SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2022国際コンペティション部門ダリン・J・サラム監督作品『ファルハ』
2004年に埼玉県川口市で誕生した「SKIPシティ国際Dシネマ映画祭」は、映画産業の変革の中で新たに生み出されたビジネスチャンスを掴んでいく若い才能の発掘と育成を目指した映画祭です。
第19回を迎えた2022年度は3年ぶりにスクリーン上映が復活。同時にオンライン配信も行われ、7月27日(水)に、無事その幕を閉じました。
今回ご紹介するのは、国際コンペティション部門にノミネートされた ダリン・J・サラム監督作品『ファルハ』です。
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映画『ファルハ』の作品情報
【公開】
2022年(ヨルダン・スウェーデン・サウジアラビア合作映画)
【監督】
ダリン・J・サラム
【出演】
カラム・ターヘル、アシュラフ・バルフム、アリ・スリマン、タラ・ガッモー
【作品概要】
ある難民女性の実体験をもとに描かれた物語。一人の少女が国内情勢悪化の一途をたどるパレスチナで戦火から逃れ、逃げ延びたとある倉庫から覗き見た戦争の一幕を緊張感たっぷりに描きます。
ヨルダン映画として初めてのスウェーデンとの合作となった本作は、トロント国際映画祭でプレミアされ、釜山、ローマ、ヨーテボリなど、数多くの主要映画祭で上映されています。
本作を手掛けたのはヨルダン人監督のダリン・J・サラム。アムジャド・アル=ラシードと共同監督をした『The Parrot』がドバイ国際映画祭の短編コンペティション部門に選ばれ、その後数々の映画祭で受賞し、注目を集めた。本作が長編デビュー作となります。
主人公ファルハを演じたのは、オーディションで選ばれた演技未経験のカラム・ターヘル。
ダリン・J・サラム監督のプロフィール
ヨルダン出身の脚本家・映画監督。南カリフォルニア大学提携の紅海映画芸術研究所(RSICA)で修士号を取得。
これまで5本の短編映画を監督、そのうち『Still Alive』(2010)、『The Dark Outside』(2012)、『The Parrot』(2016)は複数の映画賞を獲得、各地の国際映画祭で上映されました。
ベルリナーレ・タレント2021のほか、ロバート・ボッシュ財団の2015年映画賞、シテ・アンテルナショナル・デ・ザールの2017年アーティスト・イン・レジデンス・フェローシップ、フィルム・インディペンデントの2018年グローバル・メディア・メーカーズ・フェローシップに選出。国際映画祭の審査員の経験もあります。
アンマンに拠点を置くヨルダンの制作・人材育成会社TaleBoxの共同設立者兼経営パートナーも務める。長編デビューとなる本作は2021年の第46回トロント国際映画祭でワールド・プレミア上映されました。
映画『ファルハ』のあらすじ
1948年のパレスチナで、とある小さな村に住んでいた14歳の少女ファルハ。
当時は年頃の女の子が結婚圧力を周囲から受けることが当然の時代でしたが、ファルハはそれに屈せず都市に出て新しい世界を学ぶべく行き届いた教育を受けることを望んでおり、父も表向きでは古いしきたりを重んじながらも彼女の意思を尊重していました。
一方、パレスチナ国内の情勢が悪化の一途をたどっている中、ある日彼女らの村にも徐々に危険が訪れてきました。
そして彼女は……。
映画『ファルハ』の感想と評価
本作は、ダリン・J・サラム監督が自身の母から聞いたという、ある難民女性の「ナクバ」の日の実体験にインスパイアされて描いた作品。
ある意味ドキュメンタリー的な側面を持った作品ですが、物語の道筋を構成するために用意された切り口に強い印象を覚えます。
パレスチナはユダヤ教、キリスト教の発祥の地といういわば宗教上の聖地でもありますが、古くから多くの民族に支配され、今なおイスラエルの侵攻により苦しめられているという場所が存在する、複雑な事情を抱えた国でもあります。
「ナクバ」とはアラビア語で「大厄災(だいやくさい:人に多大な不幸をもたらす物事のこと)」を示し、「ナクバ」の日とは5月15日、「1948年のイスラエル建国とともに、もともとパレスチナの地に住んでいたアラブの人々が住居を追われ難民となったことを嘆く日」とされています。
この物語で示されるものは、未だ争いの絶えない「ナクバ」が年に一度のことではなく常に発生し、人々を苦しめ続けていることを示しています。
主人公の少女・ファルハは世界へ羽ばたこうとする一人の少女です。保守的、伝統的な生活様式が残るパレスチナの街中で、進学を選択することで広い世界を知りたいと願います。
一方彼女の父は、伝統を重んじながらもファルハの思いを汲み認める姿勢を見せます。
インド、パレスチナなど、映画で描かれるこうした世代間の意識の描かれ方としては、どちらかというと親と子の反発という構図で描かれがちな方向性もありましたが、ファルハらの親子関係は国が新たな意識変化を見せつつある時代であることを感じさせますが、それらが一瞬にして崩される厳しい現状が現れます。
物語でも幸せな生活を送っていた家庭で、新しい時代を迎えつつある一方、一気にそれを打ち崩すものとして戦争の影が現れます。
世界的には現在、ウクライナへのロシア侵攻が大きな問題として各所で取り上げられていますが、この物語はまさにその事件とのイメージの重なりが感じられます。
戦争という行為の不条理さとともに、このような不条理は人の認識の薄いところでも、いつにおいても存在するという普遍性を強く印象付けています。
戦火から逃げ延びたファルハは、家の倉庫にこもり窓の隙間からその様子を垣間見るのですが、ここではサスペンス的な展開を織り込みながらも、さらに戦争という魔物に取りつかれた人々の恐ろしい姿が描かれます。
負けた側は、勝った側に服従せざるを得ない状況にあり、その選択肢においても単に殺されるという以上のむごたらしい末路を歩んでいきます。
その光景は「輝ける未来」を自身で選んだファルハたちの能動的な意思とは全く逆に選択できないという悲劇として描かれており、人々に争いの恐ろしさを訴えかけています。
まとめ
主人公・ファルハを演じたカラム・ターヘルは、一年半にも及んだオーディションで選ばれた演技未経験者。恐怖の光景、不安の中におののく姿は自然に惨状にある人の真理を描いているようでもあり、その存在感の大きさを示しています。
本作の最後は残念ながらすべてが救われる物語としては終わりません。しかし扉の向こうでとてつもない不安に包まれながら、その隙間から地獄のような光景を目の当たりにしたファルハがラストに見せた表情は、結末を超越する大切なことを示しているようでもあります。
大切なこととは、戦争という行為自体を非難するという方向の先で自身の信念を持つこと、その信念に従っていくこと、そしてその思いを保ち続けることがいかに大事なことであるかということで、観るもの全員に問うているのです。