サスペンスの神様の鼓動47
ロンドンのソーホー地区を舞台に、ファッションデザイナーを夢見る、エロイーズが遭遇する恐怖を描いた、悪夢と現実が交差するタイムリープ・サイコ・ホラー『ラストナイト・イン・ソーホー』。
これまで『ショーン・オブ・ザ・デッド』(2004)や『ベイビー・ドライバー』(2017)など、軽快なコメディタッチの作品を、数多く制作してきた監督エドガー・ライト。その注目の新作は、新境地とも言えるホラー映画でした。
時空を超えて交差する2人の女性の出会いは、一体何を意味するのでしょうか? ソーホー地区はかつて歓楽街だった場所ですが、舞台をソーホー地区に選んだ理由とは?
これらを考察すると、本作に込められた「本当の恐怖」が浮き彫りになってきました。
CONTENTS
映画『ラストナイト・イン・ソーホー』のあらすじ
ファッションデザイナーを夢見る、エロイーズ。
彼女は、幼い頃に母親を亡くし、父親も行方不明になっている為、祖母に育てられました。
祖母の影響で、エロイーズは60年代のイギリスのファッションや音楽に魅力を感じています。
また、エロイーズには、亡くなった母親の幽霊が見えるなど、普通の人が見えない「何か」が見える力があります。
エロイーズは、念願だったロンドンのデザイン専門学校に合格し、ソーホー地区にある女子寮で新たな生活を始めました。
ですが、女子寮のルームメイト、ジョカスタと性格が合わないばかりか、真面目な性格のエロイーズは、自由奔放な入居者が多い、女子寮の空気が合いません。
そんな時、エロイーズは女性限定で、ワンルームの入居者を募集するチラシを見かけます。
エロイーズは、早速その物件を見学に行きます。
物件の大家である、ミス・コリンズと話し合い、ワンルームへの入居を決めたエロイーズ。
ただし「夜8時は男子禁制」という条件が出されます。
ワンルームへ引っ越したエロイーズは、その日の夜に不思議な夢を見ます。
60年代のソーホー地区で、サンディと名乗る歌手を目指す若い女性が、クラブ「カフェ・ド・パリ」に、自分を売り込みに行くという内容でした。
そこで、サンディは「カフェ・ド・パリ」の支配人、ジャックと恋人のような関係になります。
そして、サンディが過去に住んでいた部屋が、現在エロイーズが住んでいる部屋であることが分かります。
次の日、デザイン専門学校で、エロイーズはサンディが着ていた服をモデルに、デザイン画を描いていました。
ですが、エロイーズの首に、キスマークの痣があることで、ジョカスタに馬鹿にされます。
エロイーズの首に付いた、キスマークの痣。
それは、夢の中でサンディがジャックに、キスをされたのと同じ場所でした。
サスペンスを構築する要素①「都会の中で感じるエロイーズの孤独」
ファッションデザイナーを目指し、輝かしい未来へ歩み始めたはずの、エロイーズが遭遇する恐怖を描いた『ラストナイト・イン・ソーホー』。本作は、コーンウォール地方という田舎町から、エロイーズがロンドンに引っ越すところから、物語が始まります。
輝かしい未来を信じていたはずのエロイーズですが、大都市ならではの敷居の高さを感じ、次第に孤独になっていきます。
『ラストナイト・イン・ソーホー』は、全てエロイーズの目線のみで語られるのですが、華やかなはずのロンドンで、エロイーズの行動範囲は、ソーホー地区にある、ファッションの専門学校に自身の住居、そしてバイト先のパブと、非常に限られています。
間違いなくエロイーズの目線からは、ロンドンの華やかさは感じません。つまり、エロイーズはロンドンに自分の居場所を見出せないのです。
ファッションの専門学校の先生も、エロイーズのことを褒めながらも、どこか馬鹿にしているように見えます。
作中、心配して電話をしてきた祖母に「今、友達とパブに来ている」と、涙を流しながら嘘をつく場面がありますが、ここで頼れる人間も居場所も無い、エロイーズの孤独が強調されます。
エロイーズの孤独は、次第に作品全体に反映されていき、本作の序盤では何とも言えない不安な気持ちになってしまいます。
サスペンスを構築する要素②「60年代の悪夢」
本作最大の特徴は、エロイーズが夢を通して、60年代を生きた、サンディという存在と繋がるという部分です。
ソーホー地区は、60年代後半にファッション、映画、音楽などのカルチャーにおける中心地になっていた為、サンディのように、歌手を目指してソーホー地区を目指した若者も多かったのですが、同時に、その夢を食い物にする存在もいる訳です。
ジャックに騙され、ストリップショーのダンサーを強制されるようになったサンディ。
エロイーズは、最初は鏡の中から、サンディを見ていることしか出来ません。
堕落していくサンディを、鏡越しに見ているエロイーズも、ロンドンに自分の居場所が無く、ファッションデザイナーの夢に手ごたえが無いことから、他人事ではありません。
作品の冒頭で、エロイーズの祖母が「ロンドンは人を呑み込む」と言っていますが、これは大都会特有の恐ろしさを現しています。
サンディが、ストリップショーのダンサーを強制されるようになって以降、エロイーズは鏡の中から出て、サンディに触れられる距離まで、近づいていくようになります。
この辺りから、エロイーズもロンドンで生きることへの、不安な気持ちが強くなってきているので、エロイーズとサンディの心が共鳴し合うようになったのでしょう。
結果的に、エロイーズが見ていた60年代の悪夢は、過去に同じ部屋に住んでいた、サンディの残した思念のようなものでした。
夢破れたサンディに残されたのは、自身にたかる、おぞましい男達だけです。
そして、エロイーズはサンディがジャックに殺される思念を目撃します。
『ラストナイト・イン・ソーホー』は、ここから急展開を見せます。
サスペンスを構築する要素③「サンディ殺害の真相は?」
サンディがジャックに殺される思念を、エロイーズが目撃して以降、これまで傍観者だったエロイーズは、サンディの無念を晴らす為に、事件の真相を追求しようとする、当事者へと立場が変わっていきます。
しかし、サンディ殺害はエロイーズが見た幻影でしかなく「本当に起きたことなのか?」すら分かりません。
エロイーズの不安な気持ちが作り出した悪夢の可能性もあり、中盤以降、観客も現実と幻影の区別がつかなくなってきます。
そして、最後に真相に辿り着くのですが、鍵を握るのは大家のミス・コリンズでした。
実は、殺されたと思われたサンディは、逆に男達を次々に殺害していたことが判明し、ジャックもサンディが命を奪っていたのです。
歌手を夢見て輝いてたサンディは死んでしまい、その日から、ミス・コリンズとして生きる道を選んだのです。
エロイーズの前に現れていた、顔の無い男達の亡霊は、実は助けを求めていたことが分かります。
それでもエロイーズは、サンディに同情し、最後まで助けようとします。
夢を失いながらも、ソーホー地区で生きていくしかなかった、サンディの心情を考えると辛いものがあり、男達の亡霊は、最後までおそましい存在にしか見えません。
本作のラストで、エロイーズはファッションデザイナーとしての1歩を踏み出し、ロンドンに自分の居場所を作り始めます。
最後に鏡に映ったサンディの想いも、受け継いだように見えました。
映画『ラストナイト・イン・ソーホー』まとめ
エドガー・ライトの異色作とも呼べる、タイムリープ・サイコ・ホラー『ラストナイト・イン・ソーホー』。
これまでの作風と大きく変えてきたように見えますが、映像と音楽をシンクロさせる、エドガー・ライト独特の演出は健在です。
特に序盤で、サンディが「カフェ・ド・パリ」を訪れる場面は、ロンドンのクラブを、華やかな演出で表現しており、ミュージカル映画を観ているような気分になります。
ここで、サンディが「カフェ・ド・パリ」内を歩いていく場面は、長回しのような映像なのに、鏡の中のエロイーズとサンディが、入れ替わりながら進んでいくという、かなり不思議な映像になっています。
この序盤の華やかさが、中盤以降の堕落していくサンディとの対比になっており、作品全体を通しても、効果的な演出になっています。
『ラストナイト・イン・ソーホー』は、ホラー映画ではありますが、映像と音楽を駆使し、エンターテイメント作品としても、かなり完成度が高い作品です。
異色作ではありますが、非常にエドガー・ライトらしい作品でもありました。
次回のサスペンスの神様の鼓動は…
次回も、魅力的な作品をご紹介します。お楽しみに!