ロマンポルノで監督デビューした金子修介監督が原点に立ち返り、女性の解放を描く
日活ロマンポルノ50周年を記念した「ROMAN PORNO NOW」プロジェクトとして、第一弾は松井大吾監督の『手』、第二弾は白石晃士監督の『愛してる!』が続けて公開されました。
第三弾となった『百合の雨音』は、ロマンポルノ映画『宇能鴻一郎の濡れて打つ』(1984)で監督デビューを果たした金子修介監督が34年ぶりにロマンポルノを撮り、女性の解放、純愛を描きました。
過去の恋愛のトラウマから、恋に臆病になっている葉月は、上司の栞に密かに思いを寄せていました。
一方、栞は仕事は順調そうに見えてもプライベートでは夫との関係性に悩んでいました。ある大雨の日、2人は雨宿りのため入ったホテルで一線を超えてしまう……。
葉月役を演じるのは、今泉力哉監督作品『こっぴどい猫』(2012)、中野量太監督作品『お兄チャンは戦場に行った!?』(2013)などに出演する小宮一葉、栞役は、俳優やナレーションとして活動するほか、写真家としても活動している香澄が務めました。
映画『百合の雨音』の作品情報
【公開】
2022年公開(日本映画)
【監督】
金子修介
【脚本】
高橋美幸
【キャスト】
小宮一葉、花澄、百合沙、行平あい佳、大宮二郎、宮崎吐夢、星野花菜里、宝保里実、細井じゅん
【作品概要】
金子修介監督は、助監督としての経験を経て、ロマンポルノ映画『宇能鴻一郎の濡れて打つ』(1984)で監督デビューしました。その後、『デスノート』(2006)や『ガメラ 大怪獣空中決戦』(1995)など様々なヒッチ作を手がけ、4年ぶりにロマンポルノにカムバックしました。
栞役を演じた香澄は、俳優やナレーションとして活動するほか、写真家としても活動しており、セルフポートレイトがきっかけで栞役のオファーがきたと言います。
また、34年ぶりにロマンポルノの撮影に挑んだ金子修介監督は、今回初めてインティマシーコーディネーターを導入し、安心な環境での撮影に配慮しました。インティマシーコーディネーターとは、映画やテレビの撮影現場でセックスシーンやヌードシーンなどのインティマシー・シーンを専門としたコーディネーターです。
映画『百合の雨音』のあらすじとネタバレ
葉月(小宮一葉)は、過去の恋愛のトラウマから恋愛に臆病になっていました。
文藝出版の企画部で働く葉月は、校了前で会社で徹夜をしている編集部の同期・はな(百合沙)に朝ご飯の差し入れをしに行きます。
そして話をしていると葉月の上司の企画部所長の栞(香澄)の話が出ます。
はなの上司である編集長(宮崎吐夢)の妻である栞は、常にピンヒールの靴を履き、ノースリーブの服など隙のない栞を、はなはお嬢ボスと言い、企画室の人たちも失敗しても旦那がいるから問題ないと陰口を叩いています。
しかし、葉月は凛としている栞に憧れ、思いを寄せていました。
栞も葉月の能力を評価しており、葉月の血が滲むほどの深爪を見て、「一歩引いてしまうところがあるでしょう、能力があるのだからもっと前に出ないと」と葉月に指摘します。
葉月は、仮眠を取ると言ったはなにお茶を差し入れようとはながいる会議室のドアをノックしますが返事はなく、寝ていると思った葉月はドアを開けて中に入ろうとします。
そこで、編集長とはなが性行為をしている姿を見てしまいます。驚いた葉月はそのまま気づかれないように扉を閉めます。
栞は夫に女がいることも気づいていましたが、年齢的にタイムリミットが迫っていると感じ、不妊治療を受けています。排卵日に夫の帰宅を待っていた栞でしたが、そんな排卵日だからと言われてもそういう気分になれないから、そういう気分にさせてくれと栞に言います。
屈辱を感じながらも子供ため…と栞は懸命に頑張りますが、夫の気分は乗らず諦めて寝ます。自分に興味をもっていないことがわかっているのに着飾って完璧な妻でいることに虚しさを感じていました。
ある日、企画室に編集長がやってきてパーティがあるから18時には会場に来てくれ、美人の妻と一緒に行くと印象がいいからと笑って去っていきました。
その会話を聞いていた葉月は今日の夕方以降から雨になるらしいですよと伝えます。しかし、出かけて行った栞の傘が置きっぱなしであることに気づいた葉月は、慌てて傘をもって外に出ます。
すると雨の中困っている栞を見つけ、傘を渡そうとすると、パーティ行く気がなくなってしまったと栞は笑い、シャワーを浴びないと近くにあったホテルに誘います。
先にシャワーを浴びた栞はベッドで寝ていました、その顔を見つめていた葉月は近づき、キスをしそうになりますが、栞が目を覚まし離れます。
「変な夢を見た」と栞は、コップに入った卵子を持った自分が夫を追いかけている夢を見たと言います。魚のように人間も体外受精できればいいのに、と呟きます。
更に必死に仕事をしていたらいつしか妊娠のタイムリミットが迫っていたと栞は自分の悩みを話し始めます。夫に女がいることを知っているが、そういう人だとわかって結婚したと言います。
若い頃はそうでもなかったのに、プライドだけが傷ついていくと自虐的に言う栞に思わず葉月は抱きついて、「私じゃダメですか、好きなんです」と思いを打ち明けます。
2人はキスを交わし、葉月は栞に、「目を瞑っていてください」と言い、栞の身体を愛撫していきます。栞は言われるままに葉月に身を委ねます。
情事が終わると栞はすぐに帰り、翌日会社で会った時もそっけない態度で、昨日のことは無かったことにするような栞の態度に葉月は傷付きます。
はなと宅飲みをしていた葉月は、最近恋人とかどうなの?と聞きます。別にいないよと答えるはなに、実ははなと編集長の情事を見てしまったことを言います。
最初は美味しいと思った、編集長と関係を持てばトクダネを貰えて編集の仕事に繋がると思った、そして今は編集長に認められることが今のモチベーションだと言います。
葉月はどうなの?とはなに聞かれ、絶賛片思い中だと言います。気持ちを伝えなければよかった、避けられていると言います。言葉を濁す葉月にはなは自分と同じく葉月の相手も既婚者だと知ります。
企画書では、新たな企画を進行中であり、葉月は栞の知り合いだという青年の連載企画を担当します。打ち合わせしている際に栞は、「この後時間ある?行きたいワインのお店があるのだけれど」と葉月に尋ねます。
食事に行った2人はその後、初めて行ったホテルに向かいます。行為の前に少し待っていてくださいと栞に言い、葉月は爪を切り始め、その姿をみて栞は涙を流します。
恋仲になった2人は人目を忍んで関係を持つようになります。
映画『百合の雨音』の感想と評価
34年ぶりにロマンポルノにカムバックした金子修介監督は、『キャロル』(2016)や『エマニエル夫人』(1974)年のような映画が撮りたいと考えていたところ、このロマンポルノ・ナウのプロジェクトに参加する運びとなったと言います。
学生の頃に先輩と恋仲であった葉月は、周りから女同士で気持ち悪いと陰口を叩かれ、思わず「気持ち悪いんだよ、私も先輩も」と言ってしまいます。
本当に先輩が命を落としのかどうかは明かされませんが、葉月は私が殺したといい、罪悪感から人を傷つけなくない、自分が迷惑をかけることに怯え、爪を切りすぎて深爪になっています。
葉月は恋愛に対し、臆病になっており、栞が自分を好きでなくてもいい、栞の寂しさを少しでもうめられたら…という思いで、栞が気持ち良くなってもらうことを優先します。
栞は葉月の爪を切る姿に涙を流します。それは栞自身も恋人と別れなくてはならず、今の夫と結婚し世間が求める普通の生活をしなければならなかったという過去も関係しているのでしょう。
理解を示さない世間の目に晒され、臆病になる葉月を解放してあげたいという気持ちもあったのかもしれません。栞が葉月を愛していることを伝えるために爪切りを貸してという場面からも本作において、爪を切るということの重要性が感じられます。
爪は、行為においても体や性器に触れるものです。長ければ相手を傷つけてしまいます。ポスターのキャッチコピーに“深爪は、愛の証−”とあるように、葉月の深爪は、心身共に傷つけたくないという気持ちの表れと言えるのです。
インティマシーコーディネーターを導入して撮影され、性行為のシーンに挑むのが初めてであった小宮一葉、香澄にとっても安全な撮影であったと言います。
『OL百合族19歳』(1984)など百合のポルノ映画も手がけてた金子修介監督ですが、本作は女性の解放を意識したと言います。
世間の目により恋愛に臆病になっていた葉月は、栞と恋仲になりますが、その関係を社内に暴露されてしまいます。同性愛者であっても不倫は変わらないはずなのに、暴露するのは人権侵害だ、私たちは理解しているという社内の表面的な理解は葉月をさらに傷つけます。
そして、傷つけたくないと思っていたのに、自分と関わったことで、栞に迷惑をかけてしまったと思うのです。罪悪感から退社し、一人になることを選んだ葉月ですが、栞の本当の気持ちを知らずにいました。
最後に栞も同性愛者であり、かつて恋人と別れざるを得なかったことを葉月は知ると同時に、観客もハッとさせられます。
それまでは、夫に相手にされず、葉月と出会ったことで初めて女性と関係を持ったかのようにも見える演出でした。
そのようなラストに驚きをもってくる構成や視点の変化を与える鮮やかさは、韓国映画『お嬢さん』(2017)を思わせるようなうまさがあります。
恋人と別れ結婚したものの、夫は浮気をし、お飾りのような自分の存在になぜ結婚したのかわからなくなると栞はつぶやきます。
不妊治療をし、妊娠を望む栞でしたが、妊娠をすると本当にこの子を産むべきなのか、悩みます。
栞のかつての恋人が産んだ子は自分の母が同性愛者であり、離婚するまで普通に結婚生活を送っていたことを受け入れるのに時間がかかりました。栞も自分の子がそう思うかもしれないという不安があったのかもしれません。
同性愛者であることを認められず、結婚をし、世間が求める普通の生活を送る辛さを突きつけます。そのような栞とかつての恋人の関係性に同じく韓国映画の『ユンヒへ』(2022)を想起した人もいるかもしれません。
葉月、栞を通して様々なものから解放されていく、美しくも力強い、今の時代ならではのロマンポルノ映画です。
まとめ
今泉力哉監督の『こっぴどい猫』(2012)や、中野量太監督の『お兄ちゃんは戦場に行った!?』(2013)などでヒロインを演じた小宮一葉が挑んだ葉月という女性はきっちりしていても、どこか一歩引いているような他者との距離を置いているような女性です。
栞との行為においても気持ちよくさせたいと思いつつも、栞に触れる手や唇にはどこか迷いが感じられるような繊細な感情の揺れが表れていました。
一方で、ピンヒールを履き、化粧もきっちりとした凛とした印象ですが、天然だと葉月からも言われる場面もあるように、葉月に素直に身を委ねてしまうようなあどけなさがあります。
そのような2人の女性の性格が行為などふとしたシーンに表れ、切ない心の揺らぎが感じとれます。それだけでなく、2人の体の写し方はどれを撮っても美しく、官能的です。
ポスターにも大きく映し出され、タイトルにもある“百合”の花言葉は「純潔」や「無垢」であり、凛とした百合の花の様子と花言葉は、葉月と栞の純愛を映し出しているかのようです。
女性の解放を描いた本作は、性の問題や、理解を示さない世間など様々な社会者問題を内包し、若い女性にとっても見やすい映画になっています。