「韓国の82年生まれの女性で最も多い名前」“ジヨン”に起こった出来事。
チョン・ユミとコン・ユ主演で韓国で大ヒットを記録した映画『82年生まれ、キム・ジヨン』が2020年10月9日(金)より新宿ピカデリーほか全国公開されます。
原作となったのはチョ・ナムジュによる同名小説。ひとりの女性を主人公に配しながら、多くの女性が感じたことのある生きづらさと向き合ったこの小説は共感を呼び、130万部を越えるベストセラーになりました。
日本でも翻訳本が2018年12月に刊行されると、発売2日目にして重版が決定。
この記事では、小説の結末までのあらすじとその魅力、映像化への期待についてご紹介していきます。
小説『82年生まれ、キム・ジヨン』の主な登場人物
キム・ジヨン
本作の主人公。1982年生まれの女性。2015年現在、夫チョン・デヒョンと1歳の娘ジウォンと3人暮らし。日々のストレスからか、変わった言動が見られるようになり、デヒョンに連れられカウンセリングを受けるようになります。
チョン・デヒョン
ジヨンの夫。IT関連の会社に勤めており、家にいられる時間は短い。妻の異常行動に真っ先に気づき、まずは彼が一人で精神科へ相談しに訪れました。ジヨンとは大学の同じ山登りサークルに所属していましたが、在学中には顔を合わせたことはありませんでした。
オ・ミスク
ジヨンの母。学校の先生になるのが夢でしたが、兄弟たちの学費のため、結婚後は子どもたちを養うために諦めました。彼女の商才で一家は支えられています。
キム・ウニョン
ジヨンの2歳年上の姉。幼い頃からジヨンの面倒を見ていました。成績優秀ではっきりした考えの持ち主です。
キム・ウンシル
ジヨンが勤めていた広告代理店の唯一の女性課長。結婚しており小学生の子どもがいます。
医師
ジヨンのカウンセリングの担当医。40代男性。カルテのような彼の語りで本作は進んでいきます。
小説『82年生まれ、キム・ジヨン』のあらすじとネタバレ
小説『82年生まれ、キム・ジヨン』書影
2015年秋
33歳のキム・ジヨンは夫のデヒョンと1歳の娘ジウォンと3人暮らし。出産前までジヨンは広告代理店で働いていましたが、出産とともに退職。
デヒョンは仕事で帰りが遅く、土日も仕事で家を空けることが多いため、家事や育児はジヨンがほぼ一人で行っていました。
ある朝、ジヨンは母親のオ・ミスクのような喋り方でデヒョンに話しかけます。数日後、彼女は共通の知り合いであり、昨年亡くなったチャ・スンヨンだと言い出し、デヒョンとスンヨンしか知らない思い出をスンヨンの口調で語りました。
その後もジヨンのおかしな言動は続きますが、当の本人には自覚がありません。
釜山にあるデヒョンの実家に帰った時に、事件が起こりました。デヒョンの実家でジヨンはいつも休む暇もなく、家族の食事の支度や片付けに追われています。そこでジヨンは母オ・ミスクの口調で、“娘のジヨン”の肩を持ち、義母や義父に反抗したんです。
慌てて彼女を連れ出し、家に帰るデヒョンでしたが、不安に感じた彼は精神科を訪れ、妻の様子を相談します。そしてジヨンはカウンセリングを受けることになりました。
1982年〜1994年
1982年、ジヨンは公務員の父と主婦の母の間に生まれました。両親と父方の祖母と、2歳年上の姉ウニョンと暮らしています。
80年代の韓国は産児制限政策を展開し、性の鑑別と女児の堕胎が公然と行われていました。母親のオ・ミスクは女児を続けて産んだことからプレッシャーを感じています。
3人目の子どもを授かったオ・ミスクでしたが、女の子だったため堕胎を決意。その数年後、ジヨンの5歳年下の弟が生まれます。姉妹と違い、望まれて生まれた弟は全てが特別扱いでしたが、幼かったジヨンにとってそれは当たり前のことでした。
母は少しでも広い家に住み、娘たちに部屋を与えてやりたいと考え、子育てをしながら様々な職で働き現金収入を得ています。若い頃の母には「先生になる」という夢がありましたが、兄弟の学費のために働き、諦めた過去がありました。
小学校に上がったジヨンを待っていたのは、自分に好意を持っている男児からのいじめや、出席番号が男子から始まることで起こった理不尽な出来事、そしていくら優秀でも女子は学級委員にはなれないということ。ジヨンはそれらから、少しずつ社会への違和感を抱き始めます。
母がコツコツと稼いで貯金をしてきたお陰で、一家はジヨンが小学5年生になった年に引っ越し、姉妹は部屋を手に入れました。
1995年〜2000年
ジヨンは姉と同じ中学校に入学。その中学は数年前まで女子校だったものの、男子の数が多くなってしまった韓国では男子の入れる学校が不足していたため、ジヨンが入学した年に共学になりました。
男子の服装の規定はゆるいのに、女子には厳しい校則。近所に出没する露出狂。それらに立ち向かった女生徒たちは皆罰則を受けました。
中学2年のとき、ジヨンは初潮を迎えます。
高校はバスで15分ほどの女子高に通ったジヨン。高校に入るとさらに周囲の男性から性的な対象として見られるようになったジヨンたち。学校の後はさらにバスに乗り、夜まで予備校で勉強をしていました。
予備校の授業で夜遅くなったジヨンは、見知らぬ男子生徒に付き纏われます。予備校でジヨンの後ろの席に座っているという彼は、プリントを渡すときに笑いかけられたという理由から勘違いしたようで、ジヨンに迫ってきました。
ジヨンの異変に気付いた女性が機転を利かせて彼女を助けます。その後迎えに来た父と帰宅すると、なぜか父はジヨンを厳しく叱りました。
助けてくれた女性にお礼の電話をするジヨン。女性はジヨンに、「あなたが悪いんじゃない」と言葉をかけます。おかしいのはあんなことをする男の人たちで、あなたは間違ったことをしていない。
そして女性はこう付け加えました。「世の中にはいい男の人の方が多い」と。
事件以降、ジヨンは予備校をやめ、しばらくは男性を怖いと感じるようになってしまいました。
姉のウニョンが高校3年生の年、経済危機から父親が退職勧告を受けます。ウニョンに教育大学を勧める母。教師という安定した職業に就ける可能性が高いからです。
母は今まで「女だから」という理由で姉妹を縛り付けたことはありませんでした。ですが「女の職場としていい」「子育てしながら働くには良い」と教職を勧める母に、ウニョンは反発。
しかしウニョンは、教師は適職なんじゃないかと思い始め、教育大学に願書を出して合格します。姉が進学で家を出ていき、ジヨンは自分ひとりの部屋を手に入れました。
父が公務員を名誉退職して手に入れた退職金と、母が不動産売買で手に入れた利益を合わせ、新築ビルの一階部分の一角を購入。そこで父は様々な商売を始めますが、どれも軌道に乗りませんでした。ジヨンは自身の大学進学の費用を心配します。母は「受かってから心配しな」と一蹴。
ジヨンはソウルの大学の人文学部に合格します。
以下、赤文字・ピンク背景のエリアには小説『82年生まれ、キム・ジヨン』ネタバレ・結末の記載がございます。『82年生まれ、キム・ジヨン』をまだお読みになっていない方、ストーリーのラストを知りたくない方はご注意ください。
2001年〜2011年
大学生になったジヨン。成績はふるいませんでしたが、専攻の勉強は面白く、人付き合いも楽しいと感じていました。そして山登りサークルで初めての彼氏ができます。
母は店の向かいに子ども病院が入るという情報を掴み、父を説得しておかゆの店を開店。店は狙い通り繁盛し、新築の広いマンションを購入します。公務員時代の同僚と飲んで帰ってきた父が、元同僚たちのなかで自分が一番成功していると喜びます。母はそんな父に、その成功はあなたの手柄じゃないと相手にしません。
大学2年が終わり、ジヨンの彼は軍隊に入隊。その寂しさからか、彼は精神が不安定になり、久しぶりに会っても喧嘩ばかり。ジヨンから別れを切り出し、彼もあっさり身を引きますが、その後も何度か付き纏われました。
ジヨンが所属している山登りサークルは女子が少なく、いつでも女子は“特別扱い”。重いものも持たせてもらえず、会長や副会長といった幹部は全員男性。ちょっと気になっていた先輩も、彼氏と別れたばかりのジヨンについて性的な陰口を叩いていました。
大学3年の冬休みになり、ジヨンは本格的に就職活動を開始。そこで女性は就職に不利だという現実を突きつけられます。学科や教授を通して行われる非公式の採用の話も、推薦されるのは男子だけ。セクハラとしか思えない面接も数々受けたジヨンでしたが、結果は全て不採用。
卒業式の2日前の朝。卒業式に出ないと言ったジヨンに、「嫁にでも行け」と父は言い捨てます。それを聞いた母は父に激怒し、ジヨンを叱咤激励しました。
その夜、ジヨンのもとに広告代理店から採用の通知が届きます。
卒業式の日、ジヨンは両親に新しくできた彼氏を紹介。母が気遣ってジヨンと彼氏をふたりきりにさせてくれ、彼女たちは幸せな時間を過ごしました。
広告代理店に就職したジヨン。上司は社内唯一の女性課長キム・ウンシル。ウンシル課長は実の母と同居し、小学生の子どもを母に見てもらいながら働いていました。
ウンシル課長はジヨンの報告書を褒めた後、彼女が自ら日課としている社員への“コーヒー出し”や食器の片付けはもうしなくていいと伝えます。今まで細かい面倒な仕事は新人の女性社員がやってきたけれど、これはあなたの仕事じゃないと。
ウンシル課長は社員が3人の頃からこの会社で働いています。女性はダメだと思われないよう、会食も最後まで残り、出張も残業もこなし、出産後も1ヶ月で職場復帰しました。ですが、そのことがかえって他の女性社員の“育児休暇”などの権利を奪ってしまったんではないかと罪悪感を抱いているそう。
管理職に就き、不要な会食や行事を無くし、出産休暇と育児休暇を保障したウンシル課長。彼女の働きかけの成果があり、後輩が育児休暇を取得し復帰したこともありましたが、その後輩も残業や土日出勤による子どもの預け先の問題などから退職してしまいました。
ジヨンは公式の業務も任されるようになり、“コーヒー出し”もやめました。仕事も面白く感じていましたが、クライアントとの接待だけは好きになれません。
ある接待では、クライアント先の部長に外見についてや、下ネタなどを聞かされ、酒を飲むよう強要されました。その飲み会で酔い潰れたジヨンを同期の男性社員が介抱しているところに、ジヨンの彼氏から電話が。
助けを求めようと電話に出た同期との関係を勘違いし、彼氏は激怒します。就職活動中の彼氏と新入社員のジヨン。ふたりの生活リズムは噛み合わず、距離ができていたところでした。ふたりは大げんかの後に別れます。
会社が新たに長期的な企画を立ち上げました。ウンシル課長もそのチームの一員だったため、ジヨンは企画に関わりたいと伝えます。しかし選ばれたのは同期の男性社員2人。それまで彼らより難しい案件をこなし評判がよかったジヨンと女性同期のカン・ヘスも選ばれませんでした。
同期4人での飲み会で、ジヨンはたくさんの話を聞きます。企画の人材構成は社長判断だったこと。長期プロジェクトのため、結婚や出産で離職の可能性がある女性社員は入れなかったこと。ずっと残って働いて欲しい男性社員には辛い仕事は任せなかったこと。年俸は男性社員の方が高かったこと。
ジヨンは失望し、情熱も失ってしまいましたが、それでも習慣的に会社へ向かいました。
2012年〜2015年
2012年、ジヨンはチョン・デヒョンと結婚します。ふたりの仕事は忙しく、落ち着いて顔を合わせられない日もありましたが、うまく行っていました。
結婚から1ヶ月後、デヒョンが婚姻届を用意してジヨンの帰宅を待っており、嬉しく思ったジヨン。デヒョンは、婚姻届を出すことで「気の持ちようが変わる」と発言。出さなくても出しても気持ちが変わらないと考えていた自分との距離を感じたのでした。
そして届出を書く際に、廃止された戸主制度への変わらない価値観とぶつかります。
また、親戚や周囲からの「子どもはまだか」という不躾な質問がジヨンを苦しめました。周囲は皆ジヨンだけに問題があるかのような口ぶりで、デヒョンもそれを傍観するだけ。
その不満をジヨンがぶつけると、デヒョンは「子どもをひとり持とう」と提案。ジヨンは子どもを授かった時に失う恐れがあるもの、仕事や健康や社会的なネットワークなどのことについて彼に話しました。
子どもがお腹に宿ったジヨン。臨月までひどい悪阻が続きました。会社には、妊娠した社員は30分ずつ出社と退社を遅らせることができるという配慮がありました。そのことを男性同期に羨ましがられます。また、電車でも見知らぬ女性に嫌味を言われてしまいます。
お腹の子の性別が女だと分かった途端に母や義母、同年代の人たちまでもが“次”に期待するような言葉をかけてきました。
臨月に近づき、夫婦は今後の仕事や育児について話し合いを重ねます。結局、ジヨンは休職ではなく退職することになりました。デヒョンの会社の方が安定していたこともありますが、妻が子育てをするのが一般的だったからです。
退職時も、ウンシル課長に声をかけられた時も、送別会でも泣かなかったジヨン。退職した翌日、もう出社することはないと改めて気付き、初めて涙を流しました。
予定日が過ぎても陣痛が起こらず羊水が減ってきたため、誘発剤を使うことになりました。痛みに耐え、女の子を出産。愛しい我が子と出会い、泣いてしまうジヨン。
産後はさらにハードな日々が待っていました。抱いていないと泣き続ける我が子を抱っこしたまま家事をこなしていたため、手首を痛めてしまいます。病院に行っても、医者は昔の家事の大変さを持ち出し、まるで今の家事が大変じゃないでもいう口ぶり。
ある日、会社の女性同期だったカン・ヘスがお土産を持って遊びにきました。彼女のさっぱりとした気遣いに心が明るくなるジヨン。
カン・ヘスは、会社で起こった事件を打ち明けます。ビルの警備員が女性トイレを盗撮し、アダルトサイトにアップしていたというんです。しかも、そのサイトの会員だった係長は盗撮に気づいても通報せずに、他の男性社員と写真をシェアしていたんだそう。
そのうちの一人の男性社員と内密で付き合っていた女性社員から相談を受けたのがカン・ヘスで、彼女の訴えから全てが明るみに出ました。写真をシェアしていた男性社員たちは自分たちは悪くないとカン・ヘスを責めました。カン・ヘスは事件後カウンセリングに通っています。
男性社員を庇う社長にも嫌気がさしたウンシル課長は、女性社員を引き抜いて新たな会社を立ち上げる準備をしているそうです。
ジヨンの娘のジウォンちゃんが1歳を過ぎ、保育園に預けるようになりました。ジヨンは新たな仕事を探し始めます。
労働時間や給料などの多くの条件から、進路について悩むジヨン。会社で働いている時から記者になりたいと考えていましたが、そのための教育機関の授業は夜に設けられており、ジヨンの膨らんだ夢は萎んでしまいました。
保育園のお迎え帰り、カフェでコーヒーを買って公園で飲んでいたジヨンを見て、すぐそばで座っていたサラリーマンたちが「旦那の稼ぎでコーヒー飲んでいい身分だ」と彼女のことを話しています。
慌てて帰ったジヨンですが、そのショックで何も手につきません。真夜中に帰ってきたデヒョンにその出来事を話します。
彼らも同じ1500ウォン(約150円)のコーヒーを飲んでいたのに。私にはその価値もない。私は自分の人生を捨てて子どもを育てているのに。
デヒョンは黙ってジヨンを抱きしめました。ジヨンが身近な別人になる症状が出たのはそれからのことです。
2016年
ジヨンは週に2回カウンセリングを受け、症状が少し落ち着いてきました。カウンセリングの医師は彼女の症状は産後うつと育児うつと診断。
医師の妻は、優秀な眼科医ながらも、女性であり子どもがいることが大きな原因で仕事を辞めました。そんな妻のことを間近で見てきた医師だからこそ、女性の生きづらさへの共感があると自負していました。
医師の子どもは小学校で問題行動を度々起こし、小学校の担任はADHDではないかと疑っています。精神科の専門医である医師がADHDではないと伝えても、あなたは子どもと一緒に過ごす時間が無いんだからわからないと妻は突っぱねました。
数学で秀才だった妻が、小学生向けの算数の問題集ばかり解くようになりました。今の私には思い通りになるのはあれしかないから、と。
医師は妻にもジヨンにも、やりたい仕事や得意なこと、好きなことをやって欲しいと願います。
医師のもとに、部下である妊娠中の女性スタッフが退職の挨拶にやってきました。医師は言葉では労いながらも、彼女の退職を快く思っていませんでした。かと言って、休職して復帰したとしても産後の体調や子どものことで面倒が起こったかもしれないとも考えます。
そして後任には、育児の問題が無い、未婚のスタッフを雇おうと決めるのでした。
小説『82年生まれ、キム・ジヨン』の感想と評価
あるひとりの女性“キム・ジヨン”について書かれた本著。小説ではありますが、語り手がカウンセラーという体を取っているため、カルテのような、評伝のような不思議な感触があります。
韓国や世界の統計を交え、ジヨンの祖母世代から続く『女性』の生き方・生きづらさを淡々と描くことで、読者それぞれの心を刺激していきます。
「女の子なんだから」という性別を理由にした言い聞かせ。名ばかりの女性の社会進出。母親に多くの負担がいく子育て。
それは読者も体験したことのある違和感かもしれません。本著は胸の奥深くに隠した小さな違和感たちを可視化し、暴き出します。そのため、ジヨンのことを決して他人事とは思えなくなってくるんです。
本著の特徴として、女性には名前があり、チョン・デヒョン以外の男性には名前が無いことが挙げられます。名前が無いことで、個性も失われる男性たち。
これも今まで「家内」「母親」という呼称のみで扱われ、声を発することができなかった女性からの反抗に感じられます。
また、本著にざらついた読後感を与えているのが、語り部であるカウンセラーの存在です。全く顔が見えない存在として書かれている彼ですが、最後の章でその人となりや個人的な考えが語られ、鳥肌が立ちました。
カウンセラーとして患者の症状や経緯は冷静にみているのに、自分の妻や従業員の女性への無理解や傲慢さはジヨンが出会ってきた「社会」そのもの。
このエピソードは最初の構想にはなかったそう。書き加えられたこの残酷なエピソードがあったからこそ、本著は読者を様々な感情に駆り立てるものとなりました。
映画『82年生まれ、キム・ジヨン』の作品情報
(C)2019 LOTTE ENTERTAINMENT All Rights Reserved.
【日本公開】
2020年(韓国映画)
【原作】
「82年生まれ、キム・ジヨン」チョ・ナムジュ著/斎藤真理子訳(筑摩書房刊)
【原題】
82년생 김지영
【監督】
キム・ドヨン
【キャスト】
チョン・ユミ、コン・ユ、キム・ミギョン
まとめ
(C)2019 LOTTE ENTERTAINMENT All Rights Reserved.
映画化にあたり、キム・ジヨンはチョン・ユミ、チョン・デヒョンはコン・ユが演じます。『トガニ 幼き瞳の告発』『新感染 ファイナル・エクスプレス』で共演してきた二人が本作で初めて夫婦役となりました。
小説内では意外にも短い現在のジヨンのパート。ジヨンの“今まで”を掘り下げた原作を忠実に映画化するのか、チョン・ユミ、コン・ユをメインにしたことで、原作になかったジヨンの“これから”を描くのか、どちらにしても必見の一作になりそうです。
また、人物の感情よりも、ジヨンに起こった出来事を記録として客観的に描かれていた小説が、俳優の肉体を通してどのように映像化されているのか期待が高まります。
映画『82年生まれ、キム・ジヨン』は2020年10月9日(金)より新宿ピカデリーほか全国ロードショーです。