巨匠の面影を身近に感じながら過ごす映画監督カップルのひと夏の物語
20世紀最大の巨匠イングマール・ベルイマンが愛した神秘的な島、フォーレ島を舞台に、映画監督同士のカップルが過ごした夏の日々を繊細なタッチでつづった映画『ベルイマン島にて』。
『EDEN エデン』(2014)、『未来よ こんにちは』(2016)などの作品で知られるミア・ハンセン=ラブが、監督・脚本を務め、『ファントム・スレッド』(2017)のビッキー・クリープスと『海の上のピアニスト』(1999)のティム・ロスが主人公カップルを演じています。
また映画内映画のヒロインをミア・ワシコウスカが、その相手役をアンデルシュ・ダニエルセン・リーが演じているのにも注目です。
映画『ベルイマン島にて』の作品情報
【日本公開】
2022年公開(フランス、ベルギー、ドイツ、スエーデン合作映画)
【原題】
Bergman Island
【監督・脚本】
ミア・ハンセン=ラブ
【キャスト】
ビッキー・クリープス、ティム・ロス、ミア・ワシコウスカ、アンデルシュ・ダニエルセン・リー、スティーグ・ビョークマン、メリンダ・キナマン、アルビン・グレンホルム、ゲイブ・クリンガー
【作品概要】
イングマール・ベルイマン監督が暮らした島を舞台に、『未来よ こんにちは』(2016)などの作品で知られるミア・ハンセン=ラブが監督を務めたヒューマンドラマ。
『ファントム・スレッド』(2017)のヴィッキー・クリープス、『海の上のピアニスト』(1998)などのティム・ロスが主人公の映画監督同士のカップルを演じる他、ミア・ワシコウスカ、アンデルシュ・ダニエルセン・リーらが出演しています。
映画『ベルイマン島にて』あらすじとネタバレ
新進映画監督のクリスと、彼女のパートナーで有名映画監督のトニーは、アメリカに幼い一人娘をおいて、スウェーデンのフォーレ島を訪れました。
フォーレ島はイングマール・ベルイマン監督が作品を撮影し、晩年を過ごした場所で、ふたりは「ベルイマン・エステート」のアーティスト・イン・レジデンスの制度を利用して、映画の脚本、制作に打ち込むためにこの島にやって来たのです。
彼女たちが案内された住居は、ベルイマンが『ある結婚の風景』を撮った寝室のある家で、案内人は「この作品を観て離婚した人が続出したんですよ」と微笑みながら言いました。
トニーはその家の一角に自分の仕事のスペースを見つけ、一方、クリスは家の向かいにある風車小屋のスペースに落ち着き、ふたりは各々仕事を始めました。
ベルイマン財団の人々からの要請でトニーの作品が上映され、観客との間で質疑応答が行われる中、クリスはそっと劇場を抜け出しました。
町を散策していると、一人の男性に声をかけられます。男性は映画学校の卒業制作に来たと言い、ハンプスと名乗りました。
ハンプスはクリスが探していたベルイマンの墓に案内してくれました。他の場所も案内してもらうことになり、ふたりは意気投合します。
実はこの時間はトニーと一緒に「ベルイマン・サファリ」という町のツアーに申し込んでいたのですが、クリスはそれをすっぽかしてしまいました。
トニーはクリスが来ないので、ひとりでツアーに参加しました。ツアー客の中にはベルイマンに精通している熱狂的な人々も見受けられました。
トニーと合流したクリスは若者に町を案内してもらったことを語り、ハンプスが魅力的な男性だったと伝えると、トニーは嫉妬心を抑えるように「終わり、終わり」と会話を終わらせました。
トニーは順調に脚本を仕上げていきますが、クリスはなかなか筆が進みません。クリスはトニーに助言を求めますが、トニーは、「大丈夫、書けるよ」と言うだけです。
どのような内容の作品を書いているのかも、トニーは語りたがらず、クリスは不満を抱きます。が、やがて、彼女も“1度目の出会いは早すぎて2度目は遅すぎた”ために実らなかった自身の初恋を投影した脚本を書き始めます。
主人公は28歳の女性映画監督であるエイミー。友達の結婚式に出席するために訪れたフォーレ島で、かつての恋人ヨセフと再会し、彼女は激しく心を揺さぶられます。
トニーにその内容を話しながら、結末をどうしようか迷っていると語るクリス。「このまま終わらせるか、ドレスで首を吊らせるか」と言うと、トニーは「陳腐だ」と呆れたように言うのでした。
映画『ベルイマン島にて』解説と評価
舞台となるフォーレ島はイングマール・ベルイマン監督が『鏡の中にある如く』(1961)や『仮面/ペルソナ』(1966)などの作品を撮り、晩年を過ごした島です。
そこに主人公である映画監督同士のパートナーであるトニーとクリスがやってくるところから物語はスタートします。
彼らはどちらもベルイマンの大ファンで、クリスは「聖地」へとやってきた胸の高鳴りを「美しすぎて胸が苦しい」という言葉で表しています。
自宅を始め、ロケ地などベルイマンに由来のある建物は、財団によって管理されていて、アーティスト・イン・レジデンスとして開放されています。
主人公たちも、その制度を利用して、映画の脚本を仕上げにやってきたのです。映画は、その「ベルイマン・エステート」とそこを巡る人々の姿を映しだし、紀行映画としての側面をまず浮かび上がらせます。
主人公が住居として案内された家の寝室が『ある結婚の風景』が撮影された場所であったり、島の映画館で上映される作品が『叫びとささやき』の終盤の一場面であったりと、フォーレ島とベルイマンの関わりが紹介されていきます。
ベルイマンへの羨望が全編にあふれ、聖地を訪れた人々の興奮が伝わってきます。
そんな中で、それぞれ、映画の仕事に精を出すトニーとクリスですが、名の知れた監督であるトニーが順調に仕事を進めていくのに対して、クリスは書きあぐね、トニーの助言を望んだり、お互い干渉しあわないでおこうとするトニーの態度に不満を覚えます。
こうした2人の感情のすれ違いがベルイマンの作風に重ねられ展開していくのかと思ってみていたのですが、そうではなく、中盤からは、クリスが構想した作品が映像として登場してきます。
その主人公にミア・ワシコウスカが扮し、胸がきりきりと痛むような恋愛映画が展開するのです。
映画内映画ともいうべき「入れ子構造」を持つ本作は、やがて、現実の中に虚構が入り込み、クリスの前に現れたのが、映画におけるヨセフなのか、俳優のアンデルシュ・ダニエルセン・リーなのか、判然としなくなります。
こうした展開にベルイマンの『仮面/ペルソナ』(1966)を連想する方も多いことでしょう。
このように本作は非常に複雑な構成をとっているのですが、決して小難しいことはなく、しかも意外なことに、ベルイマン的な雰囲気はあまり感じられません。
ベルイマン作品を観ていなければ、映画がよくわからないのではないかと考えておられる方がいれば、その点はまったく心配ないと断言いたします。
むしろ、映画内映画である恋愛劇は、ミア・ハンセン=ラブ監督の2011年の作品で、ロカルノ国際映画祭で特別賞を受賞し、彼女の評価を決定づけた『グッバイ・ファーストラブ』を思い出させます。
静かな美しい景色と、胸ときめかす文化的な香りの中に、瑞々しくも切ない恋の炎が燃え上がり、成就しない思いに身を焦がす女性の狂おしい感情が絶妙なタッチで描かれており、情熱的なフランス映画らしい魅力を放っています。
まとめ
本作に登場する映画監督同士のカップルは、ミア・ハンセン=ラブ自身と、公私に渡るパートナーであったオリヴィエ・アサイヤス監督をモデルにしていると言われています。
ミア・ハンセン=ラブを投影したキャラクターであるクリスは、まだ新進の監督で、この機会にパートナーと共に刺激しあいながら、映画製作に励みたいと思っているのですが、パートナーはどんどんと自分のペースで物事を進め、クリスが何を望んでいるのかを考える様子もありません。2人の間には微妙なすれ違いが生まれています。
しかし、映画はその2人の感情のズレを追求する方向には進まず、映画界の偉大な存在に、敬意と遺憾(主に私生活の方面に対して)を示しながら、映画製作へと没入していく映画に魅入られた人の姿へとフォーカスしていきます。
そして、「映画」と「青春」と「恋愛」と「想像」といった多彩な要素を自在に織り込み、二重、三重にも重なった複雑な構成をとりながらも、非常に爽やかな印象の作品に仕上がっています。
ちなみにラストで、幼い娘が父親に「幽霊の映画」を撮ることについて尋ねていますが、それはオリヴィエ・アサイヤス監督の2016年の作品『パーソナル・ショッパー』のことを指しているそうです。