「愛するがゆえに」言いだせない思い、助けたい思いやりが空回りする家族の物語。
今回ご紹介する映画『ディア・ファミリー 〜あなたを忘れない〜』は、監督のエリザベス・チョムコが、自身の体験をもとに脚本を書き下ろした作品です。
監督の大好きだった祖父が他界した葬儀で、認知症を患った祖母とのなれそめを聞き、祖父の祖母への深い愛に感化され、その愛の形を映画で表現したいと思ったと語りました。
シカゴで暮らす両親。ある晩、母親がベッドから抜け出し吹雪の中をさまよい出てしまったと、弟のニッキーからカリフォルニアに住むビティに連絡が入ります。
認知症を発症していた母はとうとう徘徊するまでになっていました。離れて暮らしているビティは、これをきっかけに久しぶりに実家へ帰ります。
昔気質な父親とニッキーには理解し合えない確執が、ビティにも娘のエマに気がかりなことがあり、母を介護する話がまとまりません……。
CONTENTS
映画『ディア・ファミリー 〜あなたを忘れない〜』の作品情報
(C) 2018 What They Had Film, LLC. All Rights Reserved.
【公開】
2018年(アメリカ映画)
【監督・脚本】
エリザベス・チョムコ
【原題】
What They Had
【キャスト】
ヒラリー・スワンク、マイケル・シャノン、ロバート・フォスター、ブライス・ダナー、タイッサ・ファーミガ、ジョシュ・ルーカス
【作品概要】
監督のエリザベス・チョムコは、テレビドラマ『CSI:科学捜査班』と『メンタリスト』に出演する女優でもあります。
娘ビティ役には『ミリオンダラー・ベイビー』(2005)のヒラリー・スワンク、弟ニッキー役に『シェイプ・オブ・ウォーター』((2018)のマイケル・シャノンが務めます。
共演には名バイブレイヤーとして、数多くの作品に出演しているロバート・フォスターが献身的に妻に尽くす父親ノーバートを演じ、ブライス・ダナーが認知症の母親ルースを演じます。
映画『ディア・ファミリー 〜あなたを忘れない〜』のあらすじとネタバレ
(C) 2018 What They Had Film, LLC. All Rights Reserved.
ベッドから抜け出し深夜の薄明かりの中、お化粧をして寝巻の上にショート丈のコートを羽織った老女が、吹雪の外へ出てどこかへ歩いていきます。
明け方、夫のノーバートが妻のルースがいないことに気づき、表へ出ると彼女の足跡をみつけますが、雪がまもなく覆い隠そうとしていました。
ノーバートは息子のニッキーに連絡をすると、彼はカリフォルニアにいる姉のビティに連絡をします。ビティは寮にいる娘のエマを連れてシカゴへと向かいました。
ニッキーは心当たりを全て探して、警察へ届けを出したとビティに話します。ルースの認知症は悪化する一方で、ニッキーは施設に入所させることを視野に入れた矢先でした。
しかし、それも生きてみつかればの話……とビディに言うと、ニッキーのスマホにルースが発見され病院にいると連絡が入ります。
ノーバートは心臓疾患があり、ビディはそれも心配でした。ノーバートは問題ないと答えますが、ニッキーは「問題ありだ」と言います。
一方ルースは処置室のベッドに座っています。ビディの顔を見てもピンとせず「私の娘?」と聞くほどでした。そして、ニッキーを見てもすぐには息子だと気がつきません。
ルースは自宅から離れた駅まで歩き電車に乗り、車内を何度も往復しているところを車掌が見て通報してくれたと言います。
身内を見てもすぐに認識できず、吹雪の中を軽装で歩き回ったルースを“大丈夫”と言い張るノーバートです。そこに婦人科の女医が内診の結果を伝えに来ます。
ルースは彼女を「私の娘よ」と言って、ノーバートを困惑させます。女医は認知症のケア施設の方が安全に暮らせると勧め、徘徊時の女性は性的暴行にあうことがあり危険だと説明します。
ノーバートは女医のアドバイスを受け入れられず、ますますかたくなになり、ルースを施設に入れることを断固拒否します。
ビティとノーバートが家に帰ると、先に戻っていたニッキーがビティに「お袋からナンパされた」と告げます。彼の膝に手を置き“色目”を使ってきたといいます。
ニッキーは息子であることを必死で伝えたが、ショックでトラウマになったとビティに話しますが、ビティは思わず笑ってしまいました。
ビティは娘のエマのことでも悩んでいました。彼女は飲酒が原因で寮から退去を言い渡されていたからです。彼女はエマに新しい寮を探したのか聞きますが、エマはうやむやに答えます。
ビティはニッキーと彼の働くバーへ行きます。彼はバーのオーナーになっていて、オリジナルのカクテルがコンテストで優勝したと話します。
ニッキーにはレイチェルという子持ちの恋人がいますが、ニッキーが結婚に踏み切らないため、距離を置き始めたといいます。
ビティは結婚を勧めますが、ニッキーは多忙な私生活や収入の不安定さで、家族を養い“親”になることに不安を抱いていました。
ニッキーはケア施設の入所申込書をビティに見せます。友人が運営している施設で敷地内には家族用の住居もあり、あとは父がサインするだけと言います。
映画『ディア・ファミリー 〜あなたを忘れない〜』の感想と評価
(C) 2018 What They Had Film, LLC. All Rights Reserved.
映画『ディア・ファミリー 〜あなたを忘れない〜』はエリザベス・チョムコ監督の実体験が基となった作品ですが、老いていく両親と独立した子供達がどう関わっていくか、そういう身近な家族問題を題材にしていました。
敬虔なクリスチャンで昔気質な父親の姿は、日本でいう代々受け継がれた家を守りたい父親とも重なります。
本作の家族はどこにでもある典型的な家族で、長男が両親の面倒を見て、長女は普通の結婚をして家庭を築いています。
長女は遠方で暮らしているため、実家と疎遠ではありますが、親子関係や姉弟仲が悪いわけでもありません。何かあれば駆けつけられる愛情もあります。
それでも長女には夫や我が子の悩みを抱え、長男には親に理解されない職業、両親の世話があって結婚に踏み切れない悩みなどがあります。
それらの悩みも巷にあふれている、ありふれた悩みゆえに親近感があり、とても共感できる作品だったと言えました。
エリザベス・チョムコ監督に降臨した使命
監督はインタビューで祖父が亡くなった時から、祖父母のエピソードを映像化しなければいけないという使命に変わったと語りました。
監督の祖母が実際にアルツハイマーを発症し、祖父が献身的に世話をしていたことや、記憶が薄れていく祖母と周囲の家族の様子が、大変でありながらもそこにはユーモアと笑いもあり、映像として残すべきだと脚本を手掛けたと言います。
ところが当初は自分自身でメガフォンをとることは考えておらず、祖父の死がきっかけとなり、サンダンス国際映画祭に出品するタイミングを考え、タイトなスケジュールを潜り抜け制作されました。
つまり本作のエマの目線はエリザベス・チョムコ監督にあたり、監督は脚本を何度も母に確認してもらったとも語りました。
作中に使われた写真や8ミリ映像は、監督の祖父母や家族が所有していたものも含まれており、スタッフロールの終わりにはモデルとなった祖父母の写真が登場します。
親の心子知らず、子の心親知らず
この幸せを思い願うのが親の本能といえますが、往々にしてそれが子への押し付けやプレッシャーになり、そのことに気づいていないという悲劇があります。
例えば「私はこんな親には絶対にならない」と思っていても、いざ子を授かると自分が叶えられなかった夢、優秀な親であれば同等以上の能力を期待してしまいます。
ビティは自分の希望で若くして父の選んだ相手と結婚します。ノーバートは娘が苦労しないよう、経済的にも社会的にも安定した男性を選び満足します。
それでもビティは両親から愛情を感じられず、結婚に不満が募っていました。そして、そんなビティもエマに対して、良かれと思った自分の価値観を押し付け苦しめています。
ニッキーは大学を中退しバーテンダーから、バーの経営者になり彼なりに努力し、カクテルのコンテストで賞も取りました。ノーバートはそういうことも知らず、彼は何も考えていないと決めつけます。
しかし、ニッキーは父親の持病を心配し、母親も危険から守るために奔走していました。ノーバートはそんな彼の優しさにもっと早く気づき、仕事のことも認めるべきだったでしょう。
本作は親子によく見受けられる、親の心子知らずと子の心親知らずが、限界に達した時に憎悪で終わるのか、絆で固く結ばれるのか、後者のパターンで描かれていました。
まとめ
(C) 2018 What They Had Film, LLC. All Rights Reserved.
映画『ディア・ファミリー 〜あなたを忘れない〜』の原題は「What They Had」で、直訳すると“彼らが持っていたもの”です。
親の心、子の心は立場によって気づきにくいものですが、「老いては子に従え」というように「決めつけた思考」を捨てれば、もともと彼らが持っていた愛情が活かされ、家族はもっと幸せになれることを、この親子を通じて感じることができました。
作中でノーバートとルースは「まったく“Turkey(お馬鹿さん)”なんだから」と言ってますが、Turkeyはのろまな人がドジをしたとき、揶揄するスラングです。
最後にビティの運転する自動車の前に生きた七面鳥が登場したシーンは、彼女に愛情を込めて「お馬鹿さんね」と言って、もう失敗しないようにエールをおくっているようでした。