Cinemarche

映画感想レビュー&考察サイト

インタビュー特集

Entry 2019/12/25
Update

【近浦啓監督インタビュー】映画『コンプリシティ/優しい共犯』中国・黄河で撮影を終えた初の長編作品での“挑戦”

  • Writer :
  • Cinemarche編集部

映画『コンプリシティ/優しい共犯』は2020年1月17日(金)より新宿武蔵野館ほか全国順次公開!

近浦啓監督の初の長編映画『コンプリシティ/優しい共犯』が満を持して劇場公開。実は本作の前日譚となる短編映画『SIGNATURE』が制作されており、第70回ロカルノ国際映画祭ほかで高い評価を受け、米アカデミー賞公認映画祭であるエンカウンター短編&アニメーション映画祭でグランプリを受賞しています。


photo by アライテツヤ

そして近浦啓監督の映画『コンプリシティ/優しい共犯』は、北米最大の映画祭であるトロント国際映画祭でワールド・プレミアとして上映が行われ、続いて釜山国際映画祭、ベルリン国際映画祭と世界の名だたる映画祭へ正式出品されました。また、日本国内では映画ファンの信頼が高い、東京フィルメックスで観客賞を受賞。

華々しい映画『コンプリシティ/優しい共犯』の劇場公開を記念して、近浦啓監督にインタビュー取材を行いました

短編映画から初の長編映画制作に至るまでの経緯をはじめ、主要スタッフ選択の決め手となった裏話から、中国実力派俳優のルー・ユーライと日本の名優・藤竜也への想いなど、多岐にわたり映画作家としての近浦啓の心境に迫ります

国際的な“まなざし”


(C)2018 CREATPS / Mystigri Pictures

──今回の映画『コンプリシティ/優しい共犯』の主人公が中国人である理由について教えてください。

近浦啓監督(以下、近浦):今回の映画の主人公は失踪した技能実習生という設定です。企画した当時(2016年)の統計上、失踪した技能実習生の中で一番多かったのは中国人、次がベトナム人でした。

また、現在パリで活動中の友人である中国人の映画作家フー・ウェイの存在が影響しています。彼に中国のことを教えてもらい、中国に対して興味が深まったことで、必然的に中国人を主人公にした映画になりました。本作は、フー・ウェイと僕がプロデュースしました。


photo by アライテツヤ

──長編映画の構想はいつから?

近浦:いずれ長編映画を撮っていくべきだと以前から考えていて、自分なりの映画の文体を模索するために短編を数本撮りました。

撮るべき物語や、経済的、技術的な面での準備が整ったと思えるタイミングが来たのは、2015年制作の2作品目にあたる短編映画『なごり柿(英題:The Lasting Persimmon)』が、クレルモン=フェラン国際短編映画祭に入選した時でした。この映画祭は、短編映画業界のワールドカップのような位置づけのもので、その映画祭に参加していろんな学び・出会いがあり、「今なら長編映画を撮れるかもしれない」と思いました。

「短編映画の尺が約15分ほどだとすると、その6本分で、長編映画一本ができるだろう」という程度に昔は考えていましたが、いざ長編に取り掛かってみると全く違いました。短編作品と長編映画では時間の取り扱いがずいぶん異なりました。長編映画は、90分間、オーディエンスを惹きつけ、登場人物の感情と一緒に過ごしてもらう必要があります。オーディエンスは15分ごとに休憩を入れて細切れに映画を見るわけではないですから、90分間のひとまとまりとして時間を構築することは、単なる15×6ではなかったということです。

押し続ければ、疲れるし、押さな過ぎても眠たくなる。長編映画ならではの呼吸を調整し、体得するのが大変でした。それは脚本を書いているときもでしたが、編集するときも同様でした。非常に見込みが甘かったなと思います。

“時間”とは1つの存在ではない


(C)2018 CREATPS / Mystigri Pictures

──中国と日本のシークエンスが並行した時間軸でカットバックしながら展開していくのですが、その構想は、すでにシナリオの段階から出来上がっていたのですか?

近浦:その指摘はとても嬉しいです。というのも、あれらの場面については「回想シーン」と捉えられることが多いのですが、厳密に言えば回想シーンではありません。“回想”とは、その場その場で主人公が思い浮かべるものです。仮に複数の回想シーンがあったとすると、相互に物語上のシーケンシャルなつながりはありません。そういう「回想シーン」としてではなく、中国と日本の2つの異なるタイムラインを並行して走らせながら同時に見せようということを、脚本段階から決めていたのです。

2つのタイムラインを置き、どこかのポイントでそれらが溶け合った時に、1本のタイムラインでは見せられなかった何らかのエモーションを提示できるんじゃないかと思ったのです。

他者との距離を結ぶ“モノ”


(C)2018 CREATPS / Mystigri Pictures

──作品の中にあるグローバルな感覚に対して、監督自身が意図しているもの、狙いなどがありますか?

近浦:今の日本は、ソフィア・コッポラ監督が『ロスト・イン・トランスレーション』(2003)を制作した頃とは違います。10年以上東京にいて、1番変わったことは、街の中に観光客にしろ、働いている方にしろ、日本以外で生まれ育った方が増えています。けれど、そういった変化を映画の中ではあまり感じません。2010年代後半の今でも映画の中には日本生まれの日本人しか存在しないことに対して違和感がありました。

テレサ・テン(鄧麗君:デン・リージュン)の音楽を用いているのは、彼女の音楽がアジア諸国の人々が共通に持つメロディの記録だからです。歌詞は違えど、同じメロディの記憶を持っていると知るだけで、人間関係の距離はぐっと縮まります。

中国の撮影コーディネーターのディン・ジェと一緒にロケ地を探して中国内を車で旅した時、カーラジオからテレビドラマ『東京ラブストーリー』(1991)のテーマ曲「ラブストーリーが突然に」が流れてきたことがあります。ビックリして「何で知っているの?」と尋ねたら、彼らはこのドラマが大好きで、この曲も重要な記憶として結びついている。そのことを知った時に、同じ時代に、同じものを見て、大切な記憶を作って来たと知った時に、心理的な距離感が一気に縮まったんです。

しかし実際、テレサ・テンの楽曲に合わせてワンカットで撮った和菓子店舗のロケ撮影は、すごく大変でした。あのシーンでは店舗内から店を出て、土手の自転車のシークエンスまでに1曲を使用しました。楽曲の譜面に書き込みをして、セリフと歌詞、音楽の盛り上がりがぴったりあうタイミングを精緻に計算しました。カメラに映らないところに身を隠していたスタッフがそれぞれのエキストラに合図を出し動いてもらう。本当に難しかったです。

撮影のはじまりとおわり


photo by アライテツヤ

──今回、撮影を開始された“クランク・イン”の場面はどこでしょう?

近浦:祭りの花火のシーンから始めました。正直、花火は自分たちで上げたかったのですが、予算的な事情があって、それも難しかったので、実際に開催された地元のお祭りの日に撮影させていただきました。

土手にシルエットが浮かび上がり、その後景には爆発的な光が全部集まるような画を撮りたかった。そのためにはカメラは相当下からでないと撮れない。その画が撮れるポイントを探し、どういう風に上がってくるのかや、この地点からどういう風に見えるのか、全て一発勝負。しかも、あの種の花火が上がるタイミングは5・6回ぐらいしかない。もし役者さんがNGを出したら終わり。入念にカメラマンの山崎裕さんと話し合い、計算して行いました。

──それでは、撮影を終えられた“クランク・アップ”の場面はいかがですか?

近浦:クランクアップは、中国の黄河のシーンです。

僕にとって黄河はとても興味深いもので、黄河を撮りたいという気持ちがありました。また、広大な川のほとりでクランク・アップを迎えると、みんなも気持ちいいかなと思い、スケジュールを組みました。

作品の質を高めた存在


(C)2018 CREATPS / Mystigri Pictures

──今、撮影をされた山崎さんのお話がありましたが、本作のカメラマンに山崎さんを起用した理由についてお聞かせください。

近浦:今回は長編映画の撮影で、予算上の制約で撮影日数が非常に限られていたこともあり、1シーン1ショットに近い形での撮影を選択する必要がありました。1ショットのフレームの中で芝居が動き、事態も動き構図が変わっていきます。

その中で絶対的に必要だったのは、ドキュメンタリー出身で目の前で起こることに対する反射神経の良いカメラマンでした。また、撮影の山崎裕さんがこれまで撮られてきた作品を多く拝見してきましたが、彼の被写体との距離感が僕はとても好きです。ある種の対象へのリスペクトだと思います。この作品で是が非でも一緒に仕事をしたいと思いました。

──山崎さんの作品は何をご覧になりましたか?

近浦:一番最初に観たのは、是枝裕和監督の『誰も知らない』(2004)です。その後も是枝監督作品や河瀬直美監督作品などを多く拝見しましたが、山崎さん自身が脚本・監督・撮影を務めた『トルソー』(2010)という作品もとても興味深い作品でした。


(C)2018 CREATPS / Mystigri Pictures

──本作の随所にみられたフレーム外の空間的な台詞や音、重層的な状況音も魅力的でした。その録音を手がけられた弦巻裕さんについてはいかがでしょうか?

近浦:カメラマンと音声の相性も重要ですから、山崎さんがやりやすい方でというのが大きな理由の一つです。

また、同じく是枝監督作品『歩いても 歩いても』(2008)などの素晴らしい作品において、音が果たしている役割は非常に大きいと思います。『コンプリシティ』はセリフがあまり多くない作品であることもあり、撮影現場の状況音も重要でした。音を丹念に拾い上げて空間を構築していただけることを期待し、弦巻裕さんにお願いしました。フランス・パリのスタジオでミキシングの仕上げを行いましたが、弦巻さん、そして音響効果の伊東晃さんに渡仏してもらいました。伊東さんの細やかな効果音の創出に非常に感銘を受けました。

ルー・ユーライと藤竜也、二人の俳優


(C)2018 CREATPS / Mystigri Pictures

──ルー・ユーライさんと藤竜也さんという二人の俳優は、近浦監督から見ていかがでしたか?

近浦:ルー・ユーライさんも藤竜也さんも素晴らしいです。ルーさんからすると藤竜也さんは中国でも知られており、映画の教科書みたいな人で、「共演するのが楽しみだった」と語ってくれました。

一方、藤竜也さんは、僕の前作の短編映画である『SIGNATURE』を観てくださっていて、ルーさんに興味を持っていたそうです。撮影現場でもあのままの自然な様子で、相性も良かったです。台詞は脚本に沿ってやっていただいたのですが、二人の距離感や、視線のやり取りなど、僕が演出するまでもなく適切な関係性を撮影段階で築き上げてくれていました。

映画作家・近浦啓の“正体”


photo by アライテツヤ

──初の長編作品完成を経て、やり残したことなどはありますか?

近浦:やり残したことはたくさんあります。たとえば、今回あえてやらなかったことの1つは、カット割を用いた映画的現実を作っていくということです。撮影日数やリハーサルなど、つまり、もう少し予算があれば…ということは常にありますね。

脚本上の話では、これは長編の第1作品目ということもあり、自分の中では物語はなるべくシンプルな構造にしようと考えました。理解するのに難しいものは極力排除し、古典的なストーリーを撮りました。次回作はそこから一歩外に出て、説話構造に還元しにくい作品を撮ってみたいという気持ちがあります。

今後は、サスペンス性の高いヒューマンドラマを追求していきたいと思っています。

インタビュー/出町光識
構成/くぼたなほこ

近浦啓監督のプロフィール

2013年に短編映画『Empty House』で映画監督としてのキャリアをスタート。2作目の短編映画『なごり柿(英題:The Lasting Persimmon)』(2015)は第38回クレルモン=フェラン国際短編映画祭に入選。

本作品『コンプリシティ/優しい共犯』の前日譚でもある短編3作目の『SIGNATURE』(2017)は、第70回ロカルノ国際映画祭に正式出品でワールドプレミア上映。第42回トロント国際映画祭では北米プレミアを飾る。両映画祭で高い評価を受け、米アカデミー賞公認映画祭でもある第23回エンカウンター短編&アニメーション映画祭にてグランプリを受賞。

2018年には『コンプリシティ/優しい共犯』で長編デビューを果たし、第43回トロント国際映画祭ディスカバリー部門でのワールドプレミアを皮切りに、第23回釜山国際映画祭アジア映画の窓部門にてアジアプレミア上映、さらには第69回ベルリン国際映画祭キュリナリー・シネマ部門でヨーロッパプレミアを果たし、日本でも第19回東京フィルメックスで上映され観客賞を受賞した。

映画『コンプリシティ/優しい共犯』の作品情報

【公開】
2019年1月17日

【プロデューサー】
近浦啓、フー・ウェイ

【脚本・編集・監督・エグゼクティブプロデューサー】
近浦啓

【キャスト】
ルー・ユーライ、藤竜也、赤坂沙世、松本紀保、バオ・リンユ、シェ・リ、ヨン・ジョン、塚原大助、浜谷康幸、石田佳央、堺小春、占部房子

【主題歌】
テレサ・テン「我只在乎ニィ(時の流れに身をまかせ)」

【作品概要】
短編映画『SIGNATURE』が第70回ロカルノ国際映画祭などで高い評価を受けた近浦啓監督の初の長編映画。

中国から来た人留学生のチェン・リャン役を『孔雀 我が家の風景』の中国人俳優ルー・ユーライ、蕎麦屋の主人の井上弘役を藤竜也が務めています。

映画『コンプリシティ/優しい共犯』のあらすじ


(C)2018 CREATPS / Mystigri Pictures

中国人青年のチェン・リャン(ルー・ユーライ)は、働き口を求め技能実習生として来日。しかし、劣悪な職場環境から逃げ出し、他人の名前である「リュウ・ウェイ」を騙り、不法滞在者になってしまう。

その際に、同じく違法で入手したリュウのスマートフォンに、何度も見知らぬ先から電話がかかってきたことをきっかけに、「リュウ・ウェイ」として蕎麦屋での働くことに。

口数が少なく不器用な蕎麦屋の主人・弘(藤竜也)は、実の息子との関係も悪く、どこか心に孤独を抱えていた。

しかし、厳しくも温かい弘の背中に父を重ねるチェン・リャンと、彼の嘘をつゆ知らず情を深めていく弘は、まるで本当の親子のような関係を築いていきます。

そんな矢先、はかない嘘の上に築いた幸せは長く続かず、チェン・リャンを追う警察の手が迫ります。2人はお互いのためにある決断をしますが…。

映画『コンプリシティ/優しい共犯』は2020年1月17日(金)より新宿武蔵野館ほか全国順次公開!





関連記事

インタビュー特集

【成島出監督インタビュー】映画『グッドバイ』コメディが持つ力を今だからこそ信じたい

映画『グッドバイ〜嘘からはじまる人生喜劇〜』は2020年2月14日(金)より新宿ピカデリーほか全国ロードショー公開! 文豪・太宰治の未完の遺作「グッド・バイ」を鬼才ケラリーノ・サンドロヴィッチが独自の …

インタビュー特集

【ツァン・ツイシャン監督インタビュー】映画『非分熟女』女性の性解放を描いた背景とその理由|OAFF大阪アジアン映画祭2019見聞録17

映画『非分熟女』ツァン・ツイシャン(曾翠珊)監督インタビュー 第14回大阪アジアン映画祭で上映された映画『非分熟女(英題:The Lady Improper)』。 本作は食と欲望を通してひとりの女性の …

インタビュー特集

【堀潤監督インタビュー】映画『わたしは分断を許さない』“わたし”は“自分らしさ”を守るために発信し続ける

映画『わたしは分断を許さない』は2019年3月7日(土)よりポレポレ東中野ほか全国順次公開中! 2013年の初監督作『変身-Metamorphosis』にて、2011年3月の東京電力福島第一原子力発電 …

インタビュー特集

【中村真夕監督インタビュー】映画『愛国者に気をつけろ』鈴木邦男の現在から日本社会に必要なものを見つめ直す

型破りな右翼活動家・鈴木邦男に密着したドキュメンタリー映画が今夏、京阪神で公開! 異色の政治活動家・鈴木邦男さんに迫るドキュメンタリー映画『愛国者に気をつけろ! 鈴木邦男』が2020年7月10日(金) …

インタビュー特集

【川添野愛インタビュー】映画『忌怪島/きかいじま』清水崇監督との出会いでなくせた“勘違い”と役者に大切な“人間としての生き方”

映画『忌怪島/きかいじま』は2023年6月16日(金)より全国公開中! 2023年6月16日(金)より全国公開中のホラー映画『忌怪島/きかいじま』。 『犬鳴村』(2020)から始まる「恐怖の村」シリー …

【坂井真紀インタビュー】ドラマ『家族だから愛したんじゃなくて、愛したのが家族だった』女優という役の“描かれない部分”を想像し“元気”を届ける仕事
【川添野愛インタビュー】映画『忌怪島/きかいじま』
【光石研インタビュー】映画『逃げきれた夢』
映画『ベイビーわるきゅーれ2ベイビー』伊澤彩織インタビュー
映画『Sin Clock』窪塚洋介×牧賢治監督インタビュー
映画『レッドシューズ』朝比奈彩インタビュー
映画『あつい胸さわぎ』吉田美月喜インタビュー
映画『ONE PIECE FILM RED』谷口悟朗監督インタビュー
『シン・仮面ライダー』コラム / 仮面の男の名はシン
【連載コラム】光の国からシンは来る?
【連載コラム】NETFLIXおすすめ作品特集
【連載コラム】U-NEXT B級映画 ザ・虎の穴
星野しげみ『映画という星空を知るひとよ』
編集長、河合のび。
映画『ベイビーわるきゅーれ』髙石あかりインタビュー
【草彅剛×水川あさみインタビュー】映画『ミッドナイトスワン』服部樹咲演じる一果を巡るふたりの“母”の対決
永瀬正敏×水原希子インタビュー|映画『Malu夢路』現在と過去日本とマレーシアなど境界が曖昧な世界へ身を委ねる
【イッセー尾形インタビュー】映画『漫画誕生』役者として“言葉にはできないモノ”を見せる
【広末涼子インタビュー】映画『太陽の家』母親役を通して得た“理想の家族”とは
【柄本明インタビュー】映画『ある船頭の話』百戦錬磨の役者が語る“宿命”と撮影現場の魅力
日本映画大学