連載コラム「B級映画 ザ・虎の穴ロードショー」第67回
深夜テレビの放送や、レンタルビデオ店で目にする機会があったB級映画たち。現在では、新作・旧作含めたB級映画の数々を、動画配信U-NEXTで鑑賞することも可能です。
そんな気になるB級映画のお宝掘り出し物を、Cinemarcheのシネマダイバーがご紹介する「B級映画 ザ・虎の穴ロードショー」第67回は、『殺人鬼から逃げる夜』(2021)のご紹介です。
聴覚障がいをもった主人公が偶然、傷害事件の被害者を発見したことで、連続殺人鬼にターゲットにされ一晩中、追いかけ回される追走劇です。
サイコパス殺人犯が執拗に主人公に迫る緊迫感は、一時も目を離せない新感覚のジェットコースタームービーとなっています。
本作は第25回ファンタジア国際映画祭でアジア映画最優秀賞を受賞、第13回英国グリムフェスト映画祭で最優秀作品賞を受賞しました。
監督は第15回富川国際ファンタスティック映画祭に、短編作品『36.5℃』(2011)を出品し、長編映画初監督のクォン・オスンが務め、本作で注目を浴びています。
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CONTENTS
映画『殺人鬼から逃げる夜』の作品情報
【公開】
2021年(韓国映画)
【原題】
Midnight
【監督・脚本】
クォン・オスン
【キャスト】
チン・ギジュ、ウィ・ハジュン、キム・ヘユン、ギル・ヘヨン、カン・インソ、ノ・スミン、ナ・ウンセム、イ・ジェソク、パク・ジフン、ソン・ユヒョン、ペウンウ、クォン・ヨンミン、チョン・ウォ・チャン
【作品概要】
主人公ギョンミを演じるの演じるのは、大手企業を辞めて報道記者となり、さらにモデルから俳優へと転身したという、異色の経歴を持ったチン・ギジュが務めます。
連続殺人鬼ドシク役には『コンジアム』で、第39回青龍映画賞新人男優賞を受賞したウィ・ハジュンが務めます。
映画『殺人鬼から逃げる夜』のあらすじとネタバレ
残業で退社の遅くなった女性がタクシーを拾い損ね、徒歩で帰宅する途中、横付けしたワゴン車の青年から通りまで送ると声をかけられますが、女性は不信からそれを断りました。
女性がその場から離れていくと、青年の表情は一変し不穏な雰囲気を醸し出します。ワゴン車の後部ドアが開き、中から「助けてください・・・」という声がします。
声に気がついた女性が振り向くと、後部にたくさんの衣類がかけてあり、人の姿は見当たりません。声のする反対側へと周り込んだ女性は、恐る恐る近寄り中を覗き込むと、男性の遺体を発見してしまいます。
するとハンガー掛けされた衣類から先ほどの青年が顔を出し、「助けてください」と言いながら、女性を車内に引きずり込み殺害します。
犯人の男は自ら警察に通報し、到着した2人の警官に震えながら、外国人労働者の3人が次々と刺していたと嘘の供述をします。
男は落ち着きたいとタバコを警官からもらい吸いますが、更に男性の遺体をみつけると、一緒にいた警官が向かい、1人になった男は不敵な笑みを浮かべてタバコをくゆらせます。
一夜明け、通販のコールセンターで聴覚障がいの顧客に対応する、“手話相談センター”のギョンミは休憩時間に、母とチャットメールで済州島旅行の計画をしようと誘います。
そこに2人の上司が“重大発表”だとやってきます。オペレーター達に取引先の接待に来てほしいと頼むためです。
オペレータは業務外だと反発しますが、上司は取引先あってのコールセンター業務だと言います。耳の聞こえないギョンミは対象外扱いでしたが、彼女は率先して接待の志願をします。
また同じ日、ソジュンはお見合いデートに出かけるため、おしゃれをしますが元海兵隊の兄ジョンタクに服装チェックされ、スカートが短すぎると指摘されます。
両親を亡くし2人で暮らすため兄は妹のソジュンが心配です。門限は10時に決められますが、兄からお小遣いをもらうソジュンは楽しそうに出かけていきます。
取引先の接待に同行したギョンミは焼肉を焼いて振舞います。耳が聞こえないことをいいことに、男性社員たちのハラスメント発言は酷いものでした。
しかし、読唇術で何を話しているかわかるギョンミは、笑顔で手話の暴言を吐いて、意味が解らない男性たちをバカにします。
一方、ギョンミの母はチマチョゴリの縫製をする仕事で、人の3倍働き娘との旅行費を稼ぎます。
接待が終わり母を車で迎えに行くギョンミは、母の稼ぎを見て旅行は自分がプレゼントすると言い、楽しみを募らせました。
ギョンミの家は“再開発計画”が進み人気のない町中です。彼女は母を非常警報ボタンのある場所で待たせ、車を停めに地下駐車場へいきます。
ジョンタクは警備会社で仕事をしており、パトロール中の自動車内で猟奇殺人のニュースを耳にし、何度もソジュンに電話やチャットを送っていました。
その頃、ギョンミを待つ母をあの殺人鬼がみつけ、母をターゲットにして忍び寄ります。しかし、T字路で家の近くまで帰ってきたことを兄に伝えるソジュンが通りかかります。
そのことで殺人鬼の気を削いでしまい、ターゲットはソジュンに変わってしまい、殺人鬼は彼女の後を追います。
映画『殺人鬼から逃げる夜』の感想と評価
サイコパスな殺人鬼を迫真の演技で演じた、ウィ・ハジュンはこれが初めての殺人犯役だったといいます。役作りは監督との綿密な打ち合わせで作り上げたと語っていましたが、彼にある本来の誠実さ爽やかさが、サイコパス感を誇張して引き立たせていました。
また、追われるギョンミ役のチン・ギジュは聴覚障がいのある人物という難役でもありましたが、2ヶ月の手話レッスンに加え演じる上で、視線を意識したと語ります。彼女の華奢な体系やその視線が捕食されそうな小動物っぽく、ハラハラドキドキ感が倍増しました。
音のない暮しの2人の不安な姿を観る視聴者にとって、作中の警報音は緊迫感を・・・再開発中の迷路のような入り組んだ街並み、住人がほとんどいない静けさなども恐怖心を増幅させます。
危険を知らせたいのにできないもどかしさ、伝わらない苛立ち・・・役者の演技だけではなく、その効果音や小道具の使い方にも斬新さがありました。
「シリアルキラー」の根源にあるもの
クォン・オスン監督は敬愛する、ジェームズ・キャメロン監督、リドリー・スコット監督のように想像力を搔き立てる作品が作りたいと、念頭にあり本作の脚本にも“一夜の中でおこる事件”という設定にこだわったと語ります。
本作の脚本にあたりさまざまな凶悪事件の資料を見たと話す監督。しかし、その凶悪性の動機となる強い理由はほとんどなかったといいます。
シリアルキラーの人格形成にはさまざまな要因がありますが、動機に「理由がない」というのが、精神疾患者が犯す事件の恐怖と虚しさを象徴しています。
心の障害だとして彼らにも、見えないという闇や聞こえない静寂があり、それらの中でやみくもに暴れているとしかいいようがありません。
どうあれ許されるべきではない猟奇殺人をこの作品では、犯人の真意に迫るといった小細工は一切なしで、悪を滅するという極めて明解な見方ができました。
映画『シャイニング』をオマージュした演出
殺人鬼がギョンミの部屋の戸を斧で叩き壊すシーンは、スタンリー・キューブリック監督の映画『シャイニング』の名シーンをオマージュしたと言います。
「シャイニング」の続編『ドクター・スリープ』は父親に殺されかけたトラウマをもつ息子のダニーが大人となって登場します。
あえて、本作の殺人鬼に人格形成を設定するとすれば、警察署でホームレスから罵られた時、「俺には親なんかいない」と怒りをあらわにしていたことから、彼も幼い頃にトラウマを植えつけられたと考えられます。
つまり、親が殺人犯だった彼は苦悩しながらも理由なき殺人の欲求が覚醒し、いつしかその欲求に支配されてしまったと想像ができます。
単にオマージュした映画ではなく、彼の人格を形成する背景にもリンクさせ、視聴者に想像力を掻き立てさせたとすれば、クォン・オスン監督の思惑通りの作品にできたといえるでしょう。
まとめ
『殺人鬼から逃げる夜』は一夜完結のサスペンスにすることで、間延びのない緊張状態が常に続き観客を劇中に巻き込んだ秀作でした。
予測できそうでできない展開と演出には随所に工夫があり、ロケ地となった追走する入り組んだ路地には目を回します。鑑賞後は脱力感の他に思い当たらない筋肉痛が発症するかもしれません。
近年、韓国映画のサスペンス物には目を見張る作品が多数ありますが、これほどまでにコンパクトにまとめあげられ、楽しめる作品を完成させたことに、クォン・オスン監督の脚本作品に今後も期待が高まります。
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