2人にとっての「おとな」とは何なのか?
映画『わたし達はおとな』は、「劇団た組」で注目を集める若き劇作家・演出家の加藤拓也の、オリジナル脚本による長編監督デビュー作となっています。
主演は、『菊とギロチン』(2018)『鈴木家の嘘』(2018)の木竜麻生。『くれなずめ』(2021)『his』(2020)の藤原季節。注目の実力派若手俳優の初共演です。
圧倒的リアリティを追求した演出と俳優陣の繊細な演技が光る本作。その魅力と特徴を、ネタバレありで解説していきます。
映画『わたし達はおとな』の作品情報
【公開】
2022年(日本映画)
【監督】
加藤拓也
【キャスト】
木竜麻生、藤原季節、菅野莉央、清水くるみ、森田想、桜田通、山崎紘菜、片岡礼子、石田ひかり、佐戸井けん太
【作品概要】
脆く崩れやすい日常、“少女”から“女性”になる過程、恋のほろ苦さや歯がゆさ、自分の中に押し込めるしかない葛藤を描いく等身大の恋愛映画。
監督は、『平成物語』(2018)でドラマの脚本を初めて手掛け、その後ドラマ『俺のスカート、どこ行った?』(2019)、『死にたい夜にかぎって』(2020)、『きれいのくに』(2021)など話題のテレビドラマの脚本を担当した加藤拓也。今作が初の長編映画となります。
主演は、『菊とギロチン』(2018)で映画初主演を果たし、同年の『鈴木家の嘘』(2018)でもヒロインに抜擢され、第40回ヨコハマ映画祭最優秀新人賞や第92回キネマ旬報ベスト・テン新人女優賞など数々の映画賞を受賞した木竜麻生。
映画『his』(2020)や『佐々木、イン、マイマイン』(2020)、『くれなずめ』(2021)などに出演し、圧倒的存在感と技力を持つ藤原季節が恋人役を演じます。
菅野莉央、清水くるみ、山崎紘菜、石田ひかりらが共演。
映画『わたし達はおとな』あらすじとネタバレ
大学でデザインを学ぶ優実(木竜麻生)は、演劇サークルの学生・直哉(藤原季節)と同棲していました。
優実は自分が妊娠していることに気づきます。親友のは、具合が悪そうだと心配されますが打ち明けられずにいました。
直哉に妊娠を告げた優実。ただ、お腹の子が直哉と一時期別れていた時に関係を持った男性との子の可能性があることを打ち明けました。
優実と直哉が出会う前のこと。優実は女友達4人で海沿いのホテルに泊まりに行きます。良い彼氏をみつけたい、どんな相手と初体験したいかなどで盛り上がりました。
大学で元カレのまさとから誕生日プレゼントを渡された優実。ネックレスと、2人が付き合っていた時のことを絵本にしたものを贈られたのでした。
学校で知人から演劇サークルのチラシ作成を頼まれ、そこで優実は直哉と出会いました。直哉から舞台に誘われた優実は、一緒に行きその後お酒を飲んで仲が縮まっていきました。
妊娠が分かった現在、直哉に今後のことを話し合いたいと伝えたものの、考える時間が欲しいと言われます。
入院していた母が急逝し、実家に帰った優実。父には彼氏や妊娠のことは言えず、葬儀を済ませます。その夜、改めて話したいと直哉から連絡があり、優実は東京に戻ります。
直哉から、自分は就職しようと思っていて生んだ方がいいと言われ、優実も「そう思う。」と返事したものの涙があふれてきました。
翌朝、体調が落ち着いたからどこかに連れて行ってほしいと直哉に頼んだ優実。直哉は先輩の舞台に連れて行きましたが、優実は観劇中に体調が悪くなって席を外してしまいました。
付き合う前の2人は、直哉のサプライズでホテルに一泊旅行をしました。そのホテルは優実が以前友人らと泊まった場所でした。
そこでふたりはセックスしましたが、直哉はゴムを着けませんでした。観光などはせず、それぞれ家に帰りましたが、直哉の家には元彼女が住んでいました。
映画『わたし達はおとな』の感想と評価
本作は、とあるカップルが彼女の妊娠をきっかけに変化していく様を、生々しく描いた一作です。
どこにでも起こりうる物語を、巧みな演出によって圧倒的リアリティで、見せています。
覗き込む視点
本作の特徴の1つとして、カメラワークが挙げられます。
家具越しに俳優たちを写したり、優美と直哉の会話シーンで表情にズームせず定点で捉えることで、観客に覗き見している感覚を持たせる狙いがあると考えられます。
特にそのカメラワークが際立つ印象的なシーンは、クライマックスの2人の口論シーンでした。
優実がトイレに入ってしまい、ドア越しに直哉と口論します。優実の声が少しくぐもっているし、トイレ内の映像はないので彼女の表情は見えません。
また、向き合って2人が話している場面でも、俳優は後ろを向いたり俯いていたり、表情をはっきりとは写しません。
それでもしっかりと伝わってくる、すれ違う2人の気持ちと緊張感。思わず目を覆いたくなるようなヒリヒリとした感覚に襲われます。
本作のストーリー自体は、決して特殊ではなく、言ってみればありふれた話です。
誰もが経験しうる、もしくは聞いたことのあるような話を、こういったリアリティ溢れる見せ方をすることで、「映画を観ている」のではなく「優実と直哉」を見ている、ような感覚に陥らせているのです。
さらに「すべてを見せない」ことで、想像力が掻き立てられ、より観客の心が動きます。
この身近でありふれた物語にあえて余白をつくる、この演出力の巧みさが、本作の大きな特徴であり、魅力だといえます。
若者の未熟さ
本作を観ると、男性のダメな部分がうんざりするほど露見しますが、かといって女性が正しい存在だったり、優美が単なる被害者として描かれていないところも注目すべき点です。
大学で友人とデザインの話をしている場面では、知らないことをなんとなく知っているふりをしてこっそり調べたり、母の件について直哉に打ち明けられず、言われるがままになってしまったり。
優美のはっきりしない性格や、なんとなく流されてしまう部分は、誰もがもつ若さや未熟さではないでしょうか。
この未熟さや不安定さがあるからこそ、エンドロール最後のあの表情に優美の変化を感じられ、「わたし達はおとな」のタイトルが胸にグッと迫るのです。
まとめ
本作のタイトルにもなっている「おとな」という言葉。
何度か登場しますが、1度目は友人たちとホテルに泊まりに行ったときに、まだ処女の優実に「早く大人になってほしいわ」と友人が言うシーンです。
2度目は、直哉と優実が初めて2人でお酒を飲んでいるときに、将来について「大人向けのアートの場所を作りたい」と直哉が言った場面。
そして3度目は、外出中につわりで具合が悪くなった優実に対して直哉が、体調が悪いなら前もって予想してコントロールして欲しい、という意味で言った「大人なんだからさ」というセリフです。
大人とは、いったい何なのでしょうか。
優実は直哉と出会ってから、初めてセックスをし、妊娠し、さらに言うとその間に母を亡くしました。
処女ではなくなったから、子どもができたから、親を亡くしたから、大人になれた。というわけではないと思います。
全ての経験を通し、傷つき苦しんで、孤独をかみしめた上で、「それでも生きていく。それでも明日は来る」と理解して取ったあのエンドロール最後の行動こそ、大人になるということなのではないでしょうか。
この映画は、エンドロールの最後まで観て完結する作品だといえます。