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Entry 2021/12/05
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【ヒラル・バイダロフ監督インタビュー】『クレーン・ランタン』映画という“言葉”で自分自身を表現し理解する|TIFF2021リポート4

  • Writer :
  • 河合のび

東京国際映画祭2021コンペティション・最優秀芸術貢献賞
アゼルバイジャンの風景と対話の物語を描く『クレーン・ランタン』

美しきアゼルバイジャンの風景の中、女性を誘拐した罪で服役している男と法学生との間で展開される対話の物語を描いた映画『クレーン・ランタン』。

『サタンタンゴ』『ニーチェの馬』のタル・ベーラのもとで研鑽を積んだヒラル・バイダロフ監督が手がけた本作は、東京国際映画祭2021コンペティション部門にて最優秀芸術貢献賞を受賞しました。


(C)2021 Ucqar Film. All rights reserved.

このたびの同映画祭への正式出品と受賞を記念し、ヒラル・バイダロフ監督にインタビュー。

本作にて描かれた「言葉」や制作を通じて理解したこと、ご自身が映画を作り続ける理由など、さまざまなお話を伺いました。

「言葉」そのものを言った時


(C)2021 Ucqar Film. All rights reserved.

──『クレーン・ランタン』はまさに「対話劇」あるいは「言葉の映画」ともいうべき作品ですが、ヒラル監督にとって言葉とは何でしょうか?

ヒラル・バイダロフ監督(以下、ヒラル):「はじめに言葉ありき」という一節は非常に有名ですが、ある一つの風景を見続けると「本当にそうだったのでは」と感じることがあります。

言葉はイメージや音、そうしたものと同じ次元で存在している。その意味を演技では伝えることはないし、やはり言葉そのものでなくてはならない。言葉そのものによってその意を伝える、真に「言う」という行為をしなくては、そもそも「言葉」を表現することはできないでしょう。

本作では「セリフ」という形でも言葉が用いられていますが、それらは決して演技の一部として発されているわけではありません。あくまでも言葉そのものとして言われたものであり、その時にはじめて、人間と「魂」や「世界」と呼ばれるものはつながることができるのだと思います。

延々と巡り続ける矛盾


(C)2021 Ucqar Film. All rights reserved.

──ヒラル監督がご自身の創作活動において「映画」という表現を用いられる理由は何でしょうか?

ヒラル:「私自身」を表現できるのが映画だからですね。カメラを覗くことも楽しいですし、それ以上に自分自身を表現できる形式が映画だったからです。

──映画という「言葉」によって、自身と世界をつなげる試みを続けているということでしょうか?

ヒラル:その通りです。ですが、ただつながるというだけでなく、「なぜ私はここにいるのか?」「なぜ私はここに存在するのか?」を理解するためでもあります。

『クレーン・ランタン』によって改めて理解したのは「人生というものは繰り返される矛盾に満ちている」ということです。

愛があったかと思えば痛みがあり、痛みがあったかと思えば希望がある。希望があったかと思えば絶望があり、その絶望の中に光が差し込んでくると、その光は希望にも見えてくる。

延々と巡り続ける矛盾こそが、人生なのかもしれません。

「その瞬間」を破壊する力を持つ思い出


(C)2021 Ucqar Film. All rights reserved.

──作中で描かれる油田の風景は、ヒラル監督ご自身の記憶とも深い関わりがあるとお聞きしました。

ヒラル:父が油田で働いていた関係から、私も子どもの頃は油田の掘削機の下でよく過ごしていました。掘削機の動く音が響くその場所で、ふと空を見上げると鶴が舞っていた……そうした記憶も、美しい場面になるのではと思い本作で描きました。

郷愁、あるいは思い出というものは、人生において最も強い感情だと捉えています。だからこそ、現在のその時、その瞬間をたやすく破壊しうる力を持っています。

人生においては、その時「幸せ」を感じていたとしても、ある出来事を思い出しただけで瞬く間に不幸になることがままあります。その一方で、悲しみや絶望に陥っていたとしても、ある出来事を思い出すことで幸せへとつながる希望が見えてくることもあります。

それほどまでに思い出というものは強い感情であり、それは本作の中でもたびたび描かれていると思います。

私の生き方であるがゆえに


(C)2021 Ucqar Film. All rights reserved.

──映画という「言葉」によって、ヒラル監督は今後もご自身の表現を続けられるのでしょうか?

ヒラル:正直に言うと、わからないんです。

私は一本の映画を作り終えるたびに「もう作りたくない」と感じるのですが、次の日になるともう映画を作りたくなってカメラを持ち出し、友人たちに声をかけるということを繰り返しています。

映画を作ることは、もはや私の生き方そのものになっているのだと思います。何かしらの目的をもってということ以上に、私の生き方であるがゆえに映画を作ってしまう。

「映画を作る」と決めてから作るのではなく「いつの間にか作ってしまっていた」という感覚。それは、映画作りそのものが私の人生そのものとなっている証なのかもしれません。

インタビュー/河合のび

ヒラル・バイダロフ監督プロフィール

1987年生まれ、アゼルバイジャン・バクー出身。

長編初監督作『Hills Without Names(原題)』(2018)はサラエボ映画祭ドキュ・タレント賞を受賞。アゼルバイジャンの村を舞台にしたドキュメンタリー3部作『When the Persimmons Grew』(2019)で同映画祭の最優秀ドキュメンタリー賞を獲得した。

2作目の長編劇映画『死ぬ間際』は2020年、ヴェネチア映画祭コンペティション部門にてプレミア上映された。

映画『クレーン・ランタン』の作品情報

【上映】
2021年(アゼルバイジャン映画)

【原題】
Durna Çırağı(英題:Crane Lantern)

【監督・脚本・プロデューサー・撮影・編集】
ヒラル・バイダロフ

【プロデューサー】
エルシャン・アッバソフ カルロス・レイガダス

【キャスト】
オルハン・イスカンダルリ、エルシャン・アッバソフ、ニガル・イサエヴァ、マリアム・ナギイエバ、ホセイン・ナシロフ

【作品概要】
『サタンタンゴ』『ニーチェの馬』のタル・ベーラのもとで研鑽を積んだヒラル・バイダロフ監督が描く、美しきアゼルバイジャンの風景の中で展開される対話の物語。

東京フィルメックスで最優秀作品賞を受賞した前作『死ぬ間際』(2020)と同様、メキシコの名匠カルロス・レイガダスがプロデューサーを務め、ダニー・グローバー率いる「ルーヴァーチュア・フィルムズ」が製作に参画している。

映画『クレーン・ランタン』のあらすじ

法学を専攻する大学生ムサは、4人の女性を誘拐した罪で収監されているダヴに面会する。

不思議なことに、誘拐された女性たちは誰一人ダヴを告発していなかった。その真相を探るべく、ムサはダヴに質問を投げかける。

ダヴとの対話は、正義、罪、モラル、等々についてのムサの固定観念を大きく揺さぶる。




編集長:河合のびプロフィール

1995年生まれ、静岡県出身の詩人。2019年に日本映画大学・理論コースを卒業後、2020年6月に映画情報Webサイト「Cinemarche」編集長へ就任。主にレビュー記事を執筆する一方で、草彅剛など多数の映画人へのインタビューも手がける。

2021年にはポッドキャスト番組「こんじゅりのシネマストリーマー」にサブMCとして出演(@youzo_kawai)。


photo by 田中舘裕介

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