映画『12ヶ月のカイ』 は9月15日(水)テアトル新宿にて限定上映。
人間とヒューマノイドとの恋愛を描いた映画『12ヶ月のカイ』。
新しいもの、環境や変化を苦手とする現代日本人へのアンチテーゼとして、人間を人間たらしめる秩序とは何かを問うSF映画で、人の生き方や人間関係を探り、ヒューマノイドとの関係から考えられる可能性を描いています。
本作の脚本・監督を務めたのは、亀山睦実。没案となっていたオムニバス映画の企画を長編作品としてさらに深堀りをし、未来に焦点を当てて脚本を作り直したことから企画が始動した本作です。
長編映画になったことで、物語・テーマにどのような変革を及ぼしたのでしょう? また、前日譚であるドラマ『ソムニウム』から続く「ちょっと未来の世界」が現代日本に訴えたこととは一体何だったのでしょうか。
今回は、田辺・弁慶映画祭セレクション企画として、2021年9月15日(水)にテアトル新宿にて1日限定上映される映画『12ヶ月のカイ』をご紹介します。
映画『12ヶ月のカイ』の作品情報
【公開】
2021年9月15日(水) 1日限定で劇場上映
2022年公開予定(日本映画)
【脚本・監督】
亀山睦実
【キャスト】
中垣内彩加、工藤孝生、岡田深、今井蘭、夏目志乃、小河原義経、木口健太、大石菊華、山本真由美
【作品概要】
『12ヶ月のカイ』は、クラウドファンディングの制作支援を一部受け完成した自主制作長編映画。
本作の企画・脚本・監督を務めたのは、映像制作会社ノアドのディレクターとして活動し、『ゆきおんなの夏』(2016)『マイライフ、ママライフ』(2020)などを手掛けてきた亀山睦実。
主人公キョウカ役を中垣内彩加、もう一人の主人公カイを工藤孝生が演じ、W主演を務めています。
クイーンパーム国際映画祭’21 1stQTR外国映画賞・脚本賞にて金賞受賞、2021年8月にアリゾナ州で開催されたフェニックス映画祭・国際ホラー&SF映画祭のSFコンペ部門にて最高賞受賞など、本作は世界各地で数多くの映画人から注目されており、映画賞の受賞やノミネートの記録を日々アップデートしている。
映画『12ヶ月のカイ』のあらすじ
今から少し先のおはなし。
東京でWEBデザイナーとして働くキョウカは、日常生活を共に送れるヒューマノイド「パーソナル・ケア・ヒューマノイド(通称:PCH)」のカイを手に入れる。キョウカとの会話を重ね、持ち主について徐々に学習していくカイ。キョウカはやがて、カイに「物として以上の感情」を持ち始める。
ある月、キョウカとカイは、人間とヒューマノイドの間に命を生みだしてしまう。彼らは人間とヒューマノイドなのだろうか。それとも、女と男になってしまったのだろうか。
友人たち、母親、別のPCHオーナーのシンとの対話の中で、キョウカはひとりの人間の女性として、現実と本能の間で揺れ動きながらも、未来を決めてゆく。
映画『12ヶ月のカイ』の感想と評価
ジャンルに戸惑う作品
ストーリーの大筋は恋愛であるため、本作を恋愛映画とジャンル分けすることで、テーマや劇中から語りかけられるメッセージのくっきりとした輪郭が掴めるのではないでしょうか。
しかしながら本作の物語をキャッチーにしているのは、主人公キョウカの恋愛の相手がヒューマノイド(機械)であるという要素。
男女のロマンスの間に有機物/無機物の隔たりが生まれたことで、SFらしい奇妙さが劇中の至るところに点在するようになりました。
また主人公キョウカとカイの奇妙な日常が各月ごと、段階的に描かれることで、2人の関係性の積み重ねに奥行きが生まれています。
人間と機械との生活が日常として描かれたことにより『デモンシード』(1978)のような怪奇性、ホラー要素は後退し、本作の人間とヒューマノイドの関係性が生み出した結果とその答えには『ブレードランナー2049』(2017)のような哲学性を感じ取ることが出来ます。
監督が本作の撮影に挑むにあたり、参考にするよう出演者に見せたというドラマ『ウエストワールド』(2016)は、まさに怪奇性と哲学性の両側面を持ち合わせた作品でした。
同じヒューマノイドを扱った映画『A.I.』(2001)や『エクス・マキナ』(2015)のような非人間的な無機物に対し、勝手に人間性を感じ取ってしまう嫌悪感、自身の人間性すら疑いたくなるアイデンティティの揺らぎなど、SF映画あるあるよりも、本作は原始的な記号に立ち返って人間が人間を作る禁忌にフォーカスしています。
人間が人間を作る話をおぞましく描く上で、本作のパーソナル・ケア・ヒューマノイド、通称:PCHは表層的にヒトらしく描かれているのです。
ヒトは出産を行うことで繁殖し、子孫繁栄を行います。文明社会において出産は生きていく選択肢の一つでしかありません。
ヒトという種ではなく、個人(人間)には心という秩序に従って主体的に選択肢を増やしていく権利があり、繁殖行為や出産は高度な自由意思に基づいて選択できると言えます。
しかし実際にその行為単体を目の当たりにした時の生理的嫌悪(自らも獰猛な有機物の一種に過ぎない事実を突きつけられる気色悪さ)には、どこか非現実味があり、それと同時にどこまでも現実的な側面の存在を感じさせます。
本作で描かれている物語に対し、監督は「男性目線で観るとSF的、女性目線で観ると日常に見える」と語っていましたが、その本意を読み解くに、本作が作り手の意図せざるところで繁殖することの非現実味と圧倒的現実性の両側面を描けていたからではないでしょうか。
近未来を想像させる人間とヒューマノイドとの関係性、人工知能に心はあるのかといったテーマは非現実的でSFらしいと感じるテーマでありながらSF色が薄く感じるのは、本作がヒトではなく人間を描いたドラマだったからでしょう。
少し先の未来から少し前の話
参考動画:オリジナルショートドラマ『ソムニウム』(LINE NEWS VISIONにて配信:全8話)
『12ヶ月のカイ』の前日譚といえるショートドラマ『ソムニウム』。スマホの画面を傾けずにそのままフルスクリーンで鑑賞できる縦型ドラマという建付けの特殊さはさておき、同作は、『12ヶ月のカイ』の結末に影響を与えたPCHの開発者である与川冴弓と藤田醒のPCH開発秘話を描いています。
本作『12ヶ月のカイ』完成後に制作された『ソムニウム』は、逆算する形で意図的に物語の展開やセリフが本作と対応するようになっているのが見どころ。
両作とも鑑賞することで、共通するテーマやシリーズを通して一貫したメッセージ性などがより明確になります。
まとめ
本作のヒューマノイド描写は非常に控えめで、機械的な作動音以外、いかにもなロボット演出、視覚表現を用いていません。
生身の俳優が無機物を演じることに説得力を持たせるため、顔の半分から内部金属が露出していたり、怪我を負って内部構造が見えるなどの露骨に機械らしさを表現しなかったことが本作のテーマにも沿っており、表面上人間にしか見えないことがポジティブに働いたのでしょう。
人間の役者が小細工無しにロボットを演じることで、「人を人たらしめるもの」というテーマに忠実であるし、SFジャンルらしい嗜好よりも人間ドラマとしての深みが増し、嫌悪を及ぼしかねない生々しさがロマンスの間に漂っていました。
ささやかな希望と共に不穏さが漂うラストシーンは、これから壮大な何かが起きてしまう予感に満ちており、続編の可能性や世界観の広がりを感じさせます。
映画『12ヶ月のカイ』 は2021年9月15日(水)テアトル新宿にて1日限定上映。