韓国から小樽へ。心の奥にしまっていた恋の記憶を描き出すラブストーリー
韓国に住むシングルマザーのユンヒが受け取った一通の手紙。
手紙の差出人はかつてのユンヒの旧友であったジュン。20年以来の手紙には、家族にも秘めていたお互いの秘密が綴られていました。
その手紙を読んでしまった娘のセボムは差出人の女性・ジュンが住む日本の小樽に母と行くことを決意します。
韓国映画界では、近年『私の少女』(2014)、『お嬢さん』(2016)、『はちどり』(2018)、『アワ・ボディ』(2018)とレズビアニズムを描く、または抑圧された社会での女性の様々な連携を描く映画が増えてきています。
『ユンヒへ』はそのような系譜の中にあり、今まで描かれてこなかった中年の女性を描いたクィア映画です。
映画『ユンヒへ』の作品情報
【日本公開】
2022年(韓国映画)
【原題】
Moonlit Winter
【脚本・監督】
イム・デヒョン
【キャスト】
キム・ヒエ、中村優子、キム・ソへ、ソン・ユビン、木野花、瀧内公美、薬丸翔、ユ・ジェミョン
【作品概要】
日本と韓国、国境も時代も超えて繋がる女性達の物語を描いた映画『ユンヒへ』。
監督を務めたのは本作が長編監督作2作目となるイム・デヒョン監督。
長編デビュー作となる白黒のコメディ映画『メリークリスマス、ミスターモ』(2016)は、釜山国際映画祭のNETPAC賞、ワイルドフラワー映画賞の新人監督賞ほか、カルロヴィヴァリ国際映画祭を含む他の多くの映画祭に招待されました。
更に本作で2019年の釜山国際映画祭でクィアカメリア賞、2020年には青龍映画賞で最優秀監督賞と脚本賞をW受賞しました。
ヨンヒ役には、ドラマ『マイダス』(2011)、映画『優しい嘘』(2014)のキム・ヒエ。
ジュン役には、『ストロベリーショートケイクス』(2006)、NHK連続テレビ小説『カーネーション』(2012)の中村優子。
その他韓国キャストは、アイドルグループ“I.O.I”のメンバーとしてデビューし、本作がスクリーンデビューとなるキム・ソへや『隻眼の虎』(2016)、『君の誕生日』(2020)のソン・ユビン。
更には、『野球少女』(2021)、ドラマ『梨泰院クラス』(2020)のユ・ジェミョンなど。
日本キャストは『愛しのアイリーン』(2018)、『MOTHER マザー』(2020)の木野花、『由宇子の天秤』(2021)、『火口のふたり』(2020)の瀧内公美、『愛なき森で叫べ』(2019)、『聖地X』(2021)の薬丸翔。
映画『ユンヒへ』のあらすじ
ポストに投函された一通の手紙。
「ユンヒへ」という書き出しから始まる手紙は、韓国に住むシングルマザーのユンヒ(キム・ヒエ)の元に届きました。
“ユンヒへ。元気だったかしら。あなたは私のこと忘れてしまったかも、もう20年も経ったから……”
手紙の差出人は、ユンヒの旧友であり、かつてユンヒと特別な関係にあったジュン(中村優子)でした。偶然その手紙を見てしまった娘のセボム(キム・ソへ)は自分の知らない母の姿に興味を抱きます。
ユンヒは離婚後、工場で給食の仕事をしながら一人娘のセボムを育ててきました。
離婚した夫は時折、ユンヒに会いにきては、誰かいい人ができたら連絡をくれなどと言って気にかけている素振りをします。
セボムはそんな両親を見て、なぜ別れたのかと父親に聞きます。
「ママはちょっと人を寂しくさせる」と答えた父。その言葉の意味がわからないセボムはユンヒに「ママは何のために生きているの?」と問いかけます。
ユンヒは子供のためと答えます。するとセボムは、もうその必要はないよ、ソウルの大学に行くからと言います。更にセボムはママが寂しそうだから、離婚した時ママについて行こうと思ったけれど、勘違いだった。私はママのお荷物みたいだと言います。
様子が変だと訝しむユンヒにセボムは強引に、友人らは皆大学に行く前に母親と旅行に行くのだと言って日本に旅行に行く約束をします。
セボムは小樽に行って、手紙の差出人であるジュンに会いに行こう、ユンヒと再会させようと考えているのでした。
映画『ユンヒへ』の感想と評価
日本と韓国。手紙を通して明かされる2人の女性の秘めた愛、そしてその後の彼女たちの物語。
劇中、何度も繰り返される「雪はいつ降り止むのかしら」と言う言葉。本作はまさに20年の時を経て閉ざされた感情が溢れ出し、2人の心がつながっていく切なくも優しく雪解けのような映画になっています。
かつて愛し合っていた2人ですが、ユンヒは両親に病気だと言われ精神科に通わされてしまいました。そして自分を罰して生きてきたと言っています。
ジュンも自分は逃げた、卑怯だと思い続けています。更に韓国人の母と日本人の父を持つジュンは離婚後父と共に日本に来てからは母親が韓国人であることを隠してきたと言っています。
自分にとって何もいいことがない、それはすなわちのジュンのアイデンティティのなさ、居場所のなさを表しているとも言えます。自身のルーツだけでなく、性的マイノリティであることも居場所のなさを感じさせる要因の一つだったのでしょう。
だからこそ、ヨーコと打ち解けつつも、隠し事があるなら隠しておいて方がいいとあえて言ったのでしょう。打ち明けたところで、自分にとって良いことはない。
両親など身近な人々によってお互いの思いを諦めざるを得なかった2人でしたが、2人の秘められた思いはユンヒの娘セボムやジュンの叔母マサコによって再び出会い、お互いの思いを分かち合うのです。
かつて分断された彼女たちが身近な家族、それも同性によって結び付けられていく、そのような女性の連携を描いている点も、本作のクィア映画としての良さが表れています。
また、本作は自身が性的マイノリティであることをカミングアウトし、周りと衝突したり、恋に落ちる……というような映画ではなく、かつて愛し合ったただ今を生きている中年女性を描いており、今まで描かれてこなかったクィア映画であると言えます。
更に本作で描かれるユンヒとジュンは、性的マイノリティであることの抑圧だけでなく、家父長制度に基づく様々な社会的な抑圧の中を生きてきた女性たちです。
ユンヒは女性であるということで大学に進学は出来ず、兄の紹介で結婚したと言います。更に終盤、セボムと共にソウルで職を探すと言ったユンヒに兄は、自分がいなくては何も出来ない、大学も出ていない、まともな職もしたことがないだろうと言います。
また、ジュンに対して結婚はしないのかと悪気もなく当たり前のように聞いてしまう従兄弟。その上韓国の男性を紹介しようかとまで言ってしまい、そのような配慮のなさに対して無自覚であることが際立っています。
ジュンに対し、叔母のマサコがぎこちなくハグを求める場面があります。慣れないハグにお互い戸惑いながらもその温もりに安心する2人は美しく、世代を越えた女性の連携が描かれている印象的な場面です。
ユンヒに宛てた手紙の中でジュンは“私はこの手紙を書いている自分が恥ずかしくない”と言っています。また、ジュンの手紙を受け返事をしたためるユンヒも、“私も恥ずかしいと思わないようにする、私たちは間違っていないから”と言っています。
お互いへの愛は間違っていない、そして今までの人生もきっと間違っていない。明日へと一歩を踏み出す彼女たちの姿に希望を感じます。
まとめ
様々な社会的抑圧により心の奥にしまっていた恋の記憶を描き出す映画『ユンヒへ』。
登場人物の心情に寄り添うような小樽の静かで美しい雪景色も印象的な本作は、岩井俊二監督の『Love Letter』(1995)にインスパイアされ、舞台を北海道の小樽にしたといいます。
静かに語るように紡がれていく2人の物語は美しくも切なく、世代を超えた女性の連携は、未来の世代を担う娘のセボムへと受け継がれてくような印象も見受けられます。
映画化もされた、社会に抑圧された女性の生き辛さを綴ったチョ・ナムジュ著作の小説『82年生まれ、キム・ジヨン』をはじめ、映画・文学、様々な分野においてフェミニズムに対する葛藤や論争が巻き起こっている韓国。そのような意識改革は日本においても無縁ではないのです。