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映画『辻占恋慕』あらすじ感想と評価解説。大野大輔監督×早織の‟持たざる”2人の激苦な愛と青春のラプソディ

  • Writer :
  • 谷川裕美子

映画『辻占恋慕』は2022年5月21日(土)新宿K’s cinema他全国順次公開

『ウルフなシッシー』(2018)『アストラル・アブノーマル鈴木さん』(2019)の鬼才・大野大輔監督が早織を主演に迎えた映画『辻占恋慕』(読み:つじうられんぼ)が2022年5月21日(土)新宿K’s cinema他全国順次公開されます。

売れない、金ない、時間ないというないないづくしの2人、ミュージシャン月見ゆべしとマネージャーの信太の物語です。

平成から令和へと変わりゆく時代を生きる“持たざる者”たちの激苦な愛と青春を描いたラプソディの魅力をご紹介します。

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映画『辻占恋慕』の作品情報


(C)2021 E&E

【公開】
2022年(日本映画)

【監督・原作・脚本】
大野大輔

【編集】
海野大輔、谷口恒平

【出演】
早織、大野大輔、濱正悟、加藤玲奈、川上なな実、ひらく、福永朱梨、小竹原晋

【作品概要】
TAMA NEW WAVEでグランプリほか3冠に輝いた『ウルフなシッシー』(2018)や、YouTubeドラマから発展した怪作『アストラル・アブノーマル鈴木さん』(2019)の大野監督が3年の歳月を経て描く、“持たざる者”たちの激苦な愛と青春のラプソディ。

大野監督は、不器用で一筋縄ではないキャラクターたちの日常と“ジワる”人間臭さを照射し、心に刺さる台詞の数々と骨太な構成でファンを獲得し続けています。

主人公の売れないシンガーソングライター、月見ゆべしを演じるのは映画やドラマ、舞台など幅広く活躍中の早織。ギター初心者ながら練習を重ね、吹き替えなしで演奏しています。

ゆべしを支えるマネージャーの信太役で大野監督自らが出演。共演は濱正悟、元AKBの加藤玲奈、川上なな実、ミスiD出身のひらく、福永朱梨、小竹原晋。


映画『辻占恋慕』のあらすじ

2018年。信太は自身のロックデュオ「チカチーロンズ」のギターの直也に本番をドタキャンされて困り果てていました。

隣で話を聞いていたシンガーソングライターのゆべしが救いの手を差し伸べます。

舞台袖で話していたふたりは、お互い30歳だとわかります。その歳を「こわくてしょうがない」と言うゆべし。

ゆべしのギターに乗せて歌う信太。途中からゆべしも一緒に歌い始めます。

演奏し終えると、ゆべしは続けて自分ひとりの演奏を始め、信太は彼女の胸を打つ歌声に聴き入ります。

打ち上げに参加したふたりは、そのまま、ゆべしの家で飲みなおすことになりました。

元カノにレーベルを作ってもらったけれど、自分がファンに手をだしたことで破局し、いつのまにか30を過ぎていたと信太は話します。

自分はひとりっ子だと話し、親不孝なのかな…とつぶやくゆべし。

舞台袖でこわくて仕方ないと言った意味を信太が問いかけると、不意を打たれたゆべしは思い切り彼に向かって酒を噴き出してしまいます。

服を脱がせ、洗濯してやるゆべし。信太が裸でギターを弾いていると、不審者と勘違いした事務所の代表がスタンガン片手に現れます。ゆべしが慌てて弁解しながら老人を連れていきます。

なんだか楽しい夜だった、と言って布団に倒れこむ信太。今が楽しすぎるから怖いのかなと言うゆべし。

後日、向き合った直也と信太。実は直也は現地にでパチンコをしていました。スカウトされる確率より確変が続く確率の方が高いと思ったからパチンコを続けたと彼は話します。

「潮時だからまじめに働こう」と、信太は解散を言い渡されてしまいました。

自宅でゆべしのカセットを聴いた信太は、その後彼女のワンマンリサイタルも聴きに行きました。

2019年。信太は自分の夢は捨てて、ゆべしのマネージャーとなって売り込みに力を尽くしていました。しかし自分のスタイルを曲げられない彼女と口論が絶えません。

ふたりはことごとくぶつかり合うようになっていき…。

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映画『辻占恋慕』の感想と評価

女の才能に惚れこんだ男の哀しみ

心の奥深くに届くセリフで人間臭いキャラクターに命を吹き込む鬼才・大野大輔監督。本作では、シンガーソングライターのゆべしの才能にほれ込む信太を自ら演じています。

信太のバンドのギターがドタキャンしたため、ゆべしが急なサポートを申し出たことをきっかけにふたりは出会います。

音楽に対して純粋で、独特の感性と才能を持っているゆべしとは対照的に、信太は自分の才能を信じられなくなっていました。

彼女の才能にほれ込んだ信太は、自身は音楽をあきらめ、ゆべしのマネージャーとなってサポートに全てを注ぐようになります。

ところが、ビジネスを軌道に乗せようと懸命な信太と、自分の音楽スタイルを曲げようとしないゆべしは、ことあるごとにぶつかり合います。

火のような激しさをみせるゆべしに対し、信太は常に辛抱強く向き合いますが、「あなたの将来まで私に押し付けないで」厳しい言葉を投げつけられてしまいます。

ゆべしの才能を妄信し、花咲かせるために必死になる信太の姿は見ていて切なくなるほど哀しいものでした。

彼は決して器用ではなく、彼の選ぶ方法はゆべしの希望にも、世の流れにも沿わないものばかり。努力はいつも空回りしてしまいます。

彼が集客のために奮闘するほど、本当は彼女の歌を聴きたいと思っているわけではない人たちが集まってきました。

彼女自身を愛しているのか、彼女の才能を愛しているのか、それとも彼女を愛する自分を愛しているのか、と元カノから問われた信太は、やっと自分の思いがゆべしを追い詰めていたことに気づくのです。

「楽しかった」という言葉の魔法

本作では脇役にも個性豊かで魅力あふれる人たちが大勢登場します。

スタンガンを持って現れたゆべしの事務所代表のアウトローな老人、スカウトされた元介護士の演歌歌手、ゆべしを担当している個性的な編曲者、厳しい言葉を投げかける信太の元カノなどなど。

パチンコしていて本番をドタキャンしたギターの直也は、バンドを解散することになってから言います。「なんだかんだ楽しかった」と。

ゆべしと同じ事務所の演歌歌手も、やめる時に「楽しかった」と同じことを言います。

ふたりにとって「楽しかった」という言葉は、今までのことを思い出に変えてくれる魔法でした。

メジャーに行ったら捨てられるだけなのに、と元カノからきつい言葉をかけられた信太はこう答えます。「俺は思い出なんかで片づける気はない」と。

夢追い人は2種類いるのではないでしょうか。「あの時は楽しかった」と言いたい人と、「本当にその道にすべてを捧げたい」と言う人と。

ゆべしは後者でしたが、信太はそこにしがみついていたかっただけなのかもしれません。

まとめ

もがきながら必死で生きる不器用な人たちを、鬼才・大野大輔監督が愛情深く描き出した映画『辻占恋慕』。

夢を追っても何も手にすることができない苦しさ、そして夢を追う人を愛し支える難しさ。

それらがあますことなく映し出され、その苦さこそが人生を豊かにしてくれることを教えてくれます。

ゆべしの張りつめた心を知って捨て身の行動をとる信太の姿は感動的です。

ぜひ最後までふたりの愛の行方を見届けて下さい。

見事な伏線が随所で光る青春映画『辻占恋慕』は2022年5月21日(土)新宿K’s cinema他全国順次公開です。


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