客を憎む料理人が
それでも料理人であり続けた「証」とは?
孤島に建つ高級レストランを舞台に、振る舞われる極上のメニューとともに秘密が明らかにされてゆく謎多きシェフと客人たちの顛末を描いたサスペンス映画『ザ・メニュー』。
物語と謎の中心に立つシェフを、『キングスマン:ファースト・エージェント』(2021)「ハリー・ポッター」シリーズなどで知られるレイフ・ファインズが演じます。
本記事では、奇妙で衝撃的な顛末を迎えた映画『ザ・メニュー』の結末・ラストシーンにクローズアップ。
映画ラストシーンが描いた「生きるために喰らう」という本来の食の姿、そして最期のデザートに秘められた「料理人が求める言葉」などについて解説・考察していきます。
CONTENTS
映画『ザ・メニュー』の作品情報
【日本公開】
2022年(アメリカ映画)
【原題】
The Menu
【監督】
マーク・マイロッド
【脚本】
セス・リース、ウィル・トレイシー
【製作】
アダム・マッケイ
【キャスト】
レイフ・ファインズ、アニヤ・テイラー=ジョイ、ニコラス・ホルト、ホン・チャウ、ジャネット・マクティア、ジュディス・ライト、ジョン・レグイザモ
【作品概要】
孤島に建つ高級レストランを舞台に、振る舞われる極上のメニューとともに秘密が明らかにされてゆく謎多きシェフと客人たちの顛末を描いたサスペンス映画。監督は、2022年度エミー賞で最多25ノミネートを記録したドラマ『メディア王 華麗なる一族』で知られるマーク・マイロッド。
『ラストナイト・イン・ソーホー』(2021)のアニャ・テイラー=ジョイ、『マッド・マックス 怒りのデスロード』(2015)のニコラス・ホルトが出演。
さらに『キングスマン:ファースト・エージェント』(2021)や「ハリー・ポッター」シリーズで知られるレイフ・ファインズが、謎と狂気に満ちたシェフを演じる。
映画『ザ・メニュー』のあらすじ
太平洋岸の孤島を訪れたマーゴ(アニャ・テイラー=ジョイ)とタイラー(ニコラス・ホルト)。
二人の目当ては、超有名シェフのスローヴィク(レイフ・ファインズ)が料理長を務める、なかなか予約のとれない孤島のレストランで振舞われる極上のメニューの数々だった。
目にも舌にも麗しい料理の数々に涙するタイラーに対し、マーゴが感じたふとした違和感をきっかけに、レストランは徐々に不穏な雰囲気に。
なんと、一つ一つのメニューには想定外の“サプライズ”が添えられていた……。
果たしてレストランには、そして極上のコースメニューには、どんな秘密が隠されているのか?そして、ミステリアスなシェフの正体とは……?
映画『ザ・メニュー』の結末・ラストシーンを解説・考察!
客を「奪う者」と憎む料理人
関係の冷え切った恋人に「自分は落ち目ではない」とアピールするためにレストランへ訪れた俳優と、料理よりも俳優との縁を切ることを目的に孤島へついてきた恋人。「あのレストランで食べた」という箔付けにしか興味のない、レストラン経営者の部下である実業家の男たちと、同じくその目的のために長年通い続けているであろう金持ちの老夫婦。
自身が有名にしたと信じるシェフの料理をどんな名フレーズで表現するかに苦心する一方で、料理人が最も欲するはずの「うまい」「美味しい」という言葉を口にしようとしない料理評論家と、そんな料理評論家による“シェフ殺し”に加担してきた編集者……。
レストラン「ホーソン」に訪れた客は、そのいずれもが無関心、あるいは冒涜によって料理を食しているという様を映画は描いていきます。
そして「ホーソン」の料理長である一流シェフのソローヴィクは、そうした料理への無関心・冒涜はもちろん、「美味しい料理を、それを求めるお客さんに食べてもらいたい」という目的を追求していた自身の「自由」を奪ってきた客たちを「奪う者」、自身を含む料理人たちを「与える者」と見なした上で、客たちに死へと向かう最期のメニューを与えようとします。
客を「奪う者」と憎む料理人スローヴィク……しかしながら、料理を食べに来た客が「奪う者」であるのは、そもそも当然で自然なことではないでしょうか。
「喰らう者」は「奪う者」という自然の摂理
人のみならず、あらゆる生物は「他者」を食うことでエネルギーを摂取し、自身の活動を維持しようとする。それは同時に、他者が他者として認識させ得る「何か(肉や骨といった他者を形作る形、その他者が有する意識・思考など)」を奪うことでもあります。
「食うことは、生きるために他者を奪うこと」……そんな自然の摂理を誰よりも理解し、その上で食材となる他者たちに敬意をもって接し、「客が求める食べ物=今日と明日を生きるための食べ物」を料理するのがシェフの本懐であるはずなのに、スローヴィクは「奪う者」である客を憎み、自身を「与える者」と驕ってしまったのです。
なお映画後半部では、「スローヴィクもその“驕り”を誤りだと自覚した上で、狂気のメニューを振る舞い続けているのでは?」と推察できる場面が登場します。それが、メニューには本来存在しなかった料理「タイラーの駄作」をめぐる一連の場面です。
招待状により、一人だけ事前に「今夜、レストランにいる者は全員死ぬ」と知っていたにも関わらず、「料理と、それを作る料理人を愛している」という自らの狂愛を理由に、マーゴという贄までも用意して孤島に訪れたタイラー。
その名を冠する料理を出されるほどに、タイラーがスローヴィクの逆鱗に触れたのはなぜか。第一の理由はもちろん、料理人と同じく「与える者」である娼婦のマーゴ……本当の名「エリン」を奪われた上で娼婦として働き続ける彼女から、「食べる」という行為に不可欠な「命」すらも奪おうとしたことです。
そして何より重要なもう一つの理由は、タイラーの「死んでもいいからスローヴィクの料理を食べる」という行動は、「生きるために他者を奪い、食らう」という食にまつわる自然の摂理と、その摂理と向き合うという覚悟をもって食と接する料理人を最も冒涜する行為であったということです。
だからこそスローヴィクは、自然の摂理に最も反する死……「自殺」による死でもって、タイラーにその罪を償わせようとしたのです。
「生きるために人は喰らう」を体現する姿
「自身の最期のメニューの完成」という自由さえも奪おうとしたと考えたスローヴィクは、生き延びるために無線で救助を呼ぼうとしたエリンすらも「奪う者」となじります。追い詰められた末期ゆえに見境がなくなってゆく狂気は、恐怖よりもむしろ悲哀を感じさせられます。
しかしエリンは、「自身が今食べたいもの」としてチーズバーガーを注文。若かりし頃ハンバーガー店の一店員として働いていたスローヴィクは、最も強く「美味しい料理を、それを求めるお客さんに食べてもらいたい」と願い、最も自由に料理をしていた原点の記憶を思い出し、エリンの注文に快く応じます。
そして「お腹いっぱいだから、チーズバーガーを持ち帰りたい」というエリンの要望も、彼女の目的は「高級レストランで料理を食べること」ではなく、あくまでも「食べ物を食べたい」であると痛感したからこそ、その要望に応じたのでしょう。
脱出後、エリンは遠方で炎上するレストランをキャンプファイヤーの火のように見つめながら、船着き場で残りのチーズバーガーを頬張ります。
スローヴィクが手土産として渡した最期のメニューの写しでためらいなく口を拭い、無心になって食べ続けるその姿は、「あのレストランの料理」も「あのシェフの料理」も眼中にない、「生きるために人は喰らう」を体現した姿以外の何物でもありません。
そして「火を見つめながら食べる」という描写も、明かりでもある焚き火の前で狩猟・採集した動植物を食べていた、古代の人々の食の光景を連想させられるのです。
まとめ/「おかわり」のデザート・スモア
メニューの最後で最期の一品として、スローヴィクはデザートの「スモア」を用意します。
焼きマシュマロとチョコレートを2枚のグラハムクラッカーで挟んだ菓子であり、アメリカ・カナダではキャンプファイヤーの定番デザートとして知られるスモア。その名前は、英語の「some more(おかわり)」の縮約形から由来しています。
「おかわり」……それもまた、「うまい」「美味しい」と同様に、料理人が最も欲する言葉の一つといっても過言ではありません。
しかながら、「料理で体も心も満たされたい」などと一度も考えたことのなさそうな客と接し続け、「メニューを全て食べ切った時に、丁度満腹になるように量を調整している」とも作中で言及していたスローヴィクにとって、「おかわり」という言葉を最後に客から聞いたのは、遥か昔の出来事と化していたはずです。
そんなスローヴィクが最期の料理として作ったのが「おかわり」を冠するデザートであったのは、どれだけ憎悪と狂気に飲まれようとも、彼が「料理人」でなくなることはできなかった証明なのかもしれません。
ライター:河合のびプロフィール
1995年生まれ、静岡県出身の詩人。
2019年に日本映画大学・理論コースを卒業後、映画情報サイト「Cinemarche」編集部へ加入。主にレビュー記事を執筆する一方で、草彅剛など多数の映画人へのインタビューも手がける(@youzo_kawai)。