異常すぎて長らく“封印”されていた実録スリラー、ついに解禁。
世界各国で上映禁止された常軌を逸した実話がいま、放たれます。映画『アングスト/不安』は、ジェラルド・カーグル監督が、1980年にオーストリアで実際に起こった一家惨殺事件を映画化した、83年製作の実録スリラーです。
1983年に製作され、長らく封印状態とされていたトラウマ必至の戦慄スリラー映画『アングスト/不安』が、2020年7月3日(金)よりシネマート新宿ほか全国にて公開されます。
公開前から話題沸騰となっている本作が他の映画監督にもたらした影響や、製作されるに至った事情を、ひも解いていきます。
映画『アングスト/不安』の作品情報
【日本公開】
2020年(オーストリア映画)
【原題】
Angst(英題:Fear)
【監督】
ジェラルド・カーグル
【撮影・編集】
ズビグニェフ・リプチンスキ
【音楽】
クラウス・シュルツ
【キャスト】
アーウィン・レダー、シルビア・ラベンレイター、エディット・ロゼット、ルドルフ・ゲッツ
【作品概要】
1980年にオーストリアで実際に起こった一家惨殺事件を映画化した、83年製作の実録スリラー。
公開当時はそのあまりのショッキングな内容により、本国オーストリアでは1週間で上映が打ち切られ、ヨーロッパ各国で上映禁止に。
イギリスとドイツではビデオ発売もされず、アメリカでは成人指定にあたる「XXX」扱いとなり、配給会社は逃亡。
日本では88年に、『鮮血と絶叫のメロディー 引き裂かれた夜』というタイトルでレンタル用VHSが発売されましたが、観た者がほとんどいないとされる幻の映画となっていました。
映画『アングスト/不安』のあらすじ
ある日、オーストリアの刑務所から一人の男が出所します。
「K.」という名のその男は、10年前に理由もなく老女を射殺して服役していましたが、刑期を完全に終える前に3日間の外出許可を得たのです。
しかし、幼少時の複雑な家庭環境から精神をこじらせていたK.は、更生するどころか、その殺人欲求を獄中でより高めていました。
野に放たれることとなったシリアルキラー、K.の狂気が始まろうとしていました……。
鬼才監督たちに影響を与えたカルト・ムービー
1983年の公開時、あまりの陰惨な内容から、本国オーストリアでは嘔吐する者や返金を求める者が続出し、わずか1週間で打ち切りになったとされる本作『アングスト/不安』。
しかし今では、現役のフィルムメーカーたちに影響を与えたカルト・ムービーとして認知されています。
その1人が、同じくオーストリア出身のミヒャエル・ハネケがいます。
彼の名を一躍高めた『ファニーゲーム』(1997)では、3人家族が不条理な暴力に巻き込まれるというあらすじ自体をなぞっている上に、カメラ目線やワンカット長回しの多用、何よりも観ていて感じる真綿で首を締められるような息苦しさを感じる演出は、本作『アングスト/不安』を彷彿とさせます。
そしてもう1人は、本作を60回鑑賞したと公言するギャスパー・ノエです。
キャリア初期の短編『カルネ』(1994)やその続編『カノン』(1998)はもちろんのこと、『アレックス』(2003)や近作『CLIMAX クライマックス』(2018)でも、やはり長回しの引用や陰鬱とした暴力描写など、明らかに本作を意識したシーンが散見します。
ハネケやノエといえば、賛否両論、というか圧倒的な“否”の声が多い内容の作品ばかり撮ってきた監督の代表格。
『ファニーゲーム』、『アレックス』がカンヌ映画祭で上映された際はブーイングの嵐となって退席者が続出するなど、観る者を不快にさせることに定評(?)のある彼らが、本作が放つ磁場に引き寄せられたのも分かる気がします。
しかしながら、センセーショナルな作品を連発しながら、2人が現役のフィルムメーカーであり続けられている一方で、彼らの基盤的存在となった本作監督のジェラルド・カーグルが完全にキャリアを絶たれてしまったのは、皮肉としかいいようがありません。
それだけ本作『アングスト/不安』は、早すぎた問題作だったといえます。
参考動画:ギャスパー・ノエ監督作『CLIMAX クライマックス』
ジェラルド・カーグル監督が『アングスト/不安』で描きたかったこと
1980年のオーストリアで、ヴェルナー・クニーセクという男が起こした一家惨殺事件。
この痛ましいスキャンダルを、カーグル監督がなぜ長編デビュー作の題材にしたのかというと、一つに自国オーストリア社会への告発があったと明かしています。
出所後の就職先を決めるため、服役者自身が3日間の外出許可を貰って自由の身になれるという安易な制度を通してしまった政治家への批判。
その制度によって、服役時に脱走を図るほどの危険人物だったクニーセクを簡単に自由の身にしただけでなく、彼がシリアルキラーとなった過程や動機を探ろうとしなかった司法の甘さ。
殺人事件が起こってしまった根本的要因とシリアルキラーの心理を、カーグルは本作で追及しようと試みたのです。
しかしながら、その追及の仕方が新鮮かつ衝撃的すぎたがゆえに観客には忌み嫌われ、製作に全財産をつぎ込んだカーグルは商業用映画を一本も発表できなくなるなど、不運な結果に終わります。
それでも、本作がきっかけでオーストリアの司法制度が大きく変わっていったという点でも、彼の試みは無駄ではなかったのです。
劇映画監督としては大成しなかったものの、カーグルはその後、ドキュメンタリー作家として量子と素粒子の領域に関する教育映画を製作していることからも、実直な性格の人物であることが伺えます。
まとめ
特殊な撮影手法と奇抜な演出は観る者に取り返しのつかない心的外傷をおよぼす危険性があるため、この手の作品を好まない方、心臓の弱い方はご遠慮下さいますようお願い致します。またご鑑賞の際には自己責任において覚悟して劇場にご来場下さい。
上記の宣伝コピーが誇張とは思えないほど、本作『アングスト/不安』は不快指数120%で占められています。
劇中で繰り広げられる殺人描写はとにかく陰惨ですし、後味も当然ながら良くありません。
しかし、本作がエンタメ路線に振り切らずに、人間の生々しい心理・殺人欲求を真正面に捉えた意欲作なのは間違いありません。
スリラーにしてヒューマンドラマでもある、稀代の問題作です。
映画『アングスト/不安』は、2020年7月3日よりシネマート新宿ほか全国順次公開予定。