アルツハイマー症に冒されたヒロインの悲しき愛
韓流スターのチョン・ウソンとソン・イェジンが共演した悲しくも美しい純愛ストーリー。
若年性アルツハイマー症というあまりにも辛い試練に直面した恋人たちの姿が切なく描かれます。
深く愛し合い幸せだったはずの夫婦が、記憶を失っていく病に冒されたことから絶望に陥ります。
彼らが失ったもの、そして手に入れたものとはいったい何だったのでしょうか。
人を愛することの意味について考えさせられる、珠玉のラブストーリーの魅力をご紹介します。
映画『私の頭の中の消しゴム』の作品情報
【公開】
2005年(韓国映画)
【監督・脚本】
イ・ジェハン
【出演】
チョン・ウソン、ソン・イェジン、ペク・チョンハク
【作品概要】
ドラマ『愛の不時着』(2020)や映画『ラブストーリー』(2004)『四月の雪』(2005)で人気の女優ソン・イェジンと、映画『MUSA/武士』(2003)『スティール・レイン』(2021)のチョン・ウソン共演で描く感涙必至の韓国純愛ストーリー。
27歳にして若年性アルツハイマー症になってしまったヒロインとその夫との、悲しくも熱い恋を描きます。
映画『私の頭の中の消しゴム』のあらすじとネタバレ
建設会社の社長の娘・スジンは、建築家志望のチョルスと出会いました。粗野だけれど優しい彼は、ひったくりにあったスジンを荒っぽい方法で助けます。
それからすぐに恋に落ちたふたり。社長令嬢のスジンとの身分の違いを気にしていたチョルスでしたが、彼女の一途な想いに心を開きます。ふたりの仲に反対していた父も、娘の真剣な想いを理解して結婚を認めました。
ふたりは幸せな新婚生活を迎え、チョルスは建築士の資格を取得します。生活はすべて順風満帆でした。
しかし、しばらくするとスジンは物忘れがひどくなり、自宅への帰り道も忘れてしまうようになります。
チョルスは自分を捨てた母を許せずに苦しんでいましたが、スジンに説得されて刑務所に会いに行きました。母から汚く罵られながらも、彼は母の借金を肩代わりしてやります。
一方、スジンの元不倫相手の上司・ヨンミンが海外赴任から戻ってきます。
ひどい物忘れが心配になり病院で診察を受けたスジンは、若年性アルツハイマー症だと診断されました。医師からは少しずつ記憶が消えていくことを告げられ、肉体的な死より先に精神的な死がくるからその準備するようにと厳しいことを言われます。
映画『私の頭の中の消しゴム』の感想と評価
愛し愛される奇跡
悲しい恋の行方を描いた名作映画『私の頭の中の消しゴム』。27歳にして若年性アルツハイマー症に冒されたヒロインのスジンは、タイトル通り頭の中に消しゴムで消されたかのように、記憶を次々に失っていきます。
純粋すぎて傷つきやすいヒロインのスジンを好演しているのは、映画『ラブストーリー』(2004)『四月の雪』(2005)で人気の実力派女優ソン・イェジンです。近年ではドラマ『愛の不時着』(2020)が大ヒットし、再ブレイクを果たしました。
主人公チョルスを演じるチョン・ウソンのフェロモンの威力には圧倒されます。暴力的ともいえるほどの色気に、スジンが瞬く間に恋に落ちるもの納得です。彼は社長令嬢のスジンに劣等感を持ち、自分を捨てた母へのトラウマに捕らわれていましたが、スジンと結婚した後は自信を持ち輝き始めます。
ヒロインのスジンは以前上司と不倫して別れたことがあり、そのことによって強いストレスを経験してきました。チョルスの真意がわからないなかで父から交際に反対された際には雨の中で倒れて記憶を失くすなど、精神的にはとても不安定な女性です。後にアルツハイマー症と診断されることを思うと、病気も大きく関係していたに違いありません。
お互いに心に傷を負っていたチョルスとスジンは、紆余曲折の末に幸せな結婚生活を手に入れました。しかしまもなく、スジンはさまざまな記憶が抜け落ち始めた末に、若年性アルツハイマー症という残酷な診断を受けます。
辛い運命が降りかかる中、スジンが口にした「忘れちゃうからやさしくしないで」という言葉に涙が止まりません。
チョルスの手によって無数にメモが貼られた部屋。記憶の欠片をかき集めたかのようなその空間は、まるで愛の墓標のようです。
ふとしたことをきっかけに、突然スジンに甦る記憶。すべてを思い出せば、嗚咽するしかないスジンはあまりにも哀れです。
思い出せることは幸せなのでしょうか。それとも、ただ残酷なだけなのでしょうか。
気まぐれのように訪れる奇跡の時間にスジンは必死にしがみつき、チョルスに愛のメッセージを書きつけます。彼女はその貴重な瞬間を、ただ彼の魂を救うことだけに使い切りました。
愛することにすべてを捧げられることは、やはり幸せといえるのではないでしょうか。どんなに辛く苦しくとも、愛を伝えられるという喜びに勝るものはないことを強く訴えかける作品です。
記憶の底に眠る真実の思い
本作にはたくさんの名シーンがありますが、中でも特に印象深いシーンがあります。ラスト近く、チョルスが消印を頼りに訪ねていった療養施設での場面です。
ベランダにいたスジンは、クロッキー帳に似顔絵を描いていました。抽象画のように見える、幼い子どもが描いたかのようなつたない絵です。しかし、前のページへと遡るとどんどん写実的になっていき、その顔がチョルスであることがはっきりと見てとれます。
何日か前まではくっきり描けていたはずのスジンが、今はもうそういった能力も衰えていることが手に取るようにわかってしまうシーンです。
描くことが出来ていた頃も、描けなくなった今も、彼女はチョルスを覚えてはいませんでした。それでも彼女は、彼の顔だけを描き続けます。
「記憶」という壁をも越え、彼女のチョルスへの愛はもはや本能に近いものになっていたのかもしれません。
コロンの匂いを嗅いで記憶を取り戻しそうになりながらも、結局思い出せないままだったスジン。しかし、チョルスは、彼女の心の奥底にある自分への愛をはっきりと見ることができたに違いありません。
まとめ
人気実力派俳優のチョン・ウソンとソン・イェジンのコンビが奏でる、切ないラブストーリー『私の頭の中の消しゴム』。
もし自分が同じ病に冒されたら、または、もし自分の恋人が同じように記憶を失くしてしまったとしたらあなたならどうしますか?
作中で医師は「肉体的な死より先に精神的な死がくる前に準備するように」と言いますが、いったいなにをすべきだといっていたのでしょう。生前整理を指して言っていたのであれば、スジンはその類についてはなにもしていなかったに違いありません。
しかし、彼女は一番大切なことを成すことができました。それは、愛する人に「愛している」と伝えることです。彼女は精一杯愛を叫び、チョルスはそれによって魂を救われました。彼女自身もまた、そうすることで救われたに違いありません。
どうしようもなく悲しい物語ですが、お互いがお互いの魂を救ったことを思うと、本作はやはりハッピーエンドに思えてならないのです。