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【池上季実子インタビュー】映画『風の奏の君へ』“新たな始まり”に立った役者人生×コロナ禍で実感できた“役者という仕事への愛”

  • Writer :
  • 河合のび

映画『風の奏の君へ』は2024年6月7日(金)より新宿ピカデリーほかで全国ロードショー!

お茶の名産地である岡山県美作地域を舞台に、ピアニストの女性と茶葉屋を営む兄弟が織りなすドラマを描いたラブストーリー映画『風の奏の君へ』。

ピアニストとしても活躍する俳優・松下奈緒が主演を務め、杉野遥亮とロックバンド「flumpool」のボーカル・山村隆太が兄弟役を演じます。


(C)田中舘裕介/(C)Cinemarche

今回の劇場公開を記念し、映画『風の奏の君へ』で兄弟の祖母・初枝役を演じられた池上季実子さんにインタビューを行いました。

役者として「新たな始まり」に立った中でご出演を決められた本作での役作り、新型コロナウイルスへの罹患を経て得られた「役者という仕事を愛していると実感できた瞬間」など、貴重なお話を伺えました。

素朴だけれど、心に染み入る映画


(C)2024「風の奏の君へ」製作委員会

──完成した映画『風の奏の君へ』を初めてご覧になられた際には、どのような感想を抱かれたのでしょうか。

池上季実子(以下、池上):物語としては「若い3人の心の揺れ動く模様を描いていく」という素朴なお話なんですが、より深く見つめてみると日本の過疎化や跡継ぎの問題、「茶香服」といったお茶をめぐる文化や現実など、様々なテーマををさりげなく映しているんです。

特に弟の渓哉が里香にお煎茶を淹れてあげる場面は、「お煎茶はこうやって立てるものですよ」と知識を披露しているのではなく、「好きな人にお茶を楽しんでほしい」と心から思って淹れていることが伝わってくる。複雑な感情を向けてはいるけれど、お茶を楽しむ心が確かに渓哉へ根付いている姿を、押しつけがましくない演出でしっかりと表現しているんです。

『風の奏の君へ』は美味しいお茶のように、じわじわと人の心に沁み入るような映画なんだと思います。そんなところが、私は好きになりましたね。

役者としての「新たな始まり」の中で


(C)田中舘裕介/(C)Cinemarche

──本作へのご出演は、どのような経緯または理由で決められたのでしょうか。

池上:最初にオファーをいただいたのは2019年だったんですが、当時は長年寄り添ってくれていたマネージャーさんがお仕事をリタイアされ、一人になった中で「今後のお仕事の方針を決めていくためにも、新たにマネージャーを一人立てた方がいいのでは」と周囲の方々によく勧められていました。

ただ私は、一人になったことに寂しさだけでなく「これは、役者としての新たな始まりなんじゃないか」という考えも抱きました。

相棒だったマネージャーさんは、それまでに出演してきたドラマや映画で確立された「女優・池上季実子」のイメージを尊重し、それに合わせてお仕事の交渉を進めてくれました。そのおかげでいただけたお仕事も多く本当に感謝しかありませんが、その分役柄には偏りもあったんです。

だからこそ、一人の役者として再度立ち直った時「これからはいろんな方にマネージャーを務めてもらう中で、その人ごとに持つ私に対するイメージのもと、様々な役柄のお仕事をいただいた方が、もしかしたら役者としての理想に近づけるのかもしれない」と感じられた。そうしたスタイルで、今後お仕事と向き合っていきたいと考えたんです。

ですから本作で「地方で暮らすお祖母ちゃんの役」というお話をいただいた時も、二つ返事で「やります!」と答えてしまいました(笑)。

お客さんが作品に冷めることはしたくない


(C)2024「風の奏の君へ」製作委員会

──本作で兄弟の祖母・初枝役を演じられるにあたって、どのように役作りを進められていったのでしょうか。

池上:長男の淳也は作中で「僕は逃げてきた」と口にしているけれど、実家の茶葉屋の仕事を継いだ理由には「お祖母ちゃん一人だけで茶葉屋を切り盛りするのは大変だから、僕が帰らなきゃいけない」という思いもあったはずです。その上で初枝は、孫の淳也にそう思わせるようなお祖母ちゃんじゃないといけないと感じました。

今の時代では80歳・90歳でも元気に生活されている方が大勢いらっしゃいますが、全員がそうというわけじゃない。「どこかの町の誰かの家を覗いてみたら、こういう家庭があるのかもしれない」と思えるような祖母と孫の関係性を、お客さんに伝えられるようにしました。

──本作の撮影前にご自身の髪を脱色し白髪にされたのも「現実にもきっと、こんなお祖母ちゃんが生きているんだろうな」と観客に感じさせるリアリティを作るためでしょうか。

池上:スクリーンという大きな画面に髪が映って「あ、白く塗っているんだ」と気づかせてしまい、お客さんが作品に冷めてしまうようなことは絶対したくなかったんです。

特に本作は、松下さんと杉野さん、山村さんが演じる3人が主役じゃないですか。そこでつまらない目立ち方はしたくない。3人の邪魔をしたくないからこそ、髪の毛1本でも違和感を抱かせたくなかったんです。

声が出なくなるくらいなら


(C)田中舘裕介/(C)Cinemarche

──本作の撮影の直前にあたる2022年2月に、池上さんは新型コロナウイルス感染症に襲われましたが、それでも復帰され撮影に臨まれています。

池上:2020年・2021年とコロナ禍でこの映画の撮影が難しくなって延期に、2022年にようやく撮影の目処が立った頃に自分がコロナにかかってしまい、お花畑を見ることになってしまいました。

自分では異変にあまり気づかなかったんですが、同じ頃にコロナを経験していたお友だちに何気なく話したら「お前、早くしないと死ぬぞ」と訴えられ、東京都新型コロナ相談センターに改めて相談したらすぐに救急車を呼ぶよう勧められ、結局緊急入院となりました。

病院に到着したらすぐに集中治療室に入れられたんですが、そこでお医者さんが看護師さんたちに「ECMO(体外式膜型人工肺)」と言ったんです。ECMOは下手をすれば声帯も切られてしまうこともあるので、命は助かったとしても声を出せなくなる。体調が優れない中でしたが「ECMO拒否!」と思わず叫んでしまいました(笑)。

「声が出なくなるなら、死んだ方がマシ」とその場で言ったのも、よく覚えています。押し問答の末にお医者さんは「今はECMOなしで治療しますが、最悪の場合は使用させてもらいます」という形で判断してくださり、おかげで声を失うことなく復帰することができました。

役者を愛していると実感できた瞬間


(C)田中舘裕介/(C)Cinemarche

──生死の境を彷徨われた中でも、池上さんは役者としてのお仕事ができなくなることを拒まれました。それほどまでに、池上さんを役者のお仕事に情熱を保ち続けられる理由は何でしょうか。

池上:祖父をはじめ、私は周囲に歌舞伎役者と呼ばれる人々が当たり前にいる環境で育ってきました。それが、自分の仕事にとても影響を与えているんだとは思います。

例えば『陽暉楼』(1984)の撮影の時「芸妓のお化粧はご自身でされますか、スタッフが担当しますか」と訊かれた際、それまで経験のあった時代劇のお化粧はともかく、芸妓さんのお化粧なんてやったことないのに、何を血迷ったのか「自分でやります」と答えてしまったんです。

映画の撮影は無事に終えたんですが、その後に「私は誰にも教わってないのに、なんで芸妓さんのお化粧ができたんだ」と今更になって気づいた。それは思うに、祖父や親戚の人々が自分たちでしている光景を、子どもの頃の私はじーっと見てきたことで自然と身に付いたからなんです。また幼少の頃は、芸妓さんを見られる京都で過ごしていましたしね。

そうやって生まれ育った環境のおかげで無意識に身に付くこともある意味では「血筋」であり、その血筋から伸びていった先に今の自分があるんだと、「認めたくない」と意固地になりがちだった若い頃を経て、最近になってようやく素直に思えるようになりました。

ですから、コロナ禍になって「果たして演劇は、社会に必要なものなのか」という言葉が表に出始めた時期には、「私の人生を否定してしまうのか」「私を育ててくれた、歌舞伎という伝統演劇の世界を否定してしまうのか」「今あなたが『余計なもの』と決めつけたもので、一度も感動したことはないのか」と言いようのない憤りを抱きました。

さらに自分自身がコロナに罹ったことで、その憤りはふつふつと心に溜まっていきました。そして、入院中に2022年5月から『風の奏の君へ』の撮影が始まりますと聞かされ「演る」と答えた瞬間、全身からエネルギーが溢れ出るような感覚を得たことは、今でも忘れられません。

私はどうしようもなく役者の仕事を好きなんだ、愛しているんだと実感しました。ですから今は、コロナに罹る前以上にお芝居が楽しいんです。

インタビュー/河合のび
撮影/田中舘裕介

池上季実子プロフィール

1959年生まれ、アメリカ・ニューヨーク州出身。昨年2023年に芸能生活50周年を迎える。

3歳で日本へ帰国し、小学校卒業まで京都に住んだのち上京。1974年にテレビドラマ『まぼろしのペンフレンド』でデビュー。『冬の華』(1978/監督:降旗康男)『太陽を盗んだ男』(1979/監督:長谷川和彦)などの映画作品に出演。

1984年『陽暉楼』(監督:五社英雄)にて第7回日本アカデミー賞主演女優賞を受賞、1989年『華の乱』(監督:深作欣二)にて第12回日本アカデミー賞助演女優賞を受賞。

祖父は歌舞伎役者で人間国宝の故・八代目坂東三津五郎氏。

映画『風の奏の君へ』の作品情報

【日本公開】
2024年(日本映画)

【原案】
あさのあつこ『透き通った風が吹いて』(文春文庫)

【監督・脚本】
大谷健太郎

【キャスト】
松下奈緒、杉野遥亮、山村隆太、西山潤、泉川実穂、たける(東京ホテイソン)、池上季実子

【作品概要】
あさのあつこの小説『透き通った風が吹いて』を原案に、自身も美作市で育った大谷健太郎が監督・脚本を手がけた切なくも美しいラブストーリー。美しい緑に萌える茶畑の風景の中で、ピアニストのヒロインと茶葉屋を営む兄弟との恋模様を描く。

主演は、ピアニストとしても活躍する松下奈緒。また「東京リベンジャーズ」シリーズの杉野遥亮が弟・渓哉役、ロックバンド「flumpool」のボーカルである山村隆太が兄・淳也役をそれぞれ務める。

また髪色を6回抜くことで自然な白髪にするという徹底した役作りで、兄弟の行く末を見守る優しく温かい祖母・初枝を池上季実子が演じている。

映画『風の奏の君へ』のあらすじ


(C)2024「風の奏の君へ」製作委員会

岡山県・美作。お茶処でもあるこの地で、浪人生の渓哉(杉野遥亮)は無気力な日々を過ごしていた。一方、家業の茶葉屋「まなか屋」を継いだ兄の淳也(山村隆太)は、町を盛り上げようと尽力していた。

ある日、ピアニストの里香(松下奈緒)がコンサートツアーで美作にやって来る。しかし里香は演奏中に倒れてしまい、療養を兼ねてしばらく滞在することに。そんな里香に対し、冷たい態度の淳也。実は里香は、かつて大学時代に淳也が東京で交際していた元恋人だった。

清らかに流れる川を吹き抜ける風、燃えるような緑の美しい茶畑。自然の優しさに囲まれて曲作りに励む里香に、ほのかな恋心を募らせる渓哉。しかし里香にはどうしてもこの場所に来なければならない理由があった……。

編集長:河合のびプロフィール

1995年生まれ、静岡県出身の詩人。

2019年に日本映画大学・理論コースを卒業後、映画情報サイト「Cinemarche」編集部へ加入。主にレビュー記事を執筆する一方で、草彅剛など多数の映画人へのインタビューも手がける(@youzo_kawai)。


(C)田中舘裕介/Cinemarche




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