映画『ある人質 生還までの398日』は2021年2月19日(金)より全国順次ロードショー!
2013年に実際にシリアで起きた人質の拉致事件を描いた原作書籍を、映像化した映画『ある人質 生還までの398日』。
本作は実話をもとに、内乱の現場に足を踏み入れた一人のカメラマンが遭遇した恐怖の体験と、彼を救うべく奔走する家族の迷える姿を描いた物語。『ミレニアム ドラゴン・タトゥーの女』のニールス・アルデン・オプレヴ監督が作品を手掛けました。
2020年にはデンマーク映画批評家協会賞(ボディル賞)で助演女優賞、デンマーク・アカデミー賞(ロバート賞)で観客賞、脚色賞、主演男優賞、助演女優賞、Zulu賞で作品賞と国内で高い評価を得ています。
CONTENTS
映画『ある人質 生還までの398日』の作品情報
【日本公開】
2021年(デンマーク・スウェーデン・ノルウェー合作映画)
【原題】
SER DU MANEN,DANIEL
【監督】
ニールス・アルデン・オプレヴ、アナス・W・ベアテルセン
【脚本】
アナス・トマス・イェンセン
【原作】
プク・ダムスゴー「ISの人質 13か月の拘束、そして生還」
【キャスト】
エスベン・スメド、トビー・ケベル、アナス・W・ベアテルセン、ソフィー・トルプ、クリスティアン・ギェレルプ・コッホ
【作品概要】
ジャーナリストのプク・ダムスゴー著による原作書籍「ISの人質 13か月の拘束、そして生還」をもとに作られた映像作品。2013~2014年に398日間にわたって渡航先のシリアでIS(イスラム国)の人質となるも奇跡的に生還を果たしたデンマーク人カメラマンのダニエル・リューの恐怖の体験を描きます。
作品を手掛けたのは、『ミレニアム ドラゴン・タトゥーの女』のニールス・アルデン・オプレヴ監督。監督は映画のみならず『アンフォゲッタブル 完全記憶捜査』、パイロット版『アンダー・ザ・ドーム』などの人気海外ドラマでも手腕を発揮してきました。
主演は『92年の夏』で2017年ベルリン国際映画祭シューティング・スター賞を受賞したデンマークの俳優、エスベン・スメド。元体操選手で、かつ捕虜生活により激やせするという人物像に合わせて増量、減量過酷な肉体改造を成功させ見事に役柄を演じきりました。
映画『ある人質 生還までの398日』のあらすじ
学校で体操の代表選手として活躍していたデンマークのダニエル・リューは、ある日大会のデモンストレーションを行っていた際のトラブルで大きなけがをしてしまい、選手生命を絶たれてしまいます。
その経過に失望しながらも、自身の道を切り替えこれを機に昔からなりたかったというカメラマンへの道を志す決意をします。
仕事を探しに首都・コペンハーゲンの恋人の家へ転がり込み、自身のポートフォリオを持ってカメラマンの事務所を回るダニエル。
彼はある事務所で作品を見初められ、突然内戦中のシリアに出向くカメラマンのアシスタント役を依頼されます。
見たことのない風景に大きな刺激を受け、興奮にあちこちでシャッターを切っていたダニエルでしたが、案内人とともに訪れたある町で彼は不穏な男たちと遭遇、無断で足を踏み入れたと憤慨する男たちに案内人は正式に取材の申請を出していると主張します。
男たちはそれを突っぱねダニエルを拉致してしまいます。こうしてダニエルとその家族たちの、予想もしなかった恐怖と不安の一年が始まったのですが…。
映画『ある人質 生還までの398日』の感想と評価
「保守派の危険性」に視点を置いた物語
本作は実話がベースの作品だけに、作品としては特にISに拉致されたダニエルの過酷な経験、そしてシリアのような内政が不安定な国に出向くという状況における危険性などという点に注意が行くことでしょう。
実際主演を務めたスメドの不安にさいなまれる表情や様子、そして拉致現場の緊迫した状況などは非常にリアルかつ説得力のある画作りが成されており、その現実に起きた事件の一端を深く印象付けてきます。
しかし反面、この物語の視点には認識として注意すべき点があります。
この物語はデンマークに住むダニエル・リューという青年の視点で物語が展開しており、そこに起きた事実をデンマークという国の立場に立って描いています。
ISの者たちに拷問、凌辱されるさまからは、近年メディアなどでも報じられる、国交の常識など完全に無視した彼らのさまが脳裏に焼き付けられます。
一方で2019年に行われたSKIPシティ国際Dシネマ映画祭2019にて、デンマークのウラー・サリム監督が手掛けた『陰謀のデンマーク』という作品では、これとは対照的にイスラム圏内からデンマークに移住してきた人たちが、デンマークの保守派の人間たちに傷つけられるというさまを、移住者たちの視点で描いています。
細かい設定は別として、この二つの作品にはそれぞれ人の視点、立場をまったく逆にしながらも「他を寄せ付けない保守的な存在を十分理解できていない人たちが、その領域に入り込む危険性」を描いている、という観点がうかがえます。
『ある人質 生還までの398日』は人質解放の交渉に応じようとしないIS、『陰謀のデンマーク』では移民を密かに排除しようとするデンマークの保守派というそれぞれ保守的な存在があり、その思想の非情さを物語っています。
この二作品からはその凄惨な情景だけでなく「保守派の存在があったから」という明確な理由がそこに描かれています。
保守的な思想、リベラルな思想のどちらが正しいかという命題を結論付けることはできませんが、本作ではその上で「保守派」という存在が引き起こす危険性を描いているといえるでしょう。
また交渉にまったく応じようとしないISと、捕虜のダニエル、そしてダニエルを取り巻く家族たちという関係は、一般に言われているいじめの構図を思わせる点があります。劇中ではISの兵士たちが“人質”という相手の痛いところを盾にまったく交渉に応じようとしません。
その相手を支配しようとする心理はまさしくいじめの構図であり、ISより「いじめを受ける」家族たちは、法外な身の代金に絶望すら見せています。
こういった人間関係の作り方は、たとえ海を越えた世界の話でも意外に身近な物語と感じられ、現在世界のあちこちで起きている人同士の問題に共通する普遍性すら見えてきます。
志を通す難しさ
またもう一つの注目すべきポイントとして、本作ではダニエルという人物の描き方にも大きな特徴があるといえます。
物語ではダニエルの「元体操選手」というバックグラウンドと、カメラマンという道をスタートさせるというエピソードをうまく掛け合わせています。
物語の主題としてはISという集団に男性が拉致される話であり、彼がカメラマンを志し始めたという点から物語をスタートするという方向性もドキュメント的な視点としてはあったかもしれません。
しかし物語の前段として彼が体操の道で挫折をしたという物語を織り込むことで、物語の彼の立ち位置というものがさらに鮮明に描かれます。
体操という道を志しながらトラブルで道を閉ざされ、さらにカメラマンという道を見つけながら、ISの拉致というトラブルに巻き込まれる。この流れは、志を貫くことの難しさというものを重複して印象付けているものであります。
こういった点を先述の「いじめ的構図」とうまく絡ませて、局所的なエピソードでありながらも身近さを感じさせるものとしており、普遍性を醸して強い問題意識を提起する作品となっています。
まとめ
人同士が傷つけ合う戦場という場所において、中立であるという特殊な条件ながら敢えて危険を冒してその現地に出向くという戦場カメラマンの立場はかなり異質にも見え人々の興味をとらえるところでもあります。
2020年9月にはノルウェーの国際平和研究所のウーダル所長が、10月9日に発表される今年の平和賞予想の1位として報道の自由を擁護する国際非営利団体、ジャーナリスト保護委員会(CPJ)を挙げるなど、戦場カメラマンという立場が世界的に注目を集めています。
映画でも2019年の東京国際映画祭出品の『戦場を探す旅』、SKIPシティ国際Dシネマ映画祭2020の『南スーダンの闇と光』、『戦場カメラマン ヤン・グラルップの記録』と、世界的にその存在意義を大きく問われているところでもあります。
しかし鮮烈な印象を情景としてとらえ、人々の心を引き付けるというその行為の裏側にどんなことがあるのか、本作はその一端として悲惨な運命に会う人々の姿を、身近に受け止められる作品として描いています。
本作は原作となった事実より、さらに「争いはなぜ起きるのか」という深い本質から問題を見つめ直させてくれるような作品といえるでしょう
映画『ある人質 生還までの398日』は2021年2月19日(金)より全国順次ロードショーされます!