連載コラム『映画という星空を知るひとよ』第25回
映画『ミッドナイトスワン』はトランスジェンダー・凪沙が親から愛を注がれずにいた少女・一果を預かることになり、次第に2人の間に一つの絆が生まれる物語。
映画『ミッドナイトスワン』は、2020年9月25日(金)よりロードショーです。
主演に草彅剛を迎え、『下衆の愛』の内田英治監督が手掛けた作品。ヒロインはオーディションで選ばれた新人の服部樹咲。共演者に、真飛聖、水川あさみや田口トモロヲなど、個性豊かな実力派俳優陣も揃っています。
一心にバレエに打ち込む一果にできたはじめての友だち「りん」。一果とりんの宿命にも似た友情が、美しいバレエシーンを盛り上げていきます。
『ミッドナイトスワン』のあらすじ
故郷・東広島を離れ、トランスジェンダーの悩みを抱えながらひたむきに生きる凪沙(草彅剛)。新宿のニューハーフショーのステージに立ち、酔客を相手に踊って接待をする毎日です。
ある日、田舎の母親から電話があり、育児放棄にあっていた親戚の中学3年生の少女・一果(服部樹咲)を短期間預かることになりました。
最低限度の決まりを持って凪沙と一果の共同生活は始まります。
凪沙は身体と心が一致しないトランスジェンダーの悩みを抱えています。自分のことで精一杯で、中学3年生の一果の孤独の中で生きてきた半生までわかってやれません。
一果はそんなとき、ふとしたきっかけでバレエ教室を覗き、その魅力に取りつかれました。
そこで知り合った少女・りん(上野鈴華)の協力のもと、怪しげなアルバイトをして、凪沙に内緒でバレエのレッスンに通い出しました。
次第にバレエの実力も上達していく一果ですが、その頃アルバイト先でトラブルをおこし、保護者である凪沙にバレエのレッスンのことがバレてしまいます。
「一果には才能があるからバレエを続けさせてあげてください」と言うバレエ教室の先生(真飛聖)に、凪沙は「そんなお金ないし、この子は短期間だけここにいるのよ」と言います。
その夜、一果を1人にしたくないと、凪沙は自分の職場であるお店に連れて行きます。
ダンスショーの合間に、音楽に魅せられて1人で踊り出した一果。そのダンスを見て凪沙は圧倒されました。
なんとか一果にバレエを続けさせてやりたい……。
それは凪沙が初めて味わう、相手を愛おしいという気持ちでした。
凪沙の胸に母性ともいうべき気持ちが沸き起こり、生きる希望へと繋がっていきます。
一方では、一果にバレエを続けさせたくてアルバイトを紹介したりんもまた、自分のライバルとも親友ともいうべき一果にどんどん魅かれていきますが、ある日のこと…。
バレエのライバルである一果とりん
バレリーナをめざす少女・一果がヒロインですから、『ミッドナイトスワン』では頻繁にバレエのレッスンの様子やコンクールの様子などが出てきます。
レッスン教室で一果と親しくなるバレエの上手な桑田りん。彼女の家はとても裕福です。
お金が湧いて出るという表現がぴったりな家庭に生まれ育ったりんは、親から何でも与えてもらって生活し、まるでお姫様のようで、一果とはまるで正反対でした。
りんの両親は、お金を注いだ分、りんに対して大きな期待も持っています。そんな両親のことがよくわかっているりんは、明るい笑顔の反面どこか興ざめしている少女でした。
一果に親しみを感じたのも、一果の持つ孤独感を敏感に察知し、自分と同類と思ったからかもしれません。
自分とは境遇が違うと思いながらも、一果もまたりんに魅かれていきます。
りんがいたからこそ、一果はバレエを続けることができ、友だちと呼べるような心温まる交流も持てたのですから。
やがてバレエコンクールが近づき、一果はコンクールで踊る曲を、バレエ曲『アレルキナーダ』より 「コロンビーヌのバリエーション」と決めました。
理由あってコンクールに参加できなかったりんは、コンクールの一果の出場時間に合わせて、自分も一緒にこの曲を踊り出します。
一果の友だち桑田りんを演じているのは、服部樹咲と同じく新人の上野鈴華。温かな笑顔と爽やかな存在感は見るものをほっとさせる存在感があります。
上野鈴華は、明るく屈託のない演技で、まるで『アレルキナーダ』を地で行くかのようなりんを演じきっています。
バレエ舞曲「アルレキナーダ」から読み解く
参考動画:コロンビーヌのヴァリエーション【アレルキナーダ】
ところで、『アルレキナーダ』というバレエですが、『ミッドナイトスワン』で用いられるバレエとして、とても深い意味のあるものでした。
『アルレキナーダ』はヒロイン・コロンビーヌとその恋人の物語です。
コロンビーヌと道化役者の男性は恋人同士でしたが、コロンビーヌの父は彼女をお金持ちと結婚させたがっていましたので、2人の中を裂こうと、父の計略が企てられます。
父の計略によって不幸に見舞われたコロンビーヌですが、女神が何でも願いがかなう宝の杖をコロンビーヌに与えると……、全ての不運が回避されて、みんなでハッピーになるというお話です。
『アルレキナーダ』という言葉には、道化師とかピエロといった意味も含まれているそうですから、このエピソードには、“人生におけるピエロ”という物悲しいイメージが浮かび上がります。
この曲を一果はコンクールで堂々と踊りますが、それと対比するように、全く違う場所で1人で踊るりん。
ここでも一果とりんの正反対の運命が顔を覗かせます。まるで、白鳥と黒鳥のように……。
『アルレキナーダ』をりんが踊ることで、一果と真逆の半生を送っているりんの苦悩も浮き彫りにされているのです。
まとめ
『ミッドナイトスワン』は、トランスジェンダー・凪沙の苦しみと愛情を中心に描いています。
トランスジェンダーの凪沙の切実な一果への献身的な愛、一果の未来へ飛び立とうとする願いをはじめ、育児放棄しながらも一果を愛おしく思う実の母や、一果の才能を伸ばしたく熱心にレッスンをするバレエの先生などなど……。
登場人物一人ひとりの生き様が丁寧に描かれ、幾つも交錯する切ない人生ドラマにほろりとさせられる出来栄えです。
その中でも、人知れず『アルレキナーダ』を踊らざるを得なかった桑田りんの存在を忘れてはならないでしょう。
一果を子どもとして愛したい凪沙と実の母の親子の愛のカタチ。一方では、お金さえあれば子どもに何不自由のない暮らしを与えられると信じ切っているりんの親の愛のカタチと、親子の愛も様々……。
このように『ミッドナイトスワン』が描く親子愛は、とても奥の深いものがあります。カタチは違えど、子どもを想う気持ちは同じと思えますが、どんな愛のカタチが一番心に響いてくるでしょうか。
本作は親と子の愛の在り方についても大きな課題を投げかけています。
映画『ミッドナイトスワン』は、2020年9月25日(金)よりロードショーです。