「交換殺人」から見えてくる
大ヒットドラマのヒッチコック名作からの影響!
「サスペンスの巨匠」や「スリラーの神様」とも呼ばれた映画監督アルフレッド・ヒッチコック。
『裏窓』(1954)や『サイコ』(1960)など、殺人者との対峙やその恐怖を描く演出で圧倒的な支持を受けるヒッチコックは、さまざまな名作映画を残しました。
彼が監督した映画はいずれも後世に多大な影響を与えましたが、2019年に放送され2021年には劇場版作品も公開された大ヒットドラマ『あなたの番です』もその一つです。
今回は日本のサスペンスドラマ『あなたの番です』がヒッチコックの名作映画『見知らぬ乗客』(1953)から受けた影響を、「交換殺人」というテーマで比較・解説していきます。
CONTENTS
映画『見知らぬ乗客』の作品情報
【公開】
1953年(アメリカ映画)
【原題】
Strangers on a Train
【監督】
アルフレッド・ヒッチコック
【脚本】
レイモンド・チャンドラー、チェンツイ・オルモンド
【キャスト】
ファーリー・グレンジャー、ロバート・ウォーカー、レオ・G・キャロル、ルース・ローマン、パトリシア・ヒッチコック、ケイシー・ロジャース
【作品概要】
『北北西に進路を取れ』(1959)や『鳥』(1963)など、世界的に高い評価を受けた名作の数々を生み出したアルフレッド・ヒッチコックの監督作。
同じくヒッチコック作品の『ロープ』(1962)に出演したファーリー・グレンジャーが主演を務め、本作への出演後に死去したロバート・ウォーカーが共演を務めました。
ドラマ『あなたの番です』の作品情報
【放送】
2019年4月14日〜9月8日(日本ドラマ)
【企画・原案】
秋元康
【監督】
佐久間紀佳、小室直子、中茎強、内田秀実(AX-ON)
【脚本】
福原充則、高野水登(Hulu版)
【キャスト】
原田知世、田中圭、西野七瀬、横浜流星、浅香航大、奈緒、山田真歩、三倉佳奈、大友花恋、金澤美穂、坪倉由幸(我が家)、中尾暢樹、小池亮介、水石亜飛夢、井阪郁巳、荒木飛羽、前原滉、大内田悠平、バルビー、袴田吉彦、片桐仁、真飛聖、和田聰宏、野間口徹、皆川猿時、門脇麦、酒向芳、田中哲司、徳井優、田中要次、長野里美、阪田マサノブ、大方斐紗子、峯村リエ、竹中直人、木村多江、生瀬勝久
【作品概要】
とあるマンションに引っ越してきた新婚夫婦が、マンションの住民会で行われた「交換殺人ゲーム」に巻き込まれていく様を描いたミステリードラマ。企画・原案は秋元康。
30名以上の豪華キャストが出演し、2019年の新語・流行語大賞にタイトルがノミネートされるなど多くの注目と人気を集めた本作は、2021年には劇場版作品も公開された。
“交換殺人”の代名詞的作品『見知らぬ乗客』
無関係な複数人が殺したい相手を交換して殺人を行うことで、動機の面での警察からの捜査を防ぐ犯罪手法「交換殺人」。
今や多くの推理小説やミステリ作品などで利用される「交換殺人」ですが、『見知らぬ乗客』はこの手法を語る上で外すことは出来ないほどの代名詞的作品でもあります。
一方で2019年4月から2クール連続で放映されたドラマ『あなたの番です』は、23時台の深夜枠であるにも関わらず、最終話は約20%もの視聴率を記録するほどの大ヒット作となりました。
『あなたの番です』では『見知らぬ乗客』と同じく「交換殺人」が物語の中心を担ってはいますが、この2作には大きな違いがあります。
交換殺人の本質を描く『見知らぬ乗客』
『長いお別れ』など私立探偵フィリップ・マーロウを主人公としたハードボイルド探偵小説で知られるレイモンド・チャンドラーが脚本に携わった『見知らぬ乗客』では、「交換殺人」がより「完全犯罪」を成すための手段として正確に用いられていました。
不倫を重ねる妻に離婚を受け入れてもらえず不満を募らせるガイは、列車内で陽気でなれなれしいブルーノに交換殺人を持ちかけられます。
ガイとブルーノは列車内でたまたま知り合った2人であり、身分も出身も職業も全く異なる無関係の人間です。1950年代はまだ街や公共施設に監視カメラなどが設置されておらず、列車で知り合った2人の関係性を他の人間が突き止めることは当時は不可能に近く、この時点でブルーノの計画は完全犯罪に近いものでした。
結果としては、「ガイが殺人を良しとする性格ではない」という大きな誤算がブルーノの計画を大きく狂わせていくことになるのですが、この無関係ゆえにお互いの性格が詳しく分からないという要素もまた「交換殺人」の大きな欠点であり、ヒッチコックの観察眼が光る展開といえます。
“崩壊”が前提の『あなたの番です』の交換殺人
一方、ドラマ『あなたの番です』では、都内のマンションに主人公である手塚夫婦が引っ越してきた日に行われた住民会で、ひょんなことから「交換殺人ゲーム」が始まってしまいます。
やがて「交換殺人」が現実に発生したことで恐るべき殺人の連鎖が発生していく本作ですが、この作品での「交換殺人」はマンションの住民同士で行われるため、交換殺人の大前提となる「無関係な複数人」という要素が成立していません。
そのため「交換殺人ゲーム」が進展していく中で警察の捜査は「住民」に向くようになり、「完全犯罪」という名目で始まった殺人の連鎖はいともたやすく崩壊していくことになりました。
ただ本編のアナザーストーリーという位置づけとなった『あなたの番です 劇場版』(2021)では、妻の菜奈が住民会に参加したドラマ版とは異なり、住民会に夫の翔太が参加。
この事実を突きつけたことで「交換殺人ゲーム」そのものが発生しないという皮肉的な展開を見せることになり、警察に捕まらない「完全犯罪」の放つ魔力の恐ろしさが垣間見える作品となっていました。
『あなたの番です』の『見知らぬ乗客』からの影響
また『見知らぬ乗客』は事件の犯人を追う「ミステリー」ではなく、事件が発生した段階から犯人が分かっており、主人公たちの行動によって事件の様相が次々と変容していくハラハラ感を楽しむ「サスペンス」として作られています。
「交換殺人」というテーマこそ同じだったものの、大前提となる物語の性質の違いによって意外にも共通している部分が少ないように見える『あなたの番です』と『見知らぬ乗客』でしたが、「サスペンス」映画としての要素で大きな共通点が見えてきます。
「見知らぬ乗客」ブルーノの“想像外”の恐怖<
『見知らぬ乗客』でガイに交換殺人を持ちかけたブルーノ。ガイに軽くあしらわれたものの、そのまま交換殺人を実行に移してしまいます。
ブルーノの発言を冗談だと考えていたガイは、ブルーノが実際に殺人を犯したことに動揺しますが、犯罪に対する嫌悪感から自身は交換殺人を実行しませんでした。
このことに憤ったブルーノは、ガイの行く先々に現れ遠くから彼の様子を観察。徐々にガイの関係者と接触し仲を深めることで、精神的に彼を追い詰めていきます。
悪い意味で行動的なブルーノの異常性。次に彼が何をするかを想像できない恐怖が、交換殺人の実行に躊躇うガイと同様に鑑賞者にも襲いくる「サスペンスの巨匠」と呼ばれるヒッチコックらしさが詰まった名作といえます。
「見知った住民」の“同調圧力”の恐怖
ドラマ『あなたの番です』では住民会で「交換殺人ゲーム」が開催されたことで、同マンション内の住民たちがそれぞれの思惑で殺人を実行に移していきます。
ドラマ放送時のSNS上では、全ての事件の裏で暗躍していた黒幕の正体を突き止める考察・議論が流行。「ミステリー」としての人気も高い作品でしたが、この反応は制作陣にとっても意外だったとされています。
そして本作は、黒幕の人物の異常性はもちろん、殺人を犯した人間がまだ交換殺人を実行しない人間に対して強い脅迫を仕掛けていくという、交換殺人の「キモ」といえる部分に力の入ったサスペンス作品でもあります。
脅迫が日に日に加熱していき、徐々に交換殺人を実行しない人間を追い詰めていく様は『見知らぬ乗客』を彷彿とさせ、本作が明らかに影響を受けている要素の一つといえます。
まとめ
「見知らぬ人間」との交換殺人を描いた『見知らぬ乗客』と、「見知った住民」の間で行われた交換殺人を描いた『あなたの番です』。
大前提となる設定からまったく異なっているがゆえに、「交換殺人」の意味合いそのものが変わっている二つの作品。
しかし、殺人を犯した人間が実行しない人間に対して脅迫を行う交換殺人の「キモ」を描いているなどの共通点からも、『あなたの番です』が『見知らぬ乗客』で描かれた交換殺人がもたらす恐怖の本質を踏襲していることが見えてきます。
過去の偉人たちが作り上げた「土台」を現代にマッチするように進化させていく、エンターテインメント界における進化の過程を2つの作品の共通点から見出すことができました。