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Entry 2019/09/14
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映画『アイネクライネナハトムジーク』感想とレビュー評価。今泉力哉が魅せる運命という“行為”と人生の肯定|シニンは映画に生かされて18

  • Writer :
  • 河合のび

連載コラム『シニンは映画に生かされて』第18回

はじめましての方は、はじめまして。河合のびです。

今日も今日とて、映画に生かされているシニンです。

第18回にてご紹介させていただく作品は、2019年9月20日(金)より全国でロードショー公開される映画『アイネクライネナハトムジーク』。

人気ベストセラー作家・伊坂幸太郎の初にして唯一の恋愛小説集を映画化した今泉力哉監督作品の本作は、人々の思いがけない出会いと絆の連鎖が生み出してゆく奇跡と幸福、そして愛の物語です。

【連載コラム】『シニンは映画に生かされて』記事一覧はこちら

映画『アイネクライネナハトムジーク』の作品情報


(C)2019「アイネクライネナハトムジーク」製作委員会

【公開】
2019年9月20日(日本映画)

【原作】
伊坂幸太郎『アイネクライネナハトムジーク』(幻冬舎文庫)

【監督】
今泉力哉

【脚本】
鈴木謙一

【音楽・主題歌】
斉藤和義

【キャスト】
三浦春馬、多部未華子、矢本悠馬、森絵梨佳、恒松祐里、萩原利久、貫地谷しほり、原田泰造

【作品概要】
『アヒルと鴨のコインロッカー』『重力ピエロ』『ゴールデンスランバー』など数々の著作がこれまで映画化されてきたベストセラー作家・伊坂幸太郎の同名小説を、『パンとバスと2度目のハツコイ』『愛がなんだ』などで知られ、伊坂本人から指名を受けた今泉力哉監督が映画化。

主演の三浦春馬と多部未華子に加え、原田泰造、貫地谷しほり、矢本悠馬、森絵梨佳ら豪華キャストが集結。さらに音楽・主題歌を、原作小説が生まれるきっかけとなったシンガーソングライター・斉藤和義が担当しています。

映画『アイネクライネナハトムジーク』のあらすじ


(C)2019「アイネクライネナハトムジーク」製作委員会

宮城県・仙台駅前。大型ビジョンを望むペデストリアンデッキでは、プロボクサー・ウィンストン小野の日本人初の世界ヘビー級王座を賭けたタイトルマッチに人々が沸いていました。

そんな中、街頭アンケートに立つ会社員・佐藤。ギターの弾き語りに聴き入る本間紗季と目が合い、思い切って声をかけます。快くアンケートに応えてくれた彼女の手には手書きで「シャンプー」の文字。思わず「シャンプー」と声に出す佐藤に、紗季は微笑みます。

元々劇的な〈出会い〉を待つだけだった佐藤に、大学時代からの友人・織田は〈出会い〉について語ります。彼は同級生の由美と結婚し、2人の子供たちと幸せな家庭を築いていました。佐藤は職場の上司・藤間にも〈出会い〉について相談してみますが、藤間は愛する妻と娘に出て行かれたばかりで、途方に暮れていました。

一方、佐藤と同じく〈出会い〉のない毎日を送っていた由美の友人・美奈子もまた、美容室の常連客・香澄から紹介された、声しか知らない男に恋心を抱き始めていました。

10年後。織田家の長女・美緒は高校生になり、同級生の和人や亜美子と共に日常を送っています。そして佐藤は、付き合い始めて10年が経った紗季に、意を決してプロポーズをしますが…。

血の通った答え


(C)2019「アイネクライネナハトムジーク」製作委員会

《劇的な出会い》。より多くの人々が共感し得る言い方にすれば、《運命の出会い》。果たして、そんなものがこの世界に存在するのか。或いは存在し得るのか。

それが人気作家・伊坂幸太郎による原作小説、そして映画『アイネクライネナハトムジーク』の登場人物たちを迷わせ続ける問いです。

自身が“人間”である限り、誰もが抱いた経験があるだろうこの問いに、本作は“恋愛”という人間が最もその問いに翻弄されがちであろう事象を通じて、一つの答えを見出します。

そしてその答えは、『アイネクライネナハトムジーク』という物語を描き、同時に“映画”という表現であるだからこそたどり着くことのできる、まさしく血の通った答えでもあるのです。

《運命》の無数の定義


(C)2019「アイネクライネナハトムジーク」製作委員会

人間という存在の意志に関係なく巡ってくる、幸せと不幸せ。或いは、それらを人間という存在に与える未知の力。

いつ、どこで、 誰が最初に定義づけたのかは定かではありませんが、「《運命》とは何ですか?」と尋ねられた“識者”と称される人々の回答は得てしてそんなものでしょう。

けれども、「《運命》はどうして生まれたのですか?」と尋ねられた途端、その問いに言葉をためらうことなく答えられる“識者”は多くないでしょう。

仮に《運命》がそう定義づけられた事象であると肯定した上で、なぜそのような人間にとっては迷惑極まりないシロモノが生まれたのか、或いは“作られた”のか。

その問いの答えを知るには、最初に《運命》を定義づけた何者かに尋ねるのが一番手っ取り早いのでしょうが、生憎その“何者か”が何者かを突き止める手だてはありません。

ですが、“何者か”が何者か突き止められなかったとしても、それで《運命》が生まれた/作られた理由が藪の中に隠れてしまったわけではありません。


(C)2019「アイネクライネナハトムジーク」製作委員会

何者かが“何者か”である限り、その存在は何者にもなれないが、同時に何者にもなれる。言い換えれば、誰もが“何者か”になれないし、同時に“何者か”になれる。

より細かく説明すれば、「全ての人々が《運命》の名づけ親である“何者か”になれる」と「全ての人々が《運命》の名づけ親である“何者か”になれない」という状態は両立し得る。

つまり、誰もが自由自在に《運命》を定義できる一方で、その定義は自身のみにしか適用できない、唯一無二のものにしかならないというわけです。

《運命》の定義者となることは誰にでもできる。そして自分自身にしか、自分自身のための《運命》の定義者になることはできない。それはすなわち、万人に通用する《運命》の確たる定義などこの世界には存在しないこと、むしろ存在できないことを意味しているのです。

人生を肯定する《運命》という“行為”


(C)2019「アイネクライネナハトムジーク」製作委員会

《運命》を公然と定義できる識者たちの必需品である“権威”を根本から覆しかねない、《運命》を普遍的に定義することの無意味さ。ですが、それは《運命》という事象を定義すること自体を否定しているわけではありません。

「なぜ、こんなことになったのか」。或いは「なぜ、こんなことになってしまったのか」。

人生の岐路にて選択を迫られ、自身が選択した“その先”へと進み続けた果てに現れる、亡霊のような問い。それに対し、正解でも不正解でもない、“自分自身が納得できる解”としての何かを見出す。

それこそが、いつぞやのどこぞの“何者か”が《運命》を最初に定義づけた理由であり、《運命》という事象、或いは“行為”の本質なのではないでしょうか。

幸せや不幸せ、未知の力といった曖昧で不確かなものなどではない。幸せでなくてもいい、不幸せであってもいいから、それまで続けてきた無数の選択と、その選択の果てに辿り着いた現在に納得したい。

“何者か”の、すなわちあらゆる人間の心に芽生えてきた、一縷の望み。それを叶えるために発明されたのが、遥か昔から《運命》と呼ばれ続けてきた行為なのではないでしょうか。

たとえどのような定義であったとしても、《運命》という行為によって人間は“自分自身が納得できる解”へと行き着く。そしてその解を知ることで、人間は初めて自分自身の人生を、自賛でも自嘲でもない“肯定”へと導くことができるのです。

『アイネクライネナハトムジーク』を肯定する映画


(C)2019「アイネクライネナハトムジーク」製作委員会

そして『アイネクライネナハトムジーク』という物語もまた、《運命》という行為によって肯定される出会いと人生を描いています。

人間は《運命》という得体のしれないモノに、人生における無数の出会いと現在の自分を与えられるわけではない。人生における無数の出会いが個々の人間の現在を形成し、自身の人生を肯定するために、人間は《運命》という行為に駆り立てられるだけに過ぎない。

きっかけや出会い、偶然そのものに意味などない。けれども、それらを元に自分自身の人生を肯定することはできるのだと、『アイネクライネナハトムジーク』という物語は人々に優しく語りかけるのです。

さらに今回劇場公開を迎える映画『アイネクライネナハトムジーク』も、その生まれや育ちといった全身をもって、《運命》という行為とそれが導く出す解の意味を伝えようとします。


(C)2019「アイネクライネナハトムジーク」製作委員会

シンガーソングライター・斉藤和義から作家・伊坂幸太郎へ。そして作家・伊坂幸太郎から映画監督・今泉力哉へ。創作者たちが繋げたバトンによって、映画は制作が開始されました。

それは、斎藤が歌い続けてきたから、伊坂が小説を書き続けてきたから、今泉監督が映画を撮り続けてきたからこそ生じた偶然に過ぎず、未知の力がもたらした当然の結果などではありません。

ですが、三人がそれまでに歩んできた人生と作り続けてきた作品を探った時、「映画の制作が開始される」という結果に人々は納得し、一本の映画が完成した意味、そして『アイネクライネナハトムジーク』という物語を肯定できるのです。

そもそも映画という表現自体が、スタッフやキャスト陣といった無数の人々の出会いなくしては生まれない、《運命》という行為と人生の肯定に深く根差した存在でもあります。

映画『アイネクライネナハトムジーク』。“映画”としてこの世に生み出された本作は、《運命》という行為と人生の肯定を描き、その存在をもってして『アイネクライネナハトムジーク』という物語が生まれたことを肯定するのです。

今泉力哉監督プロフィール


(C)Cinemarche

1981年生まれ、福島県出身。

2010年に『たまの映画』で長編監督デビュー。2012年は恋愛群像劇『こっぴどい猫』を発表し、第12回トランシルヴァニア国際映画祭にて最優秀監督賞を受賞しました。

2013年には『サッドティー』を東京国際映画祭に出品。それを機に、今泉監督は東京国際映画祭に5度ほど参加しています。

その他の監督作には、2016年の『知らない、ふたり』、2017年の『退屈な日々にさようならを』、2018年の『パンとバスと2度目のハツコイ』など。また短編作品はもちろん、テレビドラマの演出や人気アイドルグループ「乃木坂46」のMVやメンバーPVの制作も手がけており、その活動は多岐に渡ります。

そして2019年4月に公開された映画『愛がなんだ』はSNS上にて大きな話題となり、インディーズ系映画としては異例のロングランヒットを記録しました。

まとめ


(C)2019「アイネクライネナハトムジーク」製作委員会

作家・伊坂幸太郎が紡いだ、《運命》という行為と人生の肯定の物語。そして、そのような物語を生み出した人々の人生と、物語そのものを肯定するための映画。それが、映画『アイネクライネナハトムジーク』です。

ただ存在するだけで、多くの人々の人生と物語を肯定する映画。その文面だけを見ると、本作はまるで“人間”そのものであるかのように受け取れます。

ですが、それは決して勘違いなどではありません。

「ただ存在するだけで、多くの人々の人生と物語を肯定する」もの。それはまさしく人間そのものであり、だからこそ人々は自身の人生と紡いできた物語をお互いに肯定し合えてきたのです。

「人間の姿をした映画」。それが、映画『アイネクライネナハトムジーク』に最も相応しい賛辞なのかもしれません。

そしてスクリーンでの鑑賞を通じて、自身の人生と物語、映画の生と物語をお互いに肯定し合うためにも、是非劇場に足を運ばれてみてはいかがでしょうか。

次回の『シニンは映画に生かされて』は…


(C)2019 HB PRODUCTIONS, INC.

次回の『シニンは映画に生かされて』では、2019年9月27日(金)より公開の映画『ヘルボーイ』をご紹介させていただきます。

もう少しだけ映画に生かされたいと感じている方は、ぜひお待ち下さい。

【連載コラム】『シニンは映画に生かされて』記事一覧はこちら





編集長:河合のびプロフィール

1995年生まれ、静岡県出身の詩人。2019年に日本映画大学・理論コースを卒業後、2020年6月に映画情報Webサイト「Cinemarche」編集長へ就任。主にレビュー記事を執筆する一方で、草彅剛など多数の映画人へのインタビューも手がける。

2021年にはポッドキャスト番組「こんじゅりのシネマストリーマー」にサブMCとして出演(@youzo_kawai)。


photo by 田中舘裕介

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