連載コラム「シネマダイバー推薦のNetflix映画おすすめ」第125回
今回ご紹介するNetflix映画『チャタレイ夫人の恋人』は、過去に何度も映画化やドラマ化された、イギリスの小説家D・H・ローレンスの官能小説が原作です。
監督はフランスの映画女優でもあり、監督デビュー作『マスタング』(2019)が映画賞にノミネート、監督賞などを受賞した、ロール・ドゥ・クレルモン=トネールが務めます。
映画『チャタレイ夫人の恋人』はイギリス中部の広大なチャタレイ家の領地が舞台です。クリフォード・チャタレイ男爵は、第一次世界大戦のドイツ戦線で戦傷を負い復員します。
クリフォードは若くて無垢な心の持ち主コニーと結婚していましたが、下半身麻痺で男性としての機能を喪失し、気難しい性格になってしまいコニーを心身共に苦しめます。
やがてコニーは使用人(森番)のオリバー・メラーズに恋に落ち、2人は愛し合うようになるとコニーは初めて“性”に目覚め、身分を越えた“愛”を知ります。
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CONTENTS
映画『チャタレイ夫人の恋人』の作品情報
【公開】
2022年(イギリス、アメリカ映画)
【原題】
Lady Chatterley’s Lover
【監督】
ロール・ドゥ・クレルモン=トネール
【原作】
D・H・ローレンス
【脚本】
デビッド・マギー
【キャスト】
エマ・コリン、ジャック・オコンネル、マシュー・ダケット、フェイ・マーセイ、エラ・ハント、ジョエリー・リチャードソン
【作品概要】
Netflixドラマシリーズ「ザ・クラウン」で、ダイアナ妃を演じ、ゴールデングローブ賞を受賞したエマ・コリンが、チャタレイ夫人役を演じ、大胆なヌードやSEXシーンに挑みました。
チャタレイ夫人が恋に落ちた森番のオリバー・メラーズ役には、『名もなき塀の中の王』(2015)、『不屈の男 アンブロークン』(2016)のジャック・オコンネルが演じます。
クリフォード・チャタレイ役にマシュー・ダケット、姉のヒルダ役にフェイ・マーセル、ボルトン夫人役でジョエリー・リチャードソンが共演します。
映画『チャタレイ夫人の恋人』のあらすじとネタバレ
芸術家の娘コンスタンス・リード(コニー)は、炭鉱の村を領地に持つ貴族のクリフォード・チャタレイの妻となります。
姉のヒルダはコニーの人を信じやすく、心を開きやすい性格を心配します。コニーにはかつてドイツ人兵士の恋人がいましたが、戦争によって別れた恋人は戦死しました。
コニーは心配するヒルダに、クリフォードの人柄について伝統を重んじながら、先進的な考え方を持っているところに惹かれたと話します。
チャタレイ夫人としてお披露目されたパーティーでは、早々に跡継ぎを期待されるコニーですが、クリフォードは2人の人生を最優先すると彼女にいいます。
しかし、第一次世界大戦で陸軍将校として、前線にいたクリフォードは結婚披露パーティーが終わり、コニーと一夜を共にしますが翌朝には戦地へと戻っていきました。
終戦を迎えクリフォードは帰還しますが、戦闘により下半身不随となっていました。チャタレイ夫妻はウォリックシャー州ラグビーの古城で暮らし始めます。
クリフォードの戦傷は重く、性交が不能となり跡継ぎが望めなくなっていました。それでも2人でよい人生を送ろうと誓いました。
城は老朽化が進み修復しないと暮らせない状態です。クリフォードはかつての使用人や子孫、復員してきた村人を雇います。
クリフォードは執筆していた短編小説を追記し、長編小説に仕上げるとコニーに話します。彼女は校正やタイピングなどの手伝いをして、彼の小説を出版させました。
こうして2人の新生活は平穏そうに流れますが、クリフォードは自分の身の回りの世話を、コニーにしか許さず、彼女の心身の負担が大きくなっていきました。
ある日、クリフォードはコニーに見せたい場所があると、車椅子で小高い丘の上へ向かいますが、悪路で上れなくなっていると、通りかかった森番のオリバーが手伝います。
クリフォードは石炭発掘のため切り開き、小さくなった森や自然を見せながら、村人や子孫のために残った自然は守りたいと語ります。
そして、子供を作る希望のないクリフォードは、コニーに他の男性との間に子供を作り、2人の子供として育て、跡継ぎにしたいと言い始めます。
相手となる男の条件としてあげたのは、世事に関して分別ができ、身を引ける人物であることでした。
コニーは跡継ぎを産むためだけの存在だと傷つき、クリフォードにチャタレイ家の存続のためなら、愛のない行為で子供を作るのが平気なのかと責めます。
映画『チャタレイ夫人の恋人』の感想と評価
1928年に発表された小説「チャタレイ夫人の恋人」は、D・H・ローレンスの故郷における、炭鉱の悲惨な状況を鑑み執筆が開始され、当初は階級問題が主題とされる内容でしたが、改稿を重ねる間に、性的な描写が主体の小説として完成します。
結果、有害図書として議論も多くなされ、検閲などで性的描写が削除されたり、発禁や絶版にまで追い込まれた小説でした。
日本でも1935年に伊藤整が翻訳し出版されますが、第二次大戦下では検閲で発禁となり、修正版として出版されます。
しかし、1950年には再び無修正の完訳版を刊行し、ベストセラーとなりますが、わいせつ文書として押収され、起訴され最高裁までの裁判となりました(チャタレー事件)。
このように物議の多かった小説「チャタレイ夫人の恋人」ですが、多数の映画化やドラマ化された魅力はどこにあったのでしょうか?
“D・H・ローレンス”の半生を描いたのか?
原作者D・H・ローレンスは炭鉱夫の父と教員の母の間に生まれています。彼の多くの小説には炭鉱の村や、風光明媚な田園地帯の風景が描写されています。
その風光明媚な景色が、上流階級が進める鉱業の機械化で失われる事への危惧と、鉱員の仕事が奪われ、貧困層が加速することへの抗議を表したのでしょう。
しかし重要視していたテーマも、漠然とした自然の美しい姿と、近代化が進む工業との対比では、インパクトが薄かったのだと推測します。
例えば作中でクリフォードの書いた小説が酷評されますが、ローレンスのことだとしたら、身分違いの恋愛をセンセーショナルに加筆させたとも言えます。
卑猥とみられる描写は注目を集め、階級を越えた“愛”があれば、自然と近代工業の調和も可能だと、主張したかったのかと想像させます。
小説「チャタレイ夫人の恋人」はローレンス最後の長編小説です。ゆえに彼の生きてきた半生と照らし合わせると、類似している点が多くありました。
ローレンスは労働階級の出身でありながら、成績優秀だったため奨学金で高校に進学し、小学校で代用教員をしながら、大学で教員資格を取得しました。
彼のこうした姿は成績優秀で軍の中で高い階級まで昇り詰めていた、オリバー・メラーズと重なります。
オリバーは作中、戦争で肺を患ったと語りますが、ローレンスもまた肺炎を何度か発症しています。それは炭鉱の村で育ったことも、要因としてあったのかもしれません。
虚弱なローレンスは執筆で成功しながらも、大学の恩師アーネスト・ウィークリーに就職相談をし、その際に出会った彼の妻フリーダと、恋に落ち駆け落ちをしています。
コニーのモデル“フリーダ・ローレンス”
フリーダはドイツ貴族の生まれです。コニーのようにローレンスに恋をしたフリーダは、身分や社会的地位を捨て彼と駆け落ちし、階級社会や世間からの嫌がらせにあっています。
2人はミュンヘンに逃げ、イギリス国内やヨーロッパを転々とし、ニューメキシコ州タオス近くの“キオワ牧場”に定住します。
これらの経験がこの小説には落とし込まれており、貴族として生まれた彼女の不自由さと、労働階級の家で生まれ育った彼の境遇を重ね合わせています。
フリーダはイギリスの劇作家ジョン・ハートが書いた戯曲が唯一、ローレンスに読まれ承認された作品だとしています。
Netflix映画『チャタレイ夫人の恋人』がこのジョン・ハートの戯曲に近いものかどうか、原作に忠実なのかは定かではありません。
D・Hローレンスや妻のフリーダ亡き今、この小説を大胆な演出で映画化した意義を考えた時、どう捉えるべきなのでしょう?
権力によって破壊されている平和や家族の営みは、国や国益を越えた勇気ある人間愛で、取り戻す時だと、捉えることもできるでしょう。
まとめ
映画『チャタレイ夫人の恋人』は、心に“愛のない”人間からは、何も守り切ることはできないというメッセージを感じました。
伝統や格式を重んじ、人の心を尊ばない“階級社会”は、自然を奪い人々の暮らしを困窮させ、“不満”という負の連鎖しか生まないと訴えます。
コニーは芸術家の娘で中流階級でしたが、先進的な思考のクリフォードに見初められ、貴族の一員となります。
しかし、戦争のせいでクリフォードの先進的な思考は、思わぬ方向へ向かったと考えざるを得ません。身体的な自由を奪われた苦悩は、精神的な歪みを生んだといえるでしょう。
妻のコニーがボルトン夫人の力を得ながら、クリフォードを支え続けていれば、古式ゆかしい伝統を守りつつ、鉱業の近代化によって村人の生活は改善したでしょう。
しかし、若いコニーにとってオリバーの存在は、逃げ道ができたといえ、夫妻は互いに思いやることができずに、我を通す結果になりました。
クリフォードは領主として村人から、尊敬と忠心を得られたでしょうか? 逆にコニーは“愛する”ことだけで、スコットランドでの過酷な生活を耐え抜けたのでしょうか?
イギリス社会の進化を映画『チャタレイ夫人の恋人』に例えるならば、小説「チャタレイ夫人の恋人」の完訳が、紆余曲折の末に文学として認められたように、“階級制度”は根強く残るものの、努力が報われる7階級制度に改正されました。
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