映画『ミッドウェイ』は2020年9月11日(金)より、TOHOシネマズ日比谷他全国ロードショー
太平洋戦争の転機となった激戦、ミッドウェイ海戦。何度も映画化された題材です。
その戦いを開戦前から真珠湾奇襲、東京初空襲から珊瑚海海戦と、両軍が孤島を巡り激突するまでの経緯を交え、映像化した本格的戦争映画が『ミッドウェイ』です。
監督は『インデペンデンス・デイ』(1996)や『デイ・アフター・トゥモロー』(2004)、『ホワイトハウス・ダウン』(2013)のローランド・エメリッヒ。
プロデューサー、監督として数々のディザスター・ムービーを手がけた、“ハリウッドの破壊王”が描く壮大な海空戦に注目が集まます。
しかし壮大な作品だけに何が描かれているか、見どころは何かとお悩みの方もいるでしょう。そこで本作の注目すべきポイントを紹介しましょう。
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映画『ミッドウェイ』のあらすじ
米国時間1941年12月7日、日本軍の真珠湾奇襲で幕を開けた太平洋戦争。
新たに太平洋艦隊司令長官に任命されたニミッツ提督(ウッディ・ハレルソン)。
彼は日本海軍連合艦隊司令官・山本五十六(豊川悦司)を知る男、レイトン少佐(パトリック・ウィルソン)を参謀に任命します。
苦戦を強いられるアメリカ海軍ですが、奇襲を逃れた空母エンタープライズを中心に反撃に転じ、艦載機の指揮官ベスト大尉(エド・スクレイン)やマクラスキー少佐(ルーク・エヴァンス)は転戦を重ねます。
レイトン少佐は日本軍の暗号を解読し、次の攻撃目標がミッドウェイ島であると分析します。米海軍が空母戦力を集中し、迫りくる日本の大艦隊に決戦を挑みます…。
大作戦争映画『ミッドウェイ』の感想と評価
タイトルの戦いだけでなく、開戦前から運命の日に至るまでを、日米双方の視点を交えて描いたスケールの大きな作品『ミッドウェイ』。
同様にスケールの大きな戦争映画で、ハリウッドでド派手な大作映画を監督する人物に、『トランスフォーマー』(2007)シリーズのマイケル・ベイがいます。
マイケル・ベイ監督作、『パール・ハーバー』(2001)も、同様のスケールを持つ作品でした。真珠湾奇襲から東京初空襲までを描き、なんと3時間超の映画でした。
本作は真珠湾奇襲から、東京初空襲の後のミッドウェイ海戦までを2時間18分で描く作品です。
大丈夫かな、と思う人もいるでしょう。そんな方の不安を解消するため、本作の歴史に対する視点や、映画的な見どころを解説しましょう。
見どころポイント①:戦闘を空母エンタープライズを軸に描く
本作はマクロの視点とミクロの視点で成り立つ映画です。マクロの視点はニミッツ提督とレイトン少佐が中心の米海軍上層部、そして山本五十六ら将官を通して描く日本海軍上層部です。
一方ミクロの視点は空母エンタープライズ、並びにその艦載機指揮官ベスト大尉やマクラスキー少佐ら、パイロットたちの姿を通して描き、歴史的事実を盛り込みつつ映像化されました。
CGの進歩はド派手な戦闘描写を可能にしました。これが本作一番の見どころです。
しかし同時にSF大作映画をおもわせる、膨大な数の敵機の登場とそれが次々爆発し墜落する、という史実以上に派手な場面が見られるのは、これぞ大作映画の姿というものでしょうか。
ミクロ視点は空母エンタープライズ中心と紹介しましたが、真珠湾奇襲ではその役割を戦艦アリゾナが担当します。
アリゾナを日本軍機が執拗に攻撃し、乗員が奮闘する姿が描かれます。正直史実より過剰な描写でしょうが、真珠湾の悲劇をアリゾナ1艦に集約し、映画的に見せたのです。
これは今も真珠湾に沈み、アリゾナ・メモリアルとして国定慰霊碑・国定歴史建造物となった、アメリカの記憶に残る戦艦の姿を描くべきとの判断から生まれたのでしょう。
真珠湾奇襲の際ハワイ西方にいた空母エンタープライズ。その艦載機は戦闘に巻き込まれ、エンタープライズは真珠湾の惨状を目撃する役目を引き受けます。
さて、開戦後は日本軍が一方的に連合軍が圧倒したと思われがちですが、米海軍も黙っていた訳ではありません。
ハルゼー提督(デニス・クエイド)に率いられたエンタープライズを含む機動部隊は、1942年2月、日本軍基地のあるマーシャル・ギルバート諸島を攻撃します。映画はこの戦闘を描きました。
CGで何かとサービスしてくれる映画は、日本軍に存在しなかった大型戦闘艦を登場させます。
迎撃にはゼロ戦が迎撃に上がる戦力の水増しぶり(史実では旧式の96式艦上戦闘機を使用、日本側も苦労してます)。これはご愛敬と受け取りましょう。
米軍側の魚雷の不発、撃墜された日本軍陸上攻撃機の勇敢な行動などは、短く描かれていますが、史実を元に脚色した劇的シーンです。
従来の戦争映画であまり描かれなかったこの戦い、『ミッドウェイ』一番の注目場面だと信じています。
見どころポイント②:文芸ではなく歴史ドラマにする
主役が空母エンタープライズになったお陰で、映画には東京初空襲、珊瑚海海戦(エンタープライズは応援に駆け付けますが、戦闘に間に合いません)も登場します。
こうしてマクロの視点で、太平洋の戦いを見せる構成の『ミッドウェイ』、戦争映画ファンに充分見応えのあるものになりました。
一方で戦史に詳しくない観客のために、人物描写は簡略化され、ドラマ的に脚色されています。
日本でも批判の多い南雲提督(國村隼)は、日本海軍の悪い部分を一身に集約した人物として描かれました。ここまで悪く描かれると、気の毒な気もします。
彼と山本長官、山口提督(浅野忠信)の対立は劇的で、史実を物語として見せるのに効果的です。
戦史の研究が進み、南雲提督の判断を評価する説も現れていますが、映画やドラマなどの創作物の世界では、この構図がこれからも繰り返し描かれるでしょう。
映画やドラマでは史実を脚色し、歴史上の人物の心の内を、自由に創造することが盛んです。
歴史もの作品では複数の人物の行動を1人の人物に集約させたり、架空の人物を登場させ展開を分かりやすくしたり、同じ理由で人物の行動の時系列を変えることもあります。
テレビの歴史大河ドラマの人物描写に、史実と違うとケチをつける人は少ないでしょう。既に多くの文学や芸能で描かれた人物なら、その姿も一つの真実、二次創作もありでしょう。
しかし歴史の浅い出来事について、安易に改変して良いものでしょうか。
最近のハリウッド映画は史実や実際の事件を、エンタメ性やポリコレへの配慮を理由に、改変するのが当然のようになっています。その風潮は世界中の映画にも広まっています。
歴史や実際の事件を扱った映画は、脚色された創作物と考えるべきです。それは否定的な意味だけでなく、クリエイターがなぜこの視点で描いたかを、考えるきっかけにもなるでしょう。
東京初空襲の指揮官、英雄ドゥーリトル中佐(アーロン・エッカート)の登場は、ドイツ出身のエメリッヒ監督の、毎度おなじみアメリカ人観客向けのサービスかもしれません。
同時に資金を出してくれたチャイナマネー、および中国市場への配慮もあるのでしょう。
観客にショックを与えるシーンに、日本海軍の救助した米軍操縦士の扱いがあります。これはプロパガンダ的な創作でしょうか。
史実に戻るとミッドウェイ海戦時、日本海軍は間違いなく捕虜を得て、引き出した情報を元に作戦を遂行しています。
しかし救助され、その後記録から消え、行方の分からない捕虜が存在するのもまた事実です。
名誉ある英雄的行為と、復讐心や残虐性が同居する戦争。それらを様々な視点で描いた作品として、『ミッドウェイ』をご覧下さい。
一方本作は恋愛などの、戦場以外のドラマ描写は実に控え目です。
映画『パール・ハーバー』は、同じ真珠湾奇襲を扱った文芸映画『地上より永遠に』(1953)を意識していたのでしょうか。
メロドラマ要素が映画に含まれ、マイケル・ベイ監督作らしからぬ冗長な作品になりました。
“ハリウッドの破壊王”、エメリッヒ監督はそんなものに興味なし。戦場描写をひたすら重ねます。やっぱり戦争映画はこうでなきゃ、という方はこのスタイルに満足するでしょう。
見どころポイント③:米軍パイロットVS日本軍は提督
ミッドウェイ海戦の時が迫ります。しかし決戦を前に、ハルゼー提督は史実通り船を降ります。
肝心の戦闘を指揮しない人物です。それが描かれた理由は何でしょうか。
おそらく映画『パットン大戦車軍団』(1970)で有名なパットン将軍同様、闘志溢れた猪突猛進型の猛将として、アメリカで人気の高いハルゼー提督を映画に登場させたかったのでしょう。
肝心のミッドウェイ海戦は、ハルゼー提督の後任のスプルーアンス提督と、両提督を支えたブラウニング参謀が指揮しますが、これが全くの空気状態。
米軍の視点は、エンタープライズの艦載機パイロットの死闘を中心に描かれることになります。
作戦を見破られ罠にかかった日本艦隊も、敵役に相応しい手強い存在。ミッドウェイ基地航空隊や、空母雷撃機隊の攻撃をものともしません。
しかし敵空母の出現に日本艦隊は決断を迫られます。そして日本側は上層部の意見の対立を見せる、作戦指導の面から描かれます。
そして運命の時、主人公らの操縦する急降下爆撃機隊が日本艦隊上空に現れます…。
この一連の戦闘を、エメリッヒ監督はド派手な描写で描きます。日本の戦闘機は何機飛んでいるの?と思う大空中戦、次々飛行機が堕ちる壮大な戦闘が展開されます。
本作に先立って、同じくミッドウェイ海戦の急降下爆撃機隊の活躍と、そのパイロットの運命を描いた映画『ミッドウェイ 運命の海』(2019)が公開されました。
『ミッドウェイ』に便乗して作られたといえる、制作費はその何十分の一、下手すれば百分の一以下…の作品ですが、異なる視点で描いた描写が興味深い作品です。
『ミッドウェイ』ではパイロットたちの燃料切れを恐れぬ、勇敢な決断が勝利をもたらし、戦争の流れを転換させたと描きました。それは間違いなく事実です。
しかし空母作戦に慣れないスプルーアンス提督を補佐し、先制攻撃と空母保全を重視するブラウニング参謀の指揮は、危険な距離から戦闘機の護衛無しで爆撃機、雷撃機を飛ばすものでした。
戦いには勝利したものの、パイロットたちの不満は爆発寸前まで膨れ上がり、スプルーアンス提督はブラウニング参謀に不信感を抱きます。
勝利の影に埋もれたアメリカ側の上層部の対立や不和、その後米海軍史から抹殺された人物を描いた作品として、『ミッドウェイ 運命の海』の視点は興味深いものでした。
海戦前後の日米艦隊の動きを紹介する映画としても、またエメリッヒ映画と違う地味な戦闘描写も注目に値します。
裏方の偵察・救難飛行艇の活躍の描写や、対空砲火や旋回機銃は(「スター・ウォーズ」の様に)敵機を簡単に墜とすものでなく、追い払う武器という描き方が実にリアルでした。
戦争映画を見るには、その映画が何に焦点を当て、何にこだわって描いたかに注目すると、より深く楽しめます。
まとめ
太平洋戦争前半の戦いを俯瞰し、クライマックスでミッドウェイ海戦を派手に描いた『ミッドウェイ』。戦争映画が好きな方なら見逃す手は無いでしょう。
また映画ファンならジョン・フォード監督の登場にニンマリするでしょう。
『駅馬車』(1939)など西部劇映画で名高い名匠、ジョン・フォードは開戦と共に海軍に入隊、戦争ドキュメンタリー映画の製作に携わります。
彼は海軍から、南海の孤島を守る兵士たちの姿を撮影して欲しいと頼まれます。こうしてミッドウェイ島に現れたフォード監督は、この島を日本軍が攻撃する計画があると聞かされます。
確かに島は防御工事を進めていました。運命の日、戦闘の音で目覚めたフォード監督は、スタッフと共に16㎜カメラで撮影を開始し、日本軍機の爆撃で負傷します。
帰国したフォード監督は英雄扱いされ、完成した18分の短編映画『ミッドウェイ海戦』(1942)は、アカデミー賞短編ドキュメンタリー賞を受賞します。
本作の中で一番無謀で、無茶な男として描かれたのは、ジョン・フォード監督かもしれません。
アメリカ海軍はミッドウェイ海戦の経験から、危い綱渡りのような空母艦載機の運用を見直すことになります。
航空機は強力なエンジンを積んだ頑丈な機体に変わり、敵機を捉える高性能のレーダー、航空機を指揮する無線、対空砲火用の近接信管が開発され、空母艦載機は攻守の要となります。
アメリカの工業力と技術力は、それらの革新を可能にしました。
一方の日本海軍もミッドウェイ海戦から学びました。不慣れなスプルーアンス提督を補佐した、ブラウニング参謀の積極的な作戦指導に敗れたと考えたのです。
その結果、日本側は航空作戦は先手必勝だと考えます。航空機は攻撃を重視し、敵の飛行機が襲来しない位置から出撃し損害を与える、アウトレンジ戦法こそ最善策と信じるようになりました。
1943年には日本軍機の米艦船攻撃は、強力な反撃を受け犠牲の大きい、戦果の少ないものになります。しかし情報力に劣る日本軍は、敵に一定の損害を与えていると信じていました。
そして1944年、マリアナ沖海戦と台湾沖航空戦で日本の航空部隊は、待ち構える米海軍の前に大敗北を喫します。アメリカ空母艦隊の防衛網は、容易に破れぬものに変貌していたのです。
この状況を打開しようと、日本軍は特攻攻撃を繰り返すことになります。ミッドウェイ海戦は太平洋戦争の転換点であると同時に、日本海軍の終わりの始まりを告げる出来事でした。
映画『ミッドウェイ』は2020年9月11日(金)より、TOHOシネマズ日比谷他全国ロードショー