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Entry 2020/05/20
Update

【前原瑞樹インタビュー】映画『アボカドの固さ』失恋の実体験を演じる中で感じられた“なりたい俳優”の姿

  • Writer :
  • 咲田真菜

映画『アボカドの固さ』は2020年9月19日(土)より、渋谷ユーロスペースほかにて全国順次公開!

劇作家・平田オリザが主宰する劇団「青年団」に所属し、『友だちのパパが好き』『あの日々の話』などの話題作に出演する若手俳優・前原瑞樹が、かつて実際に経験した「失恋」を映画化した『アボカドの固さ』。


photo by 田中舘裕介

劇中では、5年間付き合った彼女から突然別れを告げられ右往左往する30日間をリアルに演じている前原さん。切なくもあり、痛々しくもあり、どこか滑稽にも見えるその姿には、多くの観客が「共感」を抱いてしまうのではないでしょうか。

そんな前原さんに、映画『アボカドの固さ』にかける意気込み、俳優になろうと思ったきっかけや今後の展望などを存分に語っていただきました。

失恋相談がすべてのはじまり

──『アボカドの固さ』は、ご自身の体験にフィクションを加えた作品と伺っています。なぜ実体験を映画にしようと思ったのですか?

前原瑞樹(以下、前原):城真也監督……城くんが以前制作した中編『さようなら、ごくろうさん』(2017)に出演したのが彼と知り合ったきっかけです。その作品のPFFでの上映が終わった夜に、当時まだ学生だった城くんが「卒業をする前にもう1本映画を制作したい」と言ったんです。それですかさず「よかったら僕も関わりたい」と僕が伝えました。そこから打ち合わせをしていく中で「じゃあ、前原くんを撮ろう」と言ってくれたんです。

というのも、その頃、ちょうど僕は失恋真っ最中で、映画とは関係なくずっと城くんにその話を色々としていたんです。そもそも劇中のように、会う人全員に「どうしたらヨリって戻るのかな」「向こうは今、どういう心境なのかな」といった相談を繰り返していた。すると城くんが「今の前原くんをそのまま映画にしたら面白い」と言い出したんです。僕はびっくりして、「こんなの映画になる?」と言ったのですが、城くんは「なる、なる」と……それが企画のはじまりでしたね。

映画を通じて失恋を乗り越える

──他者から映画の題材として扱われること、そして映画制作を通じてご自身の失恋と真正面から向き合うことに抵抗感はありましたか?

前原:それはなかったですね。そこは自分でも変なんじゃないかと思うのですが、僕は自分の話をするのが大好きなんですよ。話を聞いてくれること自体が嬉しかったので、企画には「やるやる!」と乗り気でした。

またもう一つ理由として、僕の中で失恋の乗り越え方が分からなかったというのがあったんです。例えば「失恋した直後」という期間の描写は映画やドラマ、小説でも割と省略されがちで、知らないうちにみんな立ち直っている。けれども僕は、失恋した当日、或いは失恋から1週間前後といった期間にどういう過ごし方をすればいいのかを知りたいんだと城くんに文句を言っていたら、「その時間を今回の映画で描いてみよう」と彼が提案してくれたわけです。

そして映画の撮影を通じて、失恋とどう向き合うのかを丁寧に描いていく中では、「将来また自分が失恋をしたとき、この映画に救ってもらえるかもな」とも思えるようになりましたね。

相談相手・城真也監督の適切な「距離感」


photo by 田中舘裕介

──本作の映像におけるカメラワークからは、失恋を経験した前原さんとその相談相手であった城監督の関係性を感じとれました。

前原:城くんは、適切な距離感をもって映画を撮ってくれたと思っています。僕はやはり自分自身の体験でもあることから、実際の出来事と物語の間に入り込んでしまうところがありましたが、脚本家の山口慎太朗くんと城くんはそれを俯瞰的に捉えてくれ、きちんと「物語」へと構成してくれました。

大切にしていたことがあって、僕の失恋の悩みを世界の問題として描かないこと。僕自身は、失恋を通じて世界が終わってしまったかのように気分が落ち込むし、どんどんふさぎ込んでいくけれど、実は失恋そのものは本当に大したことではなく、世界は相変わらず動いているんです。だからこそ、その点を映画でも描かなくてはダメだよねという話になったんです。「そもそも、誰も他人の失恋を一緒に悩んでくれるはずがないんだから」と。

他人の失恋を滑稽だなと笑い飛ばしながら、どこかで一緒に傷ついてくれたらいいなと思います。あとは単純に映画として楽しんでもらうことが一番ですね。

俳優を目指したきっかけと「後押し」


photo by 田中舘裕介

──現在は劇作家・平田オリザさん主宰の劇団「青年団」に所属されている前原さんですが、「青年団」への所属以前、そして映画美学校への入学以前から、明治大学では演劇を学ばれていたそうですね。

前原:明治大学では文学部へと進んで、戯曲の文学的な読み解き方をはじめ、演出学、演劇を通した歴史などを勉強していました。ただあくまで文学部なので、いわゆる実技はなかったですね。

やがて俳優として表舞台に立つために、大学で座学を受けながら、自分で演技を学べる場所として大学2年の春から映画美学校のアクターズ・コースに通い始めました。僕はそれまで「実技」どころか演技を全くやったことがなかったので、映画美学校では演技を一から教えてもらい、まさに俳優としてスタートした場となりました。そして映画美学校を通じて、平田オリザと「青年団」の演劇に出会ったんです。

──そもそも、前原さんはどうして俳優になりたいと思われたんでしょうか?

前原:僕は長崎県出身なんですが、幼い頃から地元でよく演劇を観ていました。子どもたちのための演劇鑑賞を毎月開催していた「ながさき子ども劇場」という団体に入っていたので、演劇は僕にとって身近にあり、漠然と「面白いな」という気持ちがあったんです。

本気で俳優になろうと思ったのは高校2年の冬でした。そのきっかけは、小説の『横道世之介』とフィギュアスケーターの浅田真央さんなんです。

まず、映画化もされている『横道世之介』は長崎生まれの青年・横道世之介が主人公で、物語は彼が東京の大学へ進学して1年目の頃の出来事がメインなんですが、その小説を読んでいる時に「この主人公は自分だ!」と思ったんです。2013年の映画で世之介を実際に演じたのは高良健吾さんで、全然僕ではなかったんですけどね(笑)。

またちょうど同じ日に、バンクーバーオリンピックの女子フィギュアスケート種目で浅田真央さんが銀メダルを獲ったんです。そして、大勢の前で氷上での演技をされている浅田さんを目にした僕は「やっぱり俳優になるんだ!」って思ったんです。今考えたら意味が分からないんですが、その日が僕にとって本当に決定的な日となりました。


photo by 田中舘裕介

前原:ただ当時、僕は結構真面目に勉強をしていて、将来は弁護士になろうと考えていたんです。ところが突然、志望していた法学部から文学部へと変更してしまった。すると職員室に呼び出され、担任の先生に「志望校を勝手に変えているけど、どうした?」と聞かれたんですが、僕も自分の気持ちを整理し切れていなかったので、泣きながら「俳優になりたくなったんです」「まだ、よくわからないんですけど……弁護士じゃないかもしれません」と答えたんです。先生は僕が泣き出したのでびっくりはしていたものの、僕のそんな答えに対して「そうか、じゃあ頑張ってみるか?」と言ってくれたんです。

実は当時の僕は「俳優になりたい」と言うことが恥ずかしくて、親にすら明かせていなかったため、先生に聞かれた際に初めてそのことを口にしました。もし先生に「やめとけよ」と言われたらやめていたと思います。本当に小さな一歩を踏み出しただけで、俳優の道をまっすぐ進み続けるとは自分でも思っていなかったんですが、先生の後押しがなかったら俳優にはならなかったでしょうし、それ以来、先生は僕のことを応援してくれましたね。

自分の言葉をしっかり持てる俳優になりたい


photo by 田中舘裕介

──本作を通じて、ご自身が実際に経験した失恋を「俳優」として演じることに挑戦された前原さんですが、今後はどんな俳優になりたいですか?

前原:ありきたりですけれど、魅力的な作品に出演し続けて、いろいろな経験を面白がることができる俳優になりたいですね。

また、最近インタビュー取材やラジオ出演のご機会が増えてきた中で思うことなんですが、きちんと自分の言葉を持つ俳優にならなければいけないなと感じています。

2020年現在、新型コロナウィルス感染症の影響は演劇界や映画界にも大きく出ています。西田敏行さんが声明を出されたように、文化の担い手としての言葉を持っていかないと社会と闘えないんだと感じています。いただいた台本を大切に演じながら、その上で自分自身の言葉を持てる俳優になりたいと思っています。

インタビュー/咲田真菜
撮影/田中舘裕介

前原瑞樹プロフィール

1992年10月5日生まれ、長崎県出身。

大学で演劇学を専攻し、在学中青年団に所属。舞台に多数出演する他、映画・ドラマ・CMの分野で活躍。主な出演作に映画『友だちのパパが好き』『世界でいちばん長い写真』『ウィーアーリトルゾンビーズ』『あの日々の話』がある。

2020年には、ドラマ『伝説のお母さん』『湘南純愛組!』でレギュラー出演した他、映画『街の上で』『僕の好きな女の子』『劇場』の公開が控えている。

劇場公開にあたってのコメント

ようやく、『アボカドの固さ』をスクリーンからみなさまにお届けできることを、本当に嬉しく思います。
当初の予定していた4/11から公開が延期となってしまいましたが、仮設の映画館での公開を経て、いよいよ映画館での公開となります。
自分にとってとても大きな、他人にとってはどうでもいい、僕の失恋が、映画となってみなさんにどのように受け取ってもらえるのかとても楽しみです。
映画館でお待ちしております。

前原瑞樹

映画『アボカドの固さ』作品情報

【公開】
2020年(日本映画)

【監督・脚本・編集】
城真也

【キャスト】
前原瑞樹、多賀麻美、長谷川洋子、小野寺ずる、並木愛枝、兵藤公美、空美、山口慎太朗、西上雅士、日下部一郎、坊薗初菜、松竹史桜、金子鈴幸、野川大地、長友郁真、用松亮、宇野愛海、田中爽一郎、堀山俊紀、シイナマキ、阪本真由、二見悠

【作品概要】
主人公・前原瑞樹を演じたのは俳優である前原瑞樹・本人。劇団青年団に所属し、近年では『友だちのパパが好き』『あの日々の話』のほか、ドラマでも話題作に相次いで出演する実力派若手俳優であり、本作の出発点となった自身の失恋の実体験を上塗りするように、かつての自分を演じ直しました。

また彼にやさしく寄り添うのでなく、かといって突き放すのでもなく、徹底して「他者」として映画を制作したのは、本作が長編処女作となる城真也監督。是枝裕和監督・監修のもとで制作された前作『さようなら、ごくろうさん』はPFFアワード2017に入選し、三宅唱監督や五十嵐耕平監督の作品制作にも参加している期待の新人監督です。

映画『アボカドの固さ』のあらすじ

ある日突然、5年付き合った恋人・清水緑に別れを告げられた俳優・前原瑞樹。

どうにかヨリを戻したい一心で、周囲に失恋相談をして回り、ひとまずは1カ月後に迎える25歳の誕生日まで待つと決める。しかし、待てど暮らせど清水からはなんの音沙汰もない……。

復縁への淡い期待を抱きながら右往左往する男の<愛と執着の30日間>。

映画『アボカドの固さ』の劇場公開情報

【ユーロスペース(東京)】
2020年9月19日(土)~/▶︎渋谷ユーロスペース公式サイト

【シネ・ヌーヴォ(大阪)】
10月10日(土)〜/▶︎シネ・ヌーヴォ公式サイト

【出町座(京都)】
10月23日(金)〜/▶︎出町座公式サイト


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