映画『ホゾを咬む』は2023年12⽉2⽇(⼟)より新宿K’s cinemaほかで全国順次公開中!
「後悔する」という意味のことわざ「臍(ホゾ)を噛む」からタイトルをとった映画『ホゾを咬む』。
髙橋栄⼀監督が独⾃の切り⼝で「愛すること」を描いた本作は、モノクロームの世界観が怪しさと品格を放ち、独特な間合い・台詞が観る者を異世界へと誘う新感覚の日本映画です。
今回の劇場公開を記念し、本作を手がけられた髙橋栄一監督にインタビューを行いました。
本作における「原始的な欲の再発見」と「過去作と全く異なる時間の映し方」という試み、そして髙橋監督の表現の根本にある「反骨」の精神など、貴重なお話を伺えました。
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「原始的な欲」を再発見する試み
──「妻を監視カメラで見続ける夫」という本作の設定は、どのような着想を経て形作られていったのでしょうか。
髙橋栄一監督(以下、髙橋):『ホゾを咬む』の構想を考えていた時、坂本慎太郎さんの『仮面をはずさないで』という曲を僕はよくイメージしていました。
「仮面を着けてコミュニケーションをとろう」「仮面の下に、もう一枚仮面を着けた方がいい」という内容の歌詞は、「裸の付き合い」「もっと人とぶつかった方がいい」とコミュニケーションの正当性を掲げる価値観しか基本的には存在しない社会とは異なるものでした。
むしろ、偽りの象徴ともいえる「仮面」を用いてでも、他者と距離をとろうとする。そんなコミュニケーションの在り方は「監視カメラで見続ける」という、ある種一方的でフェアではない手段によるコミュニケーションを描いてみたいと感じるきっかけとなりました。
また本作が最も中心に描いているのは、「人間の最も原始的な欲とは何なのか」という問いへの思索でもあります。映画では「愛すること」という行動に注目していますが、その行動の「内訳」は一体どのようなものなのかに立ち返ってみると、それはとてもパーソナルな欲で構成されているんじゃないかと思うんです。
「真実の愛」という偽善的な言葉に対して、欲そのものは嘘を吐けない。劇中の日焼け止めの匂いをめぐる会話にもある通り、テレビや広告など何者かに扇動されて自分自身の物だと思われている欲も存在する一方で、より奥底にある原始的な欲を自分の中に再発見することが、『ホゾを咬む』の重要なテーマでもあったんです。
演出・撮影の双方が影響を与え合った現場
──本作の撮影監督を務めた⻄村博光さんとは、どのように撮影を進められていったのでしょうか。
髙橋:これまでの作品では撮影も自分が担当することが多く「カメラマンの方とともに撮影する」という経験がほぼない状況でしたが、今回は、どうせなら、何か自分には届かないようなレベルの方とやりたいと、プロデューサーの小沢まゆさんにスタッフィングをお願いしました。脚本を読み、本作のテーマについての自分の説明を聞かれた西村さんは「今回の映画では、ポートレートのような人物の強度が出る画を撮った方がいいのでは」と提案してくださいました。
また本作のスタンダードサイズでの映像も西村さんのご提案に基づいていて、人物を映し取ることを第一に画作りを進めるよう西村さんと相談をしていきました。
また『ホゾを咬む』でも過去作と同じように自分が絵コンテを描いていたんですが、今回は現場でも丁寧にお芝居のリハーサルを行えたので、そのリハーサルの様子を見つつ西村さんが画について再考してくださり、西村さんの画のアイディアをお聞きした上でお芝居にも新たな演出を加えるという場面が度々ありました。
現場のリハーサルでの僕の演出を見て西村さんのリアクションが生まれ、西村さんが作った画を見て僕のリアクションが生まれる。その反復の中でお互いが良い影響を与え合うことができたし、必然的に撮影のカット数も減っていきました。それはもちろん、西村さんの画で表現できる幅の広さがあってこその結果でした。
「時間」はあらゆる要素で構成されている
──本作を観ていると、長回しの映像や芝居における間などの「時間」の表現が非常に記憶へ残りました。
髙橋:本作では今までの作品とは全く異なる尺の使い方、間の取り方で演出をしていて「現場で感じとることのできた『時間』を大事にしたい」と考えていました。
現場で聞こえてくる遠くの電車の音、エレベーターの駆動音、ビル風の音など、間を取る中で生じるものを感じとる時間が、芝居や作品そのものにどう作用するのかに注目して本作の演出を考えていきました。
「目の前で登場人物同士が交わしている会話」という見せたいものとは別に、人物たちが勝手に感じとっている周囲の音が常に存在しています。
映画の中で流れている時間を構成しているのは会話という一要素だけではなく、それ以外にも様々な要素が存在していて、人物たちは会話と同様にいくつもの要素を感じとっている。
そうした時間の在り方を、ある種自由に開かれた形で描写することで観る者にも気づいてほしくて、『ホゾを咬む』では今までの作品とは異なる時間の描き方を試みたんです。
自分自身の感性を疑うという「反骨」
──髙橋監督にとっての「表現」に欠かせないものとは何でしょうか。
髙橋:これまでを立ち返ってみると、自分が作りたいものや好きだったものは「反骨」という言葉で括れると感じています。
『ホゾを咬む』の表層的な外殻には特にパンクな雰囲気はないですが、本作で自分がやりたかったことは総じて「いかに類型化された演出・キャラクター造形から脱却するか」にありました。
リハーサルで自分が「いいな」と思えた芝居の間は、果たして自分が心から「いいな」と感じとった間なのか。それとも他者から宣伝された「いいな」をただ享受しているだけなのか。自分自身の中で形作られた感性を疑う、内に向けた反骨とともに本作の制作を進めていきました。
僕は元々ファッションでは山本耀司さんの作品が好きで、映画制作を始めたきっかけは塚本晋也監督の『鉄男』(1989)でしたが、お二人に共通するのはやはり「反骨」だと考えています。表層的な外殻だけでなく、その内にある反骨の思考に自分は惹かれたんだと思います。
インタビュー・撮影/河合のび
髙橋栄一監督プロフィール
岐阜県出身。建築・ファッションを学んだ後に塚本晋也監督作品『葉桜と魔笛』(2010)『KOTOKO』(2011)に助監督として参加。以後ショートフィルムやMV、広告、イベント撮影、テレビ番組などの制作を手がける。
主な監督作品に『華やぎの時間』(2016/京都国際映画祭2016C・F部門入選、SSFF&ASIA 2017ジャパン部門入選&ベストアクトレス賞)『眼鏡と空き巣』(2019/SeishoCinemaFes入選)『MARIANDHI』(2020/うえだ城下町映画祭・第18回自主制作映画コンテスト入選)『さらりどろり』(2020/SSFF&ASIA 2021ネオ・ジャパン部門入選)『鋭いプロポーズ』(2021/福井駅前短編映画祭2021優秀賞)『サッドカラー』(2022/PFFアワード2023入選)がある。
映画『ホゾを咬む』の作品情報
【公開】
2023年(日本映画)
【脚本・監督・編集】
髙橋栄⼀
【プロデューサー】
⼩沢まゆ
【撮影監督】
⻄村博光
【キャスト】
ミネオショウ、⼩沢まゆ、⽊村知貴、河屋秀俊、福永煌、ミサ・リサ、森⽥舜、三⽊美加⼦、荒岡⿓星、河野通晃、I.P.U、菅井玲
【作品概要】
短編映画『サッドカラー』がPFFアワード2023に入選するなど、国内映画祭で多数の賞を獲得し続けている新進気鋭の映像作家・髙橋栄一による⻑編映画。
主⼈公を演じるのは、主演作『MAD CATS』(2022)から『とおいらいめい』(2022)など幅広い役柄をこなすカメレオン俳優・ミネオショウ。主人公の妻役には、映画『少⼥〜an adolescent』(2001)にて国際映画祭で最優秀主演⼥優賞を受賞した⼩沢まゆ。主演作『夜のスカート』(2022)に続き本作でもプロデューサーを務めた。
また撮影監督を、『百円の恋』(2014)など武正晴監督作品に数多く参加し『劇場版 アンダードッグ』(2020)で第75回毎⽇映画コンクール撮影賞を受賞した⻄村博光が担当した。
映画『ホゾを咬む』のあらすじ
不動産会社に勤める茂木ハジメは、結婚して数年になる妻のミツと二人暮らしで子どもはいない。
ある日ハジメは仕事中に、普段とは全く違う格好のミツを街で見かける。帰宅後聞いてみると、ミツは一日外出していないと言う。
ミツへの疑念や行動を掴めないことへの苛立ちから、ハジメは家に隠しカメラを設置する。
自分の欲望に真っ直ぐな同僚、職場に現れた風変わりな双子の客など、周囲の人たちによってハジメの心は掻き乱されながらも、自身の監視行動を肯定していく。
ある日ミツの真相を確かめるべく尾行しようとすると、見知らぬ少年が現れてハジメに付いて来る。
そしてついに、ミツらしき女性が誰かと会う様子を目撃したハジメは……。
編集長:河合のびプロフィール
1995年生まれ、静岡県出身の詩人。
2019年に日本映画大学・理論コースを卒業後、映画情報サイト「Cinemarche」編集部へ加入。主にレビュー記事を執筆する一方で、草彅剛など多数の映画人へのインタビューも手がける(@youzo_kawai)。