戸田彬弘監督がオリジナル脚本で映し出す爽やかな別れの情景
国内外の多数映画祭で賞賛された『名前』(2018)や『13月の女の子』(2020)で知られる戸田彬弘監督のオリジナル脚本によるドラマ『僕たちは変わらない朝を迎える』。
音楽×映画をコンセプトにした映画祭「MOOSIC LAB [JOINT] 2020-2021」で、観客賞、男優賞、ミュージシャン賞を受賞した秀作です。
主人公の藤井役を『あいが、そいで、こい』(2019)『無頼』(2020)の高橋雄祐、ヒロインを『本気のしるし』(2020)の土村芳が演じます。
51分という短い作品ながら絶大な評価を得て単独劇場公開された『僕たちは変わらない朝を迎える』をネタバレありでご紹介します。
CONTENTS
映画『僕たちは変わらない朝を迎える』の作品情報
【公開】
2021年(日本映画)
【監督・脚本・編集】
戸田彬弘
【出演】
髙橋雄祐、土村芳、桃果、前原瑞樹、大澤実音穂、津田寛治
【作品概要】
国内外の多数映画祭で賞賛された『名前』やスマッシュヒットした『13月の女の子』の戸田彬弘監督が6年ぶりにオリジナル脚本を手掛けた作品です。
音楽×映画をコンセプトにした映画祭「MOOSIC LAB [JOINT] 2020-2021」で、観客賞、男優賞を受賞しました。
また監督の熱望によってタッグを組んだアーティスト「雨のパレード」もミュージシャン賞を受賞し、三冠を果たしています。
主人公の藤井役を『あいが、そいで、こい』(2019)や井筒和幸監督最新作『無頼』(2020)に出演する高橋雄祐、ヒロインの寧々を『本気のしるし』(2020)でヒロインを務めた注目の実力派・土村芳が演じます。
主題歌を担当した「雨のパレード」の大澤実音穂が本作で女優デビューを果たしました。
映画『僕たちは変わらない朝を迎える』のあらすじとネタバレ
「受け入れがたい現実をどうやって受け止めるのだろう。僕の人生を映画にたくしてみることにした。だから、これはウソである。だけど確かなことでもある。」
30歳を越え、壁にぶつかっている映画監督の藤井薫。
彼は街で倒れていた自転車を起こし、出社後にデスクに置いた賽銭箱に小銭を入れて手を合わせます。善行貯金と称して、良いことをするたびに100円貯金していたのです。
そんなある日、薫をずっと支えてきた女優の宮崎寧々から、仕事仲間との飲み会への誘いが来ます。
飲み会に参加した薫。周囲の人たちが席を立って薫とふたりきりになった寧々は突然、「藤井くん、私、結婚します。」と告白するのでした。
帰り道に寧々は、どう思ったかと薫に尋ねますが、薫はただ「おめでとう」としか言えませんでした。
寧々は結婚すると思わなかったと言います。「昔は藤井くんと結婚すると思ってたから。同じ業界はあかんわ。」
そう言った後、タクシーに乗って去っていく寧々。薫はじっと見送ります。
自宅に戻り、ラジオを聴きながら机に向かっていた薫は、窓を開けて外を見つめます。
寧々と暮らしていた頃の記憶たち。彼女の笑い声、くちづけ、そして抱きしめた時間が、彼の心に蘇ります。
映画『僕たちは変わらない朝を迎える』の感想と評価
明日につながる別れとは
国内外の多数映画祭で賞賛された『名前』(2018)や、スマッシュヒットを記録した『13月の女の子』(2020)をはじめ、フジテレビ「スカッとジャパン」ディレクターを務めるなど、幅広く活躍中の戸田彬弘監督がオリジナル脚本を手掛けた青春ドラマ『僕たちは変わらない朝を迎える』。
主演の髙橋雄祐は『あいが、そいで、こい』(2019)に主演した後、『イソップの思うつぼ』(2019)『無頼』(2020)に出演。2021年には本作に加え『初めての女』(2021)でも主演を果たしたほか、監督としても活躍する注目の映画人です。
ヒロインを演じる土村芳は『本気のしるし』(2020)、NHK朝ドラ『べっぴんさん』(2016)など数々の作品に出演し、演技派女優として知られています。
実力派の2人が濃密な空気感で、別れた恋人たちを繊細に演じています。
元恋人同士の薫と寧々。なぜ別れることになったのか薫にはわからないまま時が流れ、寧々はほかの男性と結婚することを選びます。
薫はその最後のチャンスの時でさえ本当の気持ちを何も言えず、自分の理想の別れー深く何かを問うことなく、うわべだけ美しく分かれる道ーを選んでしまいます。
しかし、若手女優・村上の別れの現実を見せられたことをきっかけに自分自身を見つめなおし、「明日につなげられる別れにするためにはどうすべきだったのか」と真剣に考えるようになるのです。
なぜ別れてしまったのだろう。なぜ言いたいことが何も言えなかったのだろう。なぜ、なぜ…と己に問いかけた経験はきっと誰しもあることでしょう。
何もかも飲み込んできれいな理想に置きかえて、自分をごまかしてきた人もきっとたくさんいるに違いありません。
しかし、そのままにしておくと、澱のようにたまった思いはいつまでも昇華することなく、胸にとどまり続けるのではないでしょうか。
大切な人との別れは苦しいものです。その事実を受け止めて自分の明日につなげていくためには、勇気を出して相手と自分に向き合うことが必要なのかもしれません。
たとえ相手にその思いが届かないとしても。
「こうしたかったのに」という主人公の思い、未練、ヒリヒリした悲しみの透明な叫びが、静謐な映像の中で響き渡ります。
彼らが迎えたのは明るく強い光を放つ日の出ではなく、白み始めたと思ったらいつの間にか訪れるいつも通りのやさしい朝でした。
変わらない朝に見えて、実際は新しい朝を迎えた薫。そのやさしい光の中で、彼の表情はすがすがしく輝きます。
映し出される男と女のすれ違い
互いに「特別な人」と認め合いながらも、女は男のもとを去っていき、方や男はまだ女を愛し続け未練を持っています。
別れに対しても、ふたりの思いや感覚はだいぶ違います。
自分も薫を特別だと思っているけれど、近すぎたら無理だと言う寧々に、「よくわからない」とこたえる薫。
すると彼女はその言葉を聞いても、わかってもらえなかったからいいのと答えるのです。
特別な存在だから傍にいたいと考える彼と、それだけの理由で傍に居続けることはできないという彼女。
恋愛観、価値観の違いに気づいた彼女は、彼から離れていきます。しかし、彼にはその真意はわからないままです。
すべてが過去となり、俯瞰した目で事実をみつめることができるようになった今でさえも、通じ合えないふたり。
その現実を、するりと女の方は受け入れます。それは「なぜわかってくれないの」と苦しんだ時代を通り過ぎて、別れを迎えた後だからこそできることなのかもしれません。
まとめ
別れの時を、夜明けの海をみつめながら迎える元恋人たちの物語『僕たちは変わらない朝を迎える』。
戸田彬弘による細やかな感情を映し出したオリジナル脚本作品を、監督としても活躍する髙橋雄祐と実力派女優の土村芳が繊細な演技で紡ぎます。
出発につながる別れ。その鮮やかな描写から、主人公ふたりの輝く未来が信じられます。爽やかな余韻を味わえる一作です。