映画『親密な他人』は2022年3月5日(土)よりユーロスペースほかにて全国順次公開!
コロナ禍の東京を舞台に、騙そうとする青年と騙される女性の間に芽生える奇妙な愛情とその関係の顛末を描いた長編映画『親密な他人』。
『ハリヨの夏』(2006)でデビュー後、劇映画・ドキュメンタリーの境界を越えて常に斬新な映画を作り続ける中村真夕が監督を務めた心理サスペンスです。
このたび劇場公開を記念して、『六月の蛇』(2003)、『冷たい熱帯魚』(2011)などで知られ、本作では行方不明になった息子を探し続けるシングルマザー・恵を演じられた主演・黒沢あすかさんへのインタビュー。
中村監督との作品と演技に関する対話、ご自身の映画観のルーツ、そして現在の仕事に対する考え方など、多くの貴重なお話を語ってくださいました。
CONTENTS
日本における母・息子の関係性への違和感
──はじめに、本作への出演経緯を改めてお教えいただけますでしょうか。
黒沢あすか(以下、黒沢):マネージャーから「ドキュメンタリー映画を多く撮られてきた中村監督が映画を準備していて、お会いできないかという連絡が来ているんですが、お会いしますか?」と聞かれ、その後うちの近所の喫茶店で実際にお会いし、お話をお聞きしたのがはじまりでした。
その時に中村監督から聞かせていただいたのは、「日本における母親と息子の濃密な関係性に違和感を感じ、とても驚いた」という話題でした。「黒沢さんはお子さんがいらっしゃいますが、お子さんとの関係性はどうですか?」「お子さんを学校に連れていかれる際に、周囲のお母さん方との違いは感じられますか?」など、2時間ほど母・息子に関するお話をさせていただきました。
また主演への起用については、瀬々敬久監督の『サンクチュアリ』(2006)で一目見て「この人だ」と感じられたのが理由と仰ってくださいました。
「監督の喜ぶ顔が見たい」という思いのもと
──現場では中村監督とどのように撮影を進められていったのでしょうか。
黒沢:はじめのうちは細やかにディスカッションをしながら撮影をしていたのですが、いつしか監督は私が演じやすいように、恵の心の揺れを「震度5くらいです。震度6でお願いします」と伝えてくれるようになりました。監督が求める恵像を一層捉えやすくなり、集中力が増してくるのを感じました。
演技は《生モノ、鮮度が命》と子役の時に教えられ、今でも私はそう思っています。そしてときには監督から「こう演じてください」と、強い思いを託された方が演じやすい時もあります。
特に恵と雄二の対峙シーンについては、現場を止めてディスカッションもしました。「もっと恵の核になる部分を明確に、それが私の芯棒になるように言ってください」と訴えたこともありました。
瞬発力を磨いてきた私には、監督の対話重視のゆったりとした取り組みが、時にじれったく感じることはありましたが、監督にしか撮れない画や空気感、視点の置きどころは唯一無二ではないかと思ったほどです。そんな監督の喜ぶ顔が見たいと現場で強く思いました。
国内にとどまらず、海外へも羽ばたける作品にしたいですねと、監督と最初にお会いし時に交わした言葉を思い起こしました。
中村真夕監督の唯一無二の視点と生半可でない情熱
──本作の主演を務められた黒沢さんから見て、中村監督はどのような作り手であると感じられましたか。
黒沢:独特な感性をお持ちの方だなと思いました。多感な時期の留学経験は外側から日本を眺められて、その後の感性に多大な影響を与えたのではないかと、監督を通して感じました。中村監督は、辛抱強く向き合う精神力は刃金よりも強そうです。
また今作で特徴的なのは日本社会を投影した“オレオレ詐欺”と“コロナ”を盛り込み、求められることをしなやかに取り入れていかれる監督の姿勢には、生き抜く力強さと時代の流れをも取り込む意気込みを感じることができました。
──中村監督の作り手としての冷静さと情熱に満ちた視点に、主演である黒沢さんの経験に基づく異なる角度からの視点が、映画『親密な他人』が完成した最大の要因なのかもしれません。
黒沢:私たちは相入れない仲ではありませんが、お互いが歩んできた道のりの中で、譲れないこだわりを携えた存在であることを確認し合えていると思えました。だからこそ、引っかかったことがある演出の時には躊躇なく声をあげることができました。互いを尊重しているからこそできたカタチであると私は思えました。
制作サイドの視点での現場の見え方・考え方
──黒沢さんにとっての映画の在り方は、どのような経緯で形作られていったのでしょうか。
黒沢:39年もの間私はこの世界で生きてきましたが、『冷たい熱帯魚』(2011)の撮影を終えた頃から、演じる中でいつの間にか自分がカメラマンになっていたり、監督になって自身に対し演出をしていたりという風に、制作サイドの視点での現場の見え方・考え方が次第に浮かぶようになったんです。
以前は海外の映画祭などへ行った際に「日本の映画が好きです」と仰る方に「どの監督が好きですか?」と尋ねると、大島渚監督・黒澤明監督などの名前が挙がることが多く、また、海外映画祭で賞を受賞しても国内ではあまり大きなニュースになることは少なかったので『六月の蛇』(2003)で受賞をした時は、現地の盛り上がりと日本に帰ってきたときのギャップに驚きましたね。
SNSがまだまだ発展途上であったとはいえ、あの時は寂しかったですね。最近は、若い監督や役者の皆さんの活躍で国内でもニュースで大きく取り上げられる機会が多いので、嬉しい限りですね。
「一生懸命」を振り払い、次の時代へ歩み始める
──現在の黒沢さんご自身にとって、「演じる」という行為は何でしょうか。
黒沢:余計なものを捨ててゆく作業ですね。それは今回完成した『親密な他人』を観た時に、改めて感じました。
私は11歳からこの世界にいましたが、その当時の現場は映画の全盛期を知るスタッフさんがまだ大勢いらっしゃったので、例えばエネルギッシュにまだ求められていましたし、今から10年ほど前もそうした演技法はまだ受け入れられていました。
ですがここ2・3年では、メソッド演技法を学ばれているキャスト・スタッフが多くなったこともあり、現場でも言葉や体の力を抜く演技を求められることが多くなりました。
そのためこれから私がすべきことは、今まで経験してきたいろんな演技のアプローチを自身の引き出しにしつつ、それら一辺倒にならない今の時代をしっかり掴んだ演技法を身につけ、そうした演技法を映像として残していくことが必要なんだと感じました。
『親密な他人』の出演にあたって、中村監督はいろんなことを投げかけてくださいましたし、考える時間を与えてくださいました。その中で、長く仕事を続けてきた女優としてそれまでの「一生懸命」を振り払う時期が訪れたのだと気づかされました。
私にとっての時代が終わった。そして、次に歩むべき時代が始まったんだと感じたんです。
インタビュー/河合のび
撮影/田中舘裕介
黒沢あすか プロフィール
1971年12月22日生まれ、神奈川県出身。1990年に『ほしをつぐもの』(監督:小水一男)で映画デビュー。
2003年公開の『六月の蛇』(監督:塚本晋也)で第23回ポルト国際映画祭最優秀主演女優賞、第13回東京スポーツ映画大賞主演女優賞を受賞。2011年に『冷たい熱帯魚』(監督:園子温)で第33回ヨコハマ映画祭助演女優賞を受賞。2019年に『積むさおり』(監督:梅沢壮一)でサンディエゴ「HORRIBLE IMAGININGS FILM FESTIVAL 2019」短編部門・最優秀主演女優賞を受賞。
主な出演作に『嫌われ松子の一生』(2006/監督:中島哲也)、『ヒミズ』(2012/監督:園子温)、『渇き。』(2014/監督:中島哲也)、『沈黙-サイレンス-』(2017/監督:マーティン・スコセッシ)、『昼顔』(2017/監督:西谷弘)、『楽園』(2019/監督:瀬々敬久)、『リスタート』(2021/監督:品川ヒロシ)などがある。
また2022年5月27日(金)公開の『恋い焦れ歌え』(監督:熊坂出)が控えている。
映画『親密な他人』の作品情報
【公開】
2022年(日本映画)
【英題】
Intimate Stranger
【監督・脚本】
中村真夕
【キャスト】
黒沢あすか、神尾楓珠、上村侑、尚玄、佐野史郎、丘みつ子
【作品概要】
行方不明の息子を探す石川恵を演じるのは、主演作『六月の蛇』(2003)で国内外の映画祭で女優賞を受賞して注目を浴び、園子温監督作『冷たい熱帯魚』(2011)やマーティン・スコセッシ監督作『沈黙 サイレンス』(2017)などの話題作に出演した黒沢あすか。
恵に接触する謎多き青年の井上雄二には、本作同様に第34回東京国際映画祭の「Nippon Cinema Now」部門に出品された『彼女が好きなものは』(2021)で初主演を務めた神尾楓珠。
共演には『許された子どもたち』(2020)で主演を務め、第75回毎日映画コンクール・スポニチグランプリ新人賞を受賞した上村侑のほか、佐野史郎、丘みつ子などのベテラン俳優が時代を象徴する役で出演。
映画『親密な他人』のあらすじ
行方不明になった最愛の息子・心平の帰りを待つシングルマザーの恵。
ある日、彼女の前に息子の消息を知っていると言う20歳の謎の青年・雄二から電話が入る。
呼び出された恵は、雄二から心平の持ち物を渡される。怪訝に思いながらも、マンガ喫茶に寝泊まりしているという雄二を、恵は自宅に招き入れる。
やがて二人は親子のような、恋人のような不思議な関係になっていく。しかし雄二には隠された目的が、また恵には誰にも言えない秘密があった。
だまし、だまされた果てに見えてくる驚愕の真実とは……。
編集長:河合のびプロフィール
1995年生まれ、静岡県出身の詩人。2019年に日本映画大学・理論コースを卒業後、2020年6月に映画情報Webサイト「Cinemarche」編集長へ就任。主にレビュー記事を執筆する一方で、草彅剛など多数の映画人へのインタビューも手がける。
2021年にはポッドキャスト番組「こんじゅりのシネマストリーマー」にサブMCとして出演(@youzo_kawai)。