには、20年ぶりの再会場所をかつて、皆でピクニックに行った川辺だと伝えていました。
ヨンホはソウルから海辺に来て、防波堤に車を止め誰かを待っています。そこに2人乗りのスクーターがやってきて、後部に乗った男から銃の入った紙袋を受け取ります。
ヨンホは車に戻るとおもむろにその銃をこめかみに当てたり、口に咥え自殺しようと試みますが、銃にはまだ弾が入っていません。
彼はソウルに戻り地下駐車場に入る車を追い、地下で待ち伏せしてエレベーターの扉が開くと、運転席の男に銃を向けると運転手は「キム社長」と叫びます。ヨンホは発砲するとその場を立ち去りました。
彼が次に向かったのは、元妻と娘が暮らすアパートです。ヨンホは娘や犬の様子を尋ねますが、元妻はチェーンロックした扉のすき間越しに、冷ややかにあしらい追い返しました。
雨の中、ヨンホはねぐらにしているバラック小屋に帰ります。南京錠を開けるのに手間取っていると、一人の男が「私が開けましょう」と声をかけ、ヨンホは鍵の束を渡します。
中に入ったヨンホは灯りを付けると、男に中に入るよう促しその辺に座るよう言います。男は「ようやく捜し出した」とヨンホに言いますが、ヨンホは男に銃を向けます。
そして、「誰の回し者か知らないが、惨めなものだろう?」と言い、自分をこんな目に合わせた誰かを道連れに死のうとしたが、人数が多すぎて絞れなくなったと言います。
銃を向けられた男は“ユン・スニム”という名を覚えているか尋ねます。彼はそのスニムの夫だと名乗り、スニムがヨンホに会いたいと訴えたと告げます。
ユン・スニムはヨンホの初恋の女性でした。翌日、彼女の夫は新しい肌着とワイシャツ・スーツを持って迎えに来ました。
ヨンホは途中でそれに着替え、瓶入りの“ペパーミント・キャンディー”を見舞いだと言って携えます。病院に到着しスニムの容態を確認した夫は、病状が悪化し会話できなくなっていると告げました。
ヨンホはせめて顔だけでも見たいと、集中治療室のスニムの枕元に行きます。彼はスニムの変わり果てた顔を見て、愕然とし涙を流します。
そして、ペパーミント・キャンディーの瓶を取り出し、兵役中にスニムからの手紙に添えられていた、ペパーミント・キャンディを貯めて置いたら上官に見つかり、酷く怒られたと話します。
ヨンホはキャンディを一粒取り出し、枕元に置くと「ごめんよ」とつぶやき、病室を後にすると、スニムの目から一筋の涙が流れました。
帰り際、スニムの夫が1台のカメラをヨンホに差し出し、彼女がヨンホの物だから渡すよう託されたと言います。
それを受け取ったヨンホは階段を降りて行こうとした時、右足に違和感を感じ足を引きずりながら去り、そのままカメラ店に売りに行きます。
ヨンホはカメラを売ったわずかばかりの金で、パンと牛乳を買って泣きながらほおばります。
『ペパーミント・キャンディー』の感想と評価
『ペパーミント・キャンディー』は光州事件が勃発した1980年5月に兵役で徴兵されていた主人公のキム・ヨンホが、戒厳令が布告される中、光州市のデモを制圧するため出動し、女学生を誤射で死亡させてしまったことを発端に、人生を大きく狂わさせていった話です。
キム・ヨンホの人生を通じて、1979年から1999年の20年間で韓国に起きた、激動の現代史を振り返り韓国が発展した裏に埋没した、若者の大きな犠牲と個の苦悩が描かれていました。
1984年~1987年の警察時代
ヨンホはその後も警察官として、1984年韓国の労働運動に対する、厳しい取り締まりにも関わり、1987年の6月民主運動のクーデターに関与する、主要人物の取り締まりにも関わったのだとわかります。
ヨンホが警察官になったことに、スニムや彼の両親は“意外”だと思っています。それはヨンホが徴兵中に善良な一般市民を、誤射によって殺してしまったことを知らないからです。
1979年、野に咲く花を愛でカメラマンを夢見る、心優しい青年が兵士として厳しい訓練を受け、足を負傷し人を殺めてしまったことは、心に深い傷とトラウマを与えたに違いありません。
この経験は深夜に未成年の女性が出歩いていると敏感に反応し、未成年のホステスやホンジャに注意するようになったのだとわかります。
彼が警官になったのは人を殺してしまい、普通の仕事に就くことやスニムに会うことはできないと判断したからでしょう。
心根の優しいヨンホは初めての尋問でも優しい語り口で、早く罪を認め組織の情報を話すよう言いますが、しゃべらないと首を締めあげるなど凶暴な面を見せます。
光州事件に関わった軍隊は、特殊な訓練を受けた特別部隊です。ヨンホが兵役の時に訓練された尋問方法がとっさに出たのだと推測します。
クーデターの主要人物と接触のあったミョンシクに対しても、同僚のいないところで優しい語り口で説得し情報を得ます。
「久しぶりだな」と言ったのは兵役の時、ヨンホと同じ部隊で足を負傷した時に、助けを呼びに行ってくれた人物がミョンシクで、恩を忘れていなかったからではないでしょうか?
1997年の起業時代~1999年の転落
1988年のソウルオリンピック開催は、韓国に更なる高度経済成長を与え、株価も上昇させました。それは一般市民の暮らしにも変化をもたらします。
新聞をよく読み世の中の動きを見ていたヨンホが、インテリアを扱う会社を起業したのも、そうした社会の流れを把握し、株に手を出していたのも経済の動きを見ていたからだとわかります。
しかし、経済的に生活が豊かになっても、心が豊かになるとはいえず、幸福へ導くとはいえませんでした。ヨンホの生きてきた人生に蓄積された“汚い”ものが彼を支配し、傲慢さと猜疑心を植えつけていました。
1997年に起きたアジア通貨危機で、韓国の株価は急激に下落していきます。韓国財閥の傘下にあった企業の倒産も相次ぎ、この経済危機は韓国内の自殺率を上昇させました。
ヨンホの生涯はまさにこの経済危機の下落の道連れになっていました。
ラストシーンでヨンホが河原の風景を見たことがあると言い、スニムが「良い夢だといいけど」と返します。
死にゆく彼は人生を走馬灯のように遡り、死後の世界で彼女と再会したのでしょう。それが自分が最も美しいと感じていた時の場所で涙を流したのです。
まとめ
『ペパーミント・キャンディー』は心優しい男のヨンホが、激動の時代下であった韓国で、いくつもの大切なものを失い、時代にのまれ逝ってしまう物語でした。1997年のアジア通貨危機以降の韓国ではヨンホのように、失業者が増え自殺率も上昇していました。
この映画が制作上映された時期は、そんな光と影が見え隠れする時代の韓国です。したがって、繁栄の影に葬られた者の姿をリアルに描いてます。
2023年の韓国は目まぐるしい進化を遂げています。しかし、社会が発展すると歪みも生じるのが、世の常だとしたら、今を生きる人は心の豊かさを強く意識するべきだと、この映画は訴えてきます。