羊から産まれた「何か」を育て始めた夫婦を描く、悪夢のようなおとぎ話
アイスランドの山奥の牧場で、羊飼いを営む夫婦。
この夫婦が、ある日突然産まれた「人でも羊でもない何か」を育て始めることで始まる、恐ろしくも不思議な物語を描いた、ネイチャー・スリラー『LAMB ラム』。
衝撃的な内容が話題になり、新進気鋭のスタジオ「A24」が北米配給権を獲得した作品です。
静かに淡々と進む物語は、あまりにも不可解すぎて不気味ですが、どこか悲しさを感じる不思議な作品です。
予測不可能な展開の末に行き着く、悲劇的なラストの解釈も含めて、本作の魅力をご紹介します。
映画『LAMB ラム』の作品情報
【日本公開】
2022年公開(アイスランド・スウェーデン・ポーランド合作映画)
【原題】
Lamb
【監督・脚本】
バルディミール・ヨハンソン
【キャスト】
ノオミ・ラパス、ヒナミル・スナイル・グブズナソン、ビョルン・フリーヌル・ハラルドソン、イングバール・E・シーグルズソン
【作品概要】
羊飼いの夫婦が「アダ」と名付けた、人でも羊でもない存在を育て始めたことで始まる、不可解な物語を描いたネイチャー・スリラー。
主役のマリアを『プロメテウス』(2012)で主演に抜擢されて以降、注目されているスウェーデン出身の女優、ノオミ・ラパスが演じています。
監督は『ローグ・ワン/スター・ウォーズ・ストーリー』(2016)や『トゥモローウォー』(2021)などで、美術、特殊効果、技術部門を担当してきたバルディミール・ヨハンソン。
監督のバルディミール・ヨハンソンは、本作が長編デビューながら、数多くの映画祭で高い評価を得ています。
映画『LAMB ラム』のあらすじとネタバレ
アイスランドの山奥で、羊飼いを営む夫婦のイングヴァルとマリア。
羊は順調に増えており、静かながらも幸せに生活している2人ですが、夫婦には娘を亡くした過去があり、特にマリアは今も傷が癒えていません。
ある日、羊の出産を行ったイングヴァルとマリアは、羊ではない「不可解な何か」を取り上げます。
映画『LAMB ラム』感想と評価
謎の存在「アダ」を育て始めた夫婦、イングヴァルとマリアの、悪夢のような不思議な物語を描いた『LAMB ラム』。
本作は静かな山奥を舞台にしており、メインの登場人物も3人と少なく、淡々と物語が進んで行きます。
描かれているのも、夫婦が子供をあやしたり、子供と一緒に食事をしたりという家族の日常的な風景なのですが、本作を奇妙な作品にしているのは、夫婦が育てる子供アダの存在です。
アダは顔と片腕は羊ですが、他は人間と同じ体という、かなり不思議な見た目をしています。
謎の存在アダは、不思議な見た目をしていますが、内面は非常に良い子で、ペートゥルがアダを撃つことを、ためらったのも理解できます。
一般的なホラー作品だと、アダが恐怖の対象になりそうですが、本作における恐怖の対象は、アダを育てる夫婦、特に妻のマリアがアダに抱く狂気じみた愛情となっています。
過去に娘を亡くしたマリアは、羊でも人間でもない存在に、娘と同じ「アダ」と名付け、再びアダを手放すことに恐怖を感じています。
その狂気じみた愛情を、最も感じるのがアダの母親の羊を猟銃で撃ち殺す場面です。
マリアも娘を失った過去がある為、本来ならマリアは、母親の羊に寄り添うべきだったのですが、アダへの執着心から、ためらいなく母親の羊を撃ちます。
このためらいの無さは、どこか「たかが家畜の羊」という、見下した感情もあったのでしょう。
アダの産みの親は羊でしたが、アダは本当は何者なのでしょうか?
その明確な答えは、作中で語られませんが、ラストに突然出て来た、人間の体と羊の頭を持つ羊人間がアダの親なのでしょう。
羊人間の体格が、やたら強そうなので、恐らく父親だと思われます。
結果的にマリアは、イングヴァルを失い、アダも連れて行かれましたが、それはマリアが、アダの母親である羊にやった行為と同じです。
本作の監督バルディミール・ヨハンソンは「アイスランド人は、羊のすべての部位の恩恵に預かっている」と語っています。
羊を見下し同等に見ていなかったマリアは、その報いを受けた形になります。
一筋縄のホラー作品ではなく、教訓が込められたおとぎ話の要素も持つ、非常に不思議な映画、それが『LAMB ラム』という作品です。
まとめ
『LAMB ラム』は全体を通して、淡々とした静かな作品です。
ですが、何とも言えない不安になる要素を、それとなく観客に感じさせる演出が秀逸です。
ラストに登場する羊人間も、いきなり出て来た訳ではなく、映画冒頭や中盤で聞こえる、謎の息遣いや足音、マリアの見る不気味な羊の夢など、「何かの存在」を感じさせる、予兆とも言える演出があり、作品全体の恐怖を煽っています。
非情に神話的な内容ですが、監督で脚本と原案も手掛けたバルディミール・ヨハンソンは、「アイスランドで羊にまつわる神話は無い」と語っていることから、特に何かの物語をモデルにした訳ではないようです。
ただ、さまざまな資料を集め「ビジュアルで語る物語」を意識した本作は、無駄な部分が無く、洗練されたシンプルな映像が印象的です。
特にアダちゃんは、本当に良い子で可愛いので、子役10人がかりで演じたという、アダちゃんの姿を見るだけでもお勧めしたい作品です。