阪本順治監督が主演・伊藤健太郎のために脚本を書き下ろしたオリジナル作品『冬薔薇(ふゆそうび)』!
冬薔薇と書いて「ふゆそうび」と読むタイトルを持つ映画『冬薔薇』。
一見薔薇のイメージのような美しい話かと思いがちですが、貧しい暮らしの夫婦と流されるままに生きているその息子を通して、周囲の人々との関わりを問いかけています。
本作は『北のカナリヤたち』(2012)などを手がけた阪本順治監督が、主役を演じる伊藤健太郎と生い立ちや家族・友人関係など長時間にわたっての対話を経て書き上げました。
伊藤健太郎が自己の内面をさらけ出して生まれた本作でみせる、主人公の生き方とは? また本作は、俳優伊藤健太郎の新たな境地を踏み出すきっかけとなるのでしょうか?
賛否両論別れるであろう、主人公の進むべき道が提示された本作のラストを、ネタバレ要素にも言及しながら考察・解説します。
映画『冬薔薇(ふゆそうび)』の作品情報
【公開】
2022年(日本映画)
【監督・脚本】
阪本順治
【製作総指揮】
木下直哉
【プロデューサー】
谷川由希子、椎井友紀子
【キャスト】
伊藤健太郎、小林薫、余貴美子、眞木蔵人、永山絢斗、毎熊克哉、坂東龍汰、河合優実、佐久本宝、和田光沙、笠松伴助、伊武雅刀、石橋蓮司
【作品概要】
『冬薔薇(ふゆそうび)』の監督は『北のカナリアたち』(2012)、『半世界』(2019)、『一度も撃ってません』(2020)を手がけた阪本順治。
『悪の華』(2019)や『今日から俺は!!劇場版』(2020)の伊藤健太郎を主演に迎えて、オリジナル脚本で生み出した作品です。
主人公・淳役を伊藤健太郎、淳の両親を小林薫と余貴美子が演じ、会話のない親子の寒々とした交流を描き出します。脇を固めるのは眞木蔵人、永山絢斗、毎熊克哉、坂東龍汰、河合優実、佐久本宝、和田光沙、笠松伴助、伊武雅刀、石橋蓮司。
映画『冬薔薇(ふゆそうび)』のあらすじ
夏の終わりの横須賀の街。
埋め立て用の土砂を運ぶ海運業を営むガット船「渡口丸」船長・渡口義一(小林薫)、船に関する事務をする道子(余貴美子)を両親に持つ渡口淳(伊藤健太郎)は、流されるままに生きている若者です。
専門学校にも行かず、半端な不良仲間とつるみ、友人や女から金をせびってはダラダラと生きていました。
時代とともに両親の仕事も減り、後継者不足に頭を悩ましながらもなんとか日々をやり過ごしている両親の仕事に興味も示さず、親子の会話もほとんどありません。
そんなある日、淳は不良同士の喧嘩で足に大怪我を負い入院。2ヶ月後に退院して実家に顔を出すと、仕事場に道子の弟・中本治(眞木蔵人)が雇われていました。
不況で職を失い、息子の貴史(坂東龍汰)とともに山梨から道子を頼って出てきた治。貴史もまた塾講師の職を見つけていました。
何も聞かされていなかった淳は、両親との距離感を感じて、面白くありません。
そんな頃、淳の仲間のリーダー・美崎の血のつながらない妹が、何者かに襲われる事件が起きます。そこで浮かび上がった犯人像は、思いも寄らない人物でした……。
映画『冬薔薇(ふゆそうび)』の感想と評価
噛み合わない親と子の想い
大量の土砂や砂利をダンプカーから受け渡され、それを埋立地まで往復するガット船で生計を営む渡口家。ガット船の船長・渡口義一と妻道子は、生活に疲れながらも慎ましく仲良く暮らすごく平凡な夫婦です。
しかし、長男はこのガット船の貨物倉から転落したことで命を落とし、その時一緒にいた次男の淳は、その頃から家族に対してわだかまりを持つようになりました。
淳は25歳になりますが、今までまともな仕事に就いたことがありません。服飾の専門学校に在籍していますが、授業にはほとんど出ず、毎日ぶらぶらしているだけで、自然と地元の不良グループに片足を突っ込んだ形になっています。そんな淳に対して、母はともかく父は淳ともう何年もまともに口をきいたことがありません。それも兄の死がきっかけと思われます。
兄が事故死した貨物倉はずっと淳が避けてきた場所ですが、ある日淳はここを訪れ、あきれたように黙って自分を見つめる父に向かって「たまには何か俺にも言ってくんねえかな。死んじまえでもいいから」と言いました。
これは、淳の心の奥に隠していた両親への本音と言えます。親が息子の所業にあきれ果て、何の期待もしなくなったとしても、息子の方はやはりどこかで親からの言葉を待っているのです。
両親をはじめ淳をよく知る船の乗組員も、淳の気持ちを逆なでしないように精一杯オブラートに包むようにして見守っていたのですが、その思いやりが淳には通じていなかったのです。これが、渡口淳の半生における第一の不運といえます。
選ぶのは「孤独」か「友情」か
淳の不良仲間は、ある事件をきっかけにリーダーの美崎から距離をおくようになり、やがて縁を切りました。その後独りになった淳は、専門学校で唯一の友人と思っている友利が故郷に帰って家業を継ぐという話を思い出し、そこで仕事をさせてもらうことを思いつきます。
「再起だ」と両親に嬉しそうに報告し、家を出る時には「今度はだいじょうぶね?」と両親から送り出されました。希望に満ちた気持ちのまま淳は、友利の故郷へ行く夜行バスの乗場に向かいます。しかし、そこに友利から「来てもらっては困る。俺は友だちと思っていない」という連絡が入りました。淳はヤケをおこして酒場で喧嘩し、身も心もボロボロになってビルの間にうずくまってしまいます。
今さら実家に戻ることも出来ず、何よりも友利の発した冷たい言葉に打ちひしがれて嗚咽する淳。例えようもない絶望と孤独感が彼を襲います。冷たい雪までちらつき出したその時、「来いよ。友だちだろ」と淳に手を差し伸べたのは、絶縁となったはずの美崎でした。
美崎の手を握れば、そのまままた美崎と同じ世界へ入ってしまうことはわかりきっています。しかしその手を払いのければ、淳に待っているのは、他者との関わりを絶った地獄の日常だったのです。
手を握るべきか、払いのけるべきか。究極の選択は淳自身が決めました。その決め手は何だったのか……孤独から逃れたい一心の淳の想いが胸によぎります。渡口淳の周りに心底分かり合える友がいなかったのも、第二の不運といえるでしょう。
まとめ
本作のラストは、美しいタイトルに反するような展開が用意されています。ただ一方で、淳の母・道子が大切に育てていたこの花の生き様は、そうした映画のラストの姿と重なります。
冷たさを持った孤高の花、けれどもどこか温かな雰囲気を持つ「冬薔薇」。究極の選択をし彼自身の人生を歩む淳には、ピッタリの花だと言えるでしょう。
淳役の伊藤健太郎はゼロから「渡口淳」像をあみだし、ラストでは寸分の狂いもなく、孤独のどん底にいた淳の胸中を理解したと言います。
ベテラン俳優陣で脇を固めた本作では、大先輩たちから芝居の話を聞き、新たなステップとなる役どころを得て、更に大きく成長した伊藤健太郎の姿が見られます。
星野しげみプロフィール
滋賀県出身の元陸上自衛官。現役時代にはイベントPRなど広報の仕事に携わる。退職後、専業主婦を経て以前から好きだった「書くこと」を追求。2020年よりCinemarcheでの記事執筆・編集業を開始し現在に至る。
時間を見つけて勤しむ読書は年間100冊前後。好きな小説が映画化されるとすぐに観に行き、映像となった活字の世界を楽しむ。