手紙が浮き彫りにする、切ない恋心。
『Love Letter』(1995)で知られる名匠・岩井俊二監督によるラブストーリー『ラストレター』。
岩井自身の出身地である宮城を舞台に、ひとりの女性の死をきっかけに、さまざまな手紙を通して二つの世代の恋愛が浮き彫りになっていくさまを丁寧に綴っていきます。
主人公・裕里役の松たか子をはじめ、広瀬すず、福山雅治、森七菜、神木隆之介ら豪華キャストが出演するほか、『Love Letter』(1995)の中山美穂と豊川悦司も登場します。
いくつもの手紙に導かれて、彼らは果たしてどこにたどり着くのでしょうか。
映画『ラストレター』の作品情報
【公開】
2020年(日本映画)
【監督・原作・脚本・編集】
岩井俊二
【キャスト】
松たか子、広瀬すず、庵野秀明、森七菜、豊川悦司、中山美穂、神木隆之介、福山雅治
【作品概要】
『Love Letter』(1995)『スワロウテイル』(1996)の岩井俊二監督が初めて自身の出身地・宮城を舞台に描く心あたたまるラブストーリー。姉を亡くした主人公が姉の同窓会を訪れたことをきっかけに、さまざまな手紙が行き交って切ない恋心を映し出していきます。
主演は『四月物語』(1998)で岩井作品に出演した松たか子。また『ちはやふる』シリーズの広瀬すずと、オーディションで抜擢された森七菜がそれぞれ2役を好演。森は主題歌も担当しています。
現在の鏡史郎を『三度目の殺人』(2017)の福山雅治、高校生時代の鏡史郎を神木隆之介がそれぞれ好演。『Love Letter』(1995)の中山美穂と豊川悦司も特別出演し、作品に花を添えています。
映画『ラストレター』のあらすじとネタバレ
宮城で裕里の姉・未咲が亡くなり、葬儀が執り行われました。
未咲の面影を残す彼女の娘・鮎美は、母が自分に宛てて遺した手紙をまだ読むことができずにいました。裕里の娘・颯香は、鮎美を心配してしばらく実家に残ることにします。
息子の瑛斗と夫・宗二郎の待つ自宅に帰ろうとした裕里は、鮎美から未咲宛てに来た高校の同窓会の案内を預かりました。
裕里は未咲の死を知らせるために同窓会に行きますが、クラス中のマドンナだった姉と勘違いされ、本当のことを言えなくなってしまいます。
気まずい心持ちで先に会場を出た裕里は、初恋の相手・鏡史郎と再会。小説家となった鏡史郎は、彼女に小説を読んでくれたか尋ねますが、裕里には何のことかわかりません。
そしてその後、鏡史郎から来た「まだ君に恋している」というメールを見て裕里は動揺します。
未咲のふりをして何も言えずに帰ってきたことを聞いて呆れる夫・宗二郎。裕里が置きっぱなしにしたスマホの画面に表示された鏡史郎からの恋のメッセージを見てしまった彼は、入浴中の妻を叱りつけ、わざとスマホを湯舟に落として壊してしまいます。
仕方なく裕里は、鏡史郎宛てにメールが見られなくなった状況を知らせる手紙を書いて送りました。
映画『ラストレター』の感想と評価
行き交う手紙たちが導く奇跡
さまざまな人々の間を行き来する、いくつもの手紙が導く奇跡の物語です。
大人になった主人公の裕里は、まるで高校時代の少女に戻ったかのように初恋の相手である鏡史郎宛てに手紙を送り始めます。明るく屈託ない性格のままの裕里は、辛い結婚をして心を病んで自死してしまった姉の未咲とは対照的。まるで業はすべて未咲が持って行ったかのようにも見えます。
大人になった未咲の姿は映像に現れることはなく、若く美しく学校中の人気者だった頃の未咲だけが映し出されます。しかし、後半で豊川悦司演じる阿藤が現れたことで、未咲がいた暗闇がどれほど苦しいものだったのかをうかがい知ることができるのです。
得体の知れない暴力的な男でありながら、実はどこか繊細で男としての魅力にあふれている阿藤を、ほんのワンシーンで豊川が圧巻の演技で表現しています。
しかし、その重苦しさが際立つのは、裕里の強い「光」があるからこそです。ともすればただ暗くなるばかりになってしまいそうになる本作の物語ですが、松たか子が絶妙なユーモラス感を見事に醸し出し、希望あるエンディングへと導きます。
裕里の初恋の相手で、25年間も彼女の姉の未咲を思い続けてきた鏡史郎を福山雅治が切なくクールに演じ、彼の高校時代を神木隆之介が違和感なく繊細に演じます。
鏡史郎が裕里の実家宛てに手紙を返送したことで、それを母の代わりに(というよりも裕里の代わりに)受け取った鮎美。そんな彼女が裕里とは別口で鏡史郎と手紙の交換を始めたことで、ストーリーは思いがけない展開をみせていきます。
そのほかにも、裕里の義母とその英語教師との間をつなぐ手紙、若き日の鏡史郎が未咲に宛てた手紙など、いくつもの手紙が行き交います。そのどれもに、書いた人の深い思いが込められていました。
タイトルにも冠された「ラストレター」として登場するのが、最後に現れる亡き未咲から最愛の娘・鮎美に宛てた封書です。
宛名は「鮎美」となっていますが、実は中身は未咲が卒業式で代表挨拶をしたときの原稿でした。それは高校時代の未咲と鏡史郎が共作したもので、若き日の二人が未来に自分たちに向けて書いた希望に満ち溢れた内容だったのです。
死を選んだ未咲は、この文章にこそ自分が娘に伝えたいすべてが書かれていることに気づいたに違いありません。
長い間、母からの最期の手紙を開くことができなかった鮎美は、手紙の奇跡に導かれた鏡史郎が母のもとにたどり着いてくれたことで魂を救われたのです。
鮮烈な光を放つ、若き二人の女優
女性たちの輝きを閉じ込める天才としても知られる岩井監督は、本作で二人のミューズを生み出しました。ともに2役を演じた広瀬すずと森七菜です。
広瀬は若き日の未咲とその娘の鮎美を、森は若き日の裕里とその娘の颯香を好演しています。
母を亡くした鮎美を心配して、彼女の側にしばらくとどまった颯香。隣同士で眠ったり、浴衣姿で花火をしたり、ワンピースを着て連れ立って犬の散歩に出かけたり、ふたりが常に一緒にいることで現実とは異世界にあるかのような美しく幻想的な少女の世界が生み出されています。
彼女たちが美しければ美しいほど、青春時代の初々しさや甘酸っぱさがくっきり映るほど、現実世界の悲しみや残酷さ、つまりは未咲の悲しい最期が浮き彫りになるのです。
大人に少し近づいている未咲・鮎美と、あどけないままの裕里・颯香の対比も素晴らしく、彼女たちが静かに確実に成長していく姿もサラリと丁寧に描かれています。
まとめ
名匠・岩井俊二監督によるロマンティックな世界が展開する『ラストレター』をご紹介しました。
豪華キャストを迎え、監督の出身地である美しい宮城の風景の中で切なく繊細な奇跡のラブストーリーが紡がれます。
松たか子と福山雅治が演じる痛みを経験してきた大人の世界と、広瀬すず、森七菜、神木隆之介が演じる切ないほどに輝く青春期の対比が胸を深く打つ一作です。
両方の世界の持つ切なさに、きっと誰もが心惹かれてやまないことでしょう。どうぞ物語の世界に浸って、感動を味わってください。