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【ネタバレ】ビニールハウス|あらすじ感想と結末の評価解説。“あの半地下はまだマシ”と貧困と孤独を描くサスペンス⁈

  • Writer :
  • 菅浪瑛子

ビニールハウスで暮らす女性をキム・ソヒョンが演じたサスペンス

貧困により、ビニールハウスで暮らすムンジョンは、息子と暮らすための資金を稼ぐため訪問介護の仕事をしています。

訪問介護先は、盲目の老人・テガンと重度の認知症である妻のファオク。ファオクは認知症により常に誰かに殺されると思い込んでいます。

ある日、ファオクが風呂場で暴れムンジョンに襲い掛かります。ムンジョンは必死に抵抗した結果、ファオクは床に頭を打ちつけ亡くなってしまいます。

ムンジョンは認知症の母親をファオクの身代わりにして切り抜けようとしますが……。

ムンジョン役を演じたのは、『SKYキャッスル~上流階級の妻たち~』(2018-2019)でブレイクしたキム・ソヒョン。

監督を務めたのは、本作が初長編作となるイ・ソルヒ。

“半地下はまだマシ”、『パラサイト 半地下の家族』(2020)に次ぐ貧困を描きた社会派サスペンス。

映画『ビニールハウス』の作品情報


(C)2022 KOREAN FILM COUNCIL. ALL RIGHTS RESERVED

【日本公開】
2024年公開(韓国)

【原題】
Greenhouse

【監督、脚本、編集】
イ・ソルヒ

【キャスト】
キム・ソヒョン、ヤン・ジェソン、シン・ヨンスク、ウォン・ミウォン、アン・ソヨ

【作品概要】
監督を務めたイ・ソルヒは、ポン・ジュノ監督などを輩出した韓国映画アカデミーで学び、初の長編映画『ビニールハウス』で、第27回釜山国際映画祭でCGV賞、WATCHA賞、オーロラメディア賞の3賞を受賞。韓国映画界を担う新鋭女性監督です。

主演を務めたのは、『SKYキャッスル~上流階級の妻たち~』(2018-2019)で注目を集めたほか、角田光代原作、宮沢りえ主演でも映画化された『月』のドラマ版も演じたキム・ソヒョン。

その他、『私の解放日誌』(2022)のヤン・ジェソンや、『ウ・ヨンウ弁護士は天才肌』(2022)のシン・ヨンスク、『親切なクムジャさん』(2005)のウォン・ミウォンなどベテラン俳優が顔を揃えます。

映画『ビニールハウス』のあらすじとネタバレ


(C)2022 KOREAN FILM COUNCIL. ALL RIGHTS RESERVED

農村地帯にある黒いビニールハウス。そこに住むムンジョンは、夫と離婚し、息子・ジョンウは少年院に入っています。

息子と暮らすための資金を集めるためムンジョンは、訪問介護の仕事をしています。

訪問先は、盲目の老人テガンと、重度の認知症のファオクの夫婦で、ファオクは常に誰かから殺されると思い込み、ムンジョンに対して「アバズレ」「私を殺す気だろう」と言い続けます。

ある日、ムンジョンはグループセラピーに向かいます。それまでは病院で診察を受けていたが、お金がかかるので、紹介された無料のグループセラピーに行くことにしたのです。

ムンジョンは自分の好意が自傷であったことを知らなかったと言います。そんなムンジョンを、同じセラピーにいた若い女性・スンナムが好奇の目で見ています。

数日たち、テガンに借りた車を運転していたムンジョンは、歩いているスンナムを見かけて声をかけます。

スンナムは、母親に捨てられ祖母に育てられたこと、祖母が亡くなった後は施設で暮らしていたことなど自分のことを話し始めます。

今は、施設を出て小説家の先生と一緒に暮らしていると言います。「私がいうことを聞かないと怒るけれど、先生は天使みたいな人なの」というスンナム。

それを聞いて、ムンジョンはスンナムがDVをうけているのではないかと心配します。その予感が当たったかのように、ある夜、スンナムから連絡があり車で向かうと殴られて顔を腫らしたスンナムがいました。

「お姉さんが言ったように、まっすぐ目を見て“やめてください。やめないと警察に通報します”と言ったの。そしたらこうなった」とスンナムは言います。

ムンジョンは自分の住むビニールハウスにスンナムを連れて行き、休ませます。そして、「暗礁番号は0530、息子の誕生日なの」と鍵の暗証番号を教え、何かあったらまた来ていいとスンナムに伝えます。

テガンが、友人の医師・ヒソクと共に外出し、ムンジョンはファオクと家に2人きりになります。いつものように入浴をし、浴槽を洗っていたムンジョンに突如ファオクが襲い掛かります。

シャワーを顔にかけられたムンジョンは必死で抵抗し、ファオクを突き飛ばしてしまいます。床に倒れたファオクは呼びかけても応答せず、起こそうとすると床に血が流れ出します。

事故であってもファオクを殺してしまったことにムンジョンは動揺し、取り乱します。震えながら救急車を呼ぼうと携帯を手にした瞬間、少年院にいる息子・ジョンウから電話がきます。

平静を装って電話に出ると、ジョンウは「母さんと暮らしたい」と言います。その言葉にムンジョンはファオクを殺したことを何とかして隠そうとし始めます。

そして思いついたのが、病院に入院している母親をファオクの代わりにすることでした。母親をテガンの家に住まわせ、ファオクの死体は布団にくるんでビニールハウスに向かいます。

箪笥の中に隠そうとしているムンジョンの目の前に、蝋燭を立てたケーキを持ってスンナムが現れます。驚いたムンジョンによってスンナムはケーキを落としてしまいます。

ムンジョンは気が動転しながらもスンナムに服が汚れたから洗って方がいいといい、スンナムが洗っている間にタンスにファオクの死体を入れ、鍵をかけます。

以下、赤文字・ピンク背景のエリアには『ビニールハウス』ネタバレ・結末の記載がございます。『ビニールハウス』をまだご覧になっていない方、ストーリーのラストを知りたくない方はご注意ください。


(C)2022 KOREAN FILM COUNCIL. ALL RIGHTS RESERVED

ムンジョンが来てもいいと言ったことで、スンナムは頻繁にビニールハウスを訪れるようになります。

ある時グループセラピーの帰りに、ムンジョンは講師に呼び止められます。スンナムに気をつけた方がいいと言うのです。

以前も新入りの女性をスンナムが気に入り、異常な行動をとるようになって、その人は来なくなったということがあったと言います。

ムンジョンは、ジョンウと住むためのアパートを見つけ、引越しの準備を進めています。そんなムンジョンにスンナムは「お姉さんと一緒に住みたい」と言い始めます。

ミンジョンは住むことはできないといい、それでもしつこく住みたいというスンナムに冷たい態度をとり、「スンナムさんの言っていることは全部本当のことなの」とスンナムが嘘つきであるかのような言い方をしてしまいます。

すると「クソババア」とスンナムは怒り、ビニールハウスを出ていってしまいます。

訪問介護は安月給でお金もなかなか貯まらずにいたなか、ムンジョンが引っ越しができるようになったのは、テガンがお金を援助してくれたおかげでした。

テガンがムンジョンに支援をしたのは、ムンジョンに対する感謝だけが理由ではありませんでした。テガンは早期の認知症であると診断を受け、妻との無理心中をする計画を立て始めていたのです。

テガンは、手を触り違和感を覚え、恐る恐る顔を触り、隣にいるこの人はファオクではないと衝撃を受けましたが、自分が認知症でもはや妻がわからなくなってしまったと思い込みます。

テガンはファオクだと思い込んでいるムンジョンの母の首を絞め、自身は浴室で首を吊ります。

その頃、少し早く少年院を出所したジョンウは友人らとお酒を買ってビニールハウスに忍び込みますが、そこにムンジョンがやってきます。

咄嗟にジョンウと友人らは隠れますが、そんなことも知らないムンジョンはファオクの死体と共に全てを消し去るかのようにガソリンを撒いて火をつけます。燃え上がるビニールハウスから呆然と立ち去るムンジョン。

一方、先生と共にいるスンナムは、「殺してしまえばいいとお姉さんが言ったから…」と呟き、カッターを握りしめて先生のお腹に突き刺すのでした。

映画『ビニールハウス』の感想と評価


(C)2022 KOREAN FILM COUNCIL. ALL RIGHTS RESERVED

エンタメではない「救いのなさ」

“半地下はまだマシ”というキャッチコピーからも想起するのはまさに『パラサイト 半地下の家族』(2020)でしょう。

『パラサイト 半地下の家族』では、失業し、半地下に住むことになった家族が裕福な家庭に寄生していく姿を描き出しました。

半地下に暮らす人々というのは、韓国の社会性を表しているとも言えますが、『パラサイト 半地下の家族』はエンタメ性を持って裕福な家庭と貧困家庭を描いています。

『パラサイト 半地下の家族』でのラストも救いのないものではありましたが、それぞれの家族の対比や、鮮やかなストーリー展開はエンタメとして完成度の高い映画でした。

しかし、本作の“救いのなさ”は、負の連鎖による重苦しさを感じさせます。

それだけでなく、『パラサイト 半地下の家族』は、怒りの矛先を裕福な家族に向けやすい、わかりやすい対立構図が描かれていますが、本作は違います。

ムンジョンが訪問看護として働いている盲目のテガンと、重度の認知症のファオクは、自力で生きていくことが難しい社会的弱者です。

テガンが無理心中という選択を下したのは、これ以上人に迷惑をかけるわけにはいかない、整った環境の施設に入る余裕もないという背景があるのです。

本作が何よりも苦しいのは、負の連鎖が誰のせいでもない、どうすればよかったのかわからなくなるような息苦しさがあるからでしょう。

また、本作が他の救いのない韓国映画と異なるのは、主人公ムンジョンが、怒りをぶつけたり感情を露わにしようとしない点です。ムンジョンはどこか諦め、受け入れている様子がうかがえるのです。

声を上げることすらもせず、ただ搾取されるムンジョンの姿には、韓国映画に描かれる救いのなさの先にある“カタルシス”がないのです。

ラスト燃え上がるビニールハウスを見て『バーニング 劇場版』(2019)を想起した人も多いでしょう。

『バーニング 劇場版』では、主人公が成功した男性に対して嫉妬を募らせ、そのカタルシスとして燃え上がるビニールハウスが登場し、そこには開放感も感じられます。

しかし、本作ではその後にくるであろう絶望を予感させるシーンとして燃え上がるビニールハウスが登場します。

キャッチコピーの“半地下はまだマシ”という言葉は、半地下よりもっと下層の貧困層を描くという意味で“まだマシ”と表現しているのでしょう。

見終わってみると、それだけでなく加速していく負の連載に、ビニールハウスで暮らしていた頃の方がまだマシだったという意味も込められているような気になります。

まとめ


(C)2022 KOREAN FILM COUNCIL. ALL RIGHTS RESERVED

映画『ビニールハウス』において、ムンジョンが抱えていることに対し、明確に説明はされません。

なぜ、病院にかかり、グループセラピーに行くようになっているのか、夫と離婚した理由などは語られません。ジョンウがなぜ少年院に入っているかも明かされません。

しかし、冒頭からムンジョンは繰り返し自分の頬を叩くという自傷行為を繰り返します

ジョンウが自分をみると父を思いだして嫌だろうとムンジョンに尋ねているところなどからも、ムンジョンは夫から抑圧を受けていたのではないかと推測されます。

またスンナムが先生と呼ぶ男性とムンジョンは肉体関係にありますが、ムンジョンが望んだ関係なのかは定かではありません。

搾取され、訪問介護の仕事では重度の認知症のファオクに唾を吐きかけられたり、悪態をつかれるムンジョン。

そのような状況にあるのは果たしてムンジョンのせいなのでしょうか。また負の連鎖は、ムンジョンが選択を間違えたから引き起こされたのでしょうか。

自助の精神が蔓延る現代において、そもそもはなからムンジョンに与えられた選択肢は多くありません。誰のせいで、どうすればよかったのか……。

息苦しさの中でささやかな望みを持って生きようとするムンジョンの希望をも奪ってしまう絶望。現代の息苦しさはここまできているのかもしれません。

絶望を感じるラストでも、ムンジョンの姿にはどこか生きる気力が残っているような気がしてなりません。


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