死刑制度の是非を問う衝撃作
『デッドマン・ウォーキング』は、死刑囚とカトリックのシスターの魂の交流を正面から描くヒューマンドラマ。
死刑廃止論者で、何人もの死刑囚に精神アドバイザーとして付き添った経験を持つシスター・ヘレン・プレイジョーンの原作をもとにしたノンフィクションです。
ヘレン自身と同名著書に感銘を受けた、『依頼人』(1994)の演技派女優スーザン・サランドンがヒロインをつとめました。
当時彼女のパートナーだった、『ショーシャンクの空に』(1995)で知られる俳優ティム・ロビンスが監督・脚本を手がけています。
死刑囚を『ミスティック・リバー』(2004)『ミルク』(2009)で2度のオスカーを手にした実力派ショーン・ペンが演じます。
死刑宣告された罪人と、死刑当日最期の時に立ち会うこととなったシスターの魂の交流を描くシリアスな人間ドラマです。
ひとつの残酷な殺人事件によって悲劇に突き落とされた大勢の人々の心の内と、審判の時が正面から描かれています。
一生に一度はぜひ見てほしい、不朽の名作の魅力をご紹介します。
CONTENTS
映画『デッドマン・ウォーキング』の作品情報
【公開】
1996年(アメリカ映画)
【原作】
シスター・ヘレン・プレイジョーン
【監督・脚本】
ティム・ロビンス
【編集】
リサ・ゼノ・チャージン
【出演】
スーザン・サランド、ショーン・ペン、ロバート・プロスキー、レイモンド・J・バリー、R・リー・アーメイ、セリア・ウェストン、ロイス・スミス、ロバータ・マクスウェル、マーゴ・マーティンデイル
【作品概要】
死刑囚と彼の最期のときに付き添うこととなったカトリックシスターとの魂の交流を描くヒューマンドラマ。
実際に何人もの死刑囚に精神アドバイザーとして付き添った経験を持つシスター・ヘレン・プレイジョーンの原作をもとに、彼女自身とその著書に感銘を受けた『依頼人』(1994)の演技派女優スーザン・サランドンが主人公・ヘレンを演じます。
監督・脚本は、当時彼女のパートナーだった、『ショーシャンクの空に』(1995)で知られる個性派俳優ティム・ロビンス。
『ミスティック・リバー』(2004)『ミルク』(2009)で2度のアカデミー主演男優賞を受賞した実力派ショーン・ペンが、死刑囚のマシューを演じます。
共演はロバート・プロスキー、レイモンド・J・バリー、R・リー・アーメイほか。
映画『デッドマン・ウォーキング』のあらすじとネタバレ
貧しい地区で働くカトリックのシスター・ヘレンは、死刑囚のマシューから文通相手になってほしいと依頼されます。彼は10代のカップルを惨殺した容疑で死刑を求刑された凶悪犯でした。
面会に現れたヘレンに、マシューは自分と子どもを捨てた妻も同じヘレンという名だったことを明かしました。
それから自分は無実であり、事件当夜ヤクのためにおかしくなっていたものの、カップルを殺したのは一緒にいたカール・ヴィッテロだと話します。
上訴申をしたいというマシューに、ヘレンは力になると答えました。彼はヘレンを信頼し、書類を渡します。カールには無期懲役、マシューには死刑が宣告され、ふたりはお互いに罪をなすり付け合っていました。
自分の刑の日が決まったと興奮して電話をかけてきたマシューのために、ヘレンはヒルトン弁護士を伴って面会に行きます。
マシューの母親に特赦審問会で弁明してもらうことになり、彼女を訪ねたヘレンは、一家が周囲からの厳しい目にさらされている現状を聞かされます。
一方、ヘレンの家族はヘレンが死刑囚と深く付き合っていることを心配します。
審問会に出席したマシューの母は、最中に泣き崩れました。ヒルトン弁護士は、貧しい死刑囚がまともな弁護士を雇うこともままならない厳しい現状を訴えます。しかしマシューの請願は却下され、1週間後の死刑が言い渡されました。
マシューはヘレンに精神アドバイザーになってくれるよう頼みます。それは通常は教誨師などが果たす厳しい役でした。毎日彼と数時間を過ごし、死刑当日はつきっきりで付き添うことになったヘレンを周囲は心配します。
映画『デッドマン・ウォーキング』の感想と評価
中立の視線で死刑制度の是非を見つめる物語
凄惨な殺人をおこなった人間をどう裁くべきかをテーマに、死刑制度の是非を中立の立場で問うヒューマンドラマです。
ひとつの忌まわしい殺人事件をめぐり、関わった人々それぞれの苦しみや嘆き、怒りが描かれます。そのひとつひとつの感情に、主人公のシスター・ヘレンは丁寧に寄り添い続けます。
たくさんの対立し合う感情が同等に描かれるのに加え、ヘレンがすべての人たちに慈愛の精神を持ち続けていることで、物語の中立性は際立っています。
貧困地区のカトリックシスターである主人公のヘレンは、死刑囚のマシューと面会を通してつながりを深めていきました。若いカップルを襲い、レイプした上で惨殺した罪に問われていた彼は無実を訴えます。しかし、ヘレンはその言葉の裏にある真実を求め続けました。
声高に人種差別を語り、ヒトラーさえ支持するような発言をするマシューを救うことに、ヘレンは抵抗感をぬぐい切れません。
ヘレンはアドバイザーとなって死刑の執行にまで寄り添う役を引き受けながらも、被害者カップルの遺族たちにも話を聞きに行きます。
ヘレンが自分たちの味方になったわけではないと知った遺族は、「本当に同情があるなら娘のために正義がおこなわれることを望むはずだ。この家では敵だ」と彼女を激しく糾弾します。
無理もない感情です。被害者家族にとって、マシューはもはや人間ではなく、獣と同等の存在でしかありませんでした。その思いを、ヘレンもよく理解していました。
死刑制度そのものを冷酷な殺人と考えるヘレンは、恐怖におびえながらも、せめてマシューが人間らしく死ぬことができるようにと心を砕き続けます。
「人に敬意を持つように」と澄んだ瞳で語り掛けられるうちに、マシューの心は開き始めました。そしてとうとう、死の直前に自分の罪を認め、前夜に被害者のために祈ったことを告白します。
死刑という恐ろしい審判の時を前に、もだえ苦しみながら必死で祈り続けるヘレン。死を前にして震えながらすすり泣くマシューの恐怖と悔恨。
息子を殺され、その死の受け止め方の違いから別れた夫婦の孤独。娘を惨殺された遺族の悔やしさと悲憤。
愛する息子に最後まで触れることが許されず、「抱いたらもう離せなくなる」といって泣きながら帰って行く母の深い悲しみ。
さまざまな苦しみが交錯する中、刑を執行する側の刑務所職員たちの背負う精神的な重圧までが丁寧に描かれ、死刑制度の良し悪しだけでは計りきれない現実の重さが浮き彫りとなります。
その一方で、罪を許すまいとするかのように、死刑シーンと交互に凄惨な事件シーンが何度も繰り返し流れます。
非道な罪の裏にある、貧困や無教養という問題は無視できません。しかし、だからといって殺人行為が許されるはずもありません。
では、罪人をどう裁くべきなのか。正解を求めて、人類はこの先もずっと悩み続けることでしょう。考えることを決して捨ててはならないと、この作品は強く訴えかけています。
サランドンとペンという天性の役者同士の競演
本作の大きな見どころは、天性の役者同士が見せる魂のぶつかり合いです。
主人公のシスター、ヘレンを演じるのは、本作の監督を務めたティム・ロビンスの当時パートナーだったスーザン・サランドンです。『依頼人』(1994)で実力派として知られる彼女は、本作で見事アカデミー賞主演女優賞を受賞しています。
死刑囚のマシューを演じたショーン・ペンも、本作でベルリン国際映画祭銀熊賞を受賞したほか、『ミスティック・リバー』『ミルク』で2度のアカデミー主演男優賞を受賞する名優です。
2人だけの会話劇が続くなかで、次第に関係性が変わっていくさまを見事に表現しています。
粗野で捨て鉢で憎しみに満ちていたマシューが、営利なしに純粋に語り掛けるシスターの言葉を聞いているうちに、人間としてこの世を去ることの大切さに気付き始めます。
死刑執行当日の2人の演技は圧巻です。注射への恐怖を語り、最後まで母親を気にかけるマシュー。刑の執行を前にトイレに駆け込み、必死でマシューの魂の救いを祈り続けるヘレンの苦悩。
ヘレンによって愛を初めて知ったマシューが、とうとう罪を告白するシーンは圧巻です。緊迫感の中に慈愛があふれる稀有な空気感に圧倒されます。
どんな罪人も抱きしめて許すヘレン。そんな彼女により、マシューは人間としてこの世を去っていきます。
ストーリーだけではなく、サランドンとペンの魂を削るような演技にも感動せずにはいられないことでしょう。
まとめ
実話をもとにした魂を描くノンフィクション映画の傑作『デッドマン・ウォーキング』。スーザン・サランドンとショーン・ペンの迫真の演技により、震えがくるほどのリアリティを感じらさせられる一作となっています。
最期まで自分の母親がこれ以上泣かないようにと気にかける優しさを持つ男性が、さまざまな要因によって凄惨な殺人事件を起こしてしまう不条理さ。
彼の人間らしい面を知り、短い間で深い絆を結んだシスターが、目の前で命を絶たれていく彼の姿を見つめねばならない残酷さ。
ガラス越しに手を必死で伸ばし続けるシスター・ヘレンのの心情に寄り添うと、一緒に胸を引き裂かれるような悲しみに駆られることでしょう。
人間の犯す罪、そしてそれに見合う罰とはいったいどんなものなのか。答えのない問いに挑み続けなければならない現実を、思い知らされる作品です。