映画『ミッドサマー』考察。鮮やかな色と絵が持つ意味を解説
2020年2月に日本で公開されると、多くの人々を引き付けた異色のホラー映画『ミッドサマー』(2019)。
通常のホラー映画の枠を越えた多くの観客、特に女性たちを集め異例の大ヒットを記録します。美しくも謎めいた映像に引魅せられる者もいれば、上映中に途中退場する者や鑑賞後嫌悪を露わにする者もいました。
その内容をより深く知ろうと、繰り返し映画館を訪れる観客も現れ、通常の映画にはない反応を引き起こした『ミッドサマー』。
そして配信などでより多くの方が視聴できるようになった今、映画の持つ謎をさらに追求する動きが加速しています。多くの人々から熱狂から憎悪までの複雑な反応を引き起こした、恐るべきホラー映画を解明すべく、共に考察していきましょう。
CONTENTS
映画『ミッドサマー』の作品情報
【日本公開】
2021年2月21日(アメリカ映画)
【原題】
Midsommar
【監督・脚本】
アリ・アスター
【出演】
フローレンス・ピュー、ジャック・レイナ―、ウィル・ポールター、ウィリアム・ジャクソン・ハーパー、ヴィルヘルム・プロングレン
【作品概要】
スウェーデンのとある村の夏至祭に招かれたアメリカの大学生たち。古代北欧の異教を信仰する彼らの盛大な祭りは、人身御供を求める儀式でした。白夜の中行われる、美しくも恐ろしい祝祭を描いたフォーク(民族的)ホラー。
監督は『ヘレディタリー/継承』(2018)のアリ・アスター。主演は『ブラック・ウィドウ』(2021)のフローレンス・ピュー、その恋人をナチス第三の男』(2017)のジャック・レイナーが演じています。
映画『ミッドサマー』を美術と色彩から考察
美しい白夜の青空、美しい自然と色鮮やかな花々。独創的な形の牧歌的な建物に塗られた色、登場するタペストリーや壁画…オシャレな要素が沢山ある、と思ってご覧になった方に衝撃を与える映画『ミッドサマー』。
残酷シーンと「性の儀式」のインパクトは大!これでもうダメだと逃げ出す方もいますが、多少なりとも耐性のある人なら、こういったシーンは映画全体のごく一部に過ぎないと知り驚くでしょう。
殺害の直接描写は無いものの、目を背けたくなる…同時に目が釘付けになる姿で登場する生贄の犠牲者たち。映画にハマった人たちが「何が行われていた」「どんな意味があった」と議論を交わすのも当然です。
最初に登場する大きなタペストリー。映画を見終えれば誰もが、あの絵には映画の全てが描かれていたと気付くはず。監督のアリ・アスターは、本作のようなフォークホラーは、主人公たちが悲惨な目にあうのはお約束だと語っています。
彼らの運命を知らないふりをして物語を進めるより、やがて破滅が訪れると観客に示した方が楽しく思えた。そして観客の期待や予想を裏切るより、絶対に訪れる場面に予想外のショッキングを付け加える方が面白いと思った、と言葉を続けた監督。
…確かに『犬鳴村』(2020)に行った若者たちが恐怖を体験せず、お約束を破り楽しく観光して帰ってきたら観客はガッカリです。もっとも『犬鳴村』はそれを『恐怖回避ばーじょん』(2020)として面白く料理しています。
しかし監督の語った言葉から、映画の中で描かなかったシーンのヒントは、全て画面の登場する絵や色彩で表現されている事が確認できました。これに気付いた熱心な観客たちはその意味を求め、物語をより深く解釈する作業に取り組み議論を戦わせているのです。
想像するのもおぞましい「性の儀式」の裏側
スゥェーデンのヘルシングランドにある、映画の舞台ホルガの村に到着した主人公たち。そこにはメイポール、大地を突き刺しそびえ立つ柱が立っていました。
メイポールは現実の夏至祭にも欠かせないアイテムです。大地の女神に男性のシンボルを突き立て、収穫という豊かな恵みを生んでもらう意味を持つものです。民俗学的な意味はさておき、この映画が様々な隠喩に富んでいることの象徴でもあります。
ホルガの村に到着した主人公ダニー、その恋人クリスチャンらは村を案内されますが、あるタペストリーが大写しになります。ある男に惚れた若い娘が、男に恋のまじないをかける。すると男は恋の虜になる…といった内容です。
文章で書くと綺麗ですが、描いてある絵の内容は完全にアウト。大きく画面に映りますから、ご覧になった方はドン引きしたでしょう。
一見素朴な絵が禍々しい意味を持つ。それが見る者を魅了する…。まるでアウトサイダー画家、ヘンリー・ダーガーの絵のようです。彼の生涯と作品はドキュメンタリー映画、『非現実の王国で ヘンリー・ダーガーの謎』(2004)で知ることができます。
クリスチャンは食事会で「毛」の入ったパイを食べます。「毛」の正体は劇中で語られますがこのシーン、皆に出されたジュースの中で、彼に出されたグラスだけ色が異なります。
先程のタペスタリーをご覧なら…何が混入されているか明白です。劇中で直接描写はありませんが、もしコーラでも飲みながら本作を鑑賞中の人は、勘弁してくれ!と叫びたくなるシーンです。
素朴な民族的な絵の模様に、どう見ても男女のアレが描いてある『ミッドサマー』。また壁画は冒頭のタペストリー同様、登場人物の運命を暗示しています。映画館では気付かなかった細かな部分も、DVDや配信なら確認できますから注目して下さい。
マヤの口紅の色が示すもの
不穏な空気が漂う『ミッドサマー』。監督はこの作品を「It’s a Wizard of Oz for perverts」、つまり「道を踏み外した、変態や背教者のための『オズの魔法使い』だ」と語っています。
家に帰りたい少女ドロシーと勇気に欠けた臆病なライオン、心の無いブリキ男に知恵を持たないカカシ。このキャラクターをホルガ出身の留学生ペレに連れられた、ダニーたち4人に当てはめると納得です。
劇中に『オズの魔法使い』を示すアイテムも登場し、各登場人物はどのキャラクターかを表す姿にもなります。映画『オズの魔法使』(1939)では、主人公一行は黄色いレンガの道をたどり旅しますが、ダニーたちはペレに村の黄色い花の道を案内されます。
そして恐ろしい(最初の強烈な残酷シーン)アッテストゥパンの儀式。崖は白色ですが青みがかっており、儀式に参加する老人たち(男は『ベニスに死す』(1971)の美少年、ビョルン・アンドレセン)の服も青。
そう、本作で「青」は死を現す色です。ホルガの村に招かれた人々の服の色や、姿を消す直前の壁の色に注目して下さい。家族の死を経験した主人公ダニーは、最も「青」に染まっていましたが…物語と共に身に付ける色が変化します。
「青」を死亡フラグと解釈すれば、「黄」は高貴・神聖な色。背景に登場する細かな絵や写真など、細かなアイテムを見落とした観客も、色を通じた強烈なメッセージに気付くでしょう。
すると「性の儀式」の当事者、マヤの色は…あの鮮烈な口紅の「赤」が何を意味するか、お判りですね。元々「赤」は性的意味を持つ色ですが、本作では更に強烈な形で登場します。
「性の儀式」に誘われ、参加したクリスチャンが次々遭遇する色に注目すると、儀式はよりおぞましい意味を放ちます。
スタッフが創造した美術の意味
実は『ヘレディタリー/継承』(2018)製作以前に、スウェーデンの制作会社からこの映画のオファーを受けていたアリ・アスター監督。当初は断っていましたが、個人的経験を交えた作品として映画化に動きます。
しかしアメリカ人の監督が、スウェーデンのフォークホラーを描くのは困難を伴います。そこで彼はデザイナー・美術監督に紹介されたヘンリック・スヴェンソンを起用します。
舞台の北欧文化をリサーチし、誤ったメッセージを伝えないよう配慮した監督。そしてスヴェンソンらスウェーデン人スタッフは、美術を通じ様々なメッセージを映画に込めました。
映画が持つ色のコンセプトは、製作初期の段階で考慮し始めたと語るスヴェンソン。黄色の道と建物は、台本に既に書いてあったと証言しています。
そこに「青」を加え、劇中の”死の兆候”にしようと考えます。「黄」と「青」はスウェーデンの国旗の色。劇中のヘルシングランドのカルト集団は、排他的で危険なナショナリズムの持ち主だとの意味が込められました。
主人公一行が車でホルガの村に向かう時、道に横断幕が掲げられています。「ようこそ、ヘルシングランドへ!」みたいな内容に思われますが、実は「Stoppa massinvandringen till Hälsingland(ヘルシングランドへの移民を禁止しよう)」と書いています。
ここで画面は上下が反転します。『犬鳴村』に登場する看板の、「この先、日本国憲法は通用せず」の言葉に匹敵する不穏な内容でした。
劇中に登場する絵画はヘルシングランド地方で16世紀以降に建てられた、祝いなど集会に使う目的で建てられた家の壁の装飾を元にしたと語るスヴェンソン。これを元に様々なイメージを加え、ラグナール・ペルソンやム・パンらアーティストが描きます。
壁面を埋め尽くす青い小さな絵。抑制された危険な雰囲気を感じさせる画面は、カール・ドライヤー監督のモノクロ映画『奇跡』(1955)を参考にした、と話してくれました。
彼らは蜂と同じ社会を構成していた
画面に映らないものこそが恐ろしい。映らないものは、実は画面の中で絵画や色として存在する『ミッドサマー』。これに気付いた人がその謎を探ろうと夢中になるのは当然です。
そして本作を「気持ち悪い」「嫌だ」と感じた方は、美術や色彩が放つメッセージを感覚的に理解し、心の平穏を乱された結果でしょう。見えるグロテスクシーンだけが怖いだけの映画ではありません。
北欧の伝統文化や民族学をリサーチし、かつてゲルマン人が使用したルーン文字の持つ意味を、劇中で大いに利用している本作ですが、これは無論フィクションのお話です。
フィクション性を強調する意味でも、フランスやベルネスク諸国で盛んだった歴史を持つタペストリーが登場。祝祭の女王メイ・クイーン(5月の女王)は、イギリスやカナダ・アメリカのメーデーの祭りで選ばれる女王の名です。
このようにホルガ村のコミュニティーには北欧圏以外の文化が取り入れられ、そして現存する様々なカルト集団の要素が盛り込まれました。
劇中の美術はスウェーデンで活躍したヒルマ・アフ・クリント、ボヘミア生まれのフランティセック・クプカら最初期の抽象絵画家の作品、バルカン半島生まれの神秘主義者の哲学者ルドルフ・シュタイナーの描いたビジョンを利用した、と語るアリ・アスター監督。
本作に参加した台湾出身のアーティスト、ム・パンはオランダ人画家ヒエロニムス・ボスとピーテル・ブリューゲルの絵画、インドの装飾品やチベットの仏画・装飾巻物などを参考に、本作に登場する絵を描きました。
太古から北欧に存在する閉鎖集団ようで、同時に普遍的なもの感じさせる住人たち。劇中のセリフやアイテムから見てとれる矛盾から、実は彼らは新興のカルト集団かも、または古い因習を現代社会に適合させた集団ではないか、と分析する方がいるのも当然です。
劇中に登場する幾何学模様の組み合わせ。それはルーン文字が持つ特徴でもありますが、劇中の美術にも度々登場します。この立体図形を隙間なく並べたハニカム構造は、蜂の巣をイメージしたものです。
ホルガ村を彩る美しい花々を含め、このカルト集団には女王を中心とした蜂の社会が重なります。彼らは年齢で分けられ、役割を分担した集団社会を構成している。本作美術のヘンリック・スヴェンソンは、自分の表現した世界をこのように説明しています。
まとめ
当初死に近い色「青色」を身にまといホルガの村に現れたダニーは、案内人のペレや住民に「黄色」の道を案内されます。
彼女は恋人クリスチャンを鮮やかな「赤色」少女マヤに奪われ、仲間たちは「青色」と共に姿を消します。「黄色」い馬車に乗った彼女は、メイ・クイーンとしてあらゆる色の花で飾られます。彼女が最後に何に祭り上げられ、彼女がそれを受け入れたのは明白です。
観客に見えていた色と美術。映画の全てがその中に存在していたのに、見えていなかった。これに気付いた人々が、更なる発見を求めこの映画を繰り返し鑑賞し今も議論しています。
なお美術監督のヘンリック・スヴェンソンは、実は本作で一番難しかったのは「緑色」の表現だったと語っています。
常に背景に存在しているようで、複雑な植生=あらゆる草花が実る楽園である「緑色」を表現すること、そして家族や友人・恋人といった人間からは孤立したダニーは、常に豊かな「緑色」の自然と結びついている。この表現に苦労していました。
当たり前に存在する「緑色」の持つ多様性を描くのが、一番工夫を要する作業だったと話すスヴェンソン。CGを使用し変化しうごめく草木に目が奪われますが、何気なく存在する自然にも注目して本作をご覧下さい。
この境地に達したら、あなたも立派なホルガの村の住人です。どうか楽しく生きて、アッテストゥパンの儀式の日を迎えて下さい。